入隊前夜2(第一部スピンオフ02)
以前第一部の途中にあったスピンオフを移動しました。
「あー、美鈴せんせーだ!」
突然後ろから幼い子供の声に呼び止められた。
「美鈴せんせー!」
次々と黄色い声が重なる。
振り返ると、お揃いの黄色い帽子を被った保育園児たちが元気に駆けまわっている。
「美鈴せんせい、デートしてる!」
「美鈴せんせー、男連れてるよー!」
「せんせー、このひと誰?」
あっという間にちびっ子に取り囲まれてしまった。
特に女の子はこういうことに積極的で、男の子は一歩下がって取り囲んでいる感じだ。
「今日は澪せんせーと美玲せんせーは一緒じゃないの?」
騒ぎの先頭に立つ長い赤い髪をポニーテールにした女の子が、美鈴さんの腰に抱き着いて見上げた。
驚いたことに、この子は美鈴さんと美玲さんを見分けているらしい。
「バカね、ユリは。ふたりでデートなんだから、一緒のわけないでしょ!」
隣にいた灰色の目の少女が大人っぽい声で言い、さりげなく俺の手を握る。
「そうか、エンちゃんの言う通りデートなんだ。ふたりは恋人なの?」
ユリと呼ばれた赤い髪の少女が品定めするように俺を見ると、取り囲んだ幼児が興奮して一層大きな声で騒ぎ始めた。
「こらこら、美鈴先生が困ってるだろ、あまり騒ぐんじゃない!」
助け舟を出してくれたのは、若い男性の保育士さんだ。
「あー、ミヤちゃんやきもち焼いてるー」
「仕方ないよ、ミヤちゃんより彼氏の方が素敵だもん、負けたねー」
「ミヤちゃん失恋~」
子供たちが全くひるまないのは、さすがだ。
「これは、どういう状況なんでしょうか?」
腰に幼女をぶら下げて、顔を赤くして立ちすくむ美鈴さんに問いかける。
「保育園の遠足に来ている子供たちに見つかっちゃったようですね。澪さんと美玲と三人で定期検診をしたり、何人かの子には特別な治療をしたりで、私たちは顔なじみなんです」
人口の減ったこの世界では子供たちは大切にされている。美鈴さんは優秀な医師であり、美玲さんも看護士の仕事ができる。でも澪さんは何の役に立っているのだろうか。
「さあ、お昼寝の時間ですよ、こっちに集まってー」
女性の保育士さんの声が後ろから聞こえて、ミヤちゃんという男性保育士に促されてやっと子供たちは俺たちに纏わりつくのを諦めて離れて行った。
「ご迷惑をかけてすみません」
苦笑して子供の後を追うミヤちゃんを、俺たちは見送った。
「あの保育園の子供たちの多くは、怪獣のせいで家族を失った子なんです」
美鈴さんがポツリと言う。
「ああ、だから澪さんがケアしていたのか……」
「親と一緒に事故に巻き込まれて怪我をした子や、ショックで食事も出来なくなって衰弱した子もいました。でも明るい保育士さんたちのおかげで、元気になるのも早いんです。子供の回復力って、すごいんですよ」
「他にもそういう施設があるのですか?」
「あの子たちはまだ、残った家族や親族と暮らせる自分の家があります。でも孤児院のように身寄りのない子供が集まって暮らす場所もあるんです。私たちアンドロイドは眠らずに働けますから、美玲と二人で夜のお手伝いをしている時間もあるんですよ」
今日は、ここへ来て初めて人々の暮らしの一端を見ることができた気がする。
「おーい、お二人さん。よかったらこっちへ来ませんか?」
ミヤちゃんが声をかけてくれている。
美鈴さんが、俺の顔を見上げる。
「いいですよ、行きましょう」
俺は美鈴さんの手を取り歩き出す。
広場の先方には4台の浮遊カートがあり、中には小さな子供たちが乗っている。カートを押しているのはタロスで、その手摺に掴まりやっと歩いている子供もいた。
カートの周囲には先ほど俺たちが囲まれた元気な幼児たちが走り回り、保育士たち数人がカートから荷物を下ろして何かの準備を始めたところだ。
荷物を降ろすとカートは四方へ離れて、地上用の車輪で着地する。
