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背水の陣

 日奈さんが部屋を出る前に第一次警戒態勢に入るとの通報があった。

 これは非常用以外のエレベーター停止と、緊急活動以外の建物内での移動禁止である。


 続いてすぐ第二次警戒態勢に入ると、建物に軽い振動が走る。以前俺が階段で屋上へ上がったのは、この第二次警戒態勢に移行したところだったようだ。


 多くの高層ビルは二重構造になっていて、外側の薄い外殻と上下する内側のピストン状の建物本体に分離される。


 以前俺が屋上へ上がるときに利用した階段はこの外殻内にあり、内側のピストン部分は第三次警戒態勢に入ると地下へと降りて、地上の戦闘での被害を軽減させる退避モードに入る。


 完全に地下への移動を終えたピストンは地上部との間の隔壁が閉じて、周囲の地下街と一体化して出入りが可能になる。


 例え外殻が派手に破壊されてもビル本体は地下に残るので、再建は比較的容易となる。

 この残った外殻部分が怪獣を誘い込む役目をしている。水面上に見えるこの氷山の一角により、本体の氷山たる地下街から敵の目を逸らす目的を持った、重要な囮なのである。


 そんな理由で、この未来都市には高さ100メートル前後のビルが多い。もっと高いビルを建てればその分地下へ退避させるのが難しくなるし、外殻を大きくすれば再建も難しくなる。


 ビルの規模も、大きい物は少ない。大規模な施設は全て最初から地下に作られているのだ。

 こうして張りぼての高層ビル街をダミーとして怪獣を迎撃するのが、USMの仕事だ。



 日奈さんが出て行った後、残った俺たちは居間に集まったまま、シリンダーが地下へ格納されるのを待っている。


 既に窓はシャッターで閉ざされていて、外は見えない。その代わりに部屋のモニターへ遠くから迫る二体の異形が映し出されている。


「この一か月でⅬⅬ超級が二度目の接近とは、多すぎるわね」

 美玲さんが小さく呟く。


「まさか、大進攻が始まったんじゃないだろうな」

 ドクターも不安そうに画面を見たまま言う。


『怪獣の第一次進攻が終息した2001年以降、東京では二度の大規模な襲撃がありました。その時にはⅬ級超の巨大怪獣が10体以上と、M級以下の小型獣100体以上が、数か月にわたり連続して襲撃しました。


 ゴンが言う東京大侵攻は、過去に第三次まで記録されている。


『それは2017年と2036年のことです。それから14年、そろそろまた次の大進攻があってもおかしくない時期です』


 東京直下型地震のように、予測の根拠はかなり希薄だ。


『ただし今回程度の中規模進攻は過去10回以上記録されています。このまま中規模進攻で終結するのか、この後の大規模侵攻の前触れなのか、今のところまだ何とも言えません』


『結局何もわからないって言いたいんだろ?』

 ゴン先生の無意味な解説が現実的過ぎて怖い。


 単なる中規模進攻なのか、大規模侵攻の前触れなのか、考えても仕方がないが、最悪の事態を思うと、胃が痛くなるような状況と言えよう。


 居間の3Dモニター上にUnknownと表示された二体の生き物は、前後に間隔を空けてこちらへ向かっている。


 先頭の一体はアザラシのように湿地帯を滑りながらひれ状の両腕で船を漕ぐように進んでいる。


 ただ、その体はかなりの重量級で、あんなのが街へ来れば地下まで被害が出そうだ。例によって巨大な口が前面に開いており、額には長い角まで生えている。


 後方には膝まで水に浸かって二本足でゆっくり歩く猿人がいた。


 イエティとかビッグフットとか、全身長い毛に覆われた猿人のシルエットだが、例によって大きな頭と口裂け女のような口により等身がおかしい。

 4頭身くらいのずんぐりした体である。


 しかもどちらもⅬⅬ超級なので全長100メートル前後の巨体だ。


 街は灯火管制により次第に灯りが消えて、暗く沈んでいく。怪獣を刺激しないように暗視カメラが捉えた映像なので色調は薄いが意外とはっきり見えている。


「そろそろフライングカーの迎撃が始まるんじゃないの?」

 隣に座った澪さんが、俺の左腕にしがみつきながら不安そうな声を出した。


「夢の島にある砲台からの牽制攻撃が先だろう。以前は怪獣を街から離して誘う役目を持っていたが、最近ではその手も通じにくい。だが、あの巨大な体になら砲撃を当てて、多少のダメージも与えられるかもしれん」


