雷獣
青白い光の直後にドカンと地響きが鳴る。これは爆発物ではなく、至近距離の落雷だ。
直撃を受けグレネードへ誘爆したら危なかった。
だが、雷はどこへ落ちたのか?
硝煙の臭いに交じって、空気が電離したオゾンの臭いと、湿った落ち葉や枯れ枝の焦げた嫌な匂いが周囲に充満する。
確かに雷獣と呼ばれるだけあって、こんな派手な攻撃を持っていて当然だった。
キャラバンの連中は、これを知っていたのだろうか?
『あいつはここまで追い詰められたことがなかったから、ちょっとした軽い電撃程度しか放ったことがなかったみたい。さすがにこのくらいの電撃となると、奥の手のようよ』
澪さんが感じていた、雷獣が隠していた攻撃とは、これのことだったようだ。
だが周囲は水蒸気を含んだ白い煙に包まれ、赤外線を含めた光学的カオス状態だ。銃撃の音もぴたりと止み、キャラバンの被害が心配だった。
『ゴン、キャラバンの状況はどんな感じだ?』
『電撃は放射状に数本が同時に放出された模様です。怪物の周囲、半径30メートルは完全に高熱で焼かれ、電撃を浴びた十数人が意識不明となっている模様です』
俺は、雷獣のいる方向へ走った。
『この包囲を突破されたら終わる。やられる前に、俺たち二人で倒しましょう!』
『はいっ』
美鈴さんもしっかり追ってきている。
この程度の電撃なら澪さんのスーツは耐えられる、とゴンが言うので、敢えて声を掛けない。何も言わないので大丈夫なのだろう。たぶん。
雷獣は、恐らく可能な限り全方位へ放電した。全力での放電であれば、消耗してすぐに動けない可能性がある。
叩くなら、今だ。俺は走りつつ叫ぶ。
「EAST東京の討伐隊が、二人で接近戦を挑みます。銃撃は一時中止! 援護は不要です!」
俺は続けて叫ぶ。
「キャラバンの攻撃は一時中止! 全力で負傷者を救助しろ!」
そして、谷底の大木の上でぐったりとしている雷獣を発見した。
ジャンプして空中からグレネードを発射する。
狙い通りに、爆発が右後肢の付け根を直撃した。
雷獣はそのまま樹から落下するが、体を捻り四本の脚できれいに着地した。
そこへ炸裂弾をフルオートで連射する。
特に繊細そうな耳と目を集中的に狙う。
雷獣は逃げるどころか、そのままこちらへ跳躍して向かって来る。
美鈴さんの振るった鞭が、その鼻面を捉えた。
音速を超えた鞭の先端が、鋭い破裂音を響かせる。
体を入れ替えた俺は、貫通力のある通常弾に替えてもう一度顔面を掃射する。
パラボラ型の両耳が引きちぎれて吹き飛び、地に落ちた。
雷獣は、思ったより大きい。至近距離で対峙すれば、俺たちのフライングカーと同じかそれ以上のサイズ感だ。
ぎらつく目が、俺をじっと見据える。
『やっぱりそう。今のこいつは、清十郎だけを狙っている。だから鈴ちゃんには、チャンスよ』
澪さんの言葉に、美鈴さんが雷獣の背後へ回り込んだ。
何気ないように振りかぶり、鞭を振るう。
狙いは俺がグレネードを当てた右足の付け根だ。
鞭は的確に脚を捉え、焦げた体毛が派手に飛び散る。
雷獣の体が揺れて、重心が右側に傾いた。
同じ場所をもう一度、鞭が抉る。
肉が飛び散り、雷獣は咆哮を上げる。
俺は銃弾を雷獣の両手の爪に集中して、凶悪な長い爪を砕いていく。
だが雷獣の体が白いスパークに包まれると、俺たちの足元から熱い水蒸気が上がる。
視界が遮られ、跳び退いたところへ雷獣が左後脚一本で跳んで迫り、俺に襲い掛かる。
危ないところで回避し、体勢を立て直した。
俺は顔面へ銃弾を集中して、再び距離をとった。
だが、銃弾は表面を傷つけるだけで、致命傷には至らない。
『セイジュウロウ、接近戦で倒しましょう』
『そんな武器があるか?』
『大丈夫です。ナイフを抜いてください』
俺はストラップで銃を背負い、足に付けたサバイバルナイフを抜いた。
右手で握ると、しっくりくる。
『これ、普通のナイフだよな』
『はい。USMの標準装備のナイフは、切れ味抜群ですよ。試しにあの邪魔な右手を切り落としましょう』
俺は半信半疑でジャンプして、雷獣の振り下ろす右手をナイフで払う。
すると、何の手応えもなく雷獣の手首から先が千切れて飛んだ。
『は?』
着地して、思わず首を傾げた。
『いいから、切り刻んでやりましょう』
上から迫る白い影に向かい下から上へナイフを払うと、鋭い牙の並んだ顎にスパッと切れ目が入る。
『いいですね。どんどんやりましょう』
『おい、このおかしな手応え、何だ?』
『ドクターが作った試作品の話を覚えていますか?』
こんな時にそんなことを言われても、ドクターのバカ話など思い出せない。
だがとにかくやるしかない。
俺は雷獣の正面から高く跳び、その頭頂部目掛けてナイフを振り下ろす。そのまま勢いに任せて眉間から鼻を切り裂き、着地すると、今度は懐へ入り、その喉元を横へ薙ぎ払った。
ぐらりと揺れて覆い被さる体を刃先で受け止め、体を半回転させて背を向けたまま、胸元から下顎にかけて切り裂きながら走った。背後で巨体が倒れる音が聞こえ、振動が体に伝わる。
振り向くと、白い体が地に伏せている。
『これにて討伐完了です』
ゴンが満足そうに呟いた。
美鈴さんが、雷獣の背後からこちらへやって来る。
『清十郎さん、やりましたね』
『うん、このナイフのおかげでね』
『すごい切れ味でしたね』
『そりゃまあ。これって、高周波振動ナイフだよね』
『はい、その通りです』
『でも、ブレードがすぐに自壊するんじゃなかったっけ?』
『自壊したのは、刃の被覆部分だけです。ナノマシンにより常にコーティングを修復しながら切断面を維持しました』
『だけど自壊する速度が速くて、修復する素材はすぐに尽きるんじゃないのか?』
『ですから、振動面の内側には刃を保護するもう一つの被覆を作り、切断する瞬間だけ外側の高周波振動コーティング部分を刃として形成しました』
『凄ーい、さすが、わたしのお父様!』
ゴンの説明自体が俺には理解不能だが、それ以上に美鈴さんのテンションがおかしい。
『いえ、美鈴の鞭を作るときに思いついたのでやってみたら、たまたま上手くいっただけですよ』
ほんとかよ。
『清十郎さん、さっきから澪さんが何も言いませんけどぉ。もしかして、気絶していませんかぁ?』
『えええっ!』
『そうですね。セイジュウロウが本気で動いたので、耐えられなかったようです』
『お、おい。大丈夫なのか?』




