岩見美鈴の逆襲
澪さんの衝撃のカミングアウトがあって、彼女がまだ22歳の若さであることを知った謹慎初日が終わり、心の整理が追い付かないその翌朝のことである。
まだ10歳だと知っている美鈴さん自身は、どう見ても澪さんより10歳は年上に見える。胸は澪さんほどの迫力はないが。
「おはようございます、清十郎さん」
俺はまだベッドの中にいた。
呼ばれる名は変わったが、毎朝安定の笑顔で寝室へやって来る美鈴さんのおかげで、俺の謹慎生活は豊かなものになりそうな予感がする。
入隊前日に二人で街を歩いて以来、連日の訓練のおかげで朝晩の短い時間しか美鈴さんとふれ合う時間がない。
毎日の訓練スケジュールなどもゴンのおかげで忘れることはないし、食事も隊員用のレストランで食べるので部屋には寝に帰るくらいだった。
しかし、今週はあの病室の日々のように、部屋から出ることを許されていない。
さすがに今回は、出るな出るなは早く出ろの意味である、とは思えない。それくらいの常識は俺にもある。
「清十郎さん、すぐに朝食の支度をしますね」
そうなのだ。食事の時も、部屋から出られないのである。
もう朝から晩まで美鈴さんがべったりと張り付いて面倒を見てくれる。
これが並のメイドであればいい加減に放っておいてくれ、となるのだが、美鈴さんの笑顔が見られるのならもうずっとこれでいい。
俺は好き好んで討伐隊になど入ったのではない。
「美鈴さんとこうしていられるのなら、来週にもまたすぐに何か悪さをして戻って来ますよ」
俺はそう言って爽快に笑った。
「ダメですよ。清十郎さんはまだまだ新米隊員なのですから、早く訓練に復帰して皆さんに合流しないと」
確かに、俺のいないゼロ小隊はどうなっているのだろうか?
『皆さん非常に和やかに訓練を続けていますよ』
油断をすると、すぐにゴンの奴が出てくる。
『だから、俺が聞いた時だけ答えろよ、この欠陥アシスタントめ!』
残念なことに、こいつにはウェイクワードという謙譲心が欠けている。
『セイジュウロウは心の声が漏れ過ぎです』
『俺のせいにするのか!』
このバカAIと付き合うのは精神衛生上よろしくない。いつか謙譲の美徳という日本人の心をしっかりと刻み付けなければならないだろう。
「おっはよー、トミー。起きてる?」
もう一人、精神衛生に良くないカウンセラーが部屋へ入って来る。
「山野先生、部屋に入るときはちゃんとノックをしてください」
美鈴さんが柔らかくたしなめる。
「えー、だって私たちにはノックなんて不要でしょ?」
その私たち、の相手は俺なのか美鈴さんなのかそれとも両方なのか、悩む。
「ね、私のナイト様」
俺だった……
「だから俺は別にあなたのナイトじゃないからね」
特別に澪さんを避けるつもりもないし、できればもっとお近づきになりたい。でも向こうのペースで放っておくと面倒なことこの上ないので、どこかで止めておきたい。
ぐいぐい来れば逃げたくなる。それを面白がって続けているのだから、本当に困る。
「お二人はそういう関係なのですか?」
少々不安そうに美鈴さんが言うと、澪さんは当然のような顔で胸を張る。
「もちろん。トミーは命がけで私を守ってくれたんだからね」
だからあれは、お仕事です。とは言いにくかった。
「でも、美鈴さんもここの屋上で俺を怪獣から守ってくれましたよね」
美鈴さんは明るい顔で、「はいっ」と大きく頷く。
「うーん、鈴ちゃん、ちょっといい?」
美鈴さんが澪さんに呼ばれ耳元で何か一言二言囁かれると、青い顔をして俺の顔を見る。
「す、すみません。すぐに朝食の支度をして来ます」
そう言って足早に部屋を出て行った。
「おい、澪さん。あんた何をした?」
怖い。この女は怖すぎる。俺の怯えは100パーセント澪さんに伝わっているに違いないが、それを承知でやっているのだから。
純真無垢の十代前半の少女のような顔をした魔女が、俺の目の前で胸を張って立っていた。
「別に。ほら、トミーも早く顔を洗ってダイニングに集合ね。今朝はドクターも呼んでるから、ブレックファストミーティングを始めるわよ」
ランチミーティングならともかく、朝からこの濃いメンバーで集まるなんて、勘弁してほしい。
だがまあ、早くベッドから出て着替えた方がいいのだろう。
そう思うより早く、澪さんが白衣を脱いでベッドの上に登って来る。
「昨日は自宅へ帰ったのですか?」
「それがさ、私も今週はここで謹慎なんだわ。もう暇で暇で……」
そういうことか。それで朝からドクターまで呼び出しやがったのか、この女は。
「朝食の支度ができるまでもう少しあるから、ちょっと休ませて」
何を言っているのだ?
「自分の部屋で休んでいただけると有難いのですが……」
だが澪さんは俺の言葉などないように隣へもぐりこんでくる。近い。近すぎる。
うっかり俺が動いてサイボーグパワーが暴発すれば、大惨事を引き起こしかねない距離である。
俺は何もできずに体へ抱きつかれて緊張したまま動けず、澪さんにされるがままになっていた。
調子に乗った澪さんはゆっくりと俺の体を這い上がり、近くで顔と顔を見合わせた。そしてとびきりの笑顔を見せると目を閉じて、俺の体に密着する。
顔に触れる長い髪と柔らかな唇の感触を楽しむ余裕はなく、俺はただ強ばった体の力をいくらか抜いて、そっと背中に手を回すくらいのことしかできなかった。
だがそんな時間も長く続かず、部屋のドアがノックされた。
「食事の支度が出来ました。ドクターもお待ちですので、早く来てください」
美鈴さんだった。
早い。早すぎる。何という、できる女だろう。
「うう、鈴ちゃん。ちょっと早いよう……」
澪さんが呟いて更に俺にしがみつく。
「諦めの悪い女は嫌いですよ」
澪さんは最後に俺の胸に顔を埋めたまま何度か深呼吸をすると、残念そうな表情で立ち上がった。
「先に行ってるね」
それだけ言って何もなかったように白衣を羽織り部屋を出て行った。
入れ替わりに、美鈴さんが寝室へ入って来た。俺が洗面所へ行っている間に、用意してあった服を広げて、着替えまで手伝ってくれる。
そして着替えが終わると突然俺にギュッと抱きついて、顔を見上げる。
その目を見たら、何かせずにはいられない。思わず俺は、その唇に吸い付けられるように顔を寄せる。
朝から俺は何をしているのだ、と思いながらもほんの一瞬だけ重ねた唇は、違いのわからぬ俺には温かく柔らかな感触を残してすぐに離れた。
先ほどの澪さんと変わらぬ感触であったとだけ、伝えておこう。
本来ならもっとドキドキしてどうしたらいいのか悩んで悩んで、という場面にも思えるが、俺の体は半分機械になっているせいなのか、感情も思った以上に安定している。
アンドロイドの美鈴さんなどは、ほとんど俺と同じ人間にしか見えないのでもっと動揺しても良い場面だ。
これもゴンによる制御力の一端なのだろうか?
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