登場初日
春休みが過ぎて、新学期初日になった。
新学期といえばクラス替えがあり、世の高校生達は好きな人と同じクラスになれるか、とか、仲の良い人と同じクラスになれるか、などとドキドキワクワクするらしい。
残念ながら、そんな甘酸っぱい感情はオタク陰キャの俺とは無縁だ。俺はヤバい奴と違うクラスになれれば欲は出さない。
でも、今日は違う。いい意味でも悪い意味でも、ドキドキだ。
制服に着替え、鞄を持ってアパートのドアを開けると、外には美少女が二人立っていた。
この美少女たちは、俺の隣人の双子である。
「あ、真弦ー!おはよう!」
「おはよう。姉さんを待たすなよ」
「ごめんごめん。おはよう、弥生、飛鳥」
双子はとにかく美少女なので、うちの学校の制服もよく似合っていた。
俺は率直な感想を述べる。
「何ていうか……似合うな、制服」
「ありがとう。良かったー、似合ってて」
「姉さんは世界一可愛いから。似合わない服はない」
「飛鳥、さすがに私はそんなことないよ?」
何だか、不思議な感覚だ。いつもはぼっち登校していたのに、今日は俺の他にも二人いる。
こんな気兼ねない会話を交わせるのが、不思議でならない。
それに、この不思議さが不快ではなく、少し楽しい。
「じゃあ、行こうか」
「うん!案内よろしくね」
「頑張る」
家から最寄り駅までの道を歩いていると、あるものが俺の目に留まった。
「弥生、もしかしてこれって……」
俺は震える手で弥生のスクールバックに付けられているキーホルダーを指差す。
弥生はぱあっと顔を輝かせた。
「わかる!? 嬉しい! これね、ファンタジーナインの期間限定ショップの開店三時間前から並んで買ったんだー! モカちゃんの限定激レアアクリルキーホルダーなんだけど、この価値をわかってくれる人がいなくて……。初めてこの価値をわかってもらえたよ!」
「当然だろ!? 期間限定ショップの一日十個限定品! そして、原作の赤坂先生の書き下ろしイラスト! 俺も欲しかったんだ……でもルーマのは売り切れてて……」
「あー、ルーマ君人気だもんね。そういえば、このキーホルダー、魔法使いのミラちゃんのも買って、飛鳥にあげたんだー! 飛鳥、今付けてる? 」
流れで、飛鳥の鞄に視線が集まる。
飛鳥の鞄には、想像の斜め上のものが付いていた。
「え……? 防犯ブザー…?」
「そうだけど、何か?」
俺はスクールバックに防犯ブザーを付ける女子高生を初めて見た。
小学校一年生以外にも、付ける人っているんだ。
「もし姉さんに近寄ってくるクズがいたらこれで追い払うの。他にも、これとかこれとか」
飛鳥のバックからは、おもちゃのリアルなピストル、本物のナイフや盗聴器、麻酔銃、電気ショックを相手に与える道具(名前は知らない)、予備の防犯ブザーなどが出てきた。
……いや、防犯意識高過ぎでしょ。普通の人なら防犯ブザーさえもつけないよ。
それに、これらを持っている飛鳥の方が危険人物なような……。
もはや本物のナイフとか、何に使うんだろう。せめて法律は守ってほしい。
「盗聴器は、何かあったときの証拠用。ナイフとスタンガンと麻酔銃は姉さんを守るため。防犯ブザーは、助けを求めるため。この偽物の銃は、相手に恐怖を与えるため」
電気ショックを与えるやつって、スタンガンって言うんだ。
……ってそうじゃなくて、こんなに重武装する女子高生も初めて見た。
これなら誘拐されても間違いなく返り討ちにできるだろう。まあ、そもそも誘拐されないように俺がついているのだけれど。
「姉さんから貰ったキーホルダーは額縁に入れて飾ってるよ」
「そうなの? 大切にしてもらって嬉しいな」
「姉さんから貰ったものはどれも宝物だから」
少しだけずれた会話をして微笑み合う双子。
