入隊前夜
退院が決まった、と言われた日。いや、隊員が決まった日、でもいいけれど。
とにかく一昨日のうちに俺は病室を出て、新しい部屋へ引っ越していた。
私物は何ひとつないので、引っ越しと言ってもただ空身で部屋を移動するだけだ。身軽だがなんだか少し寂しい。
ただ、頭の中にあらゆる情報が入っているのだと思うと、物質的なものを求める時代ではないのだと痛切に感じる。この気持ちを持ったまま前の世界で生きていたなら、つまらぬ事故で死なずに済んだのかもしれない。
ただ、新居はきっとこの建物内のどこかにある隊員用の狭い個室になるのだろうと思っていた。
ここでも、俺の考えは甘かったと反省するしかない。
俺の新しい部屋は確かに同じ建物内の居住区だったが、完全な個室という望みは砕け散った。俺は実験動物の一匹なので、チームトミー四人一括で一部屋を割り当てられた。
見ようによってはホテルのスイートルームやリゾート地に建つコンドミニアムのように贅沢な部屋だが、常に監視の目が光っている状況に変わりがない。
客間を加えて5つのバストイレ付寝室と広いLDKプラス最先端の医療設備やトレーニングルームなどを備える豪華な部屋で、恐らく1フロアを俺たちの関係者で占拠しているのではなかろうか。こんなことをするから借金額が天井知らずに増えたのだろう。
俺の個室は無駄に広すぎず、まあ常識の範囲内で安心した。
ただ、施錠して引きこもることはできない。専属メイドのように美鈴さんは相変わらず部屋を出入りして世話をしてくれるし、澪さんは用もないのにやって来ては私物を持ち込み自分の部屋のように勝手に寛いでいる。
俺は面倒なので開放的な居間にいる時間が長くなる。その方が、心休まるのだった。
その意味では入院中の病室とあまり変化がない。
討伐隊の隊員専用の装備も支給された。と言っても、武器の類は何もない。
多過ぎる種類の制服やトレーニングウエアが用意されているが、装備の中にDNスーツは含まれず、やはり俺とアンドロイドは普通の人間と違うらしい。俺専用のアンダーウェアもあるので着る物には困りそうにないが。
制服の上に着用するプロテクター類は、共通の装備だった。基本は調査隊と同じブーツと防弾ベストとヘッドギアのセットになる。
入隊前日の今日は、昼食の後に美鈴さんと二人で街へ遊びに行くことになっていた。これだけのことがあったのに、俺はまだ外の街を歩いたことすらないのだ。
2月にしては風もなく、暖かな午後だった。
俺が目覚めてから大半を寝て過ごしていたのにもかかわらず、あまりにも多くのことがこの10日余りの間に起きていた。
入院着と新しい討伐隊の制服以外には着る服すら持たない俺だが、そこは優秀なアシスタント(美鈴さんである。決してゴンではない)のおかげで外へ出ても恥ずかしくない服装を用意してもらった。
美鈴さん自身も普段の看護服姿とは違い初めて見る私服である。
DNスーツのおかげで分厚いコートやマフラーから解放された市民は、色や柄が刻々と変化するスーツやその上を微妙に覆う様々な新素材の調和に新しい美意識を見出している。
美鈴さんの場合はDNスーツ以上の素材が人口皮膚として使われているので却って相性が悪いので着る意味がないらしい。俺も部分的には同様なので、最初から別のタイプの服を着用する。
おかげで、恥ずかしいレオタード姿で街を歩かないですんだ。
俺たち二人が着ているのは、どことなく古いアメリカの西部劇を思わせるような、カジュアルな服だった。
俺は木綿風のワークシャツにサスペンダー付きのパンツとワークブーツ。美鈴さんも少しひらひらした長いスカートのワンピースに革のブーツを身に着けている。俺のカウボーイハットと美鈴さんの大きな麦藁帽子は邪魔なのでかぶるのを止めた。
西部劇で見る農民風のファッションだろうか。こんなレトロな服が流行っているのか?
