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ピクニック

 片足の具合が悪くても普通の人間よりは充分早く動けるし、まだ弾薬やエネルギーパックが完全に尽きたわけではない。


 回収した槍と投擲武器として利用する鉄鍋類も多少あるし、まだ戦える。

 中華鍋は戦闘の中で一つは割れたが、もう一つはまだ背負っている。

 俺は先へ進むしかない。


 ゴンのマップによると、これまでの階層とは違い、この上では広範囲に人と怪獣が散っている。


 美鈴さんたちの復旧作業がここまで効果を上げているのだろう。

 だとすると、この上の階層付近から敵が侵入した可能性がある。


『ゴン、地下への侵入ルートは全て掌握できたのか?』


『3か所の侵入経路を特定し、USM本部へ情報提供済みです。地上でⅬⅬ級とXL級2体と交戦する本隊とは別に、外部からの別動隊が制圧に向かっています』


『今、外はどうなっているんだ?』


『アザラシを撃破し、猿人を攻略中ですが、かなりの被害が出ています』

『大丈夫なのか?』

 すると、視野に外部の映像がインサートされた。


『リアルタイムの映像です』


 高感度カメラがモノクロームに見える映像を映している。猿人は上野の山を越えて、不忍池にいるようだ。


 ここから西へ坂を登れば新東京大学の研究施設に至るし、南へ下れば皇居が近い。その前に、この湿地で食い止めようと総攻撃を始めていた。


 火力にものを言わせて頭に砲火を集中させている。猿人の何か隠れた能力が現れなければ、このまま押し切れそうな勢いだった。


『ではこちらも行きましょう』


 ゴンの判断により西側の階段を使いこの上の階層へ行き、周囲を掃討しながら東側へ向かうことにした。

 侵入口の一つは、そこから近い。


 例によってマニュアル操作で非常口を開き、上層階への階段を昇る。


 非常口を開いて外へ出ると、滅茶苦茶に破壊された小さなカフェのような場所だった。

 店の外はオープンテラスの広いデッキで、周囲はよく手入れされた芝生に囲まれている。


 外部の映像と違い、夕方のような薄明りに包まれている。きっと警報に連動して非常照明に切り替わっているのだろう。


 そこは地下とは思えない、緑の多く植えられた公園のような場所だった。

 水路に沿って遊具や円形劇場が並び、怪獣に蹂躙された多くの仮設テントが折り重なるように倒れている。だが見える範囲では、被害者も怪獣もいない。


 潰れたテントの残骸の中には、動かぬ何体かのタロスの姿があった。きっと人々を逃がすために犠牲になったのだろう。


 俺は一体のタロスに近寄り、その手に握られていた小型のスタンガンを手に取った。

 数少ない対人制圧用の武器だが、電極を持つゴム弾は全弾発射されていた。

 これで精一杯怪獣と戦ったのだろう。


 俺は再び銃をタロスの力ない手に握らせると、一番近いマップ上の光を目指して歩き始めた。


『セイジュウロウ、左方30メートルに、緊急避難所があります。内部に人がいる形跡はありませんが、何か武器が残っているかもしれません』


 ここはピクニックゾーンと呼ばれる開けた階層だ。

 襲撃時には夜のピクニックや野外パーティの類が催されていたのだろう。


 開けた場所だが、天井を支える柱を兼ねて、避難所が所々にある。

 避難通路や階段に接続する単なるシェルターが多いが、劇場やレストランなどの施設を兼ねた大きな建物もある。


 ほとんどの避難所は破壊され、通路は閉鎖されたまま機能が停止しているが、幾つかは一見無傷で残っている。


 そのうちの一つに俺は向かった。

 公衆トイレと休憩所のある小さな建物で、シャッターを閉じれば階層の床と天井を繋ぐ建物全体が避難所となる堅固な造りだった。


 珍しく破壊の痕跡はなく、独立したシステムを持つレベル2の非常口を俺のIDで開放すると、簡単に内部へ入ることができた。


 中にはトイレだけでなく非常食や救急救命キット、付随する車椅子や反重力担架など様々な機器が残されていた。


