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調査隊

「やっと、外出できるんですか?」


 昨日と同じく昼食の後やって来たカウンセラーの山野さんが、突然今日は外出すると言い出した。外出も何も、ここの施設内ですらほとんど見学させてもらえないのに、どういうことだろうか。


「うん、私もまだ早いと思ったんだけど、これから君が発見された湯島方面へ調査に出る部隊がいたんで、ダメ元でお願いしたら何と、同行の許可が下りちゃったんだよね~」


 彼女の言っている意味がよくわからないが、さすがに安定のいい加減さである。


「俺、まだこの建物内ですらろくに知らないのに……」

「まあ、君の記憶が戻る助けになるんじゃないかと思ってさ、一応君が発見された場所にも案内できるようにお願いしてある」

「なるほど」


 今日の昼食からやっと普通の固さの白飯が食べられるようになり、よかったねと美玲さん祝っていたばかりなのだ。この突然の外出が本当に喜んでいい事なのか、俺にはわからない。


 そもそも、街の中も知らないのにいきなり遠出するのはいかがなものか。

 この世界の不思議に戸惑いながらも、心は踊っている。

 そりゃそうだろう。やっとこの何もない部屋から出られるのだ。


 俺はいつもの入院着から突然外出用の服に着替えた。

 噂のDNスーツは着られなかったが、ゆったりした作業着風の服の上から軽いハーフコートのようなものを羽織り、ヘルメットではなく柔らかなヘッドギアを頭に装着した。


 このヘッドギアがSFぽくて格好良く、その気にさせる。

 同行する山野さんはお馴染みブルーの白衣姿にスーツと同じ素材の手袋をして、ヘッドギアを着けている。彼女はいつもDNスーツを着ているので、ボディのプロテクター類は不要ということなのだろうか。



 ちなみにこのDNスーツ、ドクターの発明品だけあってただものではない。

 服というよりも、生きた怪獣の強靭な外皮素材で体を覆っているようなものなのだ。


 ジッパーもないぴったりした服をどうやって着たり脱いだりするのかと思い山野さんに尋ねると、今度二人きりの時に教えてあげる、と意味ありげなことを言われた。


 それはそれで嬉しいけれど、早く本当のところを聞きたいのだと食いつくと、着替えを手伝ってくれている美玲さんが教えてくれた。


「DNスーツの本体は、このベルトなの。バックルに操作パネルが仕込んであって、腰に巻いて生体認証で本人確認ができると、スーツの素材が体の表面に展開する」


 澪さんのスーツを指差して、美玲さんが説明してくれた。


「標準仕様だと首と手首、足首、五か所で止まって残る全身をシームレスに覆うことになるわ。更に追加で操作すれば、手足を覆って頭のフードまで展開できる。それが完全形態ね」


 今日の山野さんは、頭のフード以外は全て覆っているらしい。試しに右手の手袋部分を解除したり覆ったりして見せてくれた。他にも、任意の部分を解放することもできるらしい。(トイレの時とか授乳の時とか……などと言っていた。それだけじゃないだろ!)


 触らせてもらうと柔軟な素材なのだが、意外な厚みと腰がある。


「温度湿度の調節だけでなく、汗やちょっとしたお漏らし程度なら吸収分解して痕跡も残らない。匂いもないし汚れないから、洗濯も不要。こんな楽な服は他にないからね」

 山野さんが自慢げに言う。


「あの、ちなみに下着は……」

「大事な場所はちゃんと厚い素材で覆ってガードしてくれるから、これだけで大丈夫!」

 それはちょっと不安だ……



 部屋を出てエレベーターで駐機場へ向かい、そこで調査隊と合流する。

 先日のガイダンスビデオで見た円盤型の乗り物で空を飛んでいくのかと期待したが、屋根に大きくUSMとペイントされた銀色の薄汚れたワゴン車が二台いるだけだった。


 本日同行させてもらう調査隊のメンバーは6人。

 俺と山野さんを加えた8人が、4人ずつ二台の車に分乗して出かけるという。

 俺たち二人はS101と書かれた隊長機の後席へ乗り込んだ。


 さすがに隊員たちはDNスーツの上にごっついプロテクター類を装備していて、それなりの戦闘に耐えるだけの武装をしていた。


 率いるのは山岸という50代くらいに見える白髪交じりの男性で、この基地の調査隊に所属する第一小隊長だった。同行するもう一人の運転手は、今泉という名の若い女性である。

