雛祭り
俺の新兵器の開発は、試作品の製作段階に入っている。
新しい武器を次々と試しに振り回す作業は終了して、朝から第ゼロ小隊の連携を中心にした訓練を行っている。
午後の時間は個人の技術習熟訓練に振り分けられ、俺は乗り物や武器の操作技術向上に努めた。
そして早めに終了して残りの時間は身体トレーニングの時間に充てることとなり、夕方までトレーニングルームで汗を流した。
ゴンの悪だくみが奏功してドクターの奥様が夕食に来てくれることになり、ドクターも渋々同席することになる。
そしてデートの約束のない日奈さんも一緒に雛祭りを祝うことになった。まあ、今日は日奈祭りということで。
自宅のキッチンで午後から澪さんと美鈴さんが色々と料理を作っていたのだが、それが少々不安の種である。
美鈴さんはここへ来て何度も料理をしているのでその腕は信頼している。しかし澪さんについては入隊前にこの家へ引っ越して来てもう3週間になるが、キッチンに立った姿すら見た記憶がない。
果たしてマトモな料理ができるのだろうか?
既にドクター夫妻は美玲さんと居間で寛いでいる。
「初めまして、谷口エルザと申します」
柔らかに波打つ金髪の上品な美女であった。隣のドクターがやや顔を引きつらせている。
「こんな美人の奥様がいるのに、どうして俺に隠していたのさ!」
俺はドクターを責めた。
それを救うように、「遅れてすみませーん」と日奈さんが駆け込んできた。
エルザさんと日奈さんは旧知の仲らしく、二人で何やら仕事の話を始めたので、俺はドクターに近寄り二人の馴れ初めなど聞こうとしたが、それより早くダイニングから声が上がる。
「食事の支度が出来ましたよ~」
美鈴さんのひと声で、全員がダイニングテーブルへ集合した。
テーブルには様々な料理が並んでいる。
「今日はお雛祭りですから、メインは鮭とイクラのちらし寿司と、ハマグリのお吸い物です」
先ずは美鈴さんの用意した和食から説明がある。
「飲み物は、甘酒とビール、シャンパンと日本酒も用意しています」
他にもお刺身やサラダ、ローストビーフなどが並ぶが、見慣れぬ料理も混じっている。
「私の作った料理もあるよ」
澪さんが幾つかの皿を指差す。
「澪の料理だと? これは埼玉の郷土料理ってやつか?」
ドクターが露骨に眉をひそめる。
「いや、大宮じゃなくてさ、ポリネシア人の叔父の家族に教えて貰った南国料理なんだ。時間のある時は昔ながらのやり方で地面を掘って焚火をして、その穴の中にバナナの葉に包んだ食材を埋めて調理することもあるんだよ」
一つはパルサミというポリネシアの料理で、玉ねぎやホウレン草にココナツクリームを加え1時間ほどオーブンで温めたものらしい。
本来はホウレン草ではなく、1人前ずつタロイモの葉で包み3時間以上も蒸して、柔らかくなったその葉ごと食べるものらしい。
もう一品は豚肉のポリネシア風炒め。赤身の豚肉をニンニクやケチャップで炒めているのだが、パイナップルが入っているのが一味違うところ。
「三皿目はポワソン・クリュ。マグロのお刺身と生野菜を使ったマリネのような料理ね。ライムの果汁とココナツミルクを使っているの」
順番に一つずつ食べてみるが、どれも素晴らしい味だ。そしてこれが冷たい日本酒によく合うのだった。
「ちらし寿司もいいけど、ご飯の上にこのポワソン・クリュを山盛りに乗せて食べたいところだね」
俺はこの料理がいたく気に入った。
「エルザさんは技術部で働くエンジニアで、今日は一日中トミーの新兵器の試作品を作っていたらしいよ」
澪さんが言う。
「ええ、素晴らしい設計図ができていたので、私は3Dプリンターをセットしてできたパーツを組み立てるだけでしたけどね」
「うちの設計AIは優秀だからな……」
日奈さんの言葉に、すぐゴンが反応する。
『優秀なのは私ですから、お忘れなく』
『はいはい』
「で、試作品はできたのですか?」
まさかドクターの奥様が作っていたとは。
「はい、先ほど組み立ても終わり一通りの実射試験まで完了しています。ハンマー形態での強度試験は簡単にできないので、明日以降になりますね。私たちは、破獣槌と呼んでいます」
「まあ、どちらにしろトミーの謹慎が解ける来週以降じゃないと実地試験はできないからな」
日奈さんは俺をなだめるように冷静に言う。
「出来栄えはどんな感じです?」
それでも俺は黙っていられない。
「最高ですよ。久しぶりに面白い仕事でした。だから夢中で仕上げてしまったの。銃の形態では、当然重いけれどバランスもいいし扱いやすそうです。威力も充分ね』
この人も、本当に仕事が好きなのだとわかる。
「特に設計変更で追加されたレーザー砲は、フライングカーに搭載した固定砲に迫る威力があって驚き。レーザープラズマ銃の加熱用レーザーを光学銃に転用するシステムは無理があると思ったけれど、少しの設計変更でこれほどの威力になるとは」
夢中で話すエルザさんは輝いていて、ドクターが惚れるのもわかる。
「これを考えた人は天才ね。今後このタイプが正式銃にも採用されるかも……」
『当然、それもワタシの設計ですが』
いちいち頭の中に響くドヤ声が鬱陶しいが、事実であれば仕方がない。
「もう今日は仕事の話を止めましょうよ。ところで澪さん、このポワソン・クリュの作り方をしっかり教えてください」
日奈さんは子犬のブローチを左手で触りながら言う。
今夜の日奈さんは澪さんのスーツよりやや濃いめの青いワンピースを着て、珍しく女性らしい姿をしている。
こうして見ると筋肉が強調されずに引き締まったスタイルの良さが目立つ。前世のスーパーモデルのような近付き難い迫力を感じる美人である。
正直毎日の訓練では凶暴なゴリラだと思っていたが、先日アクセサリー屋で垣間見た女性らしさは、実は本物のようだった。女はわからない。
「じゃぁ、今度非番の時にここへおいでよ。他にもいろいろ南国の料理を教えてあげる」
「へえ、日奈ちゃんは料理を習って誰にごちそうするのかなぁ?」
ドクターが軽くからかうと、乙女心に火が付いたのか日奈さんは薄い褐色の肌を赤く染めて下を向いてしまった。
「安朗さん、それはセクハラですよ」
エルザさんが、ドクターの脇腹に鋭い肘打ちを入れた。
「ドクター、日奈さんはとんでもない人気者なんですよ。沢山の独身男性からのお誘いを全部振り払ってまでして、今日はこうして来てくれたんですから」
美鈴さんがそうフォローする。
「うん、事務方にも日奈さんの隠れファンは多いからね。うっかり日奈ちゃんファンクラブの機嫌を損ねたら、後で大変なことになるよ~」
美玲さんもそう続けると、ドクターは逆に青くなる。
「エルザさんは、どうしてこんなセクハラ変態医師と一緒になったんですか?」
俺は不思議で仕方がなかった。
だがエルザさんが答える前に、ドクターが俺を不思議そうに見る。
「いや、私も不思議に思うんだ、トミー。おまえはどうしてこんなモラハラ暴力カウンセラーと付き合っているんだ?」
ドクターの言葉に、俺は迂闊にも答えに窮し沈黙してしまった。
恐ろしくて澪さんを見られない!
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