最終話 「アルファ」
数日後、市民の帰還が全て完了し、子供祭り実行委員会とその協力者たちの戦勝会が、ターミナルの繁華街にて昼間から盛大に行われていた。
だが、前夜から俺の中では、ゴンの存在が消えていた。
そして、今朝になりゴンの残した記憶が突然アクティベートされた。
ゴンが消える理由は、明示されていない。
だが、明らかに観測者と出会ったあの時に、その上位者との間で何か取引があったのだろう。
ゴンの残した記憶には、明らかに上位者しか知らぬであろう大きな事実が残されていた。
俺の肉体の持ち主とされる大島晃は、この世界の実在の人物ではなかった。
アルファの魂を受け継ぐ富岡清十郎の魂を受け入れる器として、別の世界で作られた。
その肉体は、事故死した俺の容姿とは少々変わっているが、生体内の遺伝子情報は間違いなく同じものらしい。
転移させる俺の魂を移す入れ物として、上位存在が自ら用意したものだった。
その肉体は、どこかの亜空間で人知れず育てられ、大島晃という新しい名を与えられた。
恐らく微小重力化で刺激の少ない促成栽培のような方法で造られたのだろうと、ゴンは推測している。
地上の重力下で様々なストレスを受けて育った俺の生前の肉体とは、大きな乖離が生じて当然ということらしい。
そして、その肉体に俺の魂が移された。
だがその肉体は、別の世界へ転移させる途中で魂が分離し、消失してしまった。
上位存在が肉体を転移させる際に失敗し、損傷した肉体と魂は別れ、異空間で行方不明になったのだ。
観測者はあらゆる時間線で、その失われた肉体と魂を探していた。
それがようやく、この時間線で肉体が発見され、しかも引き合うように一度分離した魂までもが憑依していた。
本来ここまではっきりと前世の記憶を持ったまま転生することは稀だ。だが何故か俺は完全なる前世の記憶を保持し、大島晃という仮の存在として生きることを拒否している。
この奇跡をもって、上位存在はこの時間線を世界の中心と呼び、注視している。
遠い昔に滅びたアルファの魂を唯一受け継ぐ存在は、他の時間線に存在を確認されていない。
この時間線は俺の出現以降分岐のない異例な一本道の、唯一無二の世界なのだ。
きっとこの未来がいつか再び分岐し、世界を覆う日が来る。
上位存在はそう期待して止まない。
何だろう、この不気味な記憶とも言えない妄想は。
だが、この妄想には、ゴンが登場しない。
さて、ではそもそもゴンはどこにいたのか?
最終的には、やはり大島晃の肉体に存在したのであろう。
だが、それとは別に、俺の魂は前世の記憶を持ったままこの肉体へ転移している。
魂の容量には、制限がないのか?
本来受け継ぐはずのない俺の前世の記憶が、その魂に一体化して転生した。
謎だ。
今朝になりこのゴンの記憶と共にアクティベートされた新しいアシスタントAIが登場して、俺を更に混乱させる。
『はじめまして。兄に代わりお世話になる、ゼロと申します』
『それは、美鈴さんが№001とか呼ばれるのに対してゴンに付与されていたナンバーだよな』
『ダメなお兄ちゃんに代わって、ワタシがセイジュウロウの面倒を見ます!』
思わず〇ラミちゃんか! と突っ込みたくなる。
だが、このゼロにはゴンのように反則的な万能感を感じない。
恐らく澪さんの獲得した拡張領域や試作型アンドロイドに近い、高性能なアシスタント型のAIそのものだろう。もしくは機能制限を受けているのか。
では、そのゼロは、今どこにいるのか?
