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侵入

 連続ジャンプで白い塀を何とか超えて広い芝生の隅に着地すると、そこは南国リゾートのような世界だった。


 ただ、ヤシの木の間に何軒か並んでいる高床式のバンガローは微妙に日本家屋風の造作で、肌寒い今の気候に合わせてきっちりと気密窓を閉じていた。


 一軒の家の広いバルコニーにはDNスーツを着た子供が二人、侵入したヘラジカを前に震えているのが見えた。先ほどの悲鳴の主であろう。


 俺は助走をつけてもう一度地面を蹴りヘラジカを跳び越えて、進路を塞ぐように家の前へ着地することに成功した。怯えた声で震える二人を背にして、ヘラジカと正対する。


『ゴン。他にも人の気配はあるか?』


 どうやってゴンがそれを知るのかはわからないが、どうせ奴のことだから既に把握しているのだろうと考えていた。


『いえ、ありません。更に言えば、あの怪獣の存在は、まだこの施設の警備網に探知されていない模様です』


 ということは、内部からは当分救援が来る可能性がない。だが、同時に俺の侵入もまだ探知されていないのか?


『ゴン、頼むから余計な小細工はするなよ。既に俺は目の前の二人に見られているんだ』


 こればかりは仕方がない。慌ててジャンプしたので、俺はレーザー砲まで抱えている。外国の公館に武装して侵入したとなれば、即座に射殺されてもおかしくない状況だ。


 さすがの俺も、ここでこいつをぶっ放す勇気はない。俺は足元に武器を置いてから両手を広げて前に出て、ヘラジカを牽制した。


 周囲を見渡しても、きれいな芝生の地面には武器になるようなものは何もない。それでも飛び道具の使えない俺は、じりじりと前に出る以外になかった。


 ヘラジカの化け物は巨大な口を開き、これ幸いと俺を呑み込もうと待ち構えている。


 俺は意表をつくため不意にダッシュして接近し、その口元へ狙いすましたアッパーカットを叩き込んだ。


 油断していたヘラジカはその一撃で体が半分宙へ浮き、口元を大きく抉られてのけぞった。口元を切り裂かれたヘラジカはそのまま大口を開けて、こちらを見ている。


 やがてその口から二体の小牛のような生き物を吐き出して、自分の両脇に落とした。


 濡れた体が空気に触れると白い水蒸気を放ちながら大きく膨らみ、やがて同じ獣の形に成長する。


 みるみるうちに3体のヘラジカ型の化け物が並んで、俺に向かって大きな口を開いた。


 こ、これは大ピンチってやつじゃないのか?


 俺は増えた獣が後ろの二人を襲いに行くことを恐れた。

 振り向くと、まだ二人は抱き合ったままこちらを見ている。


「早く家の中へ避難して!」

 思わず日本語で叫んだが、通じただろうか?


