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夢2(第二部スピンオフ01)

第二部と第三部の間に位置する番外編です。

 

 俺は夢を見ていた。


 野球部を引退しても実家へ帰らず、俺は寮に残って学校へ通っていた。

 プロ野球からは声がかからなかったが、何とか東京の大学で野球が続けられそうだった。


 近いうちに一度、面接のために東京へ行かねばならない。


 俺の成績なら普通に入れる大学もないわけではなく、もしもの場合に備えて受験勉強の真似事もしていた。



 そんなある日、おかしな夢を見た。


 俺は何か、恐ろしいものに追われている。

 中学生くらいの女の子を抱きかかえて、実家のある高原の森の中を、必死で走っていた。


 ~クマさんに~出会った~というような呑気な状況ではない。

 姿は見えないが、背後に迫るのは少なくとも優しいベアーではない。


 荒々しい息遣いや時々焦れたように上げる咆哮が、恐怖を掻き立てる。


 無我夢中で走り続けると、木立を砕きながら迫り来る恐ろしい音が少しずつ遠ざかり、どうにか逃げ切れたことを感じる。


 余裕ができて抱きかかえた少女の顔を見下ろすと、目と目が合った。


 安心して微笑む少女の顔が何故か姉の笑顔と重なり、涙が落ちた。


「大丈夫よ、清十郎。私は元気だから」

 姉がそう言うと、背後から肩を叩かれて振り向いた。


「ああ、安心しろ、清十郎。俺たちも元気だぞ」

 背後には兄が立っている。


 いつの間にか周囲は見慣れたキャベツ畑が広がっていて、トラクターに乗る父がこちらに向かって手を振っている。


 その向こうでは、母と祖父母が収穫したキャベツをトラックに積む作業をしていた。

 ああ、なんだ。


 いつもの光景だ。


 俺は安心して、抱きかかえていた姉を地面に下ろす。


「じゃあ、行ってこい」

「体に気を付けてね」

「ボケっとしていて車にはねられるんじゃないぞ」

「大丈夫、おまえならできるさ。なんたって俺の子だからな」

「だから心配なんですよ!」

「そうだよぅ、清十郎はあんたに似たから心配だねぇ」

「こっちのことは気にせず、思い切り暴れてこい」


 いつの間にか、俺の周囲に集まった家族が口々に別れの言葉を述べた。


「大袈裟だな。ちょっと東京へ面接に行って来るだけだよ」


 俺は恥ずかしさを隠しながら背を向けて、右手を上げて歩き始めた。



 目が覚めると、高崎市内にある寮の一室だった。


 そんなに長いこと家族と会っていないわけでもないのに、妙に懐かしくて心が震えるような夢だった。


 きっと今日の東京行きを前に、俺は緊張しているのだろう。


 少し早いが俺はベッドから起きて、日課になっているロードワークのため外へ出た。



 東京の街は相変わらず人が多くてせわしないが、俺も高崎で暮らして二年半になるので、子供のころのような戸惑いも驚きも少ない。


 ただ秋葉原の路上を歩いているとメイド喫茶やら意味不明な勧誘やら、普段テレビでしか見ることもないような派手な服を着てメイクをした若い女性にやたらと声をかけられるのには困った。


 やはり田舎から出てきたオタクだと、一目で見抜かれているのだろうか。

 それから俺は山手線に乗り、池袋へ向かった。


 池袋駅の東口を出ると、ここも秋葉原以上に多くの若者でにぎわっている。


 目的の店は駅から少々離れているので、どうしても人でいっぱいの歩道を歩かねばならない。


 秋葉原と違い声を掛けられることはないが、あまりに多い人に酔ってしまう。


 半分意識を失い人並に押されるように信号を渡っていると、白い乗用車が猛スピードでこちらへ突っ込んで来るのが見えた。


 あ、これは避けられない。瞬間的に俺は悟った。


 前後に人の壁があり、どう動いてもあのクルマの鼻先から逃れることは不可能だと一瞬で感じる。


 その時、クルマの運転手と目が合った。


 二つの金色の眼が、じっと俺を見ている。


 そのまま瞳の中へ吸い込まれそうな深く美しい輝きだった。


 その瞳の持ち主は、人間ではない。

 ハンドルを握る姿は一見人のようだが、その顔は黒い大きな犬だ。


 艶やかに光る黒い毛並みの大型犬。


 耳まで裂けた口には太い白い牙が並び、真っ赤な舌が躍っている。

 大きな犬……いや、これは狼なのか?


 人狼?

 そんな言葉が俺の脳裏に浮かんだ。


 その獣が、明らかに俺の顔を見て笑う。


 やっと見つけた。そう言っているように見えた。

 俺をひき殺すのが楽しくて仕方がない、という笑いだった。

 俺は、恐怖に引きつりながら、その顔を目に焼き付けた。


 たとえ死んでも、この狼だけは、絶対に忘れない。

 そう思いながら、俺はその美しい金色の瞳を見返した。



 次に目覚めた時に初めて見た人間の顔は、白衣を着ただらしない顔の中年男だった。その時にはもう、俺は金色の眼をした化け物のことなどすっかり忘れていた。


 だが俺の意識は別のところでまだ夢の続きを見ていて、ある確信を得る。

 いつかもう一度、あの化け物が俺の眼の前に現れる時がくるだろう。


 その時にはきっと、あの白い車を運転していたときの姿を思い出すだろう。

 俺を殺したあの金の瞳を忘れるはずがない。そんな確信が、俺の中にはあった。



 ぼんやりとそんな夢を見ていて、俺は覚醒した。


 自分が生きているのか死んでいるのかも分からぬ、不思議な浮遊感の中にいた。


『セイジュウロウ、目が覚めましたか?』

 ゴンの声が頭の中に響く。


『ああ、俺は生き残ったのか?』

『そうです。澪と抱き合っていたことを覚えていませんか?』


『ああ、あれは夢じゃなかったんだ』

『そうです。危うく澪に殺されかけましたが……』


『ああ、そうだ』

 意識を取り戻した俺の体に澪さんが飛びついて、その衝撃で俺は再び気を失った。


『そういえば、澪さんの眼は金色だったな』

『そうですね。澪のような琥珀色アンバーの瞳は狼の眼と言われています』


『うーん、あの金の瞳を以前別のどこかで見たような気がするんだけど……』

『セイジュウロウがこの世界で出会った可能性のある人物は記録にありませんね』


『じゃあ、こっちに来る前のことなのか……』


『そんなことより、重要な話があります。今後の治療方針をドクターと話し合わねばなりません』


『ああ、でも頼むから、今はもう少しだけ眠らせてくれ……』



 了


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