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後日譚 怪獣自然公園

完結後の後日譚です。

三週間ほど後の出来事となります。

 

 復興工事の進む上野のお山周辺のパトロールから戻り、一人食堂で夕飯を食べていると、トレイを抱えた澪さんがやって来て隣に座った。


 最近忙しくて家でもすれ違いが多く、こうして二人で食事をするのも久しぶりだった。


「どうしたの、一人で浮かない顔をして」

 浮かない顔はともかく、俺はいつも隊員の誰かと一緒に行動しているので、確かに一人の食事は珍しいのかもしれない。


「いえ別に。俺だって、たまには一人になりたい時があるんですよ」

 澪さんを歓迎しているのに、つい悪い癖で気取ってしまう。

 だが、これは俺の失策だった。


「あらそう。ならお邪魔だったかしら」

 椅子から腰を浮かせようとする澪さんを慌てて留めて、俺は大きく息を吐く。


「あのね、澪さんならいつでも大歓迎ですから。わかってるくせに、相変わらずたちが悪いですよ」

「ならいいんだけど」

「当然です」


「そうだ。あんたに言っておくことがあったんだ」

「……なんですか?」


「そんなに警戒しなくていいわよ」

「でも、絶対に碌な話じゃないでしょ?」


「あのね、私を何だと思っているの?」

「ええと、たちの悪い年上の恋人ですね」


「まあ、間違っちゃいないか……」

「でしょ?」


「話っていうのは、明日の仕事の件なんだけど」

「へえ」


 俺は口に運びかけた麻婆豆腐のレンゲを途中で止めて、ぽかんと口を開けたまま澪さんを横目で見た。


 澪さんはこちらを見ようともせずに、ガパオの目玉焼きをサフランライスに混ぜることに集中している。


「で、明日は何をするんです?」

「ああ、ちょっと二人でパトロールに出るよう命令を受けたの」

「へえ、珍しい」


「うん。日奈ちゃんから直々の命令だからね。これは逆らえないよ」


 日奈さんは三月に怪獣に喰われたダメージが抜けきらないうちに、続いて怪人に拉致され行方不明になっていた。

 こどもの日侵攻で俺たちに救出されて、やっと最近仕事に復帰したばかりだ。


「で、どこへ行くんです?」

 例によって、俺は嫌な予感しかしない。


「荒川自然公園って知ってるかな……」

「全然知らない」


「インパクト以前、下水処理場のでかい水槽の上に人工地盤を造って、その上を公園にしていたんだ」

「へえ、今はどうなっているんです?」


「しっかりした人工地盤のおかげで、公園自体はまだ残ってるの。でもほら、その下の下水処理場だった部分は怪獣が隠れるのに絶好の場所でしょ」

「確かに」


「今じゃ怪獣の巣になっていて、迂闊に手を出せない……」

「そこを二人で偵察して来いと?」

「まあ、そうだね」


 かなりヤバそうな場所だが、とにかく小隊長の日奈さんが行けというのなら、俺たちは行くしかない。



 翌日、俺たち二人はフライングバイクに乗り、上野から北を目指した。


「怪獣の気配を探知するから、高度は50メートル、速度は10キロ以下で頼むよ」

 俺がさっさと行こうと速度を上げると、澪さんから注文が付く。


「北へ二キロくらいの近場だから、ゆっくり行こう」

「はあ、怪獣自然公園ですか……」


「こんな天気のいい日に二人でピクニックができるんだから、もっと喜んでよ」

「まさか澪さん、そのためにこの仕事を?」


「いや、だって日奈ちゃんが、たまには二人きりで羽を伸ばして来ればって言うからさ」

 これは間違いない。

 今回の拉致監禁事件の後で、きっと日奈さんは新たな弱みをこの魔女に握られたのだろう。それをネタに、このピクニックの許可を迫られたのだ。

 お気の毒に。


「だってだって、清十郎と二人きりのデートは初めてでしょ」


 こんな時にゴンだったら、『ワタシもいますが』などと割り込んで来ただろう。

 しかしロゼの奴は意外と奥ゆかしくて、余計なことは言わないのだ。

 そういうところはなかなか好感が持てる。


『デモ、ワタシには惚れるなよ、セイジュウロウ』

『うるさい、黙れ』

 たまに褒めると、これだ。



「今日は仕事じゃなかったんですか?」

「あ、そうそう。仕事に決まってるじゃない」


 そうこうしているうちに、バイクから公園の四角い人工地盤が見えた。

 公園は二つの長方形が繋がった形で、思っていたよりかなり大きい。


