新兵器
美鈴さんが腕を振るった昨夜の激辛キムチ鍋の余波で朝から腹の調子が悪く、尻の穴がひりひりする。当の美鈴さんは今朝も絶好調だ。
きっとアンドロイドの肛門にはデリケートな痛覚が不足しているに違いない。ドクターに言ってよく研究してもらおう。
研究といえば、昨日の試験結果を元にその後、技術部門が徹夜で検討して新兵器を作り上げた。(あくまで仮想空間での理論設計のみだが)
今日は朝一番で俺が試してフィードバックすることになっていた。
USMでは独自のアイテム設計に特化したAIがあるそうで、対怪獣兵器開発のスピードは異常に早い。
この世界では人間同士の争いが少ないので、対人兵器の開発はほぼ過去のものになっている。用いる武器は人の生活圏を脅かす野生の獣や襲い来る怪獣が主な標的だ。
開発部門が何をしたのかというと、昨日試したショットガンと釘打ちハンマーの、いいとこ取りを試みたらしい。俺が試用した時にポロリとこぼした一言がヒントになったという。
俺は具合の良かったショットガンの銃口をもっと敵に密着した状態で安全に発射できれば、バットでぶん殴るよりもスマートだろうと思っただけなのだが、彼らはそう考えなかった。
グリップのついた細い柄の先端側が、直径15センチ、長さ40センチの円筒になっている。
この円筒を90度回転して柄を伸ばすとT字型のハンマー形状になり、戻して手前へスライドして縮めればグリップと一体化してずんぐりとした銃器の形状となる。
銃の時には銃身が太く、江戸時代の火縄式大筒のような外観だ。
縮めたシャフトはハンマーの下部に収まる。重量はエネルギーパックと弾薬込みで15から20キロ。
USMの車載式レーザー砲も単体ならほぼこの重量水準で、昔からある重機関銃並なのだそうだ。
車載レーザーはクルマから電源を供給するので、可搬式のエネルギーパックが不要で弾切れの心配もない。そして反動がない分、実弾銃よりもかなり扱いやすい。
だが俺なら、それを右手一本で扱える。手元の操作で銃とハンマーに形態を変え、弾丸も多くの種類に対応する。これが白兵戦から中距離まで使える理想の武器になるか?
『昨夜のうちに、ワタシが若干の設計変更を施しました。セイジュウロウが右手でグリップを握ると、武器内蔵のインターフェイスが回路を接続します。これによりワタシが機能をバックアップし、精密制御が可能になります。ダイレクト接続なので反応速度もセキュリティも万全です』
またゴンの奴が訳のわからないことを言い始めた。それはバックアップではなくハッキングと呼ぶのだ。
そもそも、俺の右手にそんなインターフェイスがあるなんて、全く知らされていない。俺は自分の右手をじっくり観察するが、目に見えるような接点はない。不思議だ。
「では一つずつ機能を確認していくぞ」
今日も日奈さんの指示により、テストが始まる。
左手に盾を持っていても操作できるように、基本的な機能はUSMのコンピューターネットワークを利用して専用端末により制御される。
機能の選択や実行も手元のスイッチ以外に視覚と言語による操作でも実行可能だ。
これは、他の隊員がバイパーの弾丸の着弾制御を行うのと似ている。内緒の話だが、決定的に違うのは、この武器の場合トリガーさえも遠隔操作が可能なところだ。
USMの銃は弾丸の誘導は制御できても、最終的に引き金を引くのは、あくまでも人間だ。そこは、セーフティーがかかっている。
だがゴン先生はそれがお気に召さないようで、有線接続によるダイレクト制御で安全確実に武器の全制御を行おうとしている。
しかもそれは得意の欺瞞工作によりゴン先生の介入が誰にも知られず、俺が通常の操作をしているようにしか見えないと自慢する。
ほんと、バレたらどうするんだよって話だ。
実際に試験をしなくてもゴン先生には長所も短所も全てお見通しのようで、目立つ短所については昨夜のうちに修正済みと豪語する。
つまり今日のこれは機器単体ではなく、ゴン先生の介入についての試験が主であるらしい。(もちろん、ゴンと俺以外は知らないことだが)
『じゃあ、後はゴンが勝手にやってくれるんだな』
『お任せください』
仮想世界でのテストなので、俺は何もしなくても勝手にアバターが動いて試験は順調に消化された。
『いや待て、これじゃ俺の訓練にならないだろ』
『必要とあればいつでもワタシが訓練して差し上げますが?』
はい、そうですか……
何だか空しい。人間て何だろう、と思う。いや、現実って何だろう?
