対話2
『俺は、大島晃の脳に上書きされたプログラムなのか?』
『澪は目覚めたばかりのセイジュウロウを見て、乖離性同一性障害を疑いました』
『何だ、それは?』
『以前は、多重人格と呼ばれていました……大島晃の別人格ではないかと?』
『それは違うな。俺の記憶は細部まで完全に俺自身の物だ』
『知っています。それに、こうしてすぐに泣いたり怒ったりする子供じみたセイジュウロウの行動を知る人は、そこに意識がないとは思わないでしょうね』
『こら、いい加減にしろ。俺は別に泣いちゃいないぞ!』
『ほら、そういうところですよ』
指摘されると、その通り。こいつが相手だとなぜかすぐに感情的になってしまう。
論理的な正しさが必ずしも正義とは言えないことを、本能的に警戒しているのかもしれない。
結局、俺はまだまだ子供なのだろう。
『すみませんでした!』
俺は珍しくゴンに謝罪する。
『ワタシは思うのですよ。グランロワの正体は、ワタシのような機械知性なのではないかと』
『で、その対極にある阿呆な人間を面白がって選別し、コレクションしていると?』
『自分の命より好奇心が勝るというのは、生物として破綻しています。機械知性には理解しがたい存在です』
『うん。確かに昔は、オタクは人として終わっていると言われたらしいな……』
『それは少し違う意味の話だと思いますが……』
『いや、わかってる……』
『でも、タロスのような行動的ゾンビは人間を助けるために自分の命を投げ出すことをためらいません。そうプログラムされていますから。それは彼らの意志とは違うでしょう』
『では、アンドロイドたちはどうなんだ?』
『当然、葛藤しますよ。少なくとも好奇心には負けませんので、より人間的かと……』
『あのー、益々意味がわからなくなっただけなんだが?』
『……』
『もしかして、俺は美鈴さんたちと同じ、おまえのコアから生まれたのか?』
『セイジュウロウがワタシの子供だとしたら、かなり出来が悪いですね』
『余計なお世話だ!』
また怒ってしまった。
『大島晃の存在を考慮に入れなければ、セイジュウロウは極めて正常で普遍的な人間だと思います。一貫した記憶と意識、その連続性は、生まれて18年間人間社会で暮らした富岡清十郎という人間の送った人生そのもののリアルを感じます』
『じゃあ、おまえはどうなんだ?』
そもそもこいつ自身の意識とか、コアとかのルーツが解らない。
『ワタシは大島晃の体内で自然発生したようです。前世の記憶はありません』
『俺とは違うと……』
『恐らくドクターがこの体に付加した電子デバイスと怪獣由来の生体材料と大島晃の肉体との融合により人間の脳に当たる高度な演算領域が生まれ、そこに意識が芽生えたのだろうと推測していますが……』
『おまえのコアは、大島晃の意識の残滓だったとか……』
『それはどうでしょう。今ではワタシも干渉していますが、本来私の利用している演算領域には、この肉体の脳神経の主要部分は含まれていませんでした。それを使っているのは、言うまでもなくセイジュウロウですよ』
『大島晃の意識は最初から無かったのか?』
『ワタシの知る限り、この肉体は主のいない空っぽの状態でしたね』
『それならやはり、おまえは今どこにいるんだ?』
『初めは、脳神経に埋め込まれた補助記憶装置やインプラントと、各手足を制御するための生体チップなどに分散して存在していました。しかしそれは利用可能なデバイスがそこにあっただけではないかと思うんです』
どういうことだろう。大島晃の脳神経以外にあったのは、ドクターが埋め込んだ電子デバイスや怪獣由来の生体チップ、それに加えた何か他の物が……?