先ずは外へ出て、地上を散策した。
高層ビルの間は緑の多い公園に整備されているが、建物の1階には外向きの店舗などはない。空中回廊のような道が上空を走り地上は自然が多く残されていて、散策する人々も多い。
公園には座って休憩できる場所も多く、屋台や大型テントなどの移動式店舗が数多く出店していて、それを見て回るのも楽しい。そこで売り子や清掃をしているのは、金属製のタロスが多かった。
「ほら、これがタロスですよ」
なるほど。遠目には人と変わらないフォルムで、ロボットらしくない。
古典的名作宇宙戦争映画に登場する金色の通訳ロボットを地味にしたような、金属製の体だった。だが動きは非常に滑らかで、ひび割れた合成音声にはユーモアと慈愛の精神が滲んでいる。人々に安心と親しみを与える、優秀なパートナーだ。
「思った以上に人間味のある機械なんですね」
「ええ。ドクターがアンドロイド技術を発展させるまでに、タロスは十分人間の代行者の地位を固めていました。だから私たち姉妹のような存在が入り込む余地は少ないんです」
美鈴さんは少し寂しそうな表情を浮かべた。
人が運転しているかに見えるホバーカーなども、実はこのタロスが運転手をしている場合が多い。基本的に人間ができることの大半はタロスが代行可能なので、専用の自動化システムやインターフェイスの多くが不要、という設計思想らしい。
タロスは固有のAIにより自律行動しているので、分散型の自動化システムとなり大規模なシステムエラーへの対応が可能、ということだ。これも、怪獣に度々襲われる都市ならではの設計なのだろう。
効率は悪そうだが、人口が少なく資源にも余裕がある。タロス自身には自己修復機能はないが、他のタロスがメンテナンスを相互に担当するので結果的には同じことらしい。
結局は、無人の自動運転車よりもロボットが運転する車の方が面白い、ということなのか。
「ところで、美鈴さんも普通に食事をしてますよね」
俺は美鈴さんと二人で色とりどりの草花の咲き誇る庭園を歩きながら、昔と変わらぬ屋台のB級グルメや見たこともない奇抜な色彩のスイーツなどを楽しんでいた。
「そうね。そこがアンドロイドとタロスの一番違うところかな。全身が機械のタロスと違い、わたしの体は生体材料を利用しています。清十郎さんの義手や義足の研究から発展した技術で、怪獣由来の新素材と人間の組織を組みわせた有機複合材料でできているの。だから人と同じものを食べてそれをエネルギー源とすることができるわ。ただ必要とする水分量が少なく備蓄できるエネルギーも桁外れに多いから、毎日沢山食べる必要もないんです。その分自己修復能力には限界があって、ドクターの定期メンテナンスのお世話になるけれど」
ううむ、俺の手足も定期メンテナンスとやらが必要なのだろうか。ドクターからは何も聞いていないが、こうしてドクターから離れられないのは恐らくそういう意味なのだろう。
今日のお礼にと屋台のアクセサリー屋で美鈴さんと美玲さんにお揃いのネックレスを選んでいると、隣で熱心に人間の店主と話している女性に気付いた。
「きゃー、この子犬のイヤリング、カワイイ~!」
「そうだろ、今年の流行だぜ」
「こっちのペンダントも、お揃いね!」
「おお、来週には指輪もできるぞ。売り切れないように、取っておいてやろうか?」
「キャー、ありがとう。ワタシのサイズ、わかってるわよね。来週からは、ちょっと忙しくなりそうなのよね~」
その身長2mを超えようかというエキセントリックな美女は、討伐隊副隊長であり明日から俺たち第ゼロ小隊の隊長を兼務する神田川日奈様その人であった。
このはしゃぎぶりを見ると、俺たちの存在には全く気付いていない様子だ。
俺は今日のために貰った電子キャッシュを使いネックレス2つ分の料金を決済すると、黙ってそっとその店を出た。
それから俺たちふたりはもう少しだけ地上の散策を続けてから、地下街へ降りた。
そこは多くの人々が暮らす、主要街区だ。
地下とは思えないような天井の高い広大な空間に多くの人が集まり、日用品や嗜好品まで様々な店が競うように軒を連ねている。
「地上は怪獣に荒らされる機会が多いので、主な都市機能は地下に広がっているの。当然怪獣は地下も標的にして襲ってくるけど、これまでは地下構造物の防御機構で防ぐことができています。ただ、本格的な攻勢を地下へ集中されるのは嫌なので、地上の建物や道路を先端技術で飾り付けて、そこへ怪獣を誘導するようにしているの」
俺の知らなかった地下都市が、この街の本当の姿なのだ。。
「わたしたちの基地が地上にあるのもそのためね。明日から始まる討伐隊の仕事も、基本は地上で怪獣を迎え撃つ役割になると思いますよ」
さすがに俺もこの辺りの情報はネットで仕入れていた。だが、それにしても俺のような浦島太郎の扱いが丁寧過ぎて腑に落ちない。
借金の問題にしても、無理やりにでも俺を縛り付けておきたいだけのように思える。
明日から始まる新しい暮らしは、なかなか興味深い。
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