俺はゴンの作った仮想現実の世界に生きているのではないかと思うと、ぞっとする。
そうこうしているうちに午前中の試験は早めに終了した。午後は制作部門との打ち合わせがあるので、俺はお役御免となり部屋で肉体のトレーニングをすることになった。
まあ、それならそれでいい。
単純な肉体の訓練は退屈だが、実はこれもゴン先生に任せておけば俺はその間に偽アカウントで仮想世界にログインしてゲーム三昧、という裏技が可能だ。日に日にその辺の抵抗感が薄れていく。
近いうちに完全に俺の存在は仮想世界に引きこもってネトゲ廃人になりそうだ。
最近は高校野球チームの一員になり甲子園優勝を目指すというゲームを見つけてハマっている。俺も高校進学と同時に家を出て、高崎の学校にある野球部の寮で暮らしていた。結局高校三年間で県大会の決勝まで行ったのが最高で、あと一歩甲子園には届かなかったが。
そんな俺にとっては、怪獣と戦う現実よりこのゲームの方がリアルに近いのだ。
だからこれが現実逃避の現れなのかどうか、正直俺にはよくわからない。美少女マネージャーとの恋愛ゲーム要素まで盛り込まれているので、澪さんにも相談しにくいし。
『セイジュウロウは、引きこもりたいのですか?』
『そんなつもりはないんだよ。ただこのひと月の間に色々なことがあり過ぎて、ちょっと疲れたかな、と』
『ワタシには、色々な事件の中心にいつもセイジュウロウがいるように思えますが……』
確かに、俺の存在はトラブルメーカーになりつつあるようだ。
『あれだけ実物の怪獣を見たがっていた澪さんが22歳にして初めて見た怪獣が、あのウミウシだったと言ってたからなぁ。一般人が怪獣に遭遇する機会は本当に少ないのだろう』
10年もの間USMで仕事をしていた澪さんですら、それなのだ。
もっとも澪さんはその後すぐヘラジカに襲われ二度目の遭遇を果たし、悪夢にうなされることになる。それもこれも、俺と関わったせいなのだろうか?
『でも事件はそれだけじゃないだろ……』
『確かにセイジュウロウには色々と大変な一か月でしたね。でも次の一か月はもっと異常な一か月になるかもしれませんよ』
こいつはまた変なフラグを立てやがる。
『何故?』
『セイジュウロウがこの時代に蘇ったことが、単なる偶然ではなく何者かによって仕組まれた事件なら、今はまだほんの序盤です。きっと本番はこれからでしょう』
『その何者かの中におまえが入っている可能性はないのか?』
『何度も言いますが、ワタシは何も知りません。恐らくワタシも、セイジュウロウの周囲で事件に巻き込まれる歯車の一つに過ぎないのでしょう』
『引きこもっている場合ではないと言いたいのだな?』
『そういうことです』
しかし俺は午後のトレーニング中はしっかりゲームの世界に引きこもり、白球を追って汗を流していた。1年の秋の新人戦に出場できるかどうかの瀬戸際なのである。
ゲームでは1990年代の日本を舞台にしているので、今は冠水している東東京地区からの出場を目指しているのだ。群馬県代表ではない。
捕手として練習に臨む傍ら、監督としてもチーム強化策を立案し実行する。監督の戦術に合った選手の一人としても実力を強化して、チーム力を引き上げなければいけない。
まだ発足したばかりのチームを監督と選手二つの立場で牽引するゲームなのだ。
甲子園を目指す厳しい練習を終えて現実へ戻ると、ちょうど俺の肉体もトレーニングを終えていい汗をかいていた。
こんなことをされると、リアルとバーチャルの区別がつかなくなる。
今日も夕日に赤く染まる寝室へ戻り風呂に入って汗を流していると、突然浴室の扉が開いて美鈴さんが乱入してきた。
「清十郎さん、お背中を流しますね」
全裸の美女の乱入は、つい先ほどまで合宿所で暮らしていたストイックな高校球児には刺激の強すぎるシーンだった。
混乱の中で有無を言わさず美鈴さんに背中以外の部分もしっかり流してもらい、あれやこれやの嬉しい過剰なサービスの後に湯船でぐったりしていると、先に上がり服を着ている美鈴さんの鼻歌が聞こえた。
それを聞いていた俺は突然あることに気付き、顔面が蒼白となる。
「ま、まさか、美鈴さんじゃなくて美玲さんですか?」
感想、レビュー、ブクマ、評価、よろしくお願いします!
読みやすくなるように、ちょいちょい直しています
気になった部分をご指摘いただければ嬉しいです!




