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湯島駅

 灌木のトンネルは緩やかに下っていて、その奥で鉄格子の扉が開いている。そこはひび割れたコンクリートの壁で、屋根はなく更に奥に向かって下りながら、暗い通路が延びている。


 一列になり俺たちは進んだ。


「ここは50年前に破壊された街の残骸の上に土を盛って作られた公園だ。元々は10階建て以下の小さなビルやマンションが立ち並ぶ地域だった。公園に造成される前には徹底的な調査が行われて、崩れた建物の間から何体もの怪獣を発掘した」


 歩きながら、小隊長が説明を続ける。


「そのうちの一体が、大島君を呑み込んでいたM級の亀形怪獣で、今から30年前のことになる。そして、その場所は今でもこうして保存されているんだ」


 通路の奥は灰色のひび割れたコンクリートに囲まれた広間になっていて、元はビルの地下にある駐車場の一部だったらしい。地上部分の建物は倒壊し、地下1階の床が抜けて二層分の深さの空間ができている。


 山岸小隊長がヘッドギアを操作すると、そこに当時の映像がAR表示された。


 大きな黒い亀の甲羅が横たわっている。

 甲羅の大きさは15m×10m、厚さは4.5mと表示されている。


「既に頭や手足は残っていなかったが、甲羅の中には保存液で満たされた胃袋が残っていた。甲羅が重くて搬出が難しかったので、この甲羅を上から切り開いて、中にいた3名の人間を救出した、と記録にある。だがそこに君の名は公式に残っていない。肉体の損傷が大きく生還者扱いを受けていなかったとも推測できるが、死亡者リストにも残っていないのは不思議だ」

 隊長が淡々と説明を続ける。


 クルマを降りてからおとなしかった山野さんが、静かに口を開いた。


「その後トミーの治療に当たったドクター永益によれば、君はEAST基地の地下に厳重に保管されていて、あの日の4人目の生還者を現すコードナンバーが付与されていたそうよ。そのころはドクターが保存カプセルを発明する前だから、別の怪獣の胃袋の中へ移されて保管されていたことになる」


「どういうことですか?」


「もしかすると君は、当時の特別な権限を持つ者の家族か重要な関係者で、治療技術が確立される未来まで密かに保存されていたのかもしれない。今となってはもう知りようがないけれど、他に例のない待遇だったのは間違いないわね。どう、何か思い出せる?」


 だが、俺には何の感慨も湧かない。AR映像を見ても、過去に自分の肉体が関係した事実として捉えることは困難だった。


 東京に住んでいた大島晃と違い、俺自身は群馬の山奥で生まれたので、東京の地理には疎い。東京まで出て来たのは十回に満たず、そのうち2度はディズニーリゾートだ。あれは千葉だったが、群馬から行くには往復の電車が都内を通過する。

 上野駅は群馬から来ると東京の玄関口だったので知っているし、博物館や動物園にも来たことがあった。


 大学受験をする友人もいたので、学問の神様で有名な湯島天神の存在くらいは知っていた。時間があれば行ってお守りを買って帰ろうかとも思っていたのだが、その前に暴走車にはねられてしまった。


 その湯島天神がどの辺りにあるのかも含めて、東京の地理は全く把握できない。


「いいえ、ここまでしていただいたのに、何も思い出せません……でも、こんな風に怪獣のいた場所が東京にはたくさん残っているのですか?」

 俺は思ったことを率直に隊長へ質問する。


「ああ、発掘か所はそれこそ無数にあるし、今でもまだ残っている場所も多い。これから行く場所も、その一つだ。先日別の部隊から、怪獣の残骸の可能性ありとの報告があった。そこが、今日の本来の目的地だ」

 俺たちは無言でその場を離れ、再びフライングカーに乗り込んだ。



 離陸した二台のクルマは低地へ降りて行く。


「ここから東は低湿地が続いて下町のゼロメートル地帯に至る。昔はこの辺に地下鉄千代田線が走り、湯島駅があった。その東には地下鉄銀座線、更に向こうはJRの高架があり、山の手線や新幹線が走っていた場所だ。上野駅は完全に破壊されて跡形もないがな」


