入隊
「今日から入隊する新人の4人だ。まあ、有名人ばかりだから改めて紹介する必要もないと思うが、念のため一人ずつ自己紹介をしてくれ」
改めて、八雲隊長から全ての隊員の前で紹介された。
総勢50人に満たない人数なので、少々大きめの会議室に全員が揃う。
ドクターと澪さんについては馴染みの顔なので、どんな悪事を働いて飛ばされてきたのだと盛大なヤジが飛んだが、美鈴さんの番になるとプライベートなお付き合いの申し込みが殺到する。そして俺の時には、一番ざわめいた。
「富岡清十郎です。まだ目覚めたばかりでこんなことになり、どうしていいかわかりません。どうぞよろしくお願いします」
先日のデビュー戦の動画を見ていない者は、恐らく一人としていないのだろう。早く力を見せろ、俺と勝負しろなどと騒々しいことこの上ない。
女性隊員からは「可愛い!」などという歓声が多数聞こえることを期待した。しかし、自分のように優秀な隊員をゼロ小隊に選ばなかったことを後悔するぞ、などという脅し文句が次々に上がり、笑いを誘っただけだった。
別に、俺が選んだんじゃないんですけど……
ここには怖いお姉さんたちが揃っていそうなので、気を付けよう。
この組織には階級などない。隊長・副隊長もその実力が認められてリーダーに担ぎ上げられた人材なので、誰もが尊敬の念を持って接している。とは言え上下関係に拘泥している様子は全くない。互いに遠慮のない言葉が自由に飛び交っている。
ただその軽口の裏には、命を預ける仲間たちに対するリスペクトや信頼感が強く感じられた。
俺も、早くそういう仲間に入れてもらえるといいのだが。
挨拶が終わるとゼロ小隊のみが残り、夜勤明けで帰る者やこれからパトロールに出る者など夫々に散っていく。
残っていた隊長と新たにゼロ小隊長を兼務することになった副隊長とが先頭になり、地下の訓練施設へ向かった。
『ゴン、今日のテスト内容はわかるか?』
先に知ってどうなるものでもないが、あれだけ何でもわかると豪語していたゴンなので、知らぬはずが無いだろう。
『そもそも、8年前にドクターはどうやってデータを取ったんだ?』
『やっとそこに気付きましたか?』
呆れたようにゴンに言われてムッとする。
『最初に欠損部分の補完手術が行われたのは2033年4月のことでした。そして最後に計測したのが2042年3月。USMを離れるドクター永益最後の仕事でした。その間9年。ちなみに、美鈴と美玲が誕生したのは2040年です。つまりドクターがUSMを離れる2年前には、一連の仕事がほぼ完成していたことになります』
10年前には既に完成の域に達して放置されていた古い技術が、なぜ今再び脚光を浴びようとしているのか。俺の体はどうなっているのだろう。
『ちなみに、8年前の最終試験の時には実際にこの肉体を稼働させて計測しました。その時には、ワタシがこの肉体を操作しました』
確かに、その2年前には既に美鈴さんたちが誕生している。そのきっかけが大島晃の肉体であるならば、もっと前からこの肉体を自在に動かし試験をする方法があったのだろう。
別に俺の意識が戻らなくても、AOがこの体を操作すれば良かった。美鈴さんたちアンドロイドのように。
ではそうせずに、なぜこの肉体は今まで眠らされていたのだろうか。人権問題?
そういえば、それを最後にアオからの応答がなくなったと聞いた気がする。
では、どうして今俺が目覚めて、ゴンと共にいるのだろう。
大島晃自身は不幸なことに肉体の損傷が大きく、1999年の時点で脳死かそれに近い状態であの亀形怪獣の第三胃へ送られたのだと考えられる。
だがそんな状態で長期保存されている者はほぼいない。先日のウミウシ騒ぎのように、第三胃の中で死亡すれば保存されずに消化されてしまうのだ。
そして生存者リストにも残らずUSM基地の地下で密かに眠っていたこの肉体には、どんな秘密が隠されているのだろう。
どちらにせよ俺たちは、こんなところで馬脚を現すわけにはいかないのだ。
『では俺が求められるままに力を使ってみるが、手足の出力調整は全て任せる。頼んだぞ』
そうして、俺はドクターのメニューに沿って機械化部分の性能確認試験に臨むことになった。
『セイジュウロウの左目はドクターによる3度の改良手術で光学30倍のズーム機能と、紫外線、赤外線の広帯域を感知する機能が付加されています』
左眼の試験の前に、ゴンが解説してくれた。
『それ以外の、視界にインポーズされる文字情報やポップアップする映像などは神経に直接リンクされたインプラントが外部からの映像を取り込んでいるもので、セイジュウロウも日常的に体験していますね。この機能が一般に普及したおかげで眼球自体に微細な細工をして光学的な機能を追加向上させること自体が時代遅れとなり、技術開発はそこで止まりました。これはドクターが失業した理由の一つでもあります』
なるほど。幾らでも外部カメラの映像を取り込めるのだから、自身の眼球に面倒な細工をする必要はないということか。正に過去の技術というわけだ。
『左目の機能に関しては、そのまま性能通りの結果を出せば問題ないと思います』
『そうだな』
『ただ、右目に関しては注意が必要です』
『右目?』
『はい。左右の視力に極端な違いがあると立体視が困難ですし、逆に視野角を相互に補う使い方により周囲の視覚情報が飛躍的に向上しますので』
『何が言いたいんだ』
嫌な予感がした。
『セイジュウロウが眠っている8年の間、暇だったので右目も機能アップしておきました。生体材料のみで行いましたので、厳密に言えば左目とは違いますが、能力レベルは調整してあります。単眼鏡と双眼鏡の違いと言えば分かりますか?』
『暇だったからって、そこまでするか?』
『ええ。どうしても聞きたいのなら言いましょう。何故なら、その方が面白いから……』
『馬鹿野郎、人の体を何だと思っていやがる。しかもそれって絶対周囲にバレたらダメな奴だろうが!』
あああああああ、面倒くせー!