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異世界冒険譚~不遇属性の魔術師《コードマスター》~  作者: 栢瀬千秋(旧:火跡夜隊)
第5章:ベネトナシュ騎士団
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断章:#2 新たな旅路

 ――ブラックウッド邸


 レジーナ・ブラックウッド教授は、自宅の居間でソファーに腰掛けながら外を見ていた。

 そこから眺める景色は、庭の美しい花々……ではない。

 そこにいるのは、青白い肌をした少年。


 その少年が、ひたすらに砂利の敷かれた庭で、踏み込みと同時に木刀を振るっている。


「中々様になっているな」


 そう呟きながらコーヒーに手を付けるレジーナに対し、側に立っていた執事が頷き応える。


「剣士として、相当に優秀のようですな」

「まあ、彼に集中できるようなものが出来て良かったよ」


 そういいながら苦笑するレジーナ。


 さて、庭の少年は一体何時間そうしているのだろうか。

 レジーナは休日には非常に計画性のない生活をしているため、当然のことながら朝も遅い。

 対して、少年は決まった時間に起き、決まったルーティーンを必ず行う。

 そんな対照的な二人だが、逆にその対称性が良かったのだろう、非常に気があっており、生活は以前より非常に快適になった。


 さて、レジーナはそんな少年に向かって声を掛ける。


「ヴァイス! そろそろ昼食だぞ!」

「!」


 昼食、の言葉をレジーナな口にした瞬間には、その少年はレジーナの面前に立っていた。

 その速さに未だになれない執事は、思わず一歩後ろに下がっている。


「ヴァイス、身体の調子はどうだ?」

「大丈夫」


 上半身裸のその少年には、首の後ろに『竜鱗』が存在していた。

 そう、彼はかつてレジーナが遭遇した、かの竜人の少年である。


 あれから2年ほど経過し、かの死にかけの少年はレジーナによって育てられ、ここまで成長したのである。

 レジーナは、伝説の存在ともいえる竜人の少年の成長は長いスパンだろうと高をくくっていたのだが、実はかなり成長が早く、彼女は途轍もなく驚いた、という事実が存在していた。


 というのも、竜人はある一定年齢になるまでの成長は非常に早い。

 そこからは、同じ姿のまま何百年と生き続けるため、どうやら成長が遅いと勘違いされてしまったようだ。


 いずれにせよヴァイスは、言葉を覚え、感情を抑えることを覚え、少なくとも人並みの生活が送れるようにはなった。


「それにしても、もう私より身長も高いのだな。成長とは驚くものだ」

「?」

「ふふっ」


 なお、レジーナが自宅でこのようにくつろいでいるのには訳がある。

 というのも、彼女は大学を辞めた……辞めざるを得なくなったのだ。


 原因は、ヴァイスである。

 というのも、大学の他の教授たちがどこからかヴァイスの事を嗅ぎつけ、彼を手に入れんとレジーナに交渉してきたのだ。

 しかしレジーナは彼を実験動物のように扱うつもりはなく、一人の人間として扱おうとしていたため全ての申し出を拒否。


 それでも諦めきれなかった連中は、裏組織を使ったり、あるいはヴァイスのいるレジーナの家を襲おうとしたのだ。


「――それにしても、あの頃のお前に手も足も出ないとは……! ククッ……」


 その頃のことを思い出し、思わず噴き出すレジーナ。

 彼女の言った言葉の通り、彼らは全く何も出来ずに無力化されたのである。


 直接ヴァイスに手を出したものは、消し飛ばされ。

 裏組織は、ヴァイスに手を出そうとしていた時に内部の裏切りで瓦解し。

 政府や大学の上層部に働きかけようとしたものは、自身の後ろ暗い過去や問題行動を暴かれ。


 最も酷かったのは、レジーナに手を出そうとした者だろう。

 人としての尊厳も、何もないような相当な悲惨な目に遭い、最後は自ら命を絶とうとしても死にきれず、全身が麻痺したままかろうじて生きながらえた姿をさらしながら、魔物に食われて絶命したのだ。


