夢(第二部終了)
俺は、澪さんと二人で話している。
私はあまり覚えていないけれど、三歳の時に大宮の祖母に預けられるまでは、母と一緒に世界中を旅していたようなの。
生まれた時から私は大勢の大人に囲まれて、多忙な母のコンサートツアーに同行していたみたい。
その頃の私は誰にでもすぐ懐いて、周囲のあらゆる人に可愛がられる実に手のかからない子供だったのだと母が言っていたわ。
そんな幼年期を送ったことが、人の心の奥底を感じ取る私のスキルの基礎を作ったのだろうと、祖母がいつか人に語っていたのを覚えている。
でもね、人の心を感じることと、それを理論立てて他人に説明することは全くの別物なのよ。
私が天才と呼ばれるのは、容易に言語化して説明することが不可能な領域に達している個人能力にあって、それを一般人にも理解できるように話すことはほぼ不可能だと思っている。
まあ、天才というのはそういうものでしょう?
その時の澪さんは、そう言って嫌らしい笑いを浮かべた。
そして胸を張って続けた。
でもね、その不可能にチャレンジしてきたからこそ、今の私がいるわけ。
その私が言うのよ。
「おい、清十郎。おまえは何者だ?」
「だから、俺のことはすっかり説明したじゃないですか。澪さんだけには正直に話したのに、信じてもらえないなんて心外ですよ。どうせ俺の考えてることは、全部知っているくせに」
「私が魔女とも呼ばれる観察眼で人の心を覗き見ていることは世間に知られているが、それは半分嘘だぞ。先ほども言った通り、私は超知覚により感じたことを無理やり理屈に合わせて語っているだけだ」
「そうだったんですか?」
「その意味では、私の能力は人知を超えた第六感とも言える。その私が、清十郎の心の奥だけは知り得ない。理解できるのは、私の組み立てた理論から逆に辿った推論だけだ。それは私以外の一般人が理解する方法論と同じレベルでしかない」
「例えば美玲さんがやっているような?」
「そう。玲ちゃんがしているような方法でだ。私の知る限り、私の超感覚を超える唯一の人間が、あんたなのよ、清十郎」
急に硬い声になって話す澪さんを、俺はじっと見つめた。
「こら、何をいやらしいことばかり考えている!」
「ほら、ちゃんとわかるじゃないですか」
「バカ、そんな目をすれば女なら誰でもわかるわっ!」
「そんなにスケベそうな顔をしていましたか?」
「ああ、今もな」
「わかってくれれば話は早い!」
「こらバカ、勝手に人のスーツを解除するな! 個人認証はどうなっているんだっ!」
「そんなものは俺にはないも同然ですよ~」
俺はゴンの力を借りて強制解除した澪さんのDNスーツのベルトをベッドの隅に放り捨てた。あれは確か、澪さんの部屋だった。
「ほんっっっとうにあんたって奴は……」
ああ、あの時の澪さんは可愛かったなぁ……そうだ、これはあの激辛キムチ鍋を囲んだ日の出来事だったような気がする。
何だかずいぶん遠い日々に思えるなぁ……
俺の周囲がざわめいている。
ヤモリの胃の中には俺が思っていたよりも大勢の人がいて、今も外へ出ようと大声で騒いでいるのだろう。
体の下にある冷たく濡れた感触だけは少しわかるが、体は動かず目も開かない。
『今回の事件だけでなく、この世界全体が無理ゲーじゃないかと思っていたんだ……』
独り言のようなとりとめもない俺の思考に対して、ゴンが答えた。
『それはセイジュウロウの好きな、やりがいのある元気の出るゲームではないのですか?』
『あのね、ゲームっていうのは何度失敗してもやり直せるんだよ』
『そうですね』
『だがこの世界はもうやり直せない』
『当然です』
『だから、いつまでも勝ち続けるなんて未来を描けるわけがないだろ』
『でも今回は勝ちました』
『いや、負けただろ?』
『この声が聞こえないのですか?』
俺は唯一機能している聴覚に集中する。
俺の周囲が騒々しいのは、大勢の人間があちこちで怒鳴っているからだ。
その中には聞き覚えのある声が幾つもある。ああ、そうか。討伐隊の皆は元気なんだな、そう思うと嬉しかった。
『我々は負けませんでしたよ』
『そうなのか?』
『最後まで戦い抜きました』
『それはおまえがいたからだよ』
『セイジュウロウがいなければ、ワタシは何もできませんよ』
『おまえがそう言うのなら、俺もいることにしようか』
『それなら大丈夫です。ワタシたちがいれば、この無理ゲーは勝ったも同然です』
『おまえらこの世界の無神経で能天気な連中と一緒にしないでくれ。俺は違うんだよ。デリケートにできているんだからな』
『ではデリケートなセイジュウロウに、優秀なカウンセラーを紹介しましょうか』
「ダーリン!」
そう叫ぶ声が聞こえた瞬間、スイッチが入ったように体が動いた。
眼を開くと、長い黒髪をなびかせて背のちっちゃい女性がこちらへ一生懸命に駆けて来るのが見えた。
俺は何故か、暗い通路に横たわっている。
『セイジュウロウはまた泣くのですか?』
『うるさい、黙れ』
そうだった。
俺はこの世界を守るんじゃない。この人を守るんだった。
大それたことを考えた俺が馬鹿だった。
これは人々を守り怪獣と戦うアクションRPGではない。
攻略対象は人の心を読む天才美少女(に見える魔女)。
気まぐれなこの魔女の心を掴む、甘い恋愛シミュレーションゲームなのだ。
だから、きっとこれがこのゲームのエンディングなのだろう。
ほら、すぐに長いエンドロールが流れるはずだ。
ドスンとした衝撃を感じて、俺の視界は再び闇に包まれた。
さあ、これから白い文字が上から降って来て、スクロールするはずだ。
…………
(第二部完)
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回にて第二部終了です。
第三部もすぐ連載開始しますので、もう少しの間お付き合い下さるとうれしいです。
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