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異世界冒険譚~不遇属性の魔術師《コードマスター》~  作者: 栢瀬千秋(旧:火跡夜隊)
第6章:嵐の予感
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第79話:求められるのは

 夢の中を揺蕩う心地よさ。

 同時に、何か懐かしいものを私は感じていた。


 ――……


「……ん」


 朝のベッドの中というのは、なんとも心地よいものだ。

 俺は自分が覚醒していく感覚と、今だ微睡みの中にいる感覚の両方を堪能しながら身をよじる。


 だが、そうしたことでどうも均衡が崩れ、覚醒方向に動いたようだ。


「……んー……」


 とはいえ、それでも眠いものは眠い。

 季節関係なく魔道具の空調によって適温が保たれているこの部屋は、実に心地よいのだ。


 そう思いながらベッドの中で抵抗していると、控えめなノックの後に入室してきた人物の気配を感じる。


「レオン、起きましたの? そろそろ時間ですわよー」

「……んー」


 入ってきたのはエリーナだ。

 現在彼女は婚約者という立場なので、俺の離宮ではなく双竜離宮に住んでいる。

 しかし、必ず朝にはこうやって俺の部屋に来て、起こしてくれるのだ。


 まさに通い妻状態、というべきだろう。

 なお、このようになったのは『一緒に住んだら来年には孫が出来てそうな気がする。流石にもうちょっと待ってくれ』という叔父上の言葉があったからだ。


 ……いや、そんな心配せんでも、と思ったのだが。

 しかしまあ、心配する気持ちも分からんではないし、もしも『そういう』雰囲気になった場合に堪えることが出来るかというと、実際怪しい。


 だが、俺が2年ほどいなかったこともあってエリーナは同居を願ったので、折衷案としての通い妻だったりする。


「レオン?」

「……おはよう、エリーナ」

「おはようございますの。ほら、朝食ですわよ」

「おー……」


 俺より早く起き、離宮の者たちに指示して朝食の用意に当たらせる。

 もちろんこういった部分は使用人たちの仕事であるのだが、それを指示し、全体の指揮を執るのは家長の妻が行う、というのが王族や貴族の基本だ。


 そしてエリーナも、この離宮のために実際に動いてくれている。

 彼女曰く、婚約者になった以上、他の人にはさせないものらしい。

 彼女が言っている、うん、それでいい。深く追求してはいけない。


 少し頭を振る。


「……?」


 なんとなく、久々に懐かしい夢を見た気がしたが、何の夢だっただろうか。

 前世の地球での事だったかもしれない、子供の頃の記憶だろうか。


 だが、考えている間にその違和感や寂寥感に似たものは失せ、目の前にある愛しい婚約者の表情に集中していく。


 常々思うのだが、本当に彼女の造形は美しい。

 金糸のような美しく真っ直ぐな髪。

 宝石のような、それも最高度に高価なサファイアのような瞳。

 女性らしいきめ細やかさと、透き通るような白さを纏う肌。

 しかし冷たくは見えず、その少女らしい表情と可愛らしい顔立ち、そしてローズクォーツのような透明感のある唇。


 一体誰がこんな美しい者を造りだしたのか。

 そして、その視線を、その声を、心を、俺に直向きに傾けてくれるこの少女を――誰が与えてくれたのか。


 そんな普段の俺には似つかない感想を心の中で想いながら、彼女の頬に触れる――


「――レオン、全部口に出ていましたわよ……?」


 俺を見つめるエリーナの頬が、これまでにないほどに真っ赤になっている。

 どうやら俺は、今想っていたことを全て口にしていたようだ。彼女の言う通りならば。


 ……うむ、もう一度寝よう。これは夢に違いない。

 俺がそう考えていたところ、軽く頬に柔らかいものが触れ、すぐに離れた。


「……ふふっ、私をこんなに困らせるレオンなんですもの。罰としてこの位に抑えておきますわ」

「……そうか」


 間違いなく、先程の感触はエリーナのキスだろう。

 そして彼女は『罰』などと言っているが、彼女の本音は分かる。


「――ま、この位で勘弁しておこう」

「もう……」


