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村長

 


 歩いていくと、左へ曲がりながら山道を登った先で、犬の吠える声が聞こえる。

 我々のような不審者が家に近付けば、番犬が吠えるのも当たり前だ。


 まだ距離はあるものの、灰色の中型犬の隣に立つ人の姿が確認できた。



「大丈夫、ちゃんと人が住んでいるみたいですよ」

 澪さんを安心させようと、俺は小さな声で言った。


「さて、山姥の宿じゃなければいいけどね」


 うーん、なんか黒い棒を持っている。猟銃のようだ。

 警戒されるのも無理はないので、先にこちらから声をかけるべきだろう。


「ちょっと先に挨拶してきますね」

 俺は足を速めて、犬と猟師風の男の元へ急ぐ。


「すみませーん。フライングカーが森に墜落して、迷子になっているんです!」

 叫びながら駆けていると、男がこちらへ向けていた銃口を下げてくれた。



 俺たち三人はUSMの正式装備に身を固めているが、バックパックの荷物などは殆ど持ち出せず、フライングカーと共に樹海へ消えた。


 ベストやパンツのポケットに入っている、僅かな携行食や装備品しか持っていない。


 俺だけは小隊長の日奈さんから無理やり持たされた自動小銃を装備しているが、改良型の破獣槌はテスト中で持ち出せなかった。


 それでもこれは対怪獣用に特化したUSM正式銃の改造型なので、その気になればちょっとした村の一つや二つ焼き払えるだけの火力を持つ。


 銃口の短い大口径の自動小銃にオプション増し増し、ワンオフのエルザスペシャルだった。

 銃は邪魔にならぬようケースごと腰にぶら下げて、太ももにベルトで固定している。


 乗車中は邪魔でイラついたのだが、常に携行するよう日奈さんから厳命されていたので仕方がない。


 俺も、先日のように厨房機器や掃除道具で怪獣と闘うような真似はもうこりごりだ。


 ベストの小物入れや背中の物入にも、予備の弾薬やエネルギーパックが幾つも入っている。


 何故かサプレッサーまで用意されていて、予備の長い銃身に交換すれば遠距離狙撃だってできる。まるで暗殺にでも行くような装備だが、俺にスコープは必要ない。


 他の二人はナイフと標準ライフキット程度しか持たないのだが、美鈴さんは救急救命キットを欠かさず身に着けているし、澪さんの装備するあらゆるポケットには、遠足に行く小学生のように多彩な飲食物が、これでもかとばかりに詰め込まれていた。



 このまま野宿をして救援を呼ぶことも無理なくできそうだが、ここら辺はどうも、他人の家の庭らしい。


 俺は猟銃で撃たれないように、必死で説明をする。


「実は俺の出身地が、50年前のこの辺りだったんです。それでフライングトレインの定期便で軽井沢まで来て、そこからフライングカーでちょっと一回り様子を見て、午後の便でまた東京へ戻ろうという簡単な計画だったんですけど……」



