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ゆるキャラ戦

 広い通路の両側にはカフェやレストラン、おもちゃ屋や小さな子供が喜びそうな遊技場など、ファミリー層に人気のありそうな店が営業していた状態そのままで軒を並べていた。しかし店内は乱れ、荒れている。


 ここにいた人たちは、下の階層のようにシャッターを閉じる暇もなく避難したのだろう。襲撃があったのは夜の八時過ぎとはいえ雛祭りの夜だったので、それなりに賑わていたに違いない。


 動く者の気配はまるでない、廃墟のような道をまっすぐ歩いた。


『次の四つ角を右に曲がると三体の怪獣に遭遇します』


 俺はハンマー型にした破獣槌を右手に持ち、左手には鉄パイプの槍を持つ。

 数十メートル先にいる怪獣の正体がゴンにもわからぬほどに、この辺りのセンサー類は沈黙している。


 俺の五感を通じてゴンが分析した結果と破獣槌のセンサーにより得られた情報を元に、三体の位置と姿を確認する。


 ゴンにより視覚化された情報を見て俺はひっくり返りそうになった。


 そこにいるのは今まで馴染みのあった悪趣味なケダモノではなく、3頭身の着ぐるみとしか言えない姿だった。


 二本足で直立し身長は3メートルを超える。

 脚は短いが腕は長く、狭い通路なら一体でも通せんぼできるサイズだ。小さな店なら入口を通れないかもしれない。


 イヌとネコとハムスターであろうか。

 あるいはコヨーテとヤマネコとドブネズミかもしれない。

 そんな微妙に可愛げのない造形の丸っこい生きた着ぐるみが三体、揃ってこちらを振り向いた。


『気付かれたようです』

『言われなくてもわかるよ!』


 二足歩行でよたよたと歩く太ったゾンビのような三匹がこちらへ接近する。

 その姿は正に呪いの人形といった風体で、しかも大量に浴びた返り血なのか、全身が赤黒い斑模様をしている。


 俺は今夜の戦闘で初めて後ろを向いて逃げ出したくなった。


 三頭身の巨大な顔には尖った牙の並んだ大穴としか形容できない邪悪な口が開いており、人を吞み込むよりも嚙みちぎる方が得意なことが伺える。


 こういう殺人鬼を放置するわけにはいかない。


 見たところ細かいフォルムは異なるが、似たような性質の怪物だろう。

 歩くのは苦手なようだが、太い腕には鋭い爪が生えている。

 重量級の肉体を利用した強い腕とあの牙の並んだ噛みつき攻撃が主体らしい。


 本来は接近戦を避けたいタイプの相手だ。

 だが、俺の予測は一つだけ間違っていた。


 俺が身構えると同時によちよち歩きだった三体がぐっと体を低く鎮めると、信じられないスピードで猛ダッシュしてきた。


 俺は慌てて左手の鉄槍を突き出して身構える。


 先頭のネズミが尖った前歯をむき出しにして突っ込んで来るのを鉄槍で串刺しにする。

 右側の天井付近から飛び降りて来るイヌの頭をハンマーで粉砕するが、同時に左腕の鋭い爪で床に叩きつけられた。


 左の壁まで吹き飛ばされたところへ、ネコ軒端が迫る。曲がらない左足を何とか振り上げたが、膝を固定しているギブス代わりのモップの柄が簡単に粉砕された。


 同時に左右の腕がフック気味の連打で俺の顔面を襲う。

 右手の破獣槌でネコパンチの鋭い爪を何とか防ぐが、体は後方へ弾き飛ばされてしまった。


 何回転か転がってから床に膝を着いて、顔を上げて前を見る。


 ジャンプしたネコの追撃が、もう目の前に迫っている。


 俺は右足と右腕を突っ張り、後方へ大きく跳んで回避する。


 俺の予想外の動きに、ネコも動きを止めた。

 振り返り、動かなくなった二体を見る。


 普通の人間なら簡単に仕留められるところだが、一瞬で二体が戦闘不能になっている事態を再確認し、警戒しているのだろう。


 やっと、この異様な怪物をじっくり観察できる。外観は俺がいた時代に流行していたゆるキャラという動物をベースにした着ぐるみに近い。

 だが、明らかにその大きさと動きは別物だ。


 牙の並ぶ口の周囲にべっとりと付着する赤黒い血がその凶悪さを物語っている。

 二本足で立ちふらふら揺れているところを見ると、明らかに頭が大きすぎて重心が高く不安定だ。


『恐らくこの怪物も、重力制御機構を備えているのでしょう』


 ゴンの説明に納得する。

 確かに右側から襲ってきたイヌは天井付近まで跳躍してから重力制御を切り、加速しながら落下してきた。


『今はインターバル中だとすると、USMの試作品のように短時間しか使えないのかもしれません。次の攻撃を躱した後がチャンスです』


 突然の俊敏な動きには、エルザさんから貰った反重力グレネードのような機能を体内に持っている可能性が高い。

 俺の左足を痛める原因となった武器だが、上手く使えば相手を攪乱できる。


『来ますよ!』


 ネコが一瞬姿勢を低く構えると、猛烈な勢いで突進してくる。剝きだした牙の両側に爪を突き出し、一撃で決めるつもりだ。


 俺に当たる瞬間には反重力が消滅して、全体重を乗せた威力のある攻撃が来るはずだ。


 軌道を読んだゴンの指示通りに俺は左半身になって避けながら、破獣槌を横へ薙ぎ払った。


『手ごたえが重ければ一撃で撃破可能です。当たりが軽ければそのまま回転して二撃目を叩きこんでください』


 ゴンの言う通りに二撃目で怪物の下半身を吹き飛ばした。


『何とか終わった……』

 俺はその場に倒れ込んだ。


『幼児向けの人形劇に出てくるような怪獣でしたね。セイジュウロウはもっと一緒に遊びたいのではないですか?』


『勘弁してくれ。俺のいた場所では人間が着ぐるみを着て各地方の宣伝をするゆるキャラっていうのが流行っていたんだ』


『こちらではそういう呼び方はしていませんが、お祭りなどでマスコットキャラクター的なタロスを制作することはあります』


『じゃあ、それを見たグランロワが真似をしたのかもな。ひどい悪趣味だ』

『グランロアのセンスの悪さはドクター並みとよく言われています』

『ゴンも珍しくいいことを言うじゃないか』


 俺は床に寝転んだまま動かない。


『セイジュウロウ、ワタシの診断プログラムによると、左足のダメージに加えて右足首と右手首にも異常が見られます。それと、左目のレンズに傷がありますが、見えにくくないですか?』


 俺は寝転んだまま体をもぞもぞ動かしてみる。


『確かに左目は霞んでいるな。でもおまえが改造した右目はばっちり見える。他は……とにかく全身が痛い!』


『生体部への鎮痛作用も効果が薄れ始めています。そう遠からぬうちに、活動にも支障が出るでしょう』


『いやだから、もう支障が出てるって!』


 


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