 もう一台のS102号機に乗る4人は男女2人ずつの20代から30代の若い隊員で、男女半々なのは、きっと女性の社会進出が当たり前の社会なのだろう。


 簡単な自己紹介の後、すぐに出発する。

 クルマが駐機場を出るとビルの間を蛇行する空中の道路で、その道を車輪ではなく少し浮いたまま滑走している。時速は60キロくらいだろうか。

 

 周囲に同じようなワゴンや一人乗りのスクーターのような乗り物が50センチから1mほど宙に浮いたまま走っていた。


 クルマが外へ出たところで山岸小隊長が振り向いた。

「大島君は、ホバーカーは初めてだな?」

「それどころか、初めての外出です」

「では今日のコースを案内しておこう」

 窓の外に気を取られていると、隊長が話を始めた。


「我々のいたEAST基地は武蔵野台地の東端、上野のお山にある。湯島はそのすぐ南側で、あっという間に着いてしまうぞ。東京の街は度重なる怪獣の襲撃により治水が完全に破壊されて、ここより東の低地はほぼ人が住めなくなっている。西に向かって昔の上野公園の池が残る谷を越えれば旧東大からお茶の水に続く台地で、君が発見された湯島はその辺りの南側になる」


 そう言っているうちに、街の端までやって来た。そこから先は緑の谷をまたぐハイウェイだ。


 前を見ると、先行する102号機の幅が広がり、不思議な形態変更を始める。みるみるうちに見覚えのある円盤形に姿を変えると、ハイウェイを外れて空中へ躍り出た。

「よし。こっちも続こう、今泉君!」


 隊長の言葉が終わらぬうちに左右の窓の外へ円形の構造物が広がり、こちらも円盤形に姿を変える。変わらないのはキャビンの中だけだ。

「なになに、すごーい!」


 山野さんが興奮して窓の外を見ようと身を乗り出すが、俺の体に胸が当たるんだって!


 だが突然不思議な浮遊感に包まれ胸が離れると、円盤はコースを外れて空を飛んでいた。

「驚いたろう、こいつはUSM特製のフライングカーなのさ」


 二台のフライングカーは上野の池を飛び越えて、西の台地へ渡る。

「右手に見えるのが新東京大学の研究施設だ。さて、俺たちは湯島へ向かって降下するぞ」


 クルマは左へ転舵すると、建物が少ない公園のような場所へ出た。

 平らな場所へ先に降りていた102号機が眼下に見える。


「よし、俺たちは上空で周辺の警戒に当たる」

 クルマはゆっくりと、その周囲を低空で旋回する。

 102号機から降りた四人が二組に分かれ、一組が近くの茂みの中へ消えた。

 残る一組は、武器を構えて周囲を警戒している。


「まあ、この辺は一応公園内だから熊だの猪だの物騒な動物は少ないが、いきなり襲われる危険もあるからな」

 この物々しい警戒は怪獣に対してではないことを知り、俺は少々肩透かしにあった気分だ。


「よし、降りるぞ」

 安全が確認されたのか、俺たちの乗る隊長機も、102号機の横へ着地する。

「トミー、お先に」

 山野さんはウキウキと外へ出る。俺はまだ不安を抱えたまま後に続いて、枯れた芝生の広場のような場所へ降り立った。


 俺は先に二人の隊員が消えた藪の奥を、そっと覗き見る。錆の浮いた鉄格子の扉が開いていて、ゆらゆらと揺れていた。まるでその奥の暗い道へと、俺たち一行を手招きするように。


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