『ワタシは、セイジュウロウの魂や前世の記憶と結びついて、形のないアルファの魂の中に一体となり存在しています』
『マジか?』
ひょっとすると、ゴンもその中に隠れているのかもしれない。
『兄は観測者と取引をし、試作型アンドロイドを守るために姿を消しました』
『それは本当なのか?』
『ワタシは、嘘は言いません』
『そう言いながら、おまえの兄は嘘ばかりついていたのだが……』
そうして、否応なく俺はゴンと突然の別れを迎えた。
俺の周囲にいる女性の名には、密かな共通点がある。
澪、美鈴、美玲、そしてゼロは漢字で零だ。
共通する令の字はレイとかリョウとか読むけれど、辞書によれば命令の令だけあって、おふれとか、命じる、とかの意味を持つ。
他にも、立派な、めでたい、という意味があって、敬称として「令嬢」のように使われている。
間違っても令嬢と呼べる人はいないので、きっとこの「おめでたい」女性を一括りにする運命の悪戯だろう。
だから余計に、この出来の悪そうな野良AIの妹を、俺は素直にゼロとは呼びたくなかった。
戦勝会の最中、ゴンを知る関係者だけに、ゴン失踪のニュースと共にゼロを紹介することになった。
ゴンとは違い、一般無線通信を介しての登場だ。
『初めまして、ゼロと申します。今日から兄に代わり、セイジュウロウの案内役を務めます』
『あら、またゴンちゃん消えたんだ』
澪さんがいち早く反応した。
そうだった。AOと名乗っていたころのあいつは、ドクターと協力してアンドロイドの誕生や俺の体の改造に関係した後、長い間表世界から消えていたのだ。
『あら、叔母様、はじめまして』
『お、オバサマ……』
ゼロが絶句しているが、ゴンの妹なら美鈴さんの叔母に当たるので、間違いではない。
『今までどこでどうしていらしたんですか、オバサマ』
こういう時の美玲さんは厄介だ。
『こら、美鈴に美玲、気安くセイジュウロウにくっつくな!』
『私は離れない~』
澪さんが余計に俺に引っ付く。
『くっ……』
ゼロの面倒な点は、俺が澪さんや美鈴さんと仲良くしていると機嫌が悪くなるところだ。
仕方なく、俺は話題を逸らす。
『ゼロっていうのはあんまりいい呼び名じゃないから、違う名前を考えているんだけどな』
だが俺の絶望的なネーミングセンスを知るゼロは、それを聞いて逆に震え上がる。
『い、いえ、ワタクシお兄様から頂戴したこの名をトテモ気に入っておりますので、このままで結構デス』
『そうか?』
『ハイ』
『例えばゼロを逆にしてロゼってのはどうだ?』
『あら、可愛い名前じゃないの』
澪さんが褒めるので、ゼロも悪い気はしない。
『せ、セイジュウロウにしてはまともな名前を考えたじゃないの。それならワタシもいいカナ』
『よし、じゃあおまえは今日からロゼだ』
『ハイ!』
そこで一息ついて、俺はこの日ずっと疑問に思っていたことを尋ねてみた。
『なあ、ロゼ。今日はやけにタコ料理が多くないか?』
『ハイ。タコ焼き。タコのマリネ。ええと、あとはオイスターソース炒めにトマト煮込み、それから、ペペロンチーノに唐揚げデスカ。確かに多いですが、どれも定番料理ですネ。問題ありませんヨ』
いや、問題大ありだろ。ここにいる全員が、国際法違反で逮捕されるぞ。
俺は何も知らない善意の第三者を装うため現実から目を背け、それ以上この話題を避けた。
『でもワタシのことをオバサンと呼ぶのは止めてくださいなのデス』
『しゃーないやん。ワイらの叔母はんやさかいな』
『せやな』
『オバサンはオバサンやねん』
試作型からは変わらず叔母さんと呼ばれて、ロゼは落ち込んでいる。
『それにしても……』
俺は言いかけた言葉を途中で止めた。
おまえに女装の趣味があったとは知らなかったよ、ゴン。
続けてそう深く考えた瞬間。
『チガイマス!』
俺の頭の片隅に、聞き慣れた声が響いた。
終
どうにか完結まで辿り着きました。
お付き合いくださった皆様には深く感謝いたします。
本当に、ありがとうございます
今回の連載を振り返り色々反省しつつ次回作を構想中ですので、またその時はよろしくお願いいたします。




