表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

モンキーダンスの女

作者: がちがちマーガリン

気がつくと階段の踊り場に座っていた

どこかのビルの中だろうか?

思い返してみても何も出てこない


いつからいたのか

どのくらいいたのか

そもそも何しにここに来たのか

まるで覚えていない

はて、ここは一体どこなのか?


目の前には女がいた

忙しなくモンキーダンスを踊っている

かなりノリノリな様子だ

しかし踊り場という場所はそのためにあるわけではない

あなた間違ってますよという意味を込めて女の顔をジッと直視するが

当の本人はまるで気にならないらしく

完全に自分の世界に入り込んでいた

変なやつ………

こんなとこにいてもしょうがないし

うちに帰ろう

踊り場の窓から見える町の景色を見てどう見ても地下ではないなと判断した僕は

女と目を合わさないように気をつけて目の前を横切ると

そのまま階段を降りていった


カンカンカンカン

靴音が響く


カンカンカンカン

下へ下へと降りてゆく


カンカンカンカン

けっこう響くな


カンカンカンカン

いま何階だろう?


カンカンカンカン

階数表示はなぜかどこにも見当たらない


カンカンカンカン

いつの間にか駆け足になっていた


何かに追い立てられるかのように駆け降りる






どれだけ時間が経ったのだろう






もう十数階は降りてるはずなのに出入り口のドアが見つからない

誰ともすれ違わない

この建物は誰も使ってないのだろうか?


踊り場の窓から景色を見る

さっき見た時と同じような景色だ

同じ?

変わってないのか?

ホントに?

急に疲れがドッと押し寄せてきた

同じところをグルグル回ってるのか?

まさかな

立ち止まって少し休む


しかし、ここはいったいどこなんだ………


階段の手すりの隙間から下を覗いてみる


階段がぐるぐる続いている

ずっと同じ構図でぐるぐると

どこまでもどこまでも続いているような気がする

試しに家のカギを階下に向かって落としてみた

カギは音もなく下へ下へと吸い込まれるように進んでいくと

何秒もしないうちに見えなくなった


………………


何てことしたんだ、僕は!

慌てて猛ダッシュして何階分かの階段を駆け降りたものの

息が続かず次第に歩みは遅くなり

やがて歩くのもやめた

階段に座り込んで今の行動を反省し

カギが無くなったらどうしようということについては後回しにした


そして

何でこんなことになっているのかについて考えた


うーん、そうだな


例えばここは何百階もある超高層ビルで

いつの間にか建設されてて

面白い建物できたなと思った僕が好奇心から入って

エレベーターですごい上の方まで行ったんだけど

降りる時になってエレベーターが故障して

仕方なく歩いて降りようとして疲れて力尽きて

そのまま寝てしまって階段に座り込んでいた、とか?


辻褄は合う

しかしそれなら入った時の記憶くらいありそうだし

降りてくる途中にエレベーターの出入り口があってもいいはず


この考えは違うのか?


じゃあ僕のことをすごい恨んでるやつがいて

何らかの方法で僕を気絶させると

この高層ビルの上の方まで運んできて置いてけぼりにさせた、とか?


連れてくるのすごい大変そうだな


だったら

人類が絶滅するくらいのヤバいウィルスが外で流行ってて

建物から出るのは危険だからと

このビルを管理してる人が安全上から

防火シャッターみたいなので各階を遮断してしまった、とか?


でもどこにもシャッターらしきものはなかったぞ

そもそも出入りする場所がない

階段、踊り場、階段、踊り場

ずっとその繰り返しだ

何か妙な世界にでも入り込んでしまったのだろうか?


もう元の世界には二度と帰れないのかもしれない

と思うと

いてもたってもいられなくなり

踊り場の辺りをうろうろうろうろ歩いた

どうするどうする?

どうしたらいいんだ?

うんうん唸りながら

階段を昇ったり降りたり昇ったり降りたり

踏み台昇降運動みたいなことをしながらはぁはぁ息を吐く


せめて誰か相談できる相手でもいればなぁ………


というところで閃いた


そういえば!

さっき上で踊ってる女がいたな!

モンキーダンス踊ってた女

あいつ、何か知ってるんじゃないのか?


急いで戻る

一瞬、またあそこまで昇るの?

とそこまで行くための労力を想像してうんざりしたが

意外とすぐだった


というのも

二階分昇った踊り場に彼女がいたからだ

何でこんな近くに?

もしかして僕のこと追いかけてきたのか?


何で?


え?


あれ?


まさか………


僕の事が気になってしょうがないのか?


そうなのか?


思わぬ形でやってきたロマンスに胸を躍らせる

さっきまでの絶望感はどこへやら

もしここが彼女と二人だけの空間だと考えた場合そんなに悪い環境でもないんじゃないか?

