不感知エリア
ピクニックゾーンの東端は、激しい破壊の跡が残っている。
まだ俺は警戒しながら望遠視で観察しているだけだが、ワームの溶解液が溶かしたような痕跡も見受けられた。俺が遭遇した怪獣たちも、ここを通って侵入したものが何体もいるのだろう。
だが肝心の、三体の怪獣の姿がない。
『どこへ行ったんだ?』
『あの溶解液で激しく崩壊している部分から奥は、今のところ探知不能エリアになっています。恐らくそこにいるのでしょう』
遂に、ゴンの探知の届かぬ場所まで来た。
ここはゴンの見つけた3か所の侵入ルートの一つに近い。
『ここから二階層上の壁面が破られていますが、もしかするとこの先は縦穴になって直接外部に繋がっている可能性もあります』
『だとすると、ここが下層への侵入経路の一つそのものの可能性があるということか?』
『この上二階層にはまだ怪獣が多数残っていて、増援の討伐隊や守備隊と激しい戦闘が続いています。それらの怪獣が別の経路から来ているとすれば、ここは下層へ向かうメイン侵入路で、外部へ直接繋がっている可能性があります』
ゴンが発見して通報した三つの侵入路のうちの一つが、この二階層上にあるということだ。
『ただ、それならこのフロアにもっと多くの怪獣がいてもおかしくないのですが……』
『二階層上の穴がここに直結しているとすれば、既に討伐隊が外部から怪獣を排除しているのではないのか?』
『通信妨害により外部で孤立していた部隊へは、美玲を経由して穴の位置を通知しています。ですからその可能性もありますが、楽観はしない方がいいでしょう』
この先には遠隔センシング技術では探れない、未知のエリアがある。恐らく今回USMの通信を遮断した未知のジャミング技術も使われているのだろう。
危険が待っていようと、行ってみるしかない。俺は腹をくくって進む。
左足の負傷を庇って無理に動いていれば、生身の部分がもっと早くに耐えきれないはずだ。
いくらアドレナリンが普段以上の力を発揮させてくれても、これだけ無茶な動きを続けられるわけがない。それはドクターも言っていた、生体部分の強化のたまものなのだろうか。
それでも明らかに、俺の肉体の限界は近付いている。
頼みの武器弾薬も残りは僅かである。
全能の神ゴン様も探知不能なエリアへ足を踏み入れるのは、不安だ。
だが俺が今夜遭遇した人々は皆、通信が途絶えたり個人端末自体が壊れていたりと、まるで盲目のような状態で怪獣の跋扈するフロアへ取り残されていた。
その心細さは相当の物だったろう。
その中で仲間をまとめてクラゲと戦いその一体を退治した職人軍団の浅野さんは、すごい人物だった。
凄まじい破壊の跡には瓦礫と化した建造物だけでなく、動かなくなった人間と怪獣の姿が残されていた。
ここに来るまで何度も見てきた光景だが、俺の中にはもう大きく動かされる心が残っていないような気分だ。
ただひたすら、「一体何のために俺たちは戦っているのだ?」という疑問だけが絶えず沸き上がる。
51年前にそんな疑問すら考える間もなく死んでいった数十億人の思いを背負って生きている今の人類代表としては、俺の存在はあまりにも異質だ。
機械の体と機械の知性、そして違う時空の体と心が一つになったキメラのような自分は、一体何のためにここにいるのだろう。
上野の地下に空いた虚ろな不感知エリア。
その虚空のような穴へ、俺は空虚な心のまま入った。
そこは通路というよりも、高い天井に空いた大きな穴だった。
積み重なる瓦礫を踏んで昇ると、かつて避難通路であった階段の周囲が大きく崩れていることがわかる。
外部からの侵入口はここから二階層上の壁面で、やはりそこから一気にここまで降りて来たのだろう。
辛うじてこの周辺の水平区画が閉じて横への大きな移動は避けられたようだ。だがその分、この破壊に繋がる垂直区画の被害が激しい。
この圧力は、迎え撃った守備隊の戦力ではひとたまりもなかっただろう。。
下層への通路を崩れた瓦礫が埋め尽くしたおかげで、多くの怪獣がこの広いエリアを通って更なる下層を目指した。
しかも、これは三か所ある侵入口の一つに過ぎない。
『周辺不感知エリアの一次スキャンが完了しました。近くに潜んでいる個体は発見できませんでした。このまま上の階層に残存する敵を殲滅に向かいましょう。300メートル先にいる三体の怪獣が、先程までこの周辺にいたものと同一個体と想定できます』
俺は黙って瓦礫の山を登り切り、上の階層の床に立つ。
予想に反して、ここの天井は破壊されていなかった。どこか別のルートでこの上の侵入口から降りてきたようだ。
『ゴン、上へのルートはわかるか?』
『はい、この先には高層ビルの降下領域を守る壁があり、それが奥への侵入を阻んだようです。そこから垂直にこの階へ降り、この店を通り下の大きなピクニックゾーンへと雪崩れ込んだようです』
ここから上は居住エリアと商業エリアがモザイク状に並ぶ、地表に近い部分になっていく。
破壊されているのはスーパーマーケットのような、生活に密着した日用品を売る店の中だった。
落ちないように穴の縁を慎重に伝い、店の外の通路へ出た。ゴンのマップには近くに幾つかの赤い輝点のグループが点在している。そして生存者の存在も、少数ながら残っている。
もうすぐ、広かったピクニックエリアの人たちの下層への避難が完了するだろう。そうなればこの穴は放置しても影響が少ない。
『だがこの層にはまだこんなに敵が残っているのか……』
『ここから上層には再び不感知エリアが広がっています。USM本部の無線情報によれば、既にここの侵入口にも外部から討伐隊が入っているはずですが、ジャミングが酷く応答不能です』
『つまり、おまえの仲間たちによるダイレクトアクセスの汚染が届いていない領域か』
『汚染ではなくシステムの再構築です。確かに美玲たちは重要な深い階層を中心に活動していますので、上層にはまだワタシの影響の及ばぬ範囲が広がっています』
『とにかく俺たちは上を目指すしかないんだな』
『はい。次のターゲットは、この先にいる3体です。近くに人の気配はありません。その三体を倒したのち、その先にいる人の救出に向かいましょう』
ゴンの解析によれば、怪獣たちの侵入口の一つはこのすぐ上の層にある。
この層に残る外敵を片付けていけば、外部から挟撃している討伐隊に合流できるはずだ。
俺の心に僅かな希望が生まれた。




