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ゴン

『あなたは、自分を富岡清十郎と名乗りましたね』


 AOが正体を現した翌朝、俺は不思議とすっきりした気分で目覚めた。


 いつものように美鈴さんがやって来た時も、頭の中ではAOが面倒な話を始めたところだったので、寝ぼけている暇はなかった。


「おはようございます!」

 耳に響くAOの言葉を無視して、いつになく元気に挨拶をした。


「今朝はずいぶん調子がよさそうですね。では、すぐ朝食にします」


 こんな生活にも慣れて来たし、何よりもネットに繋がることにより様々な情報も得られるようになった。音楽を聴いたり映画を見たりと、暇つぶしにも事欠かない。


 午前中はリハビリと称する運動をして、午後はカウンセリングと称したお茶会があり、それで一日が終わるのなら申し分ない。

 まあ、細かいことを考えなければそれでも十分にやって行けるのだ。


『おい、富岡清十郎!』


 無視していると、AOの奴が空耳のボリュームを上げる。機械のくせに短気な奴だ。


『せめて朝食が終わるまで待てないのか?』


 そう言って黙らせて、焼きたてのクロワッサンとスクランブルエッグの朝食を優雅にいただいた。もちろん、サラダとスープ、それにデザートも付いている。


 普通、AIアシスタントとかIPAインテリジェントパーソナルアシスタントとかいうのは、こちらから話しかけない限り特別な通知のある時以外は黙っているものだ。


 それなのにこのAIには致命的なバグがあるようで、勝手にうるさく話しかけるので困る。


『で、俺が富岡清十郎ではいけないのか?』

 食後の歯磨きが終わり、やっと俺にもバグを相手にできる心の余裕が生まれた。


『富岡清十郎という名の人間の戸籍はこの世界のどこにも存在していません』

 何を言うかと思えば、そういうことか。


 こいつには隠しても仕方がないので、俺は正直に知っていることをすべて話した。


『……』


 AIも驚き黙り、考え込む、といったところだろうか。絶句するAIという珍しい場面だが、単にフリーズしているだけかもしれない。大丈夫か?


 AOが考え込んでいる間に、俺も古い記憶が蘇り、黙って追憶にふけっていた。


 俺が生まれたのは有名な草津温泉に近い山奥で、あまり豊かでもないキャベツ農家の末っ子だった。

 小さい頃からやんちゃで近所でも有名だったが、体は小さく決して喧嘩が強い方ではなかった。ただきかん気が強くて強情な質なので、どんなにこっぴどくやられても容易に降参しなかっただけだ。


 そんな俺の名が清十郎だったので、近所の子供たちからはそんなキレイな名はもったいないと言われ、ゴンタ郎と呼ばれていた。それがあだ名として広がる間にゴン十郎と変化して、親しい者はただゴンと呼んだ。


 久しぶりに自分のフルネームを呼ばれて、そのころのことを思い出したのだった。


『なるほど、そういうことですか』

 俺の追憶を遮り、AOの声が聞こえた。


『何が、なるほどなんだ?』

『ああ、あなたの生まれた場所のことですよ』


 まさかこいつ、俺の考えていることまでわかるのか?

『簡単です』

 それはまずい。


『富岡清十郎、あなたは違う時間線から転移してきた異邦人ですね』

『いや、そんなことは最初から気付いている!』


 俺の考えていることがわかるというのは、こいつの嘘だろう。そこで、俺は先ほどから感じていた直感を口にする。


『おまえは、悪ガキだった子供のころの俺と同じ匂いがする。おまえが俺を清十郎と呼ぶのなら、俺は今からおまえをゴンと呼ぶことにする。正式名称は、権十郎だ』


『根拠は不明ですが、呼称の変更を承認いたしました。ワタシは今から権十郎です。あなたがワタシをゴンと呼ぶのなら、ワタシもあなたをセイジュウロウ、と呼んでもよろしいですか?』


『そうだな、それでいい。ところで、お前は自分にアクセスできない情報はない、と豪語していたよな』

『はい、それも事実です』


『まあそれは話半分に聞いておくとして、USMのセントラルコンピューターは全て掌握していると考えていいんだな』

『勿論。この東東京地区に分散配置されている4基のセントラルコンピューターを筆頭に、全ての情報を網羅しています』


『ホラでなく?』

『ホラ話ではありません。何ならこれからセイジュウロウの身に起きる可能性の高い重大事実をお教えしましょうか?』

『それは断る』


 そうして脳内で仲良くご挨拶が終わるころ、美鈴さんが本日の予定を伝えてくれた。


「今日はこれから、ドクター永益と山野先生がいらっしゃいます。何か重要なお話があるようなので、勝手に出歩かないで、部屋にいてくださいね」


 毎度お決まりのこのセリフは、逆に何故勝手に出歩かないのかと責められているように、俺には聞こえる。この世界の流儀に毒され過ぎだろうか。


 俺が熱湯風呂の上にいるコメディアンのように押すな押すなと心の中で葛藤を続けているうちに、早くも二人の先生が揃って部屋にやって来た。


「よう、だいぶ調子がいいみたいだな」

「おっはよー、トミー」

「おはようございます」


 俺は昨日から部屋に置かれた柔らかなソファーに腰かけて、二人を迎えた。

「朝から重要な話って、何ですか?」

 ゴンの言葉もあって、俺は警戒を強めている。


 今までのこの人たちであれば、必ず不意打ちを仕掛けてくるはずだ。何故なら、その方が面白いからだ。

 それが、こうして事前予告をして話しに来るとは異常だ。まあ、予告から考える間も与えずにすぐやって来るところはさすがであるが。


 つまり、不意打ちよりも予告をした方が面白いに決まっているような話を、これからするのだ。今、目の前で緊張している俺の表情を見て、連中は楽しんでいるのに決まっている!


 と、こんなことを考えているようでは人間不信に陥るので、精神科医には是非止めてほしい行為の一つだ。


「先日の怪獣退治の件で、ずいぶん揉めていたのよ。わかる?」

「まあ、それで一つの結論が出たので、伝えに来た」


 そう言われてみれば、二人の表情は冴えない。疲労が顔に滲み出ている。ゴンの件ですっかり忘れていたが、湯島の怪獣の一件は、その後どうなったのだろうか?


 つまり、これからするのは、予告してもしなくても面白くない話なのだろう。


「おめでとう。君は本日退院することが決まった」


 ドクターは、まったくめでたくなさそうな声でそう言った。

 


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