「まったく……お前の根本の力は、まさに世界の運命に手を掛けているのだろうな」

「? 彼らは自業自得」

「ほ、言うではないか」


 そんな話をしながら、レジーナはヴァイスと共に家の中に入り、食事を楽しむのであった。


 ◆ ◆ ◆


 数日後。

 レジーナ・ブラックウッド元教授のもとに、とある人物が訪ねてきた。


「お久しぶりです、教授」


 そう言って頭を下げてくるのは、かつてレジーナの元で助教を務めていたカイルだった。

 レジーナが大学を辞めてからは、彼が教授として務めている。


()教授だよ、カイル教授。それでどうしたんだい?」


 呼び方を軽く訂正しつつ、そう告げるレジーナに対してカイルも苦笑しつつ頷く。


「すみません、時間を取っていただき。実は、少しお伝えしたいことがありまして」

「ふむ?」


 レジーナは首を捻る。

 こう言ってはなんだが、大学側とは距離を置いており、同時にいまいち友好的ではない相手なのだ。

 そんな大学の教授たるカイルが自分に話があるというのは少々不思議だと思っている。


「実は……」


 そう言ってカイルが話し始めたのは、とある研究機関からの招聘についてだった。

 世界規模の研究機関であり、中々知られていないが非常に優秀なメンバーを揃えた機関らしい。


「元々私宛ではあるのですが、今の私はイーリングの教授という立場です。それに、知識面を考えても、私より師であるレジーナ博士の方が良いかと思いましてそう伝えたところ、是非にとのことでした」

「ふむ……私にその機関へ参加しないかということか?」

「簡単に言うならばそうです」


 レジーナは、興味をそそられた。

 根っからの研究者であるレジーナは、いくら大学を辞めたとはいえ研究者として優秀だ。

 同時に、自分でこれまでに集めた研究機材も多く、家でも研究を続けていたのである。


 だが、どうしても限界というものはあり、特に彼女が行っている研究については色々制限があるのも事実だった。


「でも、不思議なんですよね……レジーナ博士は【魔素子理論】の権威のはずなのに、既にメンバーには【魔素子理論】を専門にしている人がいるんですよ」

「――」


 その言葉に、思わずビクリと眉を動かすレジーナ。

 だがカイルはそれに気付かなかったらしい。そのまま不思議そうに考えているだけだ。


 しかし内心、レジーナはとある予測を立てていた。

 自分がかつてより研究してきた内容――それを求めているのではないかと。


「カイル、1つ聞きたいんだが」

「ん? なんですか?」

「それは、了承した場合に必ず参加しなければいけないのか?」


 レジーナの言葉に、少しだけ考えるカイル。

 だが、すぐに首を横に振った。


「いえ、そうではないです。基本的に招聘という形なので、何か合わなかったり、あるいは理由がある場合には断ってもいいようですよ。それに、一度見学をどうですかともいわれていますし」

