謎の宣戦布告
席に戻ってもしばらくは怒りで周りの様子もわからなかったが、少し落ち着いた俺は自己嫌悪に陥った。
陽キャ(たぶん)に喧嘩を売ってしまった……。俺の高校生活終わった……。
そんなふうに、過ぎ去ったことをひたすらに後悔する。さっきはかっこいいことを言ったが、所詮俺はオタク陰キャだ。
ものすごく絶望に暮れている俺を、目の前の席の弥生は心配そうに見つめている。
「えーと、真弦、大丈夫?」
俺は答えに詰まる。
精神的には大丈夫ではないが、肉体的には大丈夫である。
どう答えようと考えたが、弥生に迷惑はかけたくなかったので曖昧に笑ってやり過ごした。
「なんかあったら私に言ってね! できる範囲で助けるから!」
「え……あ、ありがとう」
なんだか弥生がめちゃくちゃイケメンに見える件。
男として頼りないとは思うけど、弥生に助けてもらえるのは精神的にもありがたい。
俺は心の底からの感謝を弥生に捧げる。
捧げていると、担任が教室に入ってきた。
去年は確かゴツい男の先生だったが、今年は若い女性の先生だった。
「おはよう、二組担任の上田です。教師生活一年目なので、いろいろ教えて欲しいです。一年間よろしくね!」
『よろしくお願いします!!』
上田と名乗る先生をまじまじと見ると、すごく美人。双子ほどではないけれど、普通に美人の分類に入る。
そのせいか、挨拶の声がとても大きかった。主に男子の。
……おお、上田先生、大人気。
俺が妙に感心していると、淡々とホームルームが始まった。
今日の連絡を終えると、いきなり先生が無茶振りしてきた。
「では、今日が二年生初日なので、自己紹介しましょう! まずは私から。私は上田りんこです。絵を描くのが好きです。一年間よろしくお願いします! …では次、出席番号一番の秋葉さん」
無茶ぶりの中でも一発芸の次にたちの悪い自己紹介を強制された……。
陰キャにとって自己紹介は苦痛でしかない。自己紹介は「調子乗ってる」と「くだらない」のギリギリ中間を攻めなければいけない上に空気を読まなければならない職人技なのだ。失敗すると裏でいろいろ言われる。
俺が戦々恐々としていると、弥生が席から立ち上がった。
「秋葉弥生です。ファンタジーナインのモカ推しです。モカちゃんとかF9(ファンタジーナインの略称)について語れる人がいたら一緒に語りましょう!同担ウェルカムです!いやモカちゃん本当に可愛いんで。一年間布教して回ります!よろしくお願いします!」
そう言って満足そうに微笑む弥生。
……いやいやいや、自己紹介のクセ強すぎか!気持ちはすごくわかるんだけど!
クラスメートもぽかんとしている。当然だ。
無名の深夜アニメの知らないキャラクターについて熱く語る初対面の美少女。……状況がカオス。
自己紹介はもっと普通に、名前と部活とよろしくお願いしますだけでいいと思っていた俺はこの次という状況に困る。
俺が困っていると、気を取り直したクラスメートからの拍手喝采が響いた。
美少女効果はすごい。こんなに意味不明のことを言っても尊敬の目で見られるなんて……。
その次に自己紹介する俺。これはまずい。どうすればいいのかわからない。
クラスメートの視線が俺に集まる。俺は、無難に出た。
「石橋真弦です。帰宅部です。よろしくお願いします」
……ザ・陰キャだな……。
自分の自己紹介に呆れながらも、なんとか俺はやり過ごした。
弥生が「なんでファンタジーナインのルーマ推しって言わなかったの!?」と視線で不満を伝えるが、俺はさりげなく無視をする。
陰キャがそんなにクセの強い自己紹介をしても、ドン引かれるだけだ。
「稲原三栖姫です! ゲームがものすごく好きで、平日なら毎日五時間、休日なら毎日十二時間ほどやり込んでます。FSPのサバイバーズ・オンラインが好きですが、基本どのゲームの話もできるので、ぜひゲーム好きさん仲良くしてください! 」
……なんかまたクセの強い人が出てきた。これ、俺、普通すぎて浮いてね……?
そんなことを思い始めた俺の予感は当たっていた。
アニオタ、ガチゲーマーの他にも、ドルオタ、歌い手推し、うさぎガチ勢、ガリ勉、リケジョ、漫画オタク、ネット小説家、とてもイクラが大好きな人など、クラスメートは信じられないほど個性が強かった。
そして、自己紹介は俺が喧嘩を売ってしまった陽キャ(たぶん)まで進んだ。
「橘弓月だ。おい、石橋真弦!」
意外と名前可愛いな、と呑気に構えていた俺は文字通り飛び上がる。
俺なんかしました!? ……はい、なんかしました。
一人で納得していると、喧嘩を売った陽キャ(たぶん)改め、橘は俺を指さした。
「俺は秋葉弥生さんに一目惚れをした! だから、俺はお前を倒す!」
「……はい??」
どういうことだよ、これ。
ツッコミが追い付かねえ。
まず一目惚れってこんな大勢の前で言うものか? それに、一目惚れと俺を倒すことに何のつながりが? どうやって俺を倒すの? 倒したらどうするの? あと、これって実質告白だよな?
意味がわからない俺と同じように、弥生も意味がわからないという顔をしている。
突然の公開告白されたら普通こうなるよな。
微妙な空気になったタイミングで、弥生が控えめに衝撃発言をした。
「ごめん、私にはモカちゃんがいるから……」
「秋葉さあああああああん!!」
弥生は真顔である。
そう、弥生は冗談で推しの名前を出すような人ではない。つまり、本気で言っているのだ。
大声で叫び、橘は崩れ落ちた。
……何を見せられているんだろう。
そう思ったのは俺だけではないようで、クラスの空気は静まり返っている。
沈黙を破ったのは、悔しそうな橘だった。
「俺は絶対にお前を倒す! 絶対にだ!」
「あ、はい。よくわかりませんが頑張ってください」
「違う!! ここは、受けて立つ!!って言うんだ!」
「……受けて立ちます」
「よし! 覚悟しておけ、石橋真弦!」
何が何だかわからないまま俺はノリに乗った。
いまだになぜ倒されるのかはわからない。
橘のやりたいこともわからないし、橘がどういう人なのかもわからない。
最後までよくわからなかった。