歓迎会
「うちの隊は出入りが激しいもんで歓送迎会なんぞやる習慣はないが、伝説の借金王が8年ぶりに戻って来たとあっては黙っちゃいられねぇ!」
俺たちが入隊した夜、八雲隊長はご機嫌だった。
拍手喝采の中、ドクターだけは不機嫌そうに顔を歪めている。
場所は地下街にある重厚なビアホールの一室。当直以外の討伐隊員は殆ど集まっているし、人数からすると確実にそれ以外の人間も大勢混ざっている。
「それだけじゃない、今回はあの毒舌カウンセラー「狼の目」こと山野澪ちゃんまでセットでお越しいただいた。これではもう俺たちに未来はない。完全にお先真っ暗だ!」
会場全体にどっと沸き上がる笑い声で、ドクターと澪さんがみんなに愛されていることだけは何となく伝わる。
「狼の目」だけど、世間では、時折金色に怪しく輝く琥珀色の瞳を狼に例えて、Wolf eyesと呼ぶらしい。
澪さんの場合は人の心を見通す魔女の眼だと呼ばれることも多いが、彼女は何代にもわたり様々な人種の混じり合った家系で、この瞳の色もフランス人の曽祖父の血が現れたのだろうと自分で言っていた。
実は俺自身も大島晃と誰からも呼ばれなくなり、ついには隊員登録名(戸籍名ではないのか?)まで富岡清十郎で通っているのも、澪さんが散々あちこちでトミーだの清十郎だのと言いふらしまくったおかげなのだ。(どうやら本当に!)
面白ければ何でも許されるこの社会の懐の深さを感じる、ある意味怖い逸話である。
恐るべきは狼の目を持つ青い爆弾娘である。ひょっとするともっと大きな秘密を大量に知っているために、あの程度は秘密のうちに入らない、ということなのかもしれない。
特大のビアジョッキで乾杯すると、その後は乱戦模様となった。
大島晃の肉体年齢はまだ17歳らしいが、何しろドクターと同じ生まれ年なので、戸籍はないが今年で68歳だ。俺の精神年齢は18歳のままなのだが、今更未成年と言われても困る。
そもそも今の社会ではアルコールなんぞは薬一つで簡単に中和できるので、気にする者などいない。美鈴さんも10歳だが普通に生ビールをぐいぐい飲んでいる。酔ったアンドロイドは電気ブランの夢を見るのだろうか?
「よう、ビッグルーキー。活躍を期待してるぜ」
そう言って近付いて来たのは、調査隊の山岸小隊長だった。
「いや、まさかこんなことになるなんて……。どうせなら調査隊の方がよかったのに」
俺は正直な感想を述べた。
「おお、俺たちもドラフト会議にはエントリーしたけどな、あれだけ派手な活躍をされては仕方がない。ノストラダムスインパクトから51年。民衆もそろそろ英雄を求めているのさ」
英雄か。俺からは最も遠い存在だろう。
「忘れてはいけない。トミーこと富岡清十郎と、岩見美鈴嬢を紹介しよう。昨日は街で二人のデートが目撃されて、多くの独身男女の悲鳴がネットを駆け巡ったと聞く。その真相を、うちの副長が突撃インタビューだ!」
気が付くと、俺と美鈴さんは日奈さんに腕を掴まれてマイクの位置まで引きずられて行った。俺にしても美鈴さんにしても、普通の人間より力があって抵抗は大きい。それをものともしないこの人の馬力も異常だ。
「はい、噂の二人に突撃インタビュー!」
もしかして、昨日は上手く逃げたと思っていたが、日奈さんには気付かれていたのか?