 俺は身体を離そうとしたエリーナを抱き寄せ、こちらからも彼女の頬にキスをしてから身体を離した。


 まあ、お互い若いのだ。

 それも、婚約者同士であり、同時に幼馴染みで長く想っている相手。

 下手に抱きしめたり、キスすると止まらなくなりそうなのだ。叔父上の心配も尤もかもしれない。


「じゃあ、俺は着替えるからな」

「ええ、下でお待ちしておりますわ」


 そう言って出て行くエリーナ。

 俺は彼女を見送りながら、着替えを始める。


 平穏な日常。

 それを守るためには。


「――よし」


 着替えを終え、俺は軽く目を伏せる。

 そして気合いを入れ直すと、階下の食堂に下りていく。


 腹が減っては戦はできぬ。

 まずは朝食を摂ってから、今日も仕事だ。


 ◆ ◆ ◆


 いつものように執務をする中で、俺は突然国王である叔父上から呼び出しを受ける。


「――すぐにか?」

「はい」


 面前のケリー補佐官を見据えながら、俺は唸る。

 今日のスケジュールも色々あり、中々暇がない。

 勿論国王の命である以上、従うべきではあるのだが、貴族の場合は絶対に何があっても向かうのに対し、俺の場合は立場上、難しい場合は断ることも可能だ。


 まあそれはいいとして、現状呼び出される理由がよく分からないというのが今の状況。

 そのため、少々考える時間が欲しいのだ。


 成年の儀を終えて約1年が経とうとしている。つまり現在は冬なのだ。

 この冬というのは、前世の地球のように寒いことだけが問題になる訳ではない。

 なにせ農地も使えない、動物も基本は冬を越すための状況、とにかく何もかもが止まっている状況なのである。

 そんな時期にお呼びが掛かるとはなんだろうか。


 しかし考えても答えが出るはずもなく、俺は国王である叔父上の元に向かうことにした。

 といっても、歩いて十数歩程度で到着するのだが。


 扉の側に立つ近衛騎士に軽く目配せしてから、俺は扉の前で声を上げる。


「レオンハルトです、入ります」


 そう言ってそのまま中に入ると、叔父上が執務机で執務中のようだった。

 だが、俺の姿を目にすると手を止めて俺をソファーに招く。


「しばらくは誰も入れるな」

「はっ」


 騎士にそう指示した叔父上は、ソファーの前に立つ俺に座るよう指示しながら自分も深くソファーに腰を掛ける。


「はぁー……疲れた」

「……俺は休憩のダシですか」

「お前が私の後継者なら、即座に私は引退できるんだがなぁ……」


 物騒な事をいわないでいただきたい。

 グラン=イシュタリアにおいて、基本的には長男継承である王位だが、王が望み他の王族も承認するならば、別の王子か王位継承権を持つ王族の誰かが王位に就くことも出来る。

 まあ、一応今の俺は継承権的には2番目。

 1番は現在の第一王子であるヘルベルトだが、その次には俺が来ている。


 王族位自体は今の俺の方が上だが、数年もすれば彼は王太子に立てられるので、そうなれば彼が第二位の王族位を得る。

 そのため、継承順も俺が先に来ることはない。


「とまあ、それは置いておいてだ」


 ようやく本題を話し出す叔父上の言葉に耳を傾ける。


「少し、エリーナのことでな。彼女の立場というものをどうしたものか、ということだ」


 叔父上の言葉に俺は首を捻る。

 彼女は王族、それも第二王女という立場にあり、それ以上に必要とする立場というものはないだろう。

 将来的には俺の正室――ペンドラゴン大公妃という扱いになるため、これといって問題はないはず。


「いや、すまん。混乱させたな。私が言いたいのは、星黎殿へ出入りするための然るべき立場をエリーナにも与えねば、と思ったのだ」

「ああ、なるほど」


 俺は納得がいき、ポンと手を打つ。

 星黎殿は政庁のため、一般公開されているエリアである1階ならまだしも、2階以上のエリアに入るには然るべき役職が必要だ。

 俺が戻って来てからも出入り出来たのは、『特務近衛騎士』という騎士としての立場があったためだ。

 それがない時は、あくまで父の付き添いという形で入ったのだ。


「そうですね……」


 俺は叔父上の言葉に考えを巡らす。

 エリーナにふさわしい立場か……


 グラン=イシュタリアが実力主義を唱える以上、その立場を得るにもきちんとした理由が必要だ。