と考えるといてもたってもいられなくなった


恋は時と場所を選ばずにやってくるものである


突然やってきたロマンスに脳まで支配され一人でニヤニヤ笑う姿は

外から見るとかなり不気味だったに違いない

しかし恋の奴隷と化した男はそんなことはお構いなしに

「僕のこと、どう思いますか?

と、本来するべき質問とは違う角度の質問をしてしまった


それに対して女は一瞬意外そうな顔をした後

「いやぁ、思ったより余裕あるなーって

と、こちらはこちらで欲しかった答えとは違う意味合いの答えを返してきた


「え?


一瞬で我に返り今の状況を思い出した

女はモンキーダンスを踊りながら上の方を指さす


「ここからもう二つ上の踊り場のさー、壁を調べてみー

「え?

「いいから!行けばわかるから!


事情が飲み込めないまま

言われた通りに二つ上の階に向かって足を進める

何があるのか?

もしかして、そこから出入りできるのか?

いや、でも、ここから出たいって言わなかったしな

それとも僕のことどう思うか?の答えがそこにあるのか?


色々と期待してるうちに目当ての場所にたどり着いた

壁を見る

するとそこにはたしかに女が言うようにおかしな部分があった

一ヶ所だけ色の違う部分

そこに指を引っかけると色々力を入れてみると横に動いた

その動きに合わせて

どこからともなく盛大なラッパの音が鳴り響いた

何の冗談だ?


目の前の壁が二つに割れていく


ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


中から出てきたのは屋台

「屋台?

思わず声に出てしまった

不思議に思っていると何やら美味そうな匂いが漂う

空きっ腹に響くようなこの匂い

これは………ラーメン、とんこつラーメンだ!


「驚いた?

いつの間にか女が後ろに立っていた

ニヤニヤしながら驚いている僕を見ている


「あたしも最初は驚いたけどねー

 ほらほら、熱いうちに食べなって


その言葉に背中を押されるように屋台の暖簾をくぐると

そこには今作ったばかりとしか思えない

美味そうなとんこつラーメンが二つ並んで置いてあった


「お金は?

「誰に?あたしが作ったわけじゃないよ

 くれるんならもらうけど


戸惑っている僕を尻目に

手近な場所から割りばしを取ると女はラーメンを食べ始めた

ズルズルズルズル

その麺をすする音があまりにも魅力的で

もうとにかく腹が減ってたので僕もラーメンに手を伸ばすことにした

ズル……ズルルル

美味い!

美味いぞ、これ!

よくわからないが美味いので全部食べようと決意すると

気になってたことを訊いてみることにした


「何なんです、この屋台?

「さあ?あたしもよくわかんない

 おなかすいた時にここ来るとラーメンできてるのよ

「答えになってない気が


ズルルルル

間を埋めるように女は麺をすすり始めた

美味しそうに食べる人だな


「納得いかない?

 でもさー、世の中なんていい加減なもんよ?

 考えてみなって

 テレビとか冷蔵庫みたいな毎日使ってるようなもんでも

 使い方知ってるだけで仕組みなんてわかんないじゃん?

 だってそんなの知らなくても使えるんだから

 そりゃ知ってる方が何かと都合良いだろうけど

 それより知ったような顔してさっさと受け入れるのが一番てっとりばやいって!

 "そういうものだから"と理解してね

 いちいち仕組みだとか安心とか安全とか気にしてたら生きていけないわよ


いきなりすごい早口で喋りだす女の勢いにしばし呆気にとられた

何を言うのかと思えば………

そんなこと気にしてたら生きていけないわよ、か

ちょっと刺さったな

今まで色々と気にしすぎる性格のせいで失敗してきたことを思い出す

別に理由なんてなくて良いのか

女の言葉の意味をぼんやり考える

全ての音が遮断され

どこかをふわふわ漂っているような

何かとても大事なことを思いつきそうな

どこかものすごい遠いところまで行ってるような


「はー

突然ため息のような音が耳に入ってきて気が付いた

女のスープを飲み干した音だった

綺麗に完食していた


「あー、食った食った、ごちそさん!


おっさんか!

ロマンスがものすごいスピードで去ってゆくのを感じながら残念そうな目で女の顔を見る

そんな僕をすました顔で見つめ返す女

ジッと

目を逸らさない

強い意志を感じる

逃げんなよ

そう言われてるような気がした



「おなかもふくれたことだし、どう?

 ここで一緒に踊らない?


「は?何でそうなるの?

 だいたい踊り場ってそういう場所じゃ………


「知ってるわよ、そんなこと

 でもね、踊るのは楽しいわよ


どこでだって生きていけるのかもしれない

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