第80話:狼煙
あれから何ヶ月か経過した。
国としては普段通り……とはいかず、新年の儀においてもどこか緊張感が漂う状態だった。
その中で俺は、編制を新たにしたベネトナシュ騎士団を鍛え、更なる力を持たせるために彼らに魔術を教えることにした。
無論講師はプエラリフィアも行うのだが、俺も講師を務めながらこの数ヶ月過ごしている。
なお、第二期の入団者たちは先日正式に【星騎士】の称号を持つ俺の部下となった。
そういえば彼らは既に入団していたつもりだったらしく、まさかまだ仮入団扱いだったとは知らなかったため驚いていた。
『一刻後に、殿下の離宮の大広間に集まれ』
午前中の訓練後、突然星将であるスヴェンから召集を掛けられたのである。
そして、集められた入団者たちはここで、正式に俺からの叙勲を受けた。
そう、彼らが最初に入団した時には実は叙勲を行っておらず、身分は従士扱いだったのである。
『これまで数ヶ月、お前たち皆を観察してきた。そして今ここに、お前たちを正式にベネトナシュ騎士団の【星騎士】として叙勲する』
そうして叙勲式を行い、正式に60名ほどが加わることになったのである。
彼らはそれぞれ適性に応じて隊に配属され、正式に任務に当たり始めたのだ。
そして、正式に配属されたというところで俺とフィアが魔術訓練を開始である。
今日も、訓練場で数人の星騎士たちが訓練を行っている。
基本的に星騎士たちのスケジュールは決まっており、3日の任務、3日の訓練、1日の休息というサイクルだ。
勿論、離宮警備の任に当たる1番隊や有事の際はそうではないが。
俺は訓練場に入りながら彼らを眺める。
彼らは4番隊【フェクダ】に配属された、貴族の子弟たちだ。
「……け、結構難しいな……」
「魔力がすぐに散っちゃうんだけど!」
彼らはどうやら【整流】のトレーニングを行っているようだ。
だがぼやきながらも必死に魔力を動かしているのは流石である。
「頑張っているな」
「「「で、殿下!!」」」
「いい、続けろ」
俺の登場に慌てて立ち上がり敬礼をしようとする彼らを止め、訓練を続けるよう命じると彼らは頭を下げて訓練を再開していく。
ついでなので、しばらくここを見ることにしよう。
「ほらほら、魔力が多過ぎだ。お前はもう少し流れに気を付けろ。ほら、こうだ」
どうやら彼らは、基礎である【整流】をまだ修得できていない者たちのようだ。
どうしても【白】が魔術を使うには、これが出来なければ難しいのでクリア出来たならば次の課程に、という形にしている。
俺は注意点を指摘しながら、その中の一人の手を取り、俺自身が【整流】した魔力を流してみせる。
コレをすることで、感覚を掴みやすくなるのだ。
一度でも感覚を掴むと、以降は非常に楽になるのだが。
それでもまあ……ここで俺の前にいる連中はまだその段階に至っていない状態。
こればかりは、時間を掛けるしかないか。
そう思っていると、そのうちの一人から声が掛けられた。
「殿下……どうしてもうまく出来ません。このままでは俺は……」
そこまで言って、その星騎士は口を噤む。
どこか上目遣いにこちらを見てくる彼は、確か男爵家出身だったが【白】ということでほぼ無視されて生きてきたとか言っていたな。
まあ、いわんとしていることは分かる。このままでは役立たないと思われて、退団させられるのではないかと思っているのだろう。
「お前はその程度で諦めるのか? あの厳しい訓練を、近衛騎士よりも厳しい訓練を乗り越え、俺の【星騎士】となったのにか?」
「……殿下」
他の者たちも不安げにこちらを見ている。
どうしても、【白】というだけで微妙な目で見られてきた者たちだ。
自分に自信がない、というところなのだろう。
いくら努力しても、報われないことが多かったのだ、そう思うのも仕方がない。
「――俺もお前たちと同じく【白】だ。だが訓練を重ねれば、どうにでもなるのだ。必要なのは正しい知識と、教育。そして――お前たちのやる気だけだ。どうする? 負け犬になるのか? またかつてのように諦めるのか? 俺が認めた、俺の直属の星騎士が! どうだ!?」
俺は声に【威圧】を混ぜながらそう告げる。
だが普通なら怯えるであろうその声にも、皆は臆さない。
それだけの胆力を、すでに彼らは持っているのだから。
すると、そのうちの一人の女性騎士がキッと目を上げて口を開く。
「――……やります」
「なんだ!? 声が小さいぞ! 叫べ!」
実際には聞こえているが、小さいと叱責する。
「やります!」
「聞こえん!!」
前より大きくなった。だが、まだだ。
「やります!!」
彼女の叫びに、他の者たちの視線も強くなる。
俺はそれを見ながら不敵に笑みを浮かべた。
「――いいだろう! ならば俺は貴様らを信じる! だから俺を失望させるな! 出て行こうと思うな! 出て行ったならば二度とここには戻れると思うな!」
『『はい、殿下!!』』
「やれ!!」
『『はっ!!』』