 ドクターは冷静だった。


「ていうか、もっと威力のある迎撃ミサイルや爆弾攻撃で早くやっつけられないんですか?」


 俺の感覚では、接近される前に湿地帯で長距離大火力を投じて一気に叩き潰すことが最良だと思う。だから俺は一人歯がゆい思いで見ている。


「トミー、おまえはここへ来てひと月過ぎても何も知らんのだな。それができれば地球はこんなにならずに1999年のまま残っているぞ」

 ドクターが言い放った。



『おいゴン。どういうことだ?』


『一般に、地球を襲う神とも悪魔とも宇宙人とも言われる存在は、恐怖の大王、フランス語を略して「大王Grand Roiグランロワ」と呼ばれています。その存在は、その気になれば何時でも都市を壊滅させる力を保持しています』


 それくらいは知っている。


『我々が長距離破壊兵器により怪獣を殲滅すれば、報復としてどこかの都市が同じように長距離兵器により地上から消滅させられます。海底に潜んだ原子力潜水艦の核攻撃に対する報復で、過去幾つもの都市が地図から消えました』


 それは主に、50年前の第一次侵攻の話だろう。


『故に現代の都市防衛の基礎は街を襲う怪獣との、中近距離戦が必須となります。Grand Roiグランロワにより送り込まれる怪獣の存在意義が人類を喰らうことであれば、ある程度怪獣と人間が多く接触する状況を作らねば彼も満足しません』


『つまり、全滅したくなければ生贄を捧げろと?』


『そこまでは言っていません。ですが、我々は常に危険を承知の白兵戦を求められているのです。これは敢えてUSMの公式見解には明記されていない禁忌事項の一つです』


『しかし、そういうことは最初に言ってくれよ、って奴だよな……で、他にもあるんだな』


『セイジュウロウが既に知っているものとしては、アンドロイドを怪獣に近寄せてはいけない、というものがあります』


『ああ、それは聞いた。タロスの役立たずぶりもな』



 黙り込んでしまった俺に、ドクターが続きを説明してくれた。


「1999年に最初のターゲットとなったのは、地球を破滅させかねないBC兵器や核兵器などの大量破壊兵器と、原子力関連施設だった。奴らは謎技術によりそれらを無効化し、地球が汚染され、自滅することを阻止した」


 大量破壊兵器を無効化したうえで、大量虐殺を行った?


「同時に軍事施設や世界中に配備されていた威力の大きな通常兵器も悉く排除されている。以来、人類は竹槍と豆鉄砲で戦うことを余儀なくされているのさ」


 そのために、地上にダミーの都市を作りそこで怪獣を迎え撃つ。それは、ある程度の犠牲は覚悟の上の、背水の陣であった。


 何となく、討伐隊のあの底抜けの明るさの理由が少しわかったような気がした。



『俺たちは家畜のように品種改良のために生かされているのか?』


『最初は単に家畜の餌だと思われていましたが、最近では選別のため、という考え方が主流です。そして、それを家畜に例える者がいることも事実です。ただ人類は、家畜の餌から家畜そのものにランクアップしたことを喜ぶべきなのでは?』


『だから、おまえのジョークは笑えないんだよ!』



「上野のお山は、人々の暮らす武蔵野台地が東の水没地域へ張り出した先端部分ですから、ここへ怪獣を誘導して食い止めるのが、私たちの役目です」

 エルザさんは、覚悟を決めたような落ち着いた声で教えてくれた。


「俺たちが食い止めなければ、東京の中枢が襲われる。そういうことですよね」

「もちろん、北東京支部と中央東京支部からの増援もあるだろうから、そう心配するな」

 ドクターは相変わらず呑気そうだ。


「とりあえず私たちは一度地下へ避難するわよ、清十郎」


 建物の振動が大きくなり、シリンダーが地下へ下がっていくのを感じる。俺は、ゆっくりと円筒型のビルの内側が地下へ沈んでいく姿を想像する。


 小隊長の日奈さんは上層に残り副隊長として、八雲隊長の補佐をしている。


 既に第三・第四小隊はフライングカーで出撃した。討伐隊の無線はオープンにしているが、新入りの俺には第ゼロ小隊の情報は何も入らない。


 どうなっているのだろうか。

 


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