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子供祭り

 

 例年、雛祭りイベントのあったピクニック広場では、子供の日に合わせて更に盛大な祭りが行われる。


 地上の広場と二会場に分かれて行われるが、天候に左右されない地下の広場は大きなイベントが開催される貴重な会場だ。

 それが、今年はどちらも利用できなくなってしまった。


 雛祭りイベントの後片付けをしていた職人軍団のリーダー浅野さんも、子供祭り実行委員会のメンバーであった。


 何とか今年も開催に漕ぎ着けようと、尽力していた一人である。


 毎年恒例のダンス大会や着ぐるみショーなど、途中まで準備していた企画も多い。


 だから突然明後日から始めるぞ、と号令がかかった時には困るよりも、嬉しい悲鳴があちらこちらから上がった。



 しかも会場がターミナルということもあり、広い会場の後ろに控えた繁華街も喜んだ。


 ターミナルは街の一番深い場所にあり、雛祭り侵攻でもここまで怪獣は到達していない。


 しかもここは、最重要の避難施設であり最後の緊急避難先の、シェルターからも近かった。


 思えば、こんな理想的なお祭り会場はないのだった。

 仕込みは既にドクターや美玲さんによって始まっていたのだが、俺が脱獄してからゴンのサポートで色々な細工が進んだ。


 深層の各種施設への安定したデータ回線の確保には、脱獄後に美玲さんが色々怪しい行動をしていた件も関係している。(俺も一部手伝わされたが)


 初日、二日目は大きな出し物も少なく、縁日の屋台や大急ぎで造ったステージでのカラオケ大会など間に合わせの感が強かったが、どうして会場の人出だけは多く、賑わっていた。