保育士たちが広げているのは長い白いロープで、両端には送風機のような機械が取り付けられた。
ロープは「キ」の字の形をしていて、中心の棒に機械が取り付けられ、横棒は引っ張られて先端を杭で地上に固定された。
機械が稼働するとロープが風船のように膨らんで、透明なシャボン玉のような膜でできた巨大テントが出現した。
ある程度まで膨らむと一台の送風機が排気に切り替わり、空気の流れのバランスが取れて泡のようなテントが地面に固定された。
「まさか、あんなに大きくなるなんて……」
「この季節には中が暖かくて、お昼寝に最適なんですよ。夏には日除けや冷房ユニットを別に着けないと、暑くて入れませんが」
中央にあるチューブ状の入口に、子供たちとカートが集まる。
先に小さい子供の乗ったカートを入れるべく、再びカートを浮上させ、タロスが押して入口を順に通過する。
周囲には早く中へ入りたい幼児が集まって、またも大変な騒ぎだ。
最後のカートが入口を向いたとき、一人の幼児が脚をもつれさせて転んだ。それが連鎖して、大勢の幼児がバラバラと倒れてカートに寄りかかる。
子供たちを助けようとタロスが反射的に手を差し伸べた瞬間、カートは人の群れから押し出されて、一陣の突風と共に草の上を滑るように離れていった。
周囲は見晴らしも良く平らで、危険な障害物も見当たらない。
でも反重力装置で自重を失ったカートは、数人の幼い子供を乗せたままどんどん遠ざかる。
タロスや先生が慌てて後を追おうとするが、足元には転んだ幼児たちで身動きが取れなかった。
そこで、俺の出番だ。
「ちょっと待っていてください」
俺は美鈴さんに声をかけると同時にダッシュした。
瞬間移動のような速度で駆けてカートに追いつくと、右腕一本でそっと動きを止めた。
中を覗き込むと、気付かずに眠っている子が四人乗っていた。
俺はカートを押しながらそっと歩いてテントまで戻った。
俺たちに駆け寄る先生とタロス。
「申し訳ございません。ワタクシが手を離したばかりに、子供たちを危険に晒してしまいました。助けていただきありがとうございます」
律儀に謝罪するタロスに、俺は手を振って答える。
「大丈夫、急ぐ必要もないほど安全だったよ。子供たちは目を覚ましてもいないし」
『こういった場合、タロスは絶対に保護対象物から手を放さないようプログラムされています。周囲にいた大勢の子供が転び一定範囲内の危険値が急上昇したため、保護対象物の優先順位変更プログラムが働いたようです』
『いいのか、それで?』
『……これはプログラムの精度を再調整する必要がありますね』
ゴンの言うことも、もっともだ。
『でも、ハンドルから手を放したらブレーキがかかるような安全装置がカート側に必要なのだと俺は思うけどね』
『その通りですが、それはワタシの管轄外です。例えば美鈴がカートのハンドルを持っていたのならば、手を放す前に必ず車輪で着地させるはずです。まだまだタロスのAIには改良の余地が多いですね』
ゴンは納得がいかず、不服そうだった。
「やっぱり、あなた討伐隊のルーキーでしょ」
「ああ、あの動画の!」
保育士さんたちは何故か皆、俺のことをご存じのようだ。
「すげえや。ウミウシを倒したのも、あのスピードならわかるわ!」
ミヤちゃんも目を剝いている。
「あの、皆さんどうして俺のことを……」
「だって、俺たちもUSM隊員だしな」
「どういうこと?」
美鈴さんを振り返る。
「だから、皆さんはUSM付属保育園の先生なんですよ。この子たちの家族は皆さんUSMの隊員ですから」
俺は本当に察しの悪い阿呆だ。
わざわざまた悪目立ちするような真似をしてしまった。
『大丈夫ですよ。明日の性能確認試験の練習にと、今日は出力を抑えておきましたから』
そういう問題ではないんだが……
周囲の騒ぎは益々大きくなっていた。
完




