共闘
「なんで、EAST東京のヴェノムがこんな所にいるのよ?」
分隊のリーダーと思しき女性が、俺の顔を見るなりそう言った。
あのイモリの腹から出て以来、陰で俺のことをヴェノム(毒)と呼ぶ連中がいることは知っていた。
だが面と向かってそう呼ばれたのは、これが初めてだった。
「なんで、あんたが俺のことをヴェノムと呼ぶんだよ?」
「あっ、ご、ごめんなさい……」
そう言って顔を赤らめてもう一度俺を見て、急に顔を引きつらせた。
その目は俺の頭の後方に釘付けになっている。
「あ、青の魔女まで一緒とは……」
辺り一帯の森は薄明の中に怒号と銃弾が飛び交い、乾いた銃声と爆発音が連続する戦場の真ん中なのだが、ここだけが別世界のように時が止まっていた。
「あのー、わたしのことは知っていますか?」
美鈴さんが横から女性の顔を覗き込む。
「えっ、ま、まさかゼロゼロナンバーアンドロイド?」
「はい、会員№001番、岩見美鈴でーす!」
美鈴さんは、すっかりゴンの悪いナノマシンに汚染されてしまったようだ。とても悲しい。
「どうしてあなたたちが、こんなところにいるんです?」
「それよりも、こちらはあなた方のことを知らないんですけど……」
俺が遠慮がちにそう言うと、女性は更に顔を赤くした。
「す、すみません。我々はこの浅間高原を中心に活動しているキャラバンで、私は部隊を束ねる浅間本隊の唐原泉と申します」
「キャラバンて言うのは、武装商隊ね」
「はい、そうです。今日はあの雷獣討伐のため近隣の四隊合同で攻略中です」
「わかったわ。私たちも手伝わせて」
唐原さんの顔がパッと明るくなる。
「俺たちは雷獣にフライングカーを落とされて、小山田村にお世話になりました。だから単独で奴を討伐するつもりだったんです。ジャミングされていますが、仲間討ちしないよう部隊全員に伝えられますか?」
唐原隊長が首を縦に振り、隣に控える細身の男性に何か耳打ちをすると、男性は走り去って行った。
「先ほど雷獣の顔を捉えたグレネードは、皆さんの攻撃ですね」
俺は自分の銃を見せる。
「ああ、俺たちの武器はこれと、美鈴さんの鞭しかありません。俺は中距離から雷獣を攻撃しますが、美鈴さんには接近する小型獣を叩いてもらうつもりです。そちらの作戦は?」
「我々は各隊の持つハンドロケットと重機関銃及び擲弾銃がメインアームです。小銃で木の上に追い立て、メインアームで攻撃します」
「ああ、あの20ミリ機関銃はいいんだけど、ロケット兵器による山火事の危険は?」
「そのために樹木が少なく雪の残るこの谷へ追い込んだので、このまま包囲を破られなければ大丈夫です」
とりあえず安心した。
「参加している人員は?」
「今回の4隊合同キャラバン全体で、1分隊5人~10人編成の計12分隊が参加して、そのうち半分の6分隊がメインアームの重火器を所持しています。重火器のあるポイントは……」
だが、その位置は既にゴンが割り出していた。
「大丈夫、位置は確認済みです。こちらからコールするときはそちらの無線周波数に合わせますが、緊急の場合は遠慮なく大声で叫んでください。こちらは周辺のあらゆる音声をリアルタイムでモニターして、解析していますから」
「我々の暗号通信に割り込むとは。さすが、USMの精鋭は違いますね」
「へへへ……」
俺が額に手を当て照れていると、後ろからまた澪さんに小突かれた。
「いや、この人だけ異常なんで……」
『多重量子暗号化されていない通信など無意味であると伝えてください』
ゴンが自慢するが、さすがに俺も口を閉ざす。
『それは言えない……』
周囲の爆発音と銃声が近くなってきた。
キャラバンの使っているUSMの旧式兵器というと聞こえはいいが、要するに二十世紀に世界中の軍や警察が使用していた大量の火器や弾薬を意味する。
それらは50年経った今でも前世紀の軍事拠点の跡地などから発掘されて、世界中の市民が怪獣から身を守る武器として利用されている。
今ではこれを人に向けて使おうとする不届き者は少ないが、怪獣のいなかった二十世紀の人類は一体何を考えてこれほど大量の武器を蓄えていたのだろうか。首を傾げるほど多くの種類と数量の武器が、今でも瓦礫の下に埋もれている。
俺にはその後も更に首を傾げたくなる、もう一つの21世紀に関する知識があるのだが、この世界の住民には狂気の沙汰としか思えぬだろう。
例えばこの世界では、アメリカの同時多発テロ事件は起きていない。
2001年のニューヨークにはただ一つの摩天楼もなく、世界中どこを探しても空港も旅客機も見つからなかっただろう。
だが、あの狂気に満ちた光景よりも、もっと凄まじい経験をしてきたのがこの世界である。
「では、早いところあの白鼠を叩きましょう」
俺は余計な考えを頭から追い出して、気合を入れた。
「はい!」
キャラバンの人たちが小声で鋭く返して、俺たちは散開した。
俺たちが立ち止まっていた間にも、雷獣を包囲する輪は小さくなっている。
その分、戦闘音も近い。
俺は弾薬を炸裂弾に替えて包囲の中心へ向かう。すぐ後方を美鈴さんが援護しながら追って来る。
澪さんを背負っていると、後方に美鈴さんがいるこの陣形が一番安心できる。
前方で大きな爆発音がした。
谷底の巨木の上に追い詰められた雷獣が、巨大な口を開けて威嚇している。
ジャミングモンスターの主武器は両腕の爪とあの大きな顎なのだろう。
敵のボスは中型獣一頭なので、電子兵器が使えなくても物理弾頭で攻撃しながら距離を取って闘えば、それほどの脅威ではない。
やはり遠隔からのジャミング攻撃で目を奪い、接近してあの牙の餌食にするのが奴の得意な戦法なのだろう。包囲して袋叩きにすれば、力で押し切れるはずだ。
だが、俺は嫌な予感が膨らむのを感じる。
『清十郎、雷獣はまだ何か隠しているわ。無暗に接近しないように伝えて』
澪さんも何かを感じているようだ。
俺はゴンの力を使ってキャラバンの共通チャンネルに割り込む。
「EAST東京の富山です。雷獣は未知の能力を隠しています。無暗に近寄らず、遠距離からの攻撃を徹底して下さい」
だが、既に暗い谷を駆け下りている脚は急に止められない。
雷獣が明るくなった空に向かって大きく吠えると、周囲に電子の嵐が吹き荒れた。
シールドの弱い旧式装備はひとたまりもなく沈黙する。俺たちUSMの装備は無事だが、キャラバンの無線機器や重量のある火砲の移動装置は停止した。
『清十郎、次の攻撃が来るわ!』
澪さんの切迫した声は、俺たち四人の間でしか共有されない。だが、ゴンを介してそのイメージは俺に伝わった。
「雷獣の範囲攻撃が来るぞっ、みんな離れろ!」
俺は大声で叫んだ。
次の瞬間、目の前に青白い光が走った。




