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変化

 

 そこは、上野の地下にあるピクニックゾーンを小型にしたような、自然の緑に満ちた大空間だった。


 乾いた気持ちのいいそよ風が吹いて、まさに春の朝という雰囲気だ。


 全体は校庭と校舎を含めた田舎の中学校の敷地くらいの広さで、樹木に囲まれた地上に比べると、かえって解放感がある。


 しかも上野の地下とは違い木造家屋が並び、牧歌的な山村の生活感が満ち溢れていた。


「以前は今通って来た廊下に面した部屋で暮らしていたんです。でもこの広場の造成に携わった連中が、そのまま現場事務所に住み着いてしまったのです」


「確かに、ここにしばらく住んでたらもう穴倉には戻れませんね」


「はい。結局今では村人全部が気ままに小屋を建てて、この広場を中心に暮らしています」


 俺たちはそこから中へ入り、土の道を歩いた。


 ピクニックゾーンのように幾つかの柱が避難階段になっているのだろう。中央の天井は高く、大きなアーチになっている。


『あの柱の内部はエレベーターになっていて、地上の住居と直接つながっています』

 密かにゴンが教えてくれた。


 俺たちは地上の村の中央から降りてきたので、ここは村の山側上半分の地下ということになる。


「各戸で好きなように野菜を作ったり花を育てたりしていますが、中央部分は学校の校庭になっています」


 子供たちが芝生の上でボールを蹴っている隣で、年寄りがパターゴルフを楽しんでいる。


「ここにもゲストハウスがありますから、今度来た時にはそちらへご案内しましょう」


 広場を一周して戻ると、今度は別の扉から廊下へ入る。

 今度は靴を脱がずにそのまま進む。


「この先は村の管理部門となります。エネルギー管理やリサイクルシステムと、食糧や工業製品の生産部門が一体となっています」


 村長は食糧工場や、水や廃棄物のリサイクル施設などを通り、制御室へやって来る。

 エネルギーと食料もほぼ100パーセント自給自足で暮らしているそうだ。


 完全に稼働させれば、300人以上を養えるキャパシティがあるらしい。

 ここは、ゴンが以前制圧したと豪語していた中央管理システムのある場所だ。


 村の内外にある監視カメラの映像や水力、風力、バイオマスなどの発電状況と電気柵の状態などを監視している。


 しかもUSMのネットワークからは完全に独立して動いているので、ゴンが来るまで世間に知られていなかった。


 まあ、今ではゴンに汚染されてしまったのだが。



 その奥に、工作室と搬入口がある。

 工作室には小型の工作機械が据え付けられている。


 3Dプリンターを中心に工作機械を一体化した工業用機器は、設計データと材料さえあればおよそ何でも製造が可能な機種である。


『この機械が、最近導入されたばかりのようです』


 ゴンが一つだけ大きな変化があったというのはこれのことらしい。


「先日の雷獣事件の後、武装商隊の人たちと相談しまして、我々も精度の高い監視設備や強力な防御手段を持つ時期に来たと判断しました」


 ずいぶんと思い切ったものだ。


「幸い、こういうものを扱う若者も街から移住していますので、いい機会になりました。当面は少量生産した装備を武装商隊の皆さんに供給して、村の安全を担保したいと考えています」


「でも、こういう近代設備を持つと積極的に怪獣から狙われませんか?」

 澪さんはその辺りの事情に精通しているので、不安を感じている。


「あの雷獣が森に姿を現したときから、ある程度の覚悟はできています。それに、地下の暮らしは今まで通りに隠しながら、決して表には出ないつもりですので」


「そうですか。でも近隣の街のUSMとの連携などは、どうなっています?」

「いや、それは今後の課題です。今までは極力関わるつもりはなかったもので……」


「俺たちに、何か手伝えることはありますか?」

「いえ、十分お世話になりましたので。当面は、キャラバン隊の皆さんや移住者たちの協力で様子を見ます」


 先日の雷獣退治の時にも、この村の存在は正式にUSMへ報告されてはいない。

 村の安全考慮した上で、極秘事項扱いにして貰った。


 今回の派手な花見自体が、ゴンによる強力な欺瞞工作の恩恵なしには実現不可能だった。


「少しずつ街との協力関係を強化したいとは思っています。その過程で何かの折には、力になっていただけるとありがたいです」


「正三さん。一月前、わたしはこの村で命を救われました。連絡を貰えば、いつでも飛んできますから」


 美鈴さんにとって、この場所には良い思い出が少ないと思う。しかし今回ここまで打ち解けて貰えたことに当惑しつつも、喜んでいた。


『澪も清十郎も、最初はこの村にいい印象がなかったようですが、どうなのですか?』

 ゴンが意地悪く指摘した。


『驚くべきことに、私たちに対する警戒心がすっかり消えているのよね』

『あの時はきっと、澪さんのことをクソ生意気なガキだと思っていただけじゃないですか?』


『そうですね。まさか上野の魔女が襲来していたとは、夢にも思わなかったでしょう』

『後でキャラバンの人に教えられて、真っ青になっただろうなぁ……お気の毒に』


『あんただって、理恵ちゃんにヴェノムって呼ばれていたじゃないの』


『その通り。この三人の悪名は全国に轟いていますから。正体が知れた今、危険人物の気分を害するような真似はしないでしょう』


『そうだな。お前の存在以外は知られているだろう』

『ゴンちゃんのことは、人前では言えないわよねぇ』

 澪さんも仕方なさそうにため息をつく。


『わたしの父は、口に出すのも憚れるような存在なのですか?』

『そうよ。機密とするにはもう遅い、いわゆる禁忌事項ね』


『非常識過ぎて、うっかり人前で話題にもできない……そんな感じですね』

『そういう汚物のような扱いは心外なのですが……』


『いいや、お前はドクターと並んで上野の恥部と呼ばれているのを知らんのか?』

『聞いたことがありませんが?』


『私は知ってる。清十郎と三人セットで大阪の通天閣と並び蔑まれていることもね』

『嘘だ!』


 何故俺がドクターや通天閣とセットになるのだ?


『チガイマスヨ。その三人セットは、澪とドクターとセイジュウロウのことです』

『あ、そうですよ。それならわたしも聞いたことがあります!』


『鈴ちゃん、私は関係ないでしょ?』


『そう思っているのは澪だけです。それに、美鈴と美玲は肉体改造後の異常行動のせいで、今や欠陥品の色物扱いです。知りませんでしたか?』


『嘘?……』

 絶句する美鈴さんと澪さん。


 試作型アンドロイドの色物扱いの件については、通天閣も大貢献しているのだが、俺はノーコメントを貫くことにした。



「この先へも行ってみましょう」


 正三さんは製造部門の部屋を出ると、更に通路を進む。

 やがて大きな倉庫のような広い通路へ出て、そのまま進むと農機具や四輪バギーが並ぶ車庫へ至る。


「この先が村への搬入口になっています。今度来るときはこの通路を使って直接地下へお入り下さい」


『もしかして、ゴンが前回ドローンを借りて飛ばしたのって、ここのことか?』

『はい、そうです。ドローン専用のハッチが別にあります』


『地下への出入りは厳重なセキュリティーで守られていますが、私には無いも同然……』


 大きな搬入口を開いて外へ出てみると、森の常緑樹のトンネルの中にしっかりした道が続いている。


「ここは柵の外になりますので、一応周囲には気をつけて下さい」

「なるほど、こんな隠し通路があったとは」


 一応俺たちは感心して、驚いたふりをしておいた。


 


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