 俺たちは無事に村へ招き入れて貰い、一軒の木造家屋の座敷に通されていた。


 南向きの明るい斜面に造られた村には数軒の家があり、水田と畑が広がっている。周囲は針葉樹の森に囲まれていて、森との境には立派な柵がある。


「ああ、あの雷獣にやられたんだな。年が明けたころからあいつがこの辺りをうろうろしているおかげで、最近は遠出も出来ねえ」


 いきなりジャミングされて操縦不能となり、その後は必死に逃げるだけだったので、あの怪物の正体が何なのか知らなかった。


「雷獣、ですか?」


「体長6メートルを超える白い獣で、ハクビシンやイタチに近い姿をしている。大木や岩など高い場所へ登るのが好きで、人食いの怪獣だから頭と口はでかい」


「俺たちは姿をはっきり見ていないので何とも……」


「そうか。奴は電気のある場所へ現れては、妨害電波を発生させて周囲を見張っているんだ。おかげで獣除けの電気柵も奴を呼び込むので、今は使えねぇ」


 村の入口で猟銃を構えていたこの髭オヤジがこの小山田村の村長で、小山田隆二さんという。


 ここには6家族22人が自給自足の暮らしているというが、俺たちを警戒してか数人の姿しか見ていない。


「あんたらわかっていると思うが、電波を出したら奴が来る。当然、他の小さな取り巻き連中も引き連れてな。襲われれば、村は全滅だ。持ち物検査をするような野暮な真似はしたくねえから、くれぐれも自分たちで注意してくれ」


 何となく嫌な感じだが、悪意はないのだろう。だが電波を出せなければ、救援が来てしまう。


 それに、問題はもう一つ別にある。


『なあ、ゴン。怪獣がアンドロイドの存在に気付いて村を襲うと思うか?』


『村の中央付近から柵のある林の縁までおよそ100メートル。怪獣が接近したとしても、柵の外側3、400メートル程度までであれば、セイジュウロウとワタシの能力で感知可能でしょう。あとは偶然美鈴が直視されない限りは、大丈夫かと』


『つまり、村の中の見通しの良い場所へはなるべく出ない方が良い?』

『いえ、逃走時に使用した認識疎外ポンチョでも被っていれば大丈夫でしょうね』


 このポンチョは美鈴さんたちのためにドクターが作った特殊アイテムである。

 怪獣から発見されにくくなる特殊効果があるのだが、長く使うと使用者の感覚器官の調子まで狂うらしく、美鈴さんはあまり好まない。


 見た目はサバイバルキットに入っている穴の開いたフード付きの防水布と同じで、簡易テントや敷物にもなる極めて便利なグッズだった。


「清十郎の親戚がいるんじゃないかと話していたんですが……」

 澪さんがそんな話をしていると、村長は首を傾げた。


「富岡さんという方は知りませんねえ。そもそもこの村は、軽井沢の別荘地にいた人たちが怪獣に追われて浅間山のこちら側まで逃げ延びてきたと伝えられますので、地元の方とのおつきあいは少ないのです」


「では時々高崎の方へ出たりとかは?」


「いえ、閉鎖的な村ですので、ワシらはここからほぼ動きません。ただ時折街へも行っている武装商隊の者たちが、たまにの宿や食料と交換で日用品などを持ち込んでくれるんで。今夜皆さんに泊ってもらうのも、その宿舎として利用している家だから」



 一旦村長の家へ行き温かいお茶と野沢菜の漬物を戴いて、一息ついたところで近くの空き家へ案内してもらった。



「この家は元々来客者のために用意しているので、自由に使ってくれていい。食事は薪で飯を炊くのも何だろうから、こっちで用意する。私らの家で一緒に食べましょう。それまではゆっくり休んでくれ」


 天井の高い家の中へ入ると広い土間があり、奥の座敷の中央には囲炉裏が切ってある。既に赤々と薪が燃やされていて、部屋を暖めていた。


『セイジュウロウ、この家には監視装置があります』


『無効化できそうか?』


『電気的な信号を観測できませんが、レンズと光ファイバーの位置は把握しました』

『俺たちは信用されていなのだな』


『元々この家はそういう風に造られているのでしょう。村の外周を囲む柵も、今は切られていますが電気柵になっていますね。村長の言葉を鵜吞みにはできないかと……』


『それなら、少し村の中を散歩しながら話そうか?』

『そうですね。他の村人と話すのもいいでしょう』

『わかった』


「澪さん、疲れてますか?」

「ううん、ぜーんぜん元気だよ」


「じゃあ、少し村の中を歩いてみませんか」

「うん、いいね」


()()()()美鈴さんはポンチョを被ってくださいね」

「仕方がありませんね、()()()()


 俺たちは靴を脱ぐこともせずに、再び家の外へ出た。

 


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