高校生っぽい放課後
「石橋真弦! 俺と勝負だ!」
「はい……?」
朝起きた。双子と学校に来た。橘に絡まれた。
そして、わけのわからない勝負を挑まれた。
「勝負って、なんの勝負ですか?」
「今からジャンケンをしよう」
勝負って、ジャンケンの勝負!?
なんか……こう…、イメージと違う。デスゲームモノの読みすぎかもしれないが、もっと殺伐とした勝負かと思っていた。
わけのわからない俺は、橘とジャンケンをして、負けた。
「よし! 俺の勝ちだ、石橋真弦!」
「ええと、負けたらどうすればいいんですか……?」
カツアゲとかされるのかな。それとも、フルボッコにされるとか……!?
俺は、自分の認識の中の陽キャとヤンキーが混ざっていることに気づかない。
俺が一人で怯えていると、橘は勝ち誇ったようににんまりと笑った。
「勝った方がその日の勝負内容を決める権利を持つ! 今日は俺が勝ったから……そうだな、カラオケ勝負でもするか。わかったなら、放課後カラオケな。逃げるなよ」
「ええっ!?」
「文句があるのか、石橋真弦」
「いいえ、ありません」
俺が驚いた理由は二つ。
フルボッコにされると思っていたらカラオケという平和的な勝負をすると言われて拍子抜けしたからと、クラスメートにカラオケに誘われたのがはじめてで、ものすごく驚いたからだ。
いやいや、油断はいけない。カラオケで負けたらフルボッコにされるかもしれないのだ。
常に警戒度高めで生きていくぞ。
まあ、橘側の事情は何であれ、人生ではじめての男子高校生っぽいシチュエーション。
想像の斜め上の提案に困惑する俺は、不安に駆られる。
……カラオケなんていう陽キャの巣窟に俺が入ってもいいのだろうか。店員に「陰キャの入店はお断りしています」とか言われそうで怖い。
勿論そんなことはないのだが。
「え、なになに、柚月(橘の下の名前)と石橋くんがカラオケバトルするの?」
「面白そうなことを俺抜きでするなんて許さん! 俺も同行するぞ!」
「じゃあ私人間審査員するわー」
そこへ、面白そうな話を聞きつけたノリの良いクラスメート数人が参戦してきた。
ひええ、陽キャが増えた。これはもう俺空気にされる!
そんな俺の恐怖心はお構いなしに、カラオケメンバーが(不本意ながらも)決まった。
橘と、俺と、女子二人、男子一人。
そこに、勝負の原因も参加してくる。
「なんか真弦が楽しそうなことしてるー! あの、よかったら私も混ぜてください!」
「ええっ! あ、秋葉さん!? 是非喜んで!!」
「ありがとうございます! 多分飛鳥も来ると思うので、もう一人分枠を開けてもらえると助かります」
「よよよ喜んで!」
そういうことで、俺の交友関係全部足しても足りないような大人数でのカラオケバトル開催が決まった。
長く感じた授業を乗り越え、ついに放課後になった。
教室の後ろの方に、今回一緒にカラオケに行くクラスメートと飛鳥が立っている。
「よし、いざ! カラオケに行くぞ!」
「レッツゴー!」
「あ、はい」
いまいちノリに乗れない俺は、わあわあと騒ぐ陽キャ達を眩しく思いながら、一駅先の全国チェーンのカラオケ店に入る。
人生初カラオケ。
少しだけ感動しながら、受付をしている橘を見る。
弥生と飛鳥、二人の超美少女にガン見されている橘は少しやりにくそうだった。
受付を終えた橘に恐る恐るついていくと、広めの個室につく。
「わあ…! ひろーい! ここで歌うんだ! カラオケ初めて来たよー!」
ハイテンションモードの弥生がキラキラした顔をで俺の方を向いた。
「真弦と橘君はどの曲で勝負するの?」
その言葉に対して、特に決めていなかった俺と橘は顔を見合わす。
「どうする? 課題曲と自由曲にするか。課題曲は何が良いんだろうな?」
「賛成です。課題曲は……国歌とかにします?」
真面目に言った俺の国歌発言に、橘を含める数人が吹き出す。
…そんなに面白いか? 陽キャの生態はよくわからない。
「あはは……良いんじゃない? 国歌」
「俺も賛成」
「おう、じゃあ課題曲は国歌で。んじゃ、俺からいくわ」
橘はテーブルの上にあったタッチパネルをすいすいと操作し、流れるような操作に見入っているうちに国歌のイントロが流れてきた。
途端に、また大爆笑が巻き起こる。
あ、なんかさっき笑われた理由が分かった気がする。
この、若者の聖地という雰囲気のカラオケ店と、重厚な国歌のイントロが全くマッチしない。
気付いたら、俺も必死に笑いを堪えていた。さっきは陽キャの生態がわからないなんて言ってごめんなさい、普通に面白いです。
橘は笑いを堪えながら必死に歌っていたが、半分も歌い終わらないうちにリタイアした。
勿論半分笑っていた橘が高得点を取れるはずがなく、驚くほどの低得点にまた笑いが起こる。
そして、俺の番になった。
この笑ってはいけない苦行に俺は耐えられるのか!?