 最初の一撃で俺は素手でも闘える自信を得たが、3体を相手にするのは難しい。


 とりあえず手負いの最初の一体を倒すべく再び猛ダッシュで接近し、巨大な角をかいくぐり鋼鉄の右腕(気分的に)を思い切り横へ振り切った。


 場外ホームランを打ったような手ごたえで、狙い通りに角の根元を横へ薙ぎ払うと、ヘラジカは吹き飛んで近くのヤシの木に激突して動かなくなった。


 衝撃で数個のヤシの実がドスドスと落下して、俺は危うくそれを避けた。こんなものがまともに頭に当たれば、昏倒してお終いだろう。


 雰囲気作りの偽物だと思っていたが、どうやら本物のようだ。東京でこんな立派なヤシが育つとは、思ってもいなかった。


 その間に両脇にいた2体の化け物が、後方で震えている二人の女の子に突進していた。


 俺は咄嗟に足元のヤシの実を拾うと、コントロール重視で少しだけ力を入れてそれを投げた。


 うなりを上げて飛ぶヤシの実は左にいた一頭の後頭部へめり込み、ヤシの実自体が爆発するように砕け散る。そのまま怪物は地面に落ちて動かなくなった。


 すぐに俺は2個目の実を拾い上げて、二人に肉薄しているもう一頭へ向かって投げつける。今度は焦ったので、更に腕に力が入ってしまった。


 浅い角度で腹部に命中したヤシの実は内臓をぶちまけて吹き飛び、そのまま倒れた。


 推定時速300キロ以上で飛ぶヤシの実の威力は、投げた俺も少し引くほどだ。


 野球の硬球が150グラム弱。ピッチャーの投げる時速150キロの剛球が人間を殺しかねないのと比較すると、重さ4、5キロはありそうなヤシの実の威力は相当なものだ。


 運に助けられただけなのだが、訓練と研修の成果でもある。


 つまり、最初の一頭は腹の中に生存者がいる可能性があるので頭部を狙う。残りの2頭はその可能性がないので、どこでも好きな場所を狙えばよい。


 一瞬にして三頭の討伐を終えた俺はほっと息を吐いて、まだ悲鳴を上げて震えている二人に近付く。


 一人はピンク色のスーツを着た褐色の肌の女の子で、もう一人は薄いブルーのスーツを着たもう少し年上の東洋人風の女の子だった。


 だがどことなく感じるこの嫌な既視感はなんだろう。特にこの青いスーツはどこかで見たような気がする……


「トミー、ありがとう、怖かったよう~」

 やはりこの人だった。


「どうして澪さんがこんなところにいるんですか?」

 俺は木製のバルコニーの上にいる二人を見上げる。


「だって、ここは私の家だもの」



 それから先は大変だった。


 正式に澪さんが大使館のセキュリティへ連絡して、事情を説明した後USM東東京支部の小隊が怪獣の死骸を預かり、引き上げた。


 貴重な怪獣の死骸に対する所有権が全て南太平洋諸島連合にあるということを双方が確認し、俺の侵入と討伐の経緯は歴史の闇へと葬られた。


 あのウミウシの価値が1体数億円と聞かされた。

 今回のヘラジカは小型とはいえ3体。それに口の中から新たな2体が出現して増殖したあの異様な状況は、これまで記録されたことのない事案だった。


 今後の研究次第でとてつもない金額がもたらされる可能性を秘めている。


 それもこれも、この場に澪さんがいて、その視覚情報により一連の映像が記録され、俺の記録と寸分の違いがないことが確認されたことが、決定的な証拠になったのである。


 恐ろしいことに、大使館側の記録については保安上の機密事項という理由で一切言及すらされなかった。

 ゴンが言うには、公開も言及もできないのは記録自体が一切何もなかったからだ、ということである。


 南太平洋諸島連合、恐るべし。


『ところでその南太平洋諸島連合って、そもそも何だ?』


 例によって、俺は何も知らない。東京の地理すらわからない俺に、世界のことを聞かれても困るよね。


『文字通り、南太平洋の島々が一つの連合国家として認められています。太平洋諸島のうち、オーストラリアとニュージーランドを除く、メラネシア・ミクロネシア・ポリネシアの島々が連合して作った地域連合国家です』

 即座にゴンからの回答がある。なるほど。


『1999年以降急激に進んだ気候の温暖化により地球全体の海水面が上昇していることは、セイジュウロウも知っていますよね』


 確かに、そのおかげで今では東京東部の下町地域はほとんどが水没している。温暖化と海水面上昇の原因そのものについては、よく知らないが。


『南太平洋の標高の低い島々も大きな被害を受けていて、世界中あちらこちらへの移住を余儀なくされています。この場所もその一つで、当初は複数の地域から受け入れた難民の集まる仮設住宅でした』


 いわゆる難民キャンプという奴だったらしい。


『後に連合した独立国家として世界に承認されてからは、日本政府の援助により大使館建設の名目で周辺一帯を難民が居住できるように整備されました』

 なるほど。元難民キャンプが、恒久的な住居と大使館になった、と。


『ほとんどの住居は地下にありますが、住民の希望で一部はここのように遠い故郷の島の風情を残した建物が地上に点在して、憩いの場となっています』

 うん、バカにもわかる説明をありがとう。


『だがそれなら在外公館ではなく普通の住居内の一部が大使館でいいと思うが……』


『本来大使館機能はほんの一部なのですが、実はこの小山というか、丘全体が一つの巨大な建築物を構成しています。最初から特殊な人工地盤を持ち建物全体が小山となり土に埋もれるように設計されました』

 まあ、それは外から見ても何となくわかる。


『だからこそ、元々難民キャンプであったこの丘全体が一つの島を模していて、今でも全てまとめて在外公館扱いを受けているのです』


 なるほど。ここに失われた故郷の島を築いていたのか。


 まあ、東京も今は過疎化で土地が余っているからな。

 それにしても、意外と複雑だった……



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