拘束
トンネルへ入る前に回したカメラも通信も途絶えていて、有用な記録は何も残されていなかった。
ゴンの映像記憶回路にも、あの無音の白い靄以外は残っていないそうだ。
つまり、俺たちの体験したのは単純な視覚と聴覚による疑似的な信号ではなかったらしい。
俺たちがゴンの能力により共有している脳内会話の上位版、デジタル信号化されていないテレパシーのようなものかもしれない。
ゴンの一次記録回路に保存されていたグランロワとの会話はひどく曖昧で、ゴンが実際に体験した内容を何度もアナログコピーして劣化させたような、ノイズにまみれた不鮮明な情報だった。
『本来、こんなことはあり得ないのですが……』
ゴンも、初めての体験に戸惑っている。
それだけでなく、あれから約四時間も経過している。
それなのに、不思議とUSMからの増援部隊は来ていない。
俺たちはバイクの停めてある入口へ戻り、これから上野へ帰還する、と無線で一報を入れた。
幸い隊長は不在で、このどう処理していいのか困る報告事項が後回しになったことだけは、喜ばしい。
通信に出たオペレーターは、特に何も言わずに了解した。
俺は何となく嫌な予感がして、上野へ戻らずに逃げ出したくなっていた。
全員の話を総合すると、俺たちがトンネルの中で個別に聞いた話の内容は、ほぼ似たようなものだった。
ただし、俺とゴンを同一人物の括りとするなら、危険人物認定されている俺と美鈴さんはともかく、澪さんについてはある意味部外者のようなものだ。
その単なる関係者である澪さんが一番憤慨しているのは、どういうことだ?
当事者の美鈴さんなどは既にいつもと変わらずニコニコしているのに。
『だいたい、アルファだのベータだの、胡散臭い話よね!』
澪さんの魔眼は何の効果もなく、相手が何を考えているのか全く読めなかったことが相当癪に障ったようである。
飛鳥山のある王子から、上野は近い。
かつてあった鉄道の、京浜東北線では僅か六駅。
USMビルが上野駅より鶯谷駅に近いことを考えれば、五駅分しか離れていない。
まだ怒りが収まらない様子でいる澪さんに気を遣い、俺は乗り物酔いを抑えるよう途中で降下して、ホバーカーの走るハイウェイに乗り重力制御を弱めた。
怪獣に破壊されたUSMビルの外装は下側半分ほどが復元されて、まだ工事作業中だ。
高層階の駐機場へのアプローチはまだ工事中で壁面に入口が空いているだけである。
俺は再度空へ浮かんで飛行し、直接そこから進入した。
俺たちがバイクを降りると、整備員が駆け寄って来て、すぐに本部へ出頭し報告せよとの命令が発出していることが伝えられた。
ここで言う本部とは皇居の本店ではなく、上野支部の支部長をはじめとした事務局のある場所を指す。
俺は滅多に行かないフロアだが、澪さんの元勤務先であり、美玲さんが現在働く職場でもある。
俺たち三人は気が進まないながらも、駐機場から本部へ直行する。
通されたのは支部長室の隣にある応接室だった。
休暇で訪れた小山田村の一件については特に報告義務がないが、飛鳥山のトンネルで起きた出来事をそのまま報告するには、あまりに突飛で衝撃的過ぎて、怪しい。
何の裏も取れない不思議体験を言葉通りに報告するのはあまりに非現実的で、三人で口裏を合わせて、無かったことにした。
だから、報告する事項は少ない。
ドンネルに入ったが靄に巻かれて何も発見できなかった。
それだけである。
白い靄に巻かれるまでの映像も残っている。
支部長とは旧知の澪さんが、淡々と説明した。
だが、求められたのは、そこではなかった。
「怪獣についての報告があるのではないかね?」
支部長は、大森大志という名の元調査隊隊長だった壮年の偉丈夫で、人の良さそうな笑顔の中に強い光を放つ瞳を隠している。
俺たちは何のことかと首を傾げるが、美鈴さんが、あっ、と小さく言って鞄から何かを取り出した。
「これです。私たちが訪れた村で、データベースにない怪獣の一部を発見しました。サンプルを持ち帰り、遭遇した時の状況を武装商隊の隊員からヒアリングしました」
ああ、そんなこともあったな。
「それだけかね?」
支部長は眉も動かさずに言う。
「他に何か?」
澪さんは支部長の様子にただならぬ物を感じたようだ。
「君たちには、国際法違反の嫌疑がある」
「国際法?」
「そうだ。地球外生物の扱いに関する国際条約、通称怪獣共有法というのを覚えているかね?」
「もちろん。遭遇または討伐した怪獣に関するあらゆる情報はUSMを通じて全世界で共有するという基本条約ですね」
澪さんは当然、という感じで言う。
「うむ。だが、君たちがそれに違反しているという情報がある」
「何ですかそれは?」
澪さんは、支部長が本気で言っていることを感じて顔を強張らせる。
「ある有力な筋からの情報により、君たちの留守中に自宅を調べさせて貰った。そしてそこから複数の、未知の怪獣の組織が発見された」
俺たちは冷水を浴びせられたように固まる。
すぐに、澪さんが叫ぶように言った。
「どういう意味ですか、それは。それに、ある有力な筋っていうのは、誰のことよ!」
「既にそれに関係したと思われる岩見美玲君と永益安朗君には事情を聴き、別室で待機して貰っている」
しかし、そんなことは全く身に覚えがない。
「これから詳細な調査が始まるが、君たちは被疑者として証拠隠滅の恐れがあり、嫌疑が晴れるまで、身柄を拘束させて貰うことになる」
「全く身に覚えはありませんので、どうぞ気の済むまで調べてください」
怒りを抑えた声で、澪さんは両手を広げて上に向ける。
澪さんがそう言うのなら、俺たちも仕方がない。
嫌だと暴れても無駄だろう。
澪さんは隣に座る俺の顔をちらっと見る。
俺が仕方ないと思う気持ちは、この顔で簡単に伝わっているだろう。
『ゴン、何かわかるか?』
『この部屋の通信は完全に遮断され、澪や美鈴との秘匿会話も接続不可能です。あの白い靄の中と違うのは、ワタシとセイジュウロウの会話が可能なことくらいですね』
『USMの技術もなかなかのものだな』
『はい。見くびっていました』
扉が開いて武装した警備員が四人現れ、その場で俺たちは討伐隊の装備を全て剝奪された。
手錠を掛けられることはなかったが、そのまま本部専用のエレベーターで地下へ連行され、刑務所の独房のような個室へ放り込まれた。
何が何だか分からぬうちに、すっかり犯罪者扱いである。
『相変わらず、セイジュウロウは波乱万丈の人生ですね』
『バカ野郎、他人事みたいに言うな。お前と出会ってから、本当に碌なことがない!』
『別室で待機しているドクターと美玲さんも、同じ扱いなのかな?』
『ドクターは別として、美鈴と美玲は強制スリープで行動停止にされているでしょうね』
『くそっ、今度外に出たらアンドロイドの人権運動に参加するぞ、俺は』
『あの団体は、美鈴や美玲と仲良くなりたい独身男性の欲望が組織の推進力ですから、清十郎は下手すると彼らに殺されますよ』
『うわっ、怖い!』
感想、レビュー、ブクマ、評価、よろしくお願いします!
読みやすくなるように、ちょいちょい直しています
気になった部分をご指摘いただければ嬉しいです!