 手前の長方形は鬱蒼とした森で、奥の方にはちょっと開けた場所がある。


「よし、あそこの広場でお昼ご飯にしよう!」

 怪獣の気配がないのか、澪さんは気楽に着陸場所を指示した。


 バイクを草の少ない平らな場所に降ろして周囲を見る。


 この辺はテニスコートだったようだ。

 隣はバックネットの残骸が見えるので、元は野球のグラウンドだろうか。

 そちら側にはもう高い木が生え、下草の茂みもかなり密生している。


 澪さんは例のポンチョを二枚地面に敷いて、ピクニック気分でお弁当を広げている。


「怪獣、いっぱいいるんでしょ?」

「うん、大丈夫。こっちには来ないから」


「わかるんですか?」

「任せて」


「じゃあ、のんびりしますか」

「うん、ちょっと日差しが強いけど、風もあっていい陽気だね」


「ロゼ、周囲にUSMの偵察用ドローンとか飛んでないよな?」

「はい、特に監視の目はないようですね」


 どうやら日奈さんは、本気で俺たちを野放しにしたようだ。

 俺たちは二人でいちゃいちゃしながら食事をして、のんびり昼寝をして、仕事中なので酒は飲まなかった。


 澪さんの言う通り、不思議と怪獣は気配すら見せていない。

 仕事中であることを忘れそうな時間がゆっくりと過ぎ、この世界も悪くはないなと似合わないことを思い始めていた。



「さて、そろそろ帰って一杯やろうか」

「いいですね」


 敷物を片付けバイクに跨り、ゆっくりと上昇する。

「帰りもゆっくり飛んでね」

「はい」


 俺は西日に赤く染まる上野の街を眺めながら、ゆっくりと飛んだ。


「それにしても、今日は怪獣がいませんねぇ」

「そんなことないよ」


「え、そうなんですか?」

「前ばかりじゃなくて、後ろも見てごらん」


 俺は振り返って澪さんの顔を見る。

「バカ、私を見てどうすんの」


「いや、怪獣じゃないですよね?」

「下を見なさい!」


 澪さんに叱られて、俺は下に広がる湿地を見る。

「うわ、なんだこれはっ」


 バイクの後方に、三十体を超える数の中小の怪獣が列をなして進んでいる。

「ヤバイ、早く逃げないと!」


「大丈夫、あれは私たちの後を付いて来てるだけだから」

「いや、だからヤバいでしょ。あんなの引き連れて上野へ帰れませんよ」


「ああ、あの子たちは私の命令で移動しているから、大丈夫」

 澪さんの言うことは、時々おかしい。


「あの数の怪獣を、どうやって制御できるんですか?」

「簡単よ。あんたがアルファだって、教えてやったの」

「はい?」


「あの子たちは、観測者の命令で動いていたの。それを集めて、まとめて指揮系統をあんたに上書きさせたのよ」

「俺ですか?」


「そう。アルファって言えば、あんな末端の観測者よりも遥かに上の存在でしょ。だからこの男の言う通りにしなさいと命じたら、一網打尽……」

 俺にはまだ、冗談としか思えない。


「だとして、どうするんですか、あの怪獣たち」

「あのまま研究所へ引き渡すわよ。ほら、あんたが閉じ込められていた施設のあった場所……」


 地下深くにある研究所には、生きた怪獣を捕えておく施設がある。

「でも安心して。生体実験なんかには絶対にさせないからね。丁重に扱うことが、引き渡しの条件だから」


「……ってことは、もう話が付いていると?」


「そう。そのために今日はこのデートの許可を取り付けたって訳。格安でも一体五百万円として、三十体で一億五千万か。うふふ……」


 さすがに、この人はタダでは動かない。


「そもそも金を溜めてどうすんの?」

「そりゃダーリンと私の愛の巣を買うのよ」


「どこに?」

「小日向台に決まっているでしょ」


「げ、南太平洋諸島連合か……」

「そ。あそこは貧乏だから少し貢献しないとね」


「いや、澪さんのことだから、ぶっ殺してバーベキューにするのかと……」

「あんたね、アルファっていうのはあの子たちの親分なんだから、もっと自覚を持ちなさいよ!」

 何てことを言うんだ、この人は。


「じゃあ、澪さんはもう怪獣は食わないと」

「まさか。あんなに美味いものを食わないわけないでしょ」


 ああ、俺もそのうち焼いて食われそうな気がしてきた。


「大丈夫、あんたはまだ食わないから」

「まだ?」

「そう。当分はね」


 ということなので、俺はまだ暫くは生きていけそうです。



 終


 


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