 なお、武門であるライプニッツ家は、多くの場合騎士か、王国軍の士官か、場合によっては王国魔道士団に所属することで出入りする権限を得ている。


 父は元帥であり軍務卿、母は魔道士団長として、それぞれが星黎殿に出入りしている。

 ハリー兄やセルティ姉の場合、後はヘルベルト兄たちもか……彼らは出入りを現状許可されていない。


「本来であれば、このような事を悩む必要はないのだがな」

「まあ、学院に行っているような時期ですから。しかし俺もエリーナも、学院には行かないという決定が成されているのでしょう?」


 俺の言葉に苦笑する叔父上を見ながら俺は考える。

 本来、次の代の王を支える者たちというのは、同じ世代の者が多い。

 無論先代に仕えていた者たちもしばらく残るが、徐々に移行していくのが基本。


 さて、その中で俺とエリーナは特殊だろう。

 俺は既に大公家を得て、【王宮武衛】として星黎殿に詰めているため学院に行くことはできない。

 そしてエリーナも将来的には大公妃であり、また彼女自身が精力的に公務など活動していることもあって学院に行くことが厳しい。


 まあ、本当は次代の者たちとの顔つなぎという点で、学院へ入ることは重要なのだが、俺とエリーナに関していえば、それが難しいのだ。


「お前とエリーナは、本来は次代の王を支えるための存在として将来的に地位を与えるつもりであった。しかし、お前は一度家を出ざるを得ない状況となり、冒険者として異名を得た。エリーナはお前の失踪後、単なる淑女としてだけでなく、魔道士、そして剣士としての力を付けた。それほどの人材を数年も学院で遊ばせるわけにはいかんだろう?」


 エリーナの剣の腕は、中々のものだった。

 勿論、【狂蝶姫】の異名を持つノエリアや、まさに魔術を手足のように操るプエラリフィアほどではない。

 しかし、間違いなく高い実力をバランス良く持った存在なのだ。


 同時にそうなれば、次代のためといって能力を遊ばせておく訳にもいかない。

 普通であれば、それぞれ騎士団や魔道士団に入って順調に実績を積むのだろうが、それをすると実力の高さが逆に周囲との軋轢をもたらす可能性がある。

 そこまで考えてから、俺はある方法を思いついた。

 これはしばらく前から考えていたことで、出来れば欲しい立場の者だ。


「叔父上、俺の騎士団と王国魔道士団を繋ぐための連絡官を欲しいと思っていたのです。エリーナにその立場を任せるのはどうでしょう?」

「ほう、連絡官か」


 今後俺が動いていく中で、ベネトナシュ騎士団が俺の武力となる。

 とはいえ、俺は魔術を扱う事も出来るため、【フェクダ】(4番隊)を中心に魔術師部隊に編制するつもりだった。

 事実、少し前に第二期メンバーが基礎訓練を終え、入団したことで【白】の者たちがかなりの数増えたのだ。


 基本的に騎士団内で訓練するつもりではあるが、多少なりとも王国魔道士団側との繋がりも持ちたい。

 先日よりプエラリフィアはベネトナシュ騎士団付魔道士という扱いになり、正式に俺の部下に位置づけられた。そのため今は俺の騎士団から魔道士団に出向している扱いとなっている。

 そこに、エリーナを魔道士団側からの連絡官として入れ、俺の騎士団への出向者という形で置いておくのが良いのでは、と思っていた。


 そうすれば、お互いに会える時間も増える。

 実は少し前に、『中々一緒にいる時間が取れないから寂しいですわ』とエリーナに言われてしまったので、それが気に掛かっていたのだ。


 さて、しばらく考えた叔父上は顎を撫でていたが、納得したのか頷いている。


「よし、お前はその原案を作れ。出来たらすぐに持ってこい」

「了解」


 俺は即座に頷くと、叔父上の元を退出するのであった。




 ――1週間後。


「大公殿下、魔道士団より、エリーナリウス王女殿下がおいでです。お通ししますか?」

「ああ」


 今は午後。もうすぐ終業時間ともいえる時間帯に、扉の前を守る星騎士からそう告げられた俺は頷いた。


 同時に、いつも見る少女が、普段とは異なる服装をして俺の前に現れた。


「本日付で王国魔道士団より、ベネトナシュ騎士団連絡官として赴任いたしました、エリーナリウスです。よしなに」


 そう口を開く婚約者(エリーナ)