俺は今の発言と重武装を見て、飛鳥が重度のシスコンだと確信した。
オタクの姉と、シスコンの妹。俺的にはすごくいいと思う。
そうして、すれ違う人の視線を浴びながら、電車に乗って、西大芝高校前で降りる。
「わあ…同じ制服の人がいっぱいいるね」
「当然だな、西高前なんだから」
「厳重警戒だよ、姉さん、真弦」
「そんなに警戒する必要あるか?」
悪のアジトでもないのに、と俺は思ったが、その考えは甘かった。
「ねえ、あの人たちめっちゃ美人じゃない?」
「こんな人いたっけ?転校生?マジ美人なんだけどー!」
「わ、足長っ!顔ちっちゃ!」
「隣にいる男は誰だ……羨ましい……」
「つーか何であの二人の隣に石橋がいるんだ?」
「石橋め……そこをどけ……殺意湧いてきたわ」
当然、超が付く美少女の弥生と飛鳥はものすごく目立つ。
その隣にいる、二人に不相応な俺はもっと目立つ。
なので、双子は興味と羨望を向けられ、俺には殺意と嫉妬を向けられた。
男どもの視線が怖い。一応こうなることは覚悟の上だったが、やっぱり怖いものは怖いのだ。
「さすがに目立つな、二人は」
俺は気を紛らわすように明るく言う。
飛鳥は困ったように言った。
「いや、あんまり嬉しくない。できることなら目立ちたくない」
「そういうものなのか」
「ちょっと視線に恐怖症起こしそうなんだよねー……」
「ああ、それは俺もだ」
なるべく視線を気にしないように歩いて行くと、数分歩いて校門に辿り着いた。
クラス替えの発表があるようで、たくさんの生徒が掲示板の前に集まっている。
俺たちは生徒の群れに加わり、自分の名前を探す。
「秋葉弥生……秋葉弥生……あった!二組だ!」
「私は五組だ……姉さんと離れた……はああ」
「俺は二組」
それぞれのクラスがわかったところで、俺は飛鳥にものすごく睨まれる。とても怖い。
同じクラスになったのは偶然だって。
それに、双子は同じクラスになれないもんな……。
名残惜しそうな飛鳥と別れると、俺と弥生は新しい教室に入った。
秋葉と石橋なので、出席番号順の席はすぐ近くだった。
俺の前の席が弥生。……また妬まれる要素が増えた。
なんてことだ……。
「おい、石橋真弦!ちょっと来い」
席に着くと、案の定、弥生をちらちらと眺める男どもに呼び出された。
めんどくさい。俺に絡むくらいなら弥生にアプローチすればいいのに、なんて言ったら殺されるだろう。
ここは陰キャらしく、穏便に、目立たず解決するしかない。
「なんか用ですか」
「お前、あの美少女と仲良いのか!?」
「まあ……一応」
殺意ボルテージが一層上がった気がする。どうか気がするだけでありますように。
リーダー格の男は、目をギラつかせて俺を睨む。
怖い。正直、そんなことされても困る。
「何でお前なんかが? どうやって口説いたんだ? 金でも積んだのか?」
「…は??」
さすがにそんな言われ方をされると、俺の殺意も高まる。
口説いた? んな訳ねえだろ。
金を積んだ? 弥生は金で釣られるような人じゃない。
なんで俺がって? それはよくわからない。強いて言うなら母さんのコミュ力のせいだ。
「口説いてないし、ただの友達だけど」
思わず言葉が刺々しくなった。
まずかったかな、と思うがもう遅い。
「じゃあ今すぐ友達をやめろ」
怒りと妬みが頂点に達した男は衝撃発言をした。
思わず弥生が不安げな目をこちらに向ける。
俺は俺で命令口調の言葉に思わず怒りがこみ上がる。危うく殴るところだった。
俺はこいつのために弥生との友情を壊す気なんてかけらもない。そう伝えたいのだが、怒りでうまく言葉が出てこない。
「それは無理だ」
俺は何とか言葉を絞り出した。
そうして、怒りに燃える男どもの元を離れて席に戻った。
その日から、俺の平和な陰キャライフは壊れた。