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山野澪

 俺がこの世界で目覚めてそろそろ一か月近い。ドクターにしても澪さんにしても、なかなかに謎の人物だ。討伐隊に入隊したばかりのころにも、こんなことがあった。


「山野さん? ああ、知ってるよ。彼女もかれこれ10年もここにいるからね。そうだよ、10年前から外見は変わっていないよねえ。中身はずいぶん変わったけど」


「澪ちゃんのこと? うん、わたしは色々知ってるけど。え、何で秘密のベールに包まれてるかって? そりゃうっかりしたことを言えばその人の将来が終わるからね。それに友達だからさ、本人からOK貰わないと何も教えられないねぇ」


「山野先生? 5年前怪獣に食われた時にはお世話になりましたよ。今でもこうしてUSMに勤めていられるのも、山野先生のおかげですもの。生き返った時は恐怖で全身が引きつったまま、毎日悪夢にうなされたわ。でもその暗い底から引き上げてくれたのが、先生だった」


「え、澪ちゃんのことが聞きたいの? それなら上層部の許可を取って来てよ。最低でもここの支部長クラスのお墨付きがないと、俺に話せることは何もないね」


「澪さんのことは、わたしなんかに聞かないでください。困ります。ほら、誰が見てるかわからないんで、勘弁してくださいよぅ」


「何だ、そんなことを聞きに来たのか。直接本人に聞けばいいじゃないか。こっそり知りたいだって? 馬鹿、おまえが嗅ぎまわってるって、支部どころか東京中の噂になってるぞ」


 澪さんの秘密を仕入れて対抗しようとした俺が馬鹿だった。


『そんなに知りたいですか?』

 突然頭の中でゴンの声が響いて驚いた。


『おまえには聞いていないから、勝手に出てくるな!』

 悪魔と取引をするような気分になるので、こういう出方は止めてほしい。


『澪の秘密は、セイジュウロウの中の知らない方がいいことには入らないのですか?』

『そんなにヤバいのか?』


『いや、大したことはありません。危険なのは彼女が職務上知った数々の秘密の方で、彼女自身の秘密などは大したものじゃありません』

『なるほど。まあ、でもそれはそのうち本人の口から直接聞くよ』


『そうですか。もしかしたら聞かない方が幸せな方の話もあるかもしれませんしね』

『あるのか?』

 それ以来、気になってはいた。



 一週間の自宅謹慎を言い渡されて自宅の居間でやっと澪さんと話が出来た。珍しく真面目な顔をした澪さんは、自分自身のことを話したがっているようだった。


「トミーは、MAOっていうシンガーを知ってる?」

「もちろん。良く聞いているし、ライブの映像も見たことがある」


 MAOさんは、この世界へ来て初めて耳にしたポピュラーソングを歌っていたシンガーソングライターで、何十年も前から活躍していた世界復興のシンボルともいえる歌姫だった。


「そのMAOが、私の母親なの」

 いきなりぶっ放された。MAOさんが日本人だったとは知らなかった。


『MAOは2010年代に活動を始めた世界的なシンガーです』

 それくらいはゴンに言われなくても知っている。


『混迷を極めた時代に、人々に勇気を与え続けた伝説的なスターの一人で、5年前に彼女が事故死した時には、世界中が悲嘆に暮れました』

 ゴン先生は更に、得意げに解説してくれた。


「私はMAOの一人娘よ。MAOは日本人の母とポリネシア人の父との間に生まれたハーフなの。私の父親は東洋人であること以外はわかっていないけれど」

 澪さんは淡々と語る。


「10代からシンガーとして世界中を渡り歩いていたMAOは、30歳を過ぎて産んだ一人娘の私を、日本にいる自分の母親に預けた。だから私は大宮にいた祖母の下で育ったの」


 何かしっくりこないが、考える暇を与えず澪さんは続けた。


「母は年に一度か二度しか顔を見ないから、母というよりシンガーのマオさんという感じだったけど。私の父親は、私が生まれるのを見ずに亡くなったと母からは聞いている。でも本当かどうかは誰も知らない」