俺の命令に、素直に従う彼らを見ながら俺はその場を立ち去る。
間違いなく彼らは出来るだろうから。
――実際、それから半刻ほどで皆が【整流】を修得することが出来たようだ。
◆ ◆ ◆
訓練場を後にした俺は、俺の離宮内にある研究施設に入った。
「お、レオンじゃ」
「フィアか。どうだ?」
俺が入ってきたのに気付き、プエラリフィアが声を掛けてくる。
彼女の前には大きな……ドラム缶らしき機械がある。
実はこれこそが【マギ・カリキュレータ】だ。
「ハードウェアは問題ない、それぞれの相性ものう。後は基幹システムを導入するだけじゃが……少々妾の知っているシステムと違うからの。ソフトウェアの相性はこれからじゃ」
「そうか」
フィアが俺と別行動していた間に、彼女は新たな理論を元に【マギ・カリキュレータ】の仕様を決めた。
だがそうなると、彼女が知っているかつての【マギ・カリキュレータ】とは異なるので、あの研究所にあった基幹システムが動くかは分からないのである。
「だが、基本的な命令セットや、アーキテクチャは同じでは?」
「そうはいかん。如何せん演算方式に多少違いが出ておる、そうなればAの演算は出来てもBの演算は失敗するという可能性が否定できん」
「あー……」
俺は頭を掻きながら悩む。
流石に俺はソフトウェアプログラムをしていても、基幹とあるアーキテクチャ系はあまり得意ではない。
というか、学生時代に勉強したが、苦手だったのであまり覚えていない。
「ま、妾がおるから心配するな。それよりレオンよ」
「ん?」
フィアはどこかワクワクした表情でこちらを見ている。
「お主のこのモジュール型魔術式と圧縮格納型アーカイブ、中々良いのう。これを使えばアストラル内にインストールする容量が抑えられる。まあ、即時実行に比べて少々展開と結合に時間が必要じゃが……まあ、それも僅かな差じゃな」
「それは良かった」
この数ヶ月、俺は俺で様々な研究を行っていた。
戦力増強も考えると、使いやすい術式を構築しておくのは重要だ。
同時に、より一層柔軟な魔術運用を考えれば、出来るだけ使いやすく軽いものにするのも大切。
圧縮に関するアルゴリズムは多少齧ったのでどうにか出来た。
こう考えると、やはり苦手なものでも理解するようにするというのは大切だな、などと思う。
「エリーナは?」
「む? 訓練場にはおらんかったのか?」
「ああ。……となると」
俺はフィアの元から出て、隣の研究室に入る。
そこはノエリアの研究室であり……魔道具の研究を主に行っている場所でもある。
ここは離宮であるので、主は俺だ。そのためノックなど無しに部屋に入る。
「すー……すー……」
そんな部屋には二人の人物がソファーに寝ているのが見える。
かなり大きなソファーなので二人がそれぞれ肘掛けの位置を枕にして寝ていても問題ないのだが……それにしても散らかりようが凄い。
「やれやれ……」
見るとこっちには何か錬金術の資料、向こうには金属加工に関する資料など、まあ明らかに研究者らしい部屋になってしまっている。
この部屋の主であるノエリアは、名の知られた魔道具師でもある。
と同時に、意外とエリーナも魔道具にハマったらしく、特に俺の騎士団に連絡官として出入りするようになってからは結構彼女と一緒にいることが多い。
「仲が良いのは良いことだが……」
エリーナは元々こういうタイプではなかった。
部屋もいつも整頓しており、まずこういうような寝落ちをしたり、ソファーで寝るという事などしないタイプだったはず。
……どうしてこうなった。
日常の様子を知りたがる叔父上から、俺は定期的にエリーナの様子を報告するようお願いされているのだが、俺はこれを報告しなくてはいけないのかと思うと頭痛になりそうである。
「――おい、起きろ」
少しだけ声に魔力を纏わせながら、そう告げる。
【威圧】程のものではないが、まあ起こすくらいならこれでいい。
実際、俺の言葉を受けて二人とも目を擦りながら起きたようである。
「ん……朝……?」
「ふわ……おはようございますの……」
目を擦りながら起きた二人だが、かなり眠そうである。
「かなり遅くまでしていたのか?」
「ですわぁ……」
寝不足のせいか、少々ふやふやになっているエリーナ。
ノエリアの方は、まだ頭が働いていないのか虚ろな目をこちらに向けている。
「ノエリア……生きているか?」
「……ん」
「まったく……」
明らかに疲労困憊の二人。
俺はミリアリアに命じて、二人を部屋から出して入浴させるようにする。
二人とも基本は自分の事を自分でするタイプであるのだが、今日くらいは疲労を取ってもらいたい。
「……さて」
本当は色々と相談事があったのだが……まあ仕方がない。
ノエリアの研究室を俺は片付けながら、先程の件を考える。
(モジュール型の魔術式の場合、発動のラグが存在するのは仕方ない……だが、詠唱魔法相手には勝てても、もし相手が無詠唱ならば? 同じように魔術を使う相手の場合はどうしたらいい?)