……結果、俺は耐えた。普通に高得点を出した。橘に勝った。
「真弦おめでとう! よく笑いを堪えられたね」
「姉さん直々のお褒めの言葉だ。一生胸に刻め」
「くっそ、自由曲ではお前に勝つ!」
笑いを堪えすぎて、呼吸器と腹筋が悲鳴を上げている。
俺は二度と国歌を歌わないと心に決めた。
「よしじゃあ次、自由曲。石橋真弦、お前からだ」
「了解です」
俺はぎこちない手つきでタッチパネルを操作して、ファンタジーナイン一期のオープニング曲を選ぶ。
毎日聴くイントロが流れてきて、俺は自然とイントロに身を任せた。
歌に熱中していた俺は、弥生と飛鳥に音痴を指摘されていることを知る由もない。
「あれ……ねえ飛鳥、真弦って意外と音痴だった? 国歌の時は気づかなかった……」
「うん。音痴だな。姉さんの足元にも及ばない」
「まあ楽しそうだし、自覚なさそうだし、音痴なことは黙っておこう」
「姉さん優しい! ああ、マジ天使……」
歌い終わった俺はドヤ顔で点数を表示するパネルを見たが、点数は芳しくなかった。
あれ? これ、壊れてる?
不思議そうな顔をする俺を、双子と陽キャは哀れそうな目で見る。
せっかく歌ったのに機械が壊れている俺に同情しているらしい。
次に、橘が歌う番だ。
どこかで聞いたことがあるような流行のJ-Popが流れてくるが、これが、橘は歌が信じられないほど上手い。
音程もリズムも寸分の狂いもなく歌い切った橘は、当然のように百点を叩き出した。
壊れているのか、壊れていないのか、よくわからない機械だ。
「フッ、どうだ、石橋真弦。自由曲では俺の勝ちだ」
「確かに橘は上手かった。でも、俺の時は機械が壊れていた」
「…………」
橘が困ったような顔をするが、俺はその理由がわからない。
一応二人とも歌い終わったので、勝負はついたことになる。
「えーと、真弦が一勝、橘君が一勝だから、引き分けだね! 」
弥生がそう言うと、拍手が響いた。
「石橋真弦、次はお前を倒す!」
「……頑張ってください」
「違う! ここは、俺は負けねぇ! って言うんだ!」
前にも交わしたことがあるような会話を交わし、第一回カラオケバトルは幕を閉じた。
余談だが、そのあとは普通にみんなでカラオケをした。
意外なのは、飛鳥は歌がうまかったこと。
弥生はオタクあるあるである、「アニソンしか歌えない現象」になっていた。
そして、家に帰って親に「弥生と飛鳥と他数人とカラオケに行った」と言ったら、泣かれた。
親の中では、俺は友達も碌にできない可哀想なオタクだったらしい。喜ばしいことなのはわかるのだが、結構ショックだった。