 つまり、澪さんはポリネシアの血が四分の1入った、東洋人とのクオーターになるわけだ。


「私は子供のころから人の心を読む魔女として恐れられ、後にそれが人のしぐさや表情から感情を読み解く観察眼だと説明された。母親は感情を表現する側の天才で、娘の私は受け止める側の天才だと、祖母から言われたわ」


 澪さんは、子供のころから魔女だったのか。


「7歳の時に祖母の元を離れて新東京大学へ飛び級で入学したとき、近くにあった祖父の出身地である南太平洋諸島連合の難民キャンプに引き取られ、そこから大学へ通っていた。今は大使館で働いている母の従弟が、そこで暮らしていたからね」


 ちょっと待て。違和感の正体はこれだ。7歳で新東京大学へ進学って?


「一昨日一緒にいたケイは、その彼の娘よ。南太平洋諸島連合が正式に国家として承認されてあの小日向台に立派な住居を建設した後も、私はあそこ住んでいるの」


 何となく、あそこにいた理由は分かった。


「でも最近ではほとんど小日向台へ帰る暇はなくて、ほとんどの時間を上野で過ごしているのはトミーも知っての通りよ」

 大きく息を吐いて、澪さんが一旦話を止める。


 それを引き継ぐように、ゴンが補足する。

『ワタシも彼女がここへ来てすぐからの付き合いです。最初はUSM幹部の個人的な相談役として仕事をしていましたが、それでは彼女が可哀そうだとドクター永益が自分の研究へ引っ張り、当時生み出されたばかりの二人の娘の担当セラピストとして母親のような存在になりました』


 やはり、ドクターがアンドロイドの研究へ澪さんを巻き込んだらしい。


『以後特にUSM幹部の直属としてトラブル解決や謀略に深く関与した彼女の重要度が上がり、今では誰もが腫れ物に触れるように扱います。だからこそ、彼女と対等に話すドクターやセイジュウロウは、澪にとって貴重なのでしょう』


 MAOの歌は世界の人に感動を与えた。言葉と表情やしぐさ、そして音楽によるその豊かな感情表現は誰をも魅了した。


 澪さんは、その能力を受け継いでいるのだろう。母は伝える側の才能で、娘は受け取る側の才能という違いはあったが。


 俺が不法侵入した小日向台の南太平洋諸島連合大使館は、地中に埋もれた巨大ビルの中にある。外壁部分は高耐久コンクリートの上に厚さ1メートル以上の多孔性の人造岩盤で覆われ、その上更に土壌が乗っている。俺が足を取られたあの柔らかな黒土だ。


 隕石攻撃以降の温暖化と海面上昇でこの大使館自体が南の島からの移民の受け皿となり、地上部分は和風建築と南国の建築の融合した高床式の木造住居の村ができている。


 地下に広がる東京の町とも通路を介して接続しているが、厳重なセキュリティで守られている。と思われていたが、今回の件でそう厳重でもないらしいことが分かってしまった。


 再び、澪さんが口を開いた。

「私は12歳の時に新東京大学の医学部で博士号を取得し、翌年精神科医としてこのUSM東東京支部に赴任した。USMに来て今年でちょうど10年かな」


「ええっと、じゃあ澪さんはまだ23歳ってこと?」


 今日一番驚いた。ここで10年仕事をしていると聞いていたので、実は30過ぎだと思っていたのだった。黙っていれば13歳にも見えるのだが。


「5月に23になるけどさ、まだ22歳だよ。もっとババアだと思ってたな!」


「だって、12歳でドクターとかおかしいでしょ?」


「天才はドクター永益の専売特許じゃないのよ」

「まったくだ」


「で、私の騎士様は、年上の女は嫌なの?」

「へっ?」

「なによ、それ」


「お、俺はロリコンじゃないぞ~」

「わ、私は22歳だって言ってるだろう!」


 


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