 小隊長の言葉に俺たちは下を見る。枯れた草原にぽつぽつと低い木が生えている。


「怪獣の襲撃時には隕石攻撃で生き残って地下へ逃げた人が多かったので、地下鉄のトンネルや駅、地下街などは徹底的に調査されている。だから今更怪獣の死骸も残っているはずも無いのだが、不審な光を通りすがりのフライングカーが見たとの情報があったんだ。近くにいた調査部隊が基地への帰還途中で探しに来たが発見できず、日没で探索を終えようとしたときに、旧湯島駅付近で何か光るものが見えたと報告を受けている。今日は、それを確認しに来た」

 山岸小隊長の言葉に、緊張が走る。


「それって、俺たちみたいなのが一緒にいていいんですか?」

「何を言っているのさトミー。お楽しみはこれからでしょ……」

 山野さんは遠足に向かう小学生のように、きらきらと眼を輝かせて窓の外を見ている。


「つまり、山野さんがなんか面白そうだぞと俺を口実に使って無理やり調査に同行してきたっていうことですね?」


「うん、いいぞ。トミーは理解が早くて助かる。先日の怪獣騒ぎの時、私は基地にいなくて悔しい思いをしたからねぇ」


 怪獣騒ぎの時にいなくて助かった、というのならわかる。が、悔しい思いをしたというのはどういう意味なのだろう。怪獣マニアなのか? 俺には理解不能だ。


「まあ、どうせ何もないと思うから連れて来たんだ。くれぐれも、余計なことはするなよ!」

 隊長は何故かテンションの上がっている山野さんに釘を刺す。


「ふふん、こんなことでもないと低地の探索になんて来れないからねぇ。まあ、トミーはこれからよく来ることになるかもしれないけど……」

 山野さんが怖いことを言う。だが、似たようなことを前にも言われたような気がする。


「それはどういう意味ですか?」

「まあ、そのうちわかるよ」

 またそうしてはぐらかされる。この世界では、俺はいつも翻弄されるばかりだ。


 そうこうしているうちに、機体は枯れた草の広場へ向けて降下している。


 周囲は崩れたビルの残骸が重なっているが、ここだけは平らに整地されていた。

 隊長機は上空から周辺を警戒し、先に着陸した102号機から降りた4人が銃を構えて四方を警戒している。

 続いて、上空の警戒をして旋回していた隊長機も着陸した。


 俺たちは武装した102号機の4人に囲まれたまま、30メートルほど先にある四角い洞窟の入口を目指した。


 そこは、昔の地下鉄の入り口のようだった。コンクリートの階段が、地下に向かって続いている。

「昔の湯島駅の入口の一つらしい。冬は地下水位が下がっているので、ある程度奥まで入れると聞いている。光が出ていたのはこの穴の中らしい」


 先行して、102号機の4人が穴へ入っていく。


「よし、通信をオープンにしよう」

 するとヘッドギアからは、先行する隊員が逐次隊長へ報告する声が聞こえてくる。

 一拍遅れて、視野の中に切り取られた暗い映像が浮かんだ。


「これはすごい」

 思わず呟くと、山野さんがドヤ顔で俺の驚き見開く瞳を見ている。

 なんだか恥ずかしくなり、目を逸らした。


「神経に接続されたインプラントに映像投影機能が付加されているのよ。声も聞こえるでしょ?」


 俺は驚いた。

「これはヘッドギアに組み込まれたギミックじゃないんですか?」


「ヘッドギアはプロテクターと通信端末を兼ねているけど、音声や映像の入出力は生体に組み込まれている機能だよ。後頭部にインターフェイスが埋め込まれていて、そこでヘッドギアと接続されているの。ドクターから聞いてないの?」


 山野さんの話で、先日のドクター永益の持っていたスマホ状の端末を思い出す。確かにこんな便利な機能があるなら、手持ちの端末など遥かに時代遅れだろう。まあ、だからドクターは説明したくなかったのかもしれない。


「タイチョー、見てください~、これじゃないですかねぇ」

 先行した隊員の、緊張感のない声が響いた。目を凝らすと、何か白く見えるものが壁に埋まっている。


「一部から微弱な生体反応を観測しました。仮眠中の怪獣の一部である可能性がありますねぇ」


「タイチョー、わかりますか? 白い部分が光っています!」


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読みやすくなるように、ちょいちょい直しています

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