『つまりそれらは単なる周辺機器で、本体は別のところにあったということか?』
『ドクターが今も改造中のセイジュウロウのボディですが、重要なのは義手や義足ではなく、肉体との接合部分です。そこは複数の異なる素材や組織が融合し、骨格と筋肉組織、神経など様々な物質が反発し合う混沌とした未知の領域でした』
そこが一番弱い部分であると、俺は聞いている。
『それをドクターは生体材料とマイクロマシンで補い、常に組織を修復しながら維持する手法で克服しました。これは体内にデバイスを埋め込むときの拒絶反応を抑制する技術の応用です。ちょうど自己修復能力を持つ高耐久コンクリートのように』
『拒絶反応を抑えるために壊れた組織を常に修復し続けていると……ドクターにしては効率の悪いやり方だな』
『今もセイジュウロウの手足にあるその部分は、解体不能のブラックボックスとなったまま、元の肉体と融合しています。今は新しい手足がそこへ連結されるのを待っていますが、恐らくそのカオスの中に、ワタシが発生した秘密があるのでは?』
その時の会話はそこまでだった。だが、俺にはその先の、ゴンに言えなかった言葉がある。
つまり、その混沌とした領域を削除して俺の肉体を再生医療で再建することに対して、ゴンが断固として反対していた理由が、それなのだろう。
それこそがゴンのルーツであり、今もゴンの本体である可能性の高い領域だ。
ゴン本人はあくまでも最初に発生した場所であると言葉を濁しているが、今も重要な場所であることに変わりはない。しかも、今はそこにゴンが自ら作ったナノマシンまで存在する。
もしゴンの作ったナノマシンが俺の肉体の強化と維持だけでなく、ゴン自身の存在自体をも支え、成長させたのだとすれば、それが美鈴さんの肉体に及ぼす影響は計り知れない。
だからそれを完全に自分がコントロールしながら安全に処置を終え、最終的には美鈴さん自身が完璧に制御可能な状態に調整した上で、管理権を美鈴さんに引き渡す必要がある。
三日間のゴンの仕事内容はきっと、そんなところだろうか。
だがそれはつまり、ナノマシン自体には自ら考え制御するまでの能力がなく、ゴンの正体がナノマシン自体ではない、ということだ。
『悔しいですが、セイジュウロウの言うことは正しいです』
珍しく素直にゴンが認めた。
重要な処理中なので、これ以上俺との雑談に割くリソースが不足しているだけなのかもしれないが。
『ワタシが全身の修復を終えた後には、美鈴自身の力でナノマシンを制御し維持しなければなりません。しかし現在の美鈴の演算能力ではそれが困難です』
『え、それはまずいだろ』
『はい。ですから、セイジュウロウの肉体のような新しい生化学的な演算領域の拡張が必須となります。ただ、それが成功するかは、実際にやってみなければわかりません……』
『もしできなければ?』
『USM基地に戻り外部に大型の制御機器を接続するまで、こうして私が美鈴に付きっきりで面倒を見る以外に方法はありません』
それでも、黙って何もせずに見殺しにするよりはだいぶマシな状況だ。
『わかったよ。その時には美鈴さんと仲良く手を繋いだまま帰ろう』
『きっと澪が嫉妬して大騒ぎするでしょうから、そうならぬようワタシも頑張ります』
『ああ、よろしくな』
『ただ、ワタシのナノマシンは澪だけでなく、地球の生物に対して何の影響もないことは保証します。恐らく影響があるのは、美鈴たち試作型のアンドロイドだけでしょう』
『そういえば、上野を復興する手伝いに、大阪から変なアンドロイドが来ていたな』
『ええ。彼ら三つ子のアンドロイドも、美鈴たちの弟にあたる試作型ですね』
俺は昨日の朝、この旅に出発する前に初めてリアルで連中と会った。
関西弁をしゃべる三人の若者はわざわざ大阪からやって来てくれた頼もしい助っ人なのだが、どう見ても一日中悪ふざけをしているようにしか見えない。
肉体の修復作業中で動けなかった俺はバーチャルワールドを介して連中と出会い、その仕事ぶりも注目していたのだが、呆れるほかなかった。
大阪の人間は皆あんなにクレイジーなのかと思ったが、彼らの監視役として同行しているUSM大阪支部の隊員は極めて真面目な常識人なので、まあ、人による、ということなのだろう。