 俺は経口補水液とゼリー状の非常食を口に入れて、他に何か役に立つものがないか物色した。

 結局多少の非常食と救命キット以外に持ち出したのは、信号用の閃光弾とスモーク弾二発ずつだけだった。


『何か武器があると思ったんだけどな』


『今後は必要に応じて配備されるようになるでしょう』


『次の目標はどっちだ?』

 ここから一番近い位置に、二体の怪獣と四人の人間がいる。

 ちょうど正三角形の頂点の位置に、俺と怪獣と市民がいる。


 怪獣は四人に向かって動いているが、人間たちが動かないところを見ると、怪我をしているのかもしれない。


『先に怪獣を叩いてから、市民の救出に向かいましょう』


『確かに、市民を庇いながら戦うのは難しかった。極力近付けないように叩いておこう』


 幸い怪獣たちはゆっくりと移動している。そこへ向かって俺たちは進んだ。

 やがて俺の望遠の眼に二体の姿が映る。


 3メートルから5メートルのS級が二体。


『どちらもUnknownです』


 珍妙な姿の怪獣はどちらも腹いっぱいで、動きが緩慢な雰囲気だった。

『慎重に、一体の頭を遠距離から砲撃で吹き飛ばし、二体目は接近してハンマーで叩き潰す』

 俺が言うと、ゴンも賛同する。


『左側の赤べこの頭をバイパーで狙いましょう。右のミジンコは半透明なので、中に人のいない部分を好きなように叩いてください』


 悪趣味極まりない半透明な巨大ミジンコの体内には呑み込まれた何人かの姿が透けて見える。幸い第二胃で消化されている人はいないように見える。


 俺は民芸品の赤べこに似た、首を上下に振って歩く妙な生き物の頭をバイパーで狙った。

 一撃で倒せればよかったのだが、顔を半分失っても赤べこは倒れずこちらを振り向いた。


 このまま突っ込み二体を相手にするのは不利なので、俺は走りながら一瞬呼吸を止めて狙いを定め、引き金を引く。弾丸の誘導はゴンに任せて、再び全力で走った。


 貴重な二発目の弾丸は赤べこの残った頭に命中して、それを完全に吹き飛ばした。


 ミジンコは反重力器官を持っているのだろう。

 巨体をふわふわと宙に漂わせている。俺は胴体をあまり見ないようにしてジャンプすると、箒のような腕の攻撃を躱してその目玉の部分にハンマーで強烈な一撃を見舞った。


 防御力は高くなかったのだろう。ミジンコはハンマーの一撃で顔を砕かれて、地に落ちた。


 怪獣はそのまま放置して、次に、四人のいる場所へ急ぐ。


 四人が隠れているのは、うねる草原の中にある小さな谷の底だった。


 脅かさないように走る速度を落として、俺は近寄る。

 一人の男が横たわり、血を流している。二人の女性が懸命に止血をしているようだ。

 もう一人の男は頭に血のにじんだタオルを巻き付けて地面に腰を下ろし、放心したように下を向いたまま動かない。


『大丈夫ですか?』


 明らかに大丈夫ではなさそうなのだが、まだ生きているだけましだ。


『この人の出血が……』


 俺はバッグから救急救命キットを取り出し、訓練通りに倒れている男性にセットする。

 右腕は骨折して、千切れかけた二の腕から激しい出血が止まらない。だが、そこから先はゴンが医療キットを操作してなんとかしてくれるだろう。


「あとは救命キットの指示通りに応急措置をお願いします」

「はい」


『頼んだぞ、ゴン』

『任せてください』


 俺はそのまま後ろにへたり込んでいる男性に声をかける。


「どこか、怪我はありますか?」


「いや、俺は足を軽く捻挫した程度で、一人で歩ける……」

 どこか投げやりな言い方だった。


「他の人たちは?」


 不思議なことに、彼らのいるのは周囲に何もない広い芝生の上だった。この場所で戦闘が起きたわけではないのか?


「気をつけてください。空からあの化け物が襲ってくるかもしれません」


「空だって?」

 俺は薄暗い灰色の空を見上げた。天井が無いような、薄暮の空だった。

 


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