今でも時折思い返すのはあのシルヴェスターという男だ。
奴は強い。あの時点で一種暴走状態だった俺と、互角に渡り合うのだ。
同時に奴からは、プエラリフィアと同じような感覚を覚えた事も覚えている。
つまり、『今を生きる俺たちとは異なる存在』ということ。
大体、あのディムという男も無詠唱で術を使っていたのだ、間違いなくシルヴェスターは使えるだろう。
そういう存在を相手取る際、一瞬のラグだろうと致命傷になる。
とすれば、どうすればいいか。
「!」
と、そこである事を閃く。
ラグがあるというならば、その隙間を埋めるためにストック出来るようにするのはどうだろう?
とはいえ、アストラル内では発動直前の魔術を保持することは出来ない。
既に術式が魔力を制御し、構築をはじめているものは顕界している状態。それをアストラルに引き戻すというのは不可能なのだ。
だが、魔道具でも使う【魔晶石】を使えばどうだろうか。
あれは正確に言うと、魔法を封じ込めておき、魔力を込めて使う事で発動させるというもの。
実際には発動直前で留まっている、と言い換えられるかもしれない。
基本的に魔晶石を使った場合、内部の魔法は消えない。
だが、そこをクリアしていけば先に遅延術式ということで封じておき、解放によって発動のラグを潰すというのは?
意外といけるかもしれない。
「であれば……いや、後は材料か」
とはいえ、高度な魔法を封じるには魔晶石も質の良いものを作らなくてはいけない。
そうなると……また魔物討伐をして、魔石を手に入れる事が必要か。
研究は一日にしてなるものではないのだが……状況が状況、どうしても焦りがある。
まあ、とにかくフィアに話してみた後で考えてみるか。
俺はそう思いながら、部屋を出て行った。
◆ ◆ ◆
さらに数週間が経過した。
――エンチャント! 火!
――応!
――動きが遅い!
俺の離宮に併設されるベネトナシュ騎士団本部。
その訓練場では、今日も新人たちが新たな力を得るために必死に動いている。
あれから第1ステージである【整流】を修得した彼らは、今は装備エンチャントを行う訓練をしている。
本当は術式を組ませたりしたいのだが、如何せん時間がないのと自らの【魔道書】を作るための時間などを考えると、まずは簡単なエンチャントを行わせることになった。
おかげで【白】の団員たちは皆、様々な属性をエンチャントすることで更なる戦闘力向上を遂げているようである。
但し、【守護の聖壁】と【探査】だけはインストールさせた。
これはまあ、今後必要になるだろうから、身内の特権というものだ。
「……」
さて……あいにくだが俺は今、訓練風景を見てそちらに思いを馳せている時間はない。
今俺は【円卓】から戻って来たばかり。そして、俺の周りには騎士団の幹部たち。
「――緊急会議だ、挨拶は省く」
俺がそう言うと、4人の星将とエリーナ、プエラリフィア、ノエリアの表情が引き締まる。
その彼らに向かって、一際重い内容を口にしなければならないのだ。
「……ルーレイに、動きがあった」
「! では……もしや」
団長であるガインが目を見開き、震える声で言葉を口にする。
だが、他の全員が同じ事を思っているのだろう。
それはつまり――
「――戦争が、始まる」