ああ、それにしても、この人も相当酔っている。俺は絶望感に包まれた。
「では美鈴さん、昨日のデートはどちらから誘ったのですか?」
「あ、晃さんじゃなくて、清十郎さんが街を見たいというのでエスコートしただけで、デートと言われても……」
美鈴さんは顔を赤くして真面目に答えている。
「ということは、美鈴さんはその気じゃないけど、ビッグルーキーがデートに誘ったということでいいんですね?」
俺はマイクを向けられて一瞬困ったが、次の瞬間には自然と声が出ていた。
「ええと、結婚を前提としてお付き合いをさせていただければと思っています!」
地鳴りのような歓声が沸いたので、俺も両手を振って答えた。
「こら、トミー。あんた私という女がいながら!」
何故か顔を真っ赤にした澪さんが乱入して俺に掴みかかって来る。もう無茶苦茶だ。
何がなんだかわからないが会場は沸騰しているので、ここの流儀で言えばこれでいいのだろう。とにかく、その方が面白いから! 知らんけど。
「さてここで、酔いつぶれる前に俺にもひとこと言わせろと借金ドクターがうるさいので、挨拶の時間を作りました。宴の中締めは澪ちゃんですから、ちゃんと最後まで生き残っててくださいね。あと、ドクター、スピーチは3分だけですよ。カラオケじゃないから歌わないでくださいね!」
八雲隊長は結局最後まで司会を続ける気らしい。その手からマイクを奪い取り、赤い顔のドクターが話し始めた。
「えー、皆さまお久しぶり、永益です。昔胃袋の中から引っ張り出してやった奴や、大怪我で死にかけたところを徹夜で治療した連中がこうしてうじゃうじゃと集まっているのを見ると、USMが今こうしてあるのもほぼ私のおかげだと改めて思う今日この頃であります」
ありがとうという言葉よりも、危うく殺されかけたぞ、という野次の方が多いのはドクターの人徳であろう。
「今回縁があって戻ってきましたが、それもこのビッグルーキーあってのこと。頭は悪そうだが身体能力だけは保証するので、何とか死なない程度に上手く使ってやってほしい。そこで、景気づけに一曲……」
ドクターが本気で歌おうとしたので、横から八雲隊長にマイクを取り上げられていた。
そこから先はもう、滅茶苦茶なバカ騒ぎだった。
「では会場の都合でそろそろ楽しかった宴も最後の挨拶となります。この後はお好きなところで勝手に続きをどうぞ。討伐隊はいつもの店に行きますので、時間のある方はご一緒にどうぞ。さて中締めは予告通り、我らが澪ちゃんにお願いしまーす」
足取りがややふらつきながらも澪さんがマイクスタンドの前に立ち、手慣れた様子で位置を下げている。そして、悪魔のような笑みを浮かべて会場を見回して、声を出した。
「さて、何年もVR空間に沈没し、イケメン勇者として無双していた元美少女や、どこかの隊長に振られて自殺すると大暴れした昔の乙女、それに胃袋の中から出てきて十日もオムツをしたまま涙やそれ以外も垂れ流し続けていた可愛い子羊たちが無事に社会復帰を果たして元気に騒いでいるのを見ると、私も非常に喜ばしい……」
澪さんの言葉に騒がしかった会場が一瞬静まり返り、直後に大ブーイングの嵐になった。一見ドクターの挨拶と似ているが、こちらには猛毒が含まれている。
これ以上話をさせてはまずいと隊長が慌ててマイクを取り上げ、帰れ帰れの大合唱となる。
放っておくと人前で何をしゃべり始めるか分からないので、恐怖に顔が引きつっている者が何人もいる。俺も一瞬で酔いが醒めた。
この人は言ってはいけないことをわざわざ言いたがる悪魔のような趣味がなければ、もっといい医者になっただろう。好き好んでスリリングな人生を歩んでいる。
どうしてクビにならないのか、それより訴えられて裁判沙汰にならないのか、不思議だ。
『いえ、裁判の記録も幾つかありますが、見ますか?』
聞いてもいないのにゴンが教えてくれた。だから、知りたくないこともあるんだって!
いつかこいつも訴えてやりたい、と俺は思った。




