第78話:始動
あれから俺は執務室に戻り、通常の執務に追われていた。
とはいえ、この世界は町中が明るいということはないので、大体夕方前をめどに仕事が終了となる。
俺もちょうど4時頃に仕事を終わらせ、今は騎士団関連の書類仕事をしながら、先程の会議で得た情報について考えていた。
円卓会議で得られたのは、周辺国の実状と共にどのような動きをしているかという詳細な情報。
そして、それを受けてイシュタリアがどのように動くかという上層部内での意見の擦り合わせである。
(ルーレイの動きは注視していたが、結構面倒な状況のようだ)
一応の隣国であり、そして敵国と言っても過言ではないルーレイ王国。
今回のカリャキン男爵の問題で浮き彫りになったのは、イシュタリア内の防諜・国防に関連する抜け道だけでなく、ルーレイ王国側の異様な状況である。
当然これまでもイシュタリアはルーレイの様子を確認し、様々な情報を集めてきた。
しかし、中央と外縁でどうやら動きが異なっているらしく、今回後手に回ってしまったのはその影響があるのだ。
つまり、ルーレイの中央政府と、外縁を治める領地貴族とで微妙な溝が出来てしまっているということ。
中央が推し進めている内容ではなく、独断によって国境付近の貴族たちが動いたということのようである。
(しかし、そうなると厄介なのは、もし戦争になった場合に中央政府が押し切られる可能性があるということだ)
本来王国である以上、ルーレイ王家というのは決定権を持っているはずだ。
つまり例え貴族であろうと、下手に王家に逆らうとは考えにくい。
こと、他国への調略であったり、何らか動きをする場合には王家や政府への報告は必須のはず。
だが、国境付近の貴族たちが勝手に動くと言うことは、王家が知らない、あるいは止めようとしても止める力がないかのどちらかということになる。
(それか、その辺りを知らない奴が仕掛けて、両国を混乱に陥れようとしているか……)
そこまで考えて、俺は首を横に振る。
流石にそんな混沌とした状況を作るのは、あまりに愚かで大義名分のないことでしかない。
単に破壊願望があるとか、あるいはその隙を狙って漁夫の利を得ようとしているか……
『彼は僕と敵対している組織の者でね、彼はこちらで有効に使わせてもらうよ』
ふと、思い浮かぶのはあのシルヴェスターという青年の言葉。
彼らは、どうにもこの国に関わりを持とうとしているように見受けられた。
シルヴェスター自身はそこまでではなさそうだが、あのディムという男は【炎魂の楔】の件でも動いていた。
どうにも我らがイシュタリアに対し、思うところがあって動いているのではないかと疑ってしまう。
「いずれにせよ、もう少し騎士団の強化を行うべきか」
厄介な問題のため先延ばしになっていたのだが、今後【白】の者たちを騎士団に入れ、徹底的に鍛えるつもりだ。
これは国王陛下も了承しており、さらに魔道士団長である母も是非にと言っていること。
教官はフィアと俺が務めていればいいだろう。
俺がそんな事を考えていたところ、ちょうどベネトナシュ騎士団長であるガインが執務室に入ってきた。
ガインは基本的に俺の執務室に詰めているのだが、騎士団と他の部署との兼ね合いであったり、様々な動きの連携などのため定期的に近衛騎士団であったり王国騎士団との会合を持っている。
流石にそういったものに俺がでてしまうと、向こうも萎縮するだろう。
ガインは出身は子爵家だし、今は名誉伯爵位。そうなれば向こうも気兼ねなく対応できるわけだ。
「戻ったか」
「はい、レオン様」
さて、この時間からは少し騎士団としての会議を行う必要がある。
ガインもそれを分かっているので、即座に隣の会議室に入っていくのだ。
そうこうする間に、他の幹部も集まってきたため、俺も会議室に入る。
「揃ったな」
俺を正面とし、俺の左右にノエリアとフィアが座る。
そしてテーブルの右側はガインとスヴェン、左側はジェラルドとヴィルフリートが座っていた。
「では、ベネトナシュ騎士団幹部会を始める」
俺の宣言に伴い、会議が始まりだした。
この会議は、騎士団の運営、管理、人事などの決定を行うもの。そのため、各自の任務に関連した報告よりも、広い観点からの騎士団に関する内容が主だ。
まずはそれぞれの報告が始まる。
「――第二期の候補生たちですが、概ね問題なく訓練が進んでおります。メンタル面のストレスについては、少々兆候が出ているものが1名。この候補生については、別途カウンセリングを行うためにプエラリフィア殿に対応をお願いしたく」
