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岩見美鈴

 目が覚めると、いつもの白い病室だった。


 屋上での出来事が嘘のように、何もない静かな部屋にいる。

 あれは、夢だったのだろうか。


 だが、あれが夢のはずはない。俺は確かに自分の足で屋上まで行き、そこでビルの間を歩いて迫り来るアオガエルを見た。


 そして、俺の身代わりになって炎に包まれた岩見さんの姿がフラッシュバックする……



「あら。晃さんもう起きていたのね。おはようございます」

 

 部屋に入って来るとすぐに、岩見さんはそう言って微笑む。

 いや、笑ってる場合じゃないんだけど!


「こ、これは、何の冗談ですか? どうして岩見さんが、ここにいるの?」

 俺は狼狽して呟いた。


「わたしは、あなたの専任看護師だと昨日説明したはずですけどねぇ!」

 彼女は少々憤慨した様子で、腰に手を当てて背中を逸らしている。


「いや、その、そういう意味ではなくて……」

「では、私の顔を見るなりそんなことを言うのは、どういう意味があるんですか?」


 俺は、彼女の顔をじっと見つめる。相変わらず彼女からは妙な波動を感じるが、その纏うオーラの色が今日は少し違うように感じる。


 本当に、この人は昨日怪獣の放ったわけのわからぬ熱線により燃え上がり死んだ女性と同じ人なのだろうか。


 あれが夢であろうはずがない。あの時の、冷たい風を切り裂く熱気。そして、周囲に広がる煙の嫌な臭い!

 忘れられるわけがない。


「あなたは何者ですか?」

 俺は彼女の目を見る。

 岩見さんも、負けじと俺を睨んでいる。


「わたしは、岩見美玲。昨日あなたを庇って燃えた岩見美鈴の妹よ」

 俺は、彼女の目を見たまま固まった。


「燃えた……」


 俺は、それ以上言葉を発することができない。やはり、昨日の出来事は現実だったのだ。俺の軽率な行動のせいで、この人の姉が死んだ。


「あのね、わかってますか? あなたはさっき、これは何の冗談かと言いましたよね。わたしが今言ったのが、冗談って奴ですからね」


「えっ?」


「わたしに姉はいないし、昨日死んでもいませんから。いきなり晃さん、って呼んで驚かそうと思っていれば何の反応もないし。あなた、やはり少しおかしいですよ」


「でも、俺はまだ昨日のことを何も言っていないじゃないか。それなのに、何で姉が死んだなどと……」


 俺の抗議に、岩見さんはやれやれと両腕を開く。

「あなたは昨日の夜に怪獣が出たと言って一人で大騒ぎしたのを覚えていないの?」


「えええっ?」


「わたしが燃えたの死んだのって言い張るので、本当に困ったわ」


 それでは俺の頭は本当におかしくなっているのだろうか。まあ、確かに体は大島晃で中身は富岡清十郎だなどという時点で完全にアウトなのだが。


 しかし、ということは、ここは精神科の隔離病棟か何かだったのか……


 その時の俺は、非常に気落ちした様子だったのだろう。

「あの、晃さん、しっかりしてください」

 岩見看護師が駆け寄り、両手で俺の左手を握った。春の花のように柔らかな香りが、鼻の奥をくすぐる。


「岩見さん、今日は消毒薬の臭いじゃないんですね」

 俺の言葉にはっとして、彼女の体が硬くなるのを左手が感じた。


「まあ、その辺にしておけ」

 そう言って、永益医師が部屋へ入って来た。


「眠りから目覚めたばかりだというのに、おまえの五感は敏感なようだな、トミー。担当医師としては、充分に合格点をつけたい」


「カウンセラーの見解はどうなんですか?」

 俺はすがるように、永益医師を見る。


 永益医師はベッドサイドまでゆっくり歩いて来ると、手を握り合っている二人を面白そうに眺めた。

 岩見看護師は、顔を赤くして、慌てて手を引く。


「今日のカウンセリングは中止になった。君の身体面に不安定な兆候が出ているからだ。まあ、お預けを喰ったカウンセラーは不満たらたらだが、仕方がない」


「はぁ」


「今日はリハビリも中止して、一日安静にして過ごしてもらうことになる。言っておくが、岩見君はこの通りちゃんと生きているからな。余計なことを考えないで良い」


 何となく、うやむやにされた感が強い。


「そうですよ。今日は内蔵系の検査が終わるまで、食事はできませんからね。安静にしていてください」

 冷静さを取り戻した岩見さんがいつもの微笑みを投げかける。


「君は何か勘違いをしているようだが、言っておく。大島晃は確かに50年の間眠っていた。だからその肉体は目覚めたばかりで、まだまだ無理ができない状態にある。勝手に動いたり騒いだりすると、すぐ調子を崩す。そういうことだ」


 永益医師は、腕組をして俺を見下ろす。


「ということは、本当に今は2050年なんですね?」


「そうだ。ほら、これを見ろ」


 永益は左手の甲に腕時計のように取り付けていた掌大の黒い板を外して私に見せる。

 光沢のある薄い板の表面に彼が指で軽く触れると、2050/02/03という日付と07:12という時刻が表示された。


「どうだ、1999年にはこんなものはなかっただろう?」

 永益医師は自慢げに言うが、それはどう見ても、スマートフォンである。


 やはり、俺はからかわれているのだろうか?


 俺は手を伸ばしてその板を掴むと、当然のような顔をして表面をフリックする。するとやはり、馴染みのあるアイコンが並んだ画面が現れた。


 調子に乗ってそのままカメラを起動して、驚く永益医師と笑顔の岩見看護師のツーショットを撮影してあげた。


「後で記念に、俺にも写真を送ってくださいよ」

 永益医師は写真が表示された画面を見て固まっている。


「き、君は自分が何をしたのかわかっているのか?」


「いや、ただ写真を撮影しただけですが。ネットに繋いだ端末で電話やメッセージのやり取りができたり、マップを表示して道案内したりできるんですよね」

 そう言うと、永益医師は驚愕の表情を浮かべる。


「そ、そうか。確かに君のいた1999年にも携帯電話は普及していたからな。見た目はそれと大差ないから、まぁいきなり使えても不思議はないのか……」


 永益医師は必死で自分に言い聞かせているが、2019年から来た俺には何の不思議もない。

「こんな操作をしなくても、AIに話しかければ音声認識で色々なことができるんでしょ?」


「何故そんなことまで知っている? まさか、他の誰かが君に見せたのか?」


 そう言うと隣の岩見看護師が爆笑する。

「まさか。こんな古い端末を持っているのはドクターしかいませんよ~」


「「そうなのか!?」」


 思わず永益医師と声が被ってしまう。


「ば、バカな。これはこれで、結構便利なんだぞ……」

 永益医師は顔を赤くしてぶつぶつと言い訳じみたことを呟きながら、端末を左腕に戻しているが、やがて首を振って、俺を睨む。


「こ、こんなものは、この時代では当たり前のことだからなっ!」


 ツンデレかっ! と突っ込みたいのを、俺はぐっと我慢する。

 それにしても、得体のしれない疑惑が渦巻いているのを感じる。


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― 新着の感想 ―
[一言] 今日から読み始めています。他の作家さんに例えるのは失礼かもしれませんが、星新一さんのショートショートを連想させる不思議な世界観に惹かれました。
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