「ふむ……」


 少しの間腕組みをして考えるレジーナ。

 そして「よし」というと、ヴァイスを呼ぶ。


「レジーナ?」

「ヴァイス、よく来たな」


 そこに現れたのは、Tシャツとカーゴパンツのラフな格好をしたヴァイス。

 それを見たカイルは驚きの表情を向けた。


「か、彼が……ヴァイス君なのですか?」

「ああ、凄く成長しただろう」


 少し誇らしげにそう言うレジーナに対し、カイルは少々驚きの表情だ。

 いつも冷静で、どこか感情というものを捨てているような彼女が、ヴァイスの事でこういう表情を見せるとは……と驚いたのである。


「ヴァイス、実はな――」


 そうしている間にも、レジーナはヴァイスに説明をしている。

 とある研究機関から呼ばれ、一度見学に行ってみないかと誘われていることなどを丁寧に説明している様子は、どこか姉と弟のようなそんな雰囲気を醸し出している。


「ふーん……面白いところかな?」

「面白い……という事はないが、興味深いところだろうな」

「行ってみる」

「そうか」


 どうやらヴァイスは行くつもりらしい。

 そのため、レジーナも行くことに決定したようだ。


「カイル、ではありがたくその話を受けさせてもらおう。出来ればまず、見学だけをしたいが」

「ええ、もちろんです。では、連絡先を送りますから」


 カイルはそう言うと、手元の端末からレジーナに連絡先を転送する。

 レジーナはそれを受け取ると、頷く。


「うむ、受け取った。当日はお前も来るのか?」

「ええ、一応見学ではご一緒します」

「では、次に会うのはその時だな」


 それに頷きながらカイルは席を立つ。

 そろそろ大学に戻らねばいけない彼は、最後に「コーヒーごちそうさまでした」というとその視線をヴァイスに向ける。


「ヴァイス君も。また会おうね」

「ん」


 無表情だが、それでもきちんと受け答えをするようになった彼の様子に笑みを浮かべると、カイルは退出していくのであった。


 ◆ ◆ ◆


 数週間後。

 カイル、レジーナ、そしてヴァイスの三人は、チャーターされたエアシップで指定の場所に向かっていた。

 魔道技術によって製造されたエアシップは、静かに空を飛び、目的地まで移動できる便利な手段だ。

 勿論、ある者たちは転移魔術を使って移動する場合もあるしレジーナたちも使えるが、実際に転移する先を知らなければ行う事は出来ないため、この見学ではエアシップを使うより他に方法は無い。


 さて、そうするうちに見えてきたのはこれまでレジーナたちがいた大陸とは別の大陸――名を、【アルメギア大陸】と呼ばれている場所――である。


 【アルヴヘイム】とも多少の交流はあるのだが、基本的に大陸が異なるため中々レジーナも訪れたことはない場所。

 高度を下げていくエアシップの窓から眺めると、その街並みが分かるようになってきた。


 今見えているエリアは恐らく郊外なのだろうが、それでも中心部らしき場所はアルヴヘイムの中心部のように、高層ビルが立ち並んでいる。


(これが郊外ならば、中心部は一体どれほどの……)