「うむ、了解した」
この会議ではフィアとノエリアも参加する。
本来フィアは魔道士団側なのだが、そこは俺の側近であるという理由で参加している。
同時に、女性団員たちのサポートもお願いしているのだ。
まあ、ノエリアを選ばなかったのには理由がある。
彼女の場合、基本的に戦闘狂の部分があるため、ちょっと訓練面でのストレスへの対処やカウンセリングには向かないのだ。
他の報告としては、騎士団の下部組織として扱っている【影狼】や【レオーネ商会】絡みの大まかな報告、経理的な面での報告が行われていく。
さて、騎士団に関連した報告が出そろったところで、俺は口を開いた。
「――では最後に、騎士団編制に関しての変更についてだ」
「変更……? それは一体……」
俺の言葉に対し、即座に疑問の声を上げるのはジェラルドだ。
俺はその声に対し、軽く頷いてから言葉を続ける。
「まず、騎士団員について。呼称を、騎士団名にちなみ【星騎士】とする」
だからなんだ、という話ではない。
俺のこのベネトナシュ騎士団は、近衛騎士団編制として扱われる【プラエトリア】だ。
そのため、騎士の呼称も特定の呼び方を設定することが可能となっている。
「それは構いませんが……なぜ急に?」
ガインがそう疑問を提起する。
だが、俺はその疑問に答えず、次の変更点を口にする。
「詳細は後ほど説明する。――同時に、各部隊それぞれに呼称を設定すると共に、各部隊の隊長格を【星将】と呼称する」
「「「「…………」」」」
ガインたちは突然の内容に反応がなくなったようである。
だが、少しすると再起動したようで、首を捻っていた。
「つまり……1番隊を指揮する私は?」
「【第一星将】、と呼称される。同時に1番隊は【アルカイド】の呼称を与える」
「ほほう……」
これまでの味気ない番号呼びから、独立した部隊名が与えられるからだろう、不思議な表情をしていたガインも少し嬉しそうである。口の端が歪んでいた。
「2番隊は【ドゥーベ】。第二星将は引き続きジェラルドだ」
「はっ!」
狼人族であるジェラルドは、こう言う時にはあっさりと受け入れる。
基本上からの指示に対しては忠実なのだ。
「3番隊は【メラク】の呼称を。第三星将はスヴェン」
「御意」
さて、現在部隊を率いているのは彼ら三名だ。
しかし、俺はここに新たな部隊の創設を告げる。
「そして……4番隊は【フェクダ】となり、その部隊を指揮する第四星将に――」
俺の言葉に、目を見開く三名。ヴィルフリートだけは、何が起きているか分からないと言った表情だ。
三名は、即座にどこか納得したように頷いてくれたので、まあ問題はないだろう。
俺は、今後4番隊の指揮を執る者の名前を口にする。
「――ヴィルフリート、お前を任じる」
「……え?」
俺の言葉に対し、皆の視線がヴィルフリートに注がれる。
だが当の本人はというと、自分が呼ばれるとは思っていなかったのか驚いた表情だ。
「はは、驚いたか?」
「え、ええ……ですが、殿下のご命令とあらば」
とはいえ、俺の指示には従う気らしい。
であれば特に問題ない。
俺は頷きつつ、さらに次の話を始めた。
「よし。……では、今回このような変更を加えた理由についてだ」
俺がそう言うと、皆の顔が引き締まる。
その様子を見ながら、俺はとある事実を話した。
「明確な編制を行った理由、それはこの騎士団が出撃する可能性が出てきたからだ」
『!!』
俺の言葉に驚きの表情を向けるのはスヴェンとヴィルフリートだろうか。
ガインやジェラルドは、どこか納得の表情である。
「……戦争の可能性、ということですか」
「確定ではないが、な」
しみじみと告げるガインに対し、俺は苦笑しながら頷く。
円卓会議で扱われたことで最も緊急な内容だったのはこれだ。
ルーレイの動きが怪しく、どうも数ヶ月後……少なくとも一年以内に戦争を起こす可能性がある、というもの。
「とはいえ、今からすぐというわけではなかろう。季節が季節、向こうもそこまで無理な行軍はするまいよ」
「確かに……それにしても、よく分かりませんね」
ヴィルフリートがそう呟く。
彼が言わんとしていることも分からなくは無い。
なにせ、ジェラルドの調査からすると中央が戦争の意欲を高めているようには思えず、同時に戦争を仕掛ける理由というのもなさそうな状況なのだ。
「