破獣槌
「これが、破獣槌ですか」
俺たち三人は、エルザさんの研究室へ辿り着いた。
「ちょっと待って、マニュアルはこれを読んでおいて。その間に実弾を用意するから」
エルザさんがマニュアルを表示した端末を手渡すと、奥の保管庫へ歩いて行く。澪さんも、運ぶのを手伝うよ、と言いながら後を追う。
俺はざっとマニュアルに目を通すが、それほど難しい扱い方は無さそうだ。
どうせゴンが記録しているだろうから詳細は割愛して、他に役に立ちそうなものはないかと室内を見回す。
試作品や修理中のパーツが所狭しと並んでいるが、ほぼガラクタの山である。
ここまでに投擲したウエイトの代わりに幾つかの重そうな金属パーツを鞄に突っ込むくらいで、役に立ちそうなものは少ない。武器庫へ行ってグレネードなども用意したかったが、今はこれが精いっぱいだ。
やがて奥から破獣槌の規格に合った弾丸やエネルギーパックを両手に抱えた二人がやって来る。
「他には?」
「もう少しだけ残っているから持ってくるわ。とりあえずこれを確認しておいて」
俺はエルザさんに言われるままに一つ一つをチェックして鞄に入れる。その間に、澪さんが残りを運んできた。幾つか面白そうなものが混じっている。
「これは?」
「それも別の試作品だって。ひとつずつ手書きのメモが貼ってあるから、見ればすぐ使えるだろうってさ」
「ありがたい」
それとは別に、エルザさんが調査隊の山岸隊長が使っていたような大型のハンドガンを2丁取り出した。
「これも持って行って」
だが俺は、その手を押しとどめる。
「これはもしものために、二人が持っていてください。エルザさんは使えますよね。では澪さんにも使い方を良く教えてあげてください。万が一ということがありますからね」
「わかりました」
「俺は、これで十分です」
想像していた以上に、この試作品の完成度が高いとゴンが保証するので、問題なかろう。
『俺は、どこへ向かえばいい?』
武器を手にした俺は、いよいよ北東エリアへ侵入した外敵の排除へ向かうことにする。
『見てください。これが現在の状況です』
ゴンが3Dマップに怪獣の侵攻状況を示す。
例によって赤い輝点が生きている怪獣で、青い輝点は無害化している怪獣。
その他破壊された重要施設と復旧中の施設、生きている人間の位置。縮小された荒い地図だが、戦況が良くわかる。
『敵はかなり分散しているな』
『はい。下層に分散する敵を叩くより、まだ上層に残る敵を先に叩きましょう。退路を断ち、これ以上の援軍を送り込まれぬように』
「私たちは緊急用の通路で下層のシェルターへ向かいます」
エルザさんが言う。
「わかりました。澪さんを頼みます」
「清十郎はどうするの?」
澪さんが不安そうに俺を見上げる。俺の顔を見ても、考えていることがわからないのだろうか?
「俺は侵入口付近に残る怪獣を掃討するため、経路にいる敵を討ちながら上層へ戻ります」
「一人で行くの?」
「澪さんは安全な場所へ避難して下さい」
せっかく下層まで来たのに、二人を戦場へ戻すわけにはいかない。
俺はゴンのパップを見て考える。
「二人はここから緊急退避通路を使いシェルターへ向かって下さい。澪さんなら避難している市民に対して、医師としてできることがたくさんあるでしょう」
「うん、わかった。でも、変な不安が消えないの。清十郎、無理しないで必ず帰って来てね」
「では、澪さんをお預かりします」
二人が並ぶと、エルザさんは頼りになるお母さんのようだ。この人も長い間USMで仕事をしているので、タフなのだろう。
俺は二人と別れて、単独で市民を救助するために怪獣の密度の濃い上層へ戻る。
セントラルコンピューターのある下層の回復を目指す前に、これ以上の侵入を止める方が重要と考えた。上層を抑えて内部に侵入した怪獣たちを孤立させるのが狙いだ。
一人になった俺は、近くにある赤い輝点を目指して上層へ向かう。
何体かの小型怪獣との戦闘は、破獣槌の試作品とは思えぬ高い性能のおかげで一方的に蹂躙することが出来た。
ただ、ゴンの持つデータにない新型獣が多く、視界にはUnknownの表示ばかり現れる。
破獣槌を右手に握ると視界に装填されている弾丸の種類とエネルギー残量が表示される。選択されている機能はその下に表示されている。
現在はショットガンモードでプラズマ弾を選択中。これは6連装のマガジンに装填されている。
他の人間に遭遇しない前提での選択だが、接近して撃てば普通のショットガンと同じように使える。通常弾よりも威力が強く、射程も長い。
瞬時にハンマー形態に変更すれば、ゼロ距離で同じ弾丸を叩きこむことも可能だ。
何度かSS級の怪獣と遭遇して戦闘を重ねるうちにゴンも学習し、効率的な弾丸の選択をしてくれるようになった。
ただ、ゴンが選択した形態と弾薬に合わせてこちらも連携しながら動く必要がある。戦闘中は音声と視野内のセレクター表示だけでは追い付かない場合がある。
それを補うように、自然と俺にもゴンの考えていることが理解できるようになってきた。
ちょうど俺の心の声を聴いて勝手に返事をするゴンのように、俺にもゴンの心の声が聞こえるように思える。
『気付いていますか、セイジュウロウ。先ほどの戦闘の途中から、疑似音声を用いないコミュニケーションが成立していますね』
『これはおまえが何かしたんじゃないのか?』
『いえ、私の心の声を清十郎が読んでいるのです。私にも完全に想定外の、セイジュウロウの能力です』
『へえ、おまえにもそんなことがあるのか』
『……』
『そのうち俺にも、おまえを通して自在にネットへアクセスする能力が得られるかもな』
『何故そんなことを?』
『おまえが今一瞬恐れた、その心を読んだのさ』
『まさか……』
『ほら、次の敵が来るぞ!』
『馬鹿な。それをセイジュウロウに教えるのは、私の役目です!』




