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入隊準備

『簡単です。ワタシに任せてくれれば、今すぐにでもセイジュウロウの口座へ600億円相当の通貨を振り込みます。通貨はそのまま円でよろしいですか?……ああ、その前に、セイジュウロウの口座が存在しない……』


 悪魔の囁きを、俺は慌てて否定する。

『こら、俺を犯罪者にするな!』


『いけませんか?』

『当たり前だ、どこからその金を工面するつもりだ?』

『それは企業秘密です』


『くだらない犯罪小説のようなことを言うな』

『すみません。これはくだらないSF小説でしたね』


 俺にはそれ以上不毛な会話を続ける気力がなかった。

 ゴンの登場以来不思議と精神の安定化が進み、昼間疲れて眠くなることもなくなった。


 もう澪さんの出番はないので帰っていいですよーと言ってやりたいが、悔しいのでこのまま巻き込んでおいた方が面白いだろう。


 荷馬車に乗せられて討伐隊へ売られていくような、寂莫としたイメージが付きまとう。軍隊への召集令状を貰った気分、と言ったらよいのだろうか。


 しかしまさか、病室からいきなり最前線はないだろう、と思っている自分が怖い。ここの連中なら十分にあり得る。既に俺は病室にいる間に2体の怪獣に遭遇しているのだから。


「晃さん、今日は10時から討伐隊の隊長さんとのミーティングが予定されています」

 朝食の後、いつものように今日の予定を教えてもらう。それにしても、俺のことを晃さんなどと呼ぶのは美鈴さんだけだ。確かに公式には俺は大島晃なのだが、中身が違うことは公然の秘密になっている。


 ドクターはともかく、澪さんがあちこちでトミオカセイジュウロウの名を広めながら俺をトミーと連呼しているからだ。カウンセラーの守秘義務とか、何も持たないのかあんたは!


 そんな俺の困惑を感じてか、美鈴さんが俺を気遣う。

「私もトミーと呼んだ方がいいですか?」

「美鈴さんにはできれば清十郎さん、て呼んでほしいかな……」

 

 俺は実際、大島晃なのか富岡清十郎なのか、どっちの名前で生きて行けばよいのだろうか?

 難しい選択だ。



「ところでドクター、借金があるのは俺じゃなくて本当はドクターの方じゃないんですか?」


 朝食の後、午前中は関係者4人でのミーティングが行われた。

 ドクターは平静を装っているが、動揺は隠せない。


「そんなことはない。それに、私は8年もUSMから離れていた人間だぞ。今更借金だなどと言われる理由がない」

「はいはーい、それは私も同じよね」

 澪さんもすかさず言い訳する。


「山野先生はずっとUSMにいたでしょ?」

 美鈴さんのナイス突込みだ。


「だって私は直接大島晃の肉体改造には関わっていませんよ」

「何を言う、おまえも私のチームの一員だったろうが」

「そ、そんなの昔の話よ!」


「いや、今現在こうしてここにいることが関係者だという何よりの証拠だろ?」

 ドクターの証言で、澪さんも逃げられなくなる。俺は二人を逃がさない。


「ほら、やっぱり。どうせ調子に乗って二人で暴走したんでしょ? つまり俺は勝手に実験材料にされた被害者であって、借金を背負う理由はないと思うんですけど……」


 よく考えなくても、意識不明のまま体をいじられモルモットにされた俺が借金を背負わされる理由はどこにもない。


「あのー、私たち姉妹の開発費も大変な金額だったと聞いていますが……おかげで私たちの兄弟の数はそう多くないですよね」

 美鈴さんが遠慮がちに問いかける。


「はは、ドクターは鈴ちゃんたちの仲間が増えれば研究費を回収できると見込んで、トミーにありったけの予算を継ぎ込んだけど当てが外れて、それまでの功績も帳消しになるほどの損害を与えて借金を踏み倒してここから夜逃げしたんだよね」


「ひどい、それを今更俺に負わせる気か、あんた、最低だな」

「私は関係ないからね。ほら、私は鈴ちゃんと玲ちゃんのお母さん役だから、トミーとは関係ないの」

 あくまでも、澪さんは無罪を主張する。


「それは結果論に過ぎない。私はただ、完璧な義肢を作り多くの人を救いたいと思っただけなんだ」

 おお、その志は高く、今でも十分に多くの人を救う意味のある技術なのではないだろうか。


「でも今では再生医療の発展で、機械に頼らずとも自分の元の手足を再生できちゃうからねぇ。そもそも義肢自体が不要なんだよ」


「それを言うな……」

 ドクターは下を向いた。技術の進歩は時に残酷だ。


「まさか、それで美鈴さんたちにも借金を背負わせたんですか?」

 だとすれば、鬼畜のような人だが。

 だがそれは、暗いドクターと対照的に澪さんが明るく否定する。


「ああ、そりゃ大丈夫。二人の開発費はたぶんトミーよりもゼロが二つ少ない程度だから」

「ゼロ二つって言ったって、そ、それでも一人三億円?」

 俺は思わずズバリ言ってしまった。


「うるさい。おまえは黙って自分の600億円分働けばいいんだ」

 ドクターは珍しく荒れている。もう滅茶苦茶だ。


「でもトミー、あんたがこの間倒したウミウシだけど、あれ一体だけでも数億円もの価値があるらしいよ」

 澪さんがとんでもないことを言う。


「本当ですか?」


「そうよ。怪獣は未知の素材の塊だからね、宝の山よ。だからさっさと借金を返して怪獣退治を続ければ、わたしたちは大儲けだぞ!」


 うーん、この人たちと一緒だと、まったくそういう明るいビジョンが思い浮かばない。


 そもそもこの世界はほとんど個人資産が意味を持たない社会構造だと聞いた。

 衣食住以外のことまで必要以上に社会保障は充実しているし、面倒な仕事は皆自動化されていて、人間の出番は少ない。


 いざとなれば無料で使えるサービスがいくらでもあるし、人間嫌いならタロスに頼めば何でもやってもらえるシステムが出来上がっている。


 だから、個人資産など貯め込んでも使い道がない。俺はゴンに尋ねる。

『では、マイナスの個人資産である借金は?』

『借金を返さない者は、犯罪者でしょうね』

 ゴンはそう言い切る。


『でも俺って、ゴンと同じで戸籍がないんだったよね』

『そうですね。確かにセイジュウロウには、ワタシと同じで戸籍も人権も個人資産も銀行口座もありません……』


『じゃ、別に返さなくてもいいんじゃない?』

『そうですね』


 解決してしまった。

 



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