 そう思いながらレジーナが前に目を向けると、目に飛び込んできたのは距離感が狂いそうなほど大きく高層の施設。

 エアシップはその施設に近付いていき、その発着ステーションの1つに降りた。


「ここは……」

「魔道王国【サクリフィア】、その中心部である首都【イシュタル】ですね」


 魔道王国【サクリフィア】。

 それはアルメギア大陸で最も大きな国であり、同時に魔道に精通した国として知られる場所だ。

 とはいえ、中々遠いということと、アルヴヘイムとはあまり接点がないと同時に少々仲が悪いという問題があり、渡航者が非常に少ないため、レジーナといえど詳しくないのだ。


 カイルはこれまで何度か学会で接点を持っていたらしく、その関係で今回の招聘の話となったようである。


 そうするうちに、空中に浮いたステーションごと移動を始め、その巨大な施設にそのまま入り出した。


「は、は、は……これはなんとも、自分が井の中の蛙に思えるな」


 と、レジーナが呟いた時、後ろに気配が現れる。


「とんでもない。ブラックウッド博士の研究は、我らとしても大変興味深いものですよ」


 その頃にはステーションは止まっており、施設とドッキングが済んでいたようだ。

 そしてドッキングしたところから、ちょうど出迎えに来ていた白衣の人物がそう口を開く。


「始めまして、ブラックウッド博士。私は、サディアス・グレイと申します。当研究所の所長を務めております」


 どうやらこの人物は研究所の所長のようだ。

 レジーナもその人物を観察しながら、自己紹介をする。


「これはご丁寧に。レジーナ・ブラックウッドです。専門は【魔素子理論】ですが、他にも研究を行っております」

「ええ、そのご尊名は良く伺っております。特にカイル博士からね」


 そういうグレイ所長の言葉を聞き、思わずレジーナはカイルを睨んだ。

 睨まれたカイルはというと、視線を合わせないようにしている。


 なんとも成長した弟子に対し、もう一度だけ責める視線を送ってから、レジーナは自分の後ろにいたヴァイスを前に出した。


「おや、そちらは?」

「彼はヴァイス。私が面倒を見ている少年で、竜人なのです」


 そう言ったレジーナの言葉に、「ほう」と驚きの声を上げる所長。

 だが驚きの表情をすぐに笑みに変えると、グレイ所長はヴァイスに目を向ける。


「はじめまして。私はサディアス・グレイです。今後、ブラックウッド博士と一緒に仕事をしたいと思っているんです」

「……。ヴァイスです。どうも」


 対するヴァイスは、少しだけじっと所長を見る。

 思わずその特徴的な瞳に射貫かれ、喉を鳴らした所長だったが、すぐにその視線は外れ軽く会釈をしてきたヴァイスに気を抜かれていた。


「……えー、では、案内しましょう」


 ちょっと微妙な空気になりながらも、彼らはステーションを降りて施設内に入る。

 なお、ここでカイルとはお別れだ。彼はこの後宿泊施設に行くようである。


 道中所長が説明するところによると、どうやらあの巨大な施設は全て研究のための施設らしく、そのうちの一階層をグレイ所長は得て研究を行っているらしい。

 施設内はどことなく金属質の、冷たさを感じるようなグレーの色調であり、床はまるでマーブルのような色味だ。

 さてしばらく歩くと、実際に彼らが研究を行っている研究所に辿り着く。


「さあ、ここです」


 そう言ってグレイ所長は目の前の扉を手で指す。

 そこはごく普通の扉であり、その表面にクロムメッキのプレートが掲げられているだけだ。


「【世界基礎研究所】……なんとも大それた名前ですな」


 少し呆れ混じりのレジーナの声。

 だが、グレイ所長はそれに対して大きく頷く。


「そうでしょうそうでしょう。ですが、まさに我々の研究は、そこに行き着くのです!」


 そう所長が言うと同時に、扉が開いていく。

 同時に見えてくるのは研究所内だ。


「おお……」

「大きい……」


 思わずそう言いたくなるほどに広い研究施設内。

 外の色調とは打って変わって、白を基調としつつも様々な色が見て取れる場所だった。


 壁は巨大なスクリーンやモニターであふれ、それを繋ぐケーブルはデータが行き交うかの如く光が流れている。

 他にもホログラムに映し出された何かの景観や、また別の場所では動物の動きを研究している映像が流れていたりと、本当に多種多様の研究が行われているのが分かる。


「どうです?」


 そう、所長がキラキラした目をレジーナに向けてくる。

 だがレジーナは、すぐに口を開くことが出来なかった。

 少しして出たのはこの言葉だけ。


「……なんとも」

「そうでしょうそうでしょう!」


 まるで子供のようにはしゃぐ所長。


「いや、驚きました。しかし、よくこれほどの施設を作り上げられましたね、所長」


 レジーナは感嘆と共にそう所長に告げる。

 だが、所長は雰囲気を一転させ、真面目な様子で口を開く。


「いえ、この研究所は私のものではありませんよ」

「? というと?」


 所長でありながらも、自分の研究所ではないという。

 一体どういうことか、レジーナが尋ねようとしたところで、どこかから声が掛かる。


「所長」


 その声に即座に反応したのは、意外にもヴァイス。

 声の方向を彼は認識出来たのだろう、他の二人が声の方向を探している間に、その相手を見つけじっと見つめていた。


 そうするうちに所長も気付いたのか、声の主に視線を向ける。と……


「ま、まさかおいでになるとは……ご無礼を!」

「なに、気にするな。それより、お客さんかな?」

「は、はい! 今回招聘し、見学に来られた研究者の方です!」


 所長がそう言うと、その男性は嬉しそうな表情を浮かべた。


「それはそれは、よく来てくださった。我らの【世界基礎研究所】へ歓迎するよ」


 そう声を掛けてきたのは、中年くらいに見えるやはり白衣を纏った人物。

 だが若々しく、声の張りもあってまだ若くも見えるため、少々グレイ所長の反応に訝しみながらも、レジーナは頭を下げた。


「アルヴヘイムより参りました、レジーナ・ブラックウッドと申します。専門は【魔素子理論】です。彼は私の……養子とでもいいましょうか、ヴァイスといいます」

「ヴァイスです」


 軽く頭を下げるヴァイスに対し、その男性は少し驚きの表情を向けた。


「ほう! 君はもしや【竜人】かね?」

「うん」


 そう言って頷くヴァイス。

 だが、さらに言葉を続けようとする男性に対し、グレイ所長は声を掛けた。


「恐れ入りますが、お戯れはここまででお願いいたします、陛下」

「!?」


 流石にグレイ所長の言葉を聞き逃すことは出来ず、レジーナが驚いた表情を向ける。

 対するその男性は、グレイに対して舌をペロリと出して苦笑する。


「ちぇっ、バラさないでよ」


 そう言うと白衣の裾を翻し、これまでとは異なるオーラを放ちながら彼は口を開いた。


「そう、僕はこの研究所のスポンサー。そして、この魔道王国サクリフィアの王――ギルバート・ギデオン・サクリフィアスだ」


 

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