 彼女は普段の淡いブルーのドレスではなく、魔道士団のローブに身を包んでいた。


 彼女の纏うローブの色は紅。

 そしてそのローブの前を留めている金具の色は銀。

 つまり、彼女は魔道士団の9つある階級のうち、上から4番目――【上級魔導士(ハイ・ウィザード)】に正式に選ばれたようである。


 本来入団直後は、緑色のローブの【術士(マギ)】であり、半年毎の試験で実力に応じて昇格するのだが、これは緊急人事というか……一種の身内贔屓でもある。

 まあ、これに関して文句を言えるものもいないだろう。

 なにせ魔道士団長の直弟子であり、剣にも魔法にも優れた王女だ。

 しかも彼女の性格の良さや実力は、俺とは違い貴族たちにもよく知られているのだから。

 そのため、星黎殿への出入りが自由になる紅ローブの階級を与えられたのも納得いくものだ。


 さて、俺はそんな彼女を執務室に招き入れてから、ソファーに掛けるように勧める。


「エリーナ、ソファーへ掛けてくれ。――ミリィ、お茶を」

「はい、直ちに」


 ミリィにお茶の準備をお願いした俺は、ソファーに腰掛けるエリーナを見る。

 私服とは異なり、魔道士のローブを着用する彼女はまた雰囲気が違うな、などと考えながら俺も対面に座った。


「早めの着任、助かるよ」

「それは良かったですの。私も、この日を心待ちにしておりましたわ」


 ミリィの淹れてくれた紅茶を口にしながら、そう告げるエリーナは雰囲気がまさに魔道士らしい。

 普段のエリーナも好きだが、こういう仕事の姿というのは実に新鮮だ。


「俺の率いるベネトナシュ騎士団は、結成から日が浅い。同時に、今後の戦略を考えても魔道士団との連携は欠かせないからな」

「伯母様もそう仰っていましたわ」


 そんな他愛のない話をしながら少し時間を潰していたところ、部屋をノックする音が。

 だが、騎士が誰何する前に俺が外に声を掛ける。


「入れ」

「うむ、入るのじゃ」


 そう言って入ってきたのは、プエラリフィアだ。

 彼女は魔道士団の最上位である黒いローブに身を包んでいる。


「あら、特別顧問官殿ではありませんの」

「うむ、良く来たの連絡官殿」


 そんな挨拶をしながら、プエラリフィアはエリーナの隣に座る。

 まあ、こんな対応普通は許されないのだが、俺のパートナーであり、暗黙の了解として王族に近い――ほぼ一員――として見なされているプエラリフィアだ。誰も気にしない。


「着任の挨拶は終わったかの?」

「ええ。フィアさんはどうしたんですか?」


 なぜか俺が放置されてしまっている。

 だが、女性陣に逆らうほど俺は無謀ではない。気にしないことだ。

 それが長生きをする秘訣である。


「うむ、それがの……遂に【マギ・カリキュレータ】が組み上がった。これで作れる術式が増えるぞ!」

「! 出来たのか!?」

「うむ!!」


 思わぬ報告に俺はソファーから飛び上がった。

 最近忙しくて魔術を新しく組むということが出来ていなかったのだが、遂に完成したというのか。

 思わず俺は対面のフィアを抱きしめる。


「はっはっは! よくやった!」

「ちょっ、ちょっと待たんか……! ふふふっ……こ、これ! 苦しいぞ!」


 俺の力が強かったのか、抗議してくるフィアだが、その表情は笑顔で笑いも漏れている。


「ど、どうしたんですの?」


 まるで目の前の状況が理解できない、といわんばかりの表情をしているエリーナ。

 俺はフィアを抱きしめていた力を緩め、そういえば説明していなかったなと思いソファーに座り直す。


「実はな……プエラリフィアの働きで、俺のような【白】が魔法を使える手段が得られたんだ。そしてこの騎士団には……」

「……確かにそれなりの人数がいますわね」

「ああ」


 これで、準備は整った。

 後は、実際に訓練して見るだけ。


「……で、それはどこにあるんだ?」

「この後、お主の離宮に設置するが」


 ほう。

 これなら時間を気にせず研究できるな。


 俺はそう思いながら、ほくそ笑んだ。

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