膠着状態
邪魔者が消えた荒野を、二体の巨大怪獣が再び前後して進む。
進行する先には、上野の山に灯る街の明かりがある。避難の完了した内陸部の街は灯火が消え、湿地帯に面する上野の山だけが怪獣を誘うように暗い画面の中に浮かんでいた。
「この映像はどうやって撮影しているんですか?」
「偵察用の無人フライングカーと複数の小型ドローンからのものでしょうね」
俺の疑問にエルザさんがすぐ答えてくれる。
「このUSM東東京支部は上野の山の北東側、鶯谷に寄った場所に建っているでしょ。この辺りのビルは怪獣が目指す岬の灯台のような役割を果たしているから、大抵の場合この建物周辺へ真っ先にやって来るのよ」
『セイジュウロウが生きていた頃には根岸とか入谷とか呼ばれていたのがちょうど東の崖下に見える低地で、その先が浅草です。この辺りはそこへ向かって突き出した台地なので、よく目立つのです』
北東から接近する怪獣たちは、既に上野から4キロに迫っている。
「火球の射程は上野を超えて、皇居の日本支店と中央東京支部に達するわ。これは未曽有の危機と言えるわね」
エルザさんの言葉を待っていたかのように、討伐隊のフライングカーが攻撃を開始した。
「アオガエルが美鈴ちゃんを燃やした霧は、マイクロサイズのナパーム弾の集合体の様なものだったの。今は、私たちの武器へ応用するための研究も始めているわ」
エルザさんは言う。
「でもあの霧は時間が経てば拡散して無害化するし、発火しても短時間で燃え尽きて、建物に対するダメージは小さいの。たぶん牽制目的か、怪獣としては珍しい対生物兵器の一種だったのではないかと考えられているわ」
だが一瞬にして美鈴さんが炎に包まれたあの悲惨な光景を、俺は忘れられない。
「でもね、今日の火球は桁が違うわ。あんなものを見せられたら討伐隊としては、一刻も早く街への接近前に叩きたいと考えたのでしょう」
エルザさんの言う通り、4機のフライングカーが接近して集中砲火を浴びせているが、見た目が派手なだけで効果は少ない。恐らく、より強力な武器の使用許可が上層部から出ていないのだろう。
確実に仕留めなければ、東京の中心部にあの火球を撃ち込まれる可能性が高い。高熱により地上だけではなく、地下の浅いところでもかなりの被害が出ることが予想される以上、中途半端な攻撃をするのは自殺行為になる。
今は閃光弾で牽制しながら時間を稼いで様子見をしているところだろうか。そんな時間が残されていればよいが。
モニター画面の報告によれば、夢の島砲塔は地上付近の被害が大きく、簡単に再稼働はできないようだ。
夢の島の損害を見た上層部は、反撃を恐れて上野や皇居の防御網からの直接攻撃を見送っている。
今行っている、フライングカーによる砲撃を中心に中距離から放ったロケット弾や誘導弾はアザラシの表皮に阻まれ大きな効果がない。
猿人は俊敏な動きて回避したり、太く長い毛で覆われた腕で頭部を防御して耐えている。恐らく猿人の方はアザラシ程には防御力が高くないのだろう。
「危ない!」
急降下して猿人の頭部に対怪獣戦用ミサイルを放ったフライングカーが離脱するのを追うように、アザラシの口から小火球が飛ぶ。
予想外の攻撃に、避ける暇もなくフライングカーは炎に包まれた。
乗員は被弾する寸前に車外へ射出されているが、あの場所で地上へ無事に降りることができても、恐らく足元には小型の怪獣が待ち構えているだろう。
小型と言っても十分に人を何人も呑み込めるサイズだ。
そこから先は、直近の平均生還率70%となる怪獣の腹の中に運命を委ねるしかない。
増援のフライングカーが到着し、執拗な攻撃を繰り返す。大口径のバイパーによる顔周辺への連続攻撃と、目くらましの閃光弾が連続して着弾する。
だがこれでは時間稼ぎの嫌がらせにしかなっていない。
「ねえ、トミー。討伐隊は大丈夫なのかなぁ」
隣の澪さんが掴む腕に力が入る。
「大丈夫。まだまだ序盤ですよ。それに、地上部分の避難は完了していますから、例え火球が撃ち込まれても被害は建物だけです」
アザラシの放つ小火球は、二度目以降にはフライングカーが回避した。
『搭載しているAIが火球発射のタイミングを予測しています。余程接近しない限りはもう当たりません。火球発射前のモーションが大きく、飛来速度もそれほど早くはありません。回避行動は比較的容易でしょう』
俺がゴンの解説をそれとなく他の三人にも教えると、エルザさんも続けてくれた。
「巨大なアザラシの運動能力自体は低く、猿人との合体技の長距離砲が主な役割に思えます。本来は静止している目標に向けて使用する、生きた自走砲なのでしょう」
だがひらひらと避けるフライングカーの攻撃に苛ついたのか、次にアザラシが吐いたのは砲塔を破壊したのと同じ直径10メートルを超える大火球であった。
発射したのは一発だけだったが、その巨大さにフライングカーの回避行動が間に合わなかった。
火球が掠めただけで軽量の車体はひとたまりもなく吹き飛んで炎上し、落下する。
乗員は座席ごと射出されるのが見えたが、高熱の影響までは不明だった。
火球は勢いを失わないまま直進して上野の山に向かい、USM支社の北隣に立つ二棟のビルへ着弾した。
地下にいる俺たちにもわかる衝撃が伝わり、地震のように揺れが起きる。
そして揺れが収まった時、けたたましい警報が鳴り響いた。
これは遠隔通信ではない。室内の非常放送装置からの音声警報である。
同時にモニターの画面が消え、視野の中へ新たな情報がインポーズされる。
「緊急警報!」
の赤い文字が視界に浮き上がる。
不明生物の地下施設への侵入を観測
等級:M級・S級・SS級
数量:約100体
種類:不明
位置:ET-FC205地区・B003~B005層