 子供の日侵攻の件は伏せられていたので、近隣から地下トンネル経由でやって来る日帰り客も多く、資材を運ぶトラックも含めて通行量も増えて大変な騒ぎである。


 昼間は家族連れで賑わい、夜遅くまで大人が酔い痴れる祭りの場は朝まで連日の大騒ぎ。


 とても怪獣が攻めて来るとは思えない、狂乱の一週間が始まっていた。



「順調に進んでいるようだな」

 ターミナル背後に広がる繁華街の路地裏にある喫茶店〈ミナト〉の店内には、いつもと同じ低い音量の音楽が流れている。


 外の喧騒も静まった五月四日の深夜遅く、大森支部長をはじめとした、「子供祭り実行委員会」のメンバーが集合している。


「進捗は99パーセント。あとは明日の襲撃を待つのみです」

 そう答えるのは、調査隊長の明石さんだ。


 タロスのおかみさんが、トレイに乗せた瓶ビールとガラスのコップを運んでくる。


 それを各自で注ぎあって、一通り行きわたると、大森支部長が低い声で言った。

「では、明日の襲撃を待って、乾杯!」


 コップを打ち合わせる音が店内に響いた。



 翌朝は子供の日で、祭りのフィナーレを迎える。

 しかし、ターミナルの会場は前日までのような異常な活気はなかった。


 連日の大騒ぎに疲れたのか、朝から気だるいムードが漂い祭りの終わる寂しさを滲ませていた。しかし、次第に人が集まると賑やかさを取り戻していく。


 今日はターミナルを発着するホバーカーも少なく、ターミナルの中は静かなものだった。


 そんな中、開店の準備を終えた屋台や会場のセッティングを続けていた人々は、突然の怪獣接近警報に呆然として、会場の立体モニターを眺めた。


 前回の雛祭り侵攻は夜になってから始まったが、子供の日侵攻は午前中に早くも始まった。


 急速に発達した低気圧の影響で四日の夜から降り始めた雨が強まり、子供の日当日は朝から強い南風と豪雨の続く大嵐となっていた。


 雛祭り侵攻と同様に、100メートル近いⅬⅬ級怪獣が二体、嵐に紛れて上野へ接近している。嵐と大潮で東の湿地帯は水位が上がり、白波が立って視界も悪い


 そこを、大型のエイのような平たい怪物が忍び寄っているのが確認された。


 もう一体は後方から悠然と二足歩行で接近する、深海魚のような顔を持つ巨大な半魚人だった。


 雛祭り侵攻の猿人とアザラシの組み合わせを彷彿とさせるコンビに、緊張感が高まる。

 二体の周囲には、例によって数多くの中小怪獣が取り巻いているはずだ。



 同時に、俺たち脱獄組はアジトに集まり、予定していたミッションを開始する。

 その名も「ダミー奪還作戦」だ。


 俺たちの身代わりに投獄されているダミーと、メンテナンスカプセル内で停止されている美鈴さんと美玲さんのダミー。


 どちらもドクターの最新技術が詰まった高性能品なので、できれば表に出したくない。


 混乱に乗じて合計五体を回収し、証拠隠滅を図るのだ。

 全てが上手くいけば、その後は大森支部長が何とかしてくれるはずだ。


 今はただ、林に感付かれないよう細心の注意を払って動き、危険な証拠を回収しておく。


 幾らゴンでも、物理的な残置物を無かったことにするのは難しい。


 手続き上は怪獣警報と同時に俺たちを放免して怪獣討伐に当たる命令が支部長から下されている段取りだが、それはあくまでも後々の為に記録として残すだけのこと。


 独房の中では上手に騙しているダミーたちだが、下手に看守や関係者と接触してバレるのは面倒だ。


 俺たちが正式に対怪獣戦に挑むのは、人形の処理を終えてからになる。

 ドクターとエルザさんの避難を兼ねて、脱獄及びその幇助犯6人組が一緒に行動している。非常に珍しいことだ。


 今回もゴンや澪さん、美玲さんのサポートで手際よくささっとダミーの回収を終えて、ゴンが記録を改ざんして行動終了となる予定だ。



 だが、俺たちが人形の回収に気を取られている間に、ターミナルの祭り会場では新たな事態が進展していた。


 大型怪獣の接近警報により全てのイベントが中止となった会場だが、まだ緊張感はない。


 地下深いこのエリアでは何の影響もなく、まだ避難指示も出ていない。

 人々はのんびりした雰囲気で手を止め、最新情報に耳を傾けている。

 しかしその静寂が、複数の悲鳴と怒号によって破られる。


 天井に貼り付いていたMⅬ級の大物怪獣が、静かにターミナルの中心へ向かって進んでいた。


 動きを止めていれば天井に同化して視認が困難な怪物だが、動けばその巨大な体の輪郭が見える。


 慌てふためき逃げ惑う人々を、天井から延ばした長い脚で片端から襲い、掴んで食いまくる怪獣。


 なす術がなく次々と倒れ、食われる人々。


 怪獣は長い脚を持つ大型のタコで、足を含めると30メートルを優に超える化け物だった。


 雛祭り侵攻で俺が戦ったタコも大きかったが、これは更に大型で、しかもここまで優れた擬態能力は持っていなかった。


 俺たちが地下で探していた怪物は、この大ダコだったのかもしれない。



 常駐している守備隊が前面に出て交戦状態になるが、タコの体表を分厚く覆う粘液と柔軟な表皮、それに鋼のように強靭な筋肉が、通常の攻撃を全く寄せ付けない。


 その間も絶え間なく広場を逃げ惑う人を食い、それを食い尽くすと守備隊に向かう。


 逃げ惑う人々が多いので、誤射を恐れ躊躇していた守備隊なのだが、襲われる人の姿がタコの腹の中へ消えてしまったため、より強力なバイバーによる誘導炸裂弾を使用して攻撃を始める。


 近距離で爆発するバイパーもその体には無力だったが、多少の目くらましにはなり、足止めをしている。


 タコはやや怯んで広場の中央へと押し戻され、そこで幾つかの卵を産んだ。


 全部で七つあった卵のうちひとつは飛び抜けて大きく、それが膨らんで、もう一体の大ダコへと成長した。


 残りの六体は脚の長さが3メートルほどの小型で、攻撃専門の戦闘マシンだった。

 六体の子ダコは周囲へ散って、守備隊へ襲い掛かる。


 子ダコは銃弾をものともせず、長い脚を振り回して守備隊に襲い掛かる。

 強烈な打撃で吹き飛ばされて、戦線が崩壊する。


 子ダコの脚には強力な麻痺毒があり、吸盤で巻きつかれると、毒針で刺される。


 動きを止めて倒れた人を、大ダコが次々と呑み込んでいった。

 最初に現れた親ダコは、ターミナル広場の中央に居座っている。


 新しく生まれたもう一体の大ダコは奥の繁華街を狩場と定めて、逃げる人々を追った。


 それから小一時間のうちに、広いターミナル周辺に動くものはいなくなった。


 攻撃対象を失った子ダコは三本のトンネル入口に分かれて引きこもり、閉じた隔壁の前に陣取ってターミナル側の避難路を遮断するように待ち構えている。


 トンネルの中は蛸壺のようだ。


 これで、上野から地下通路を通り避難する路は、完全に封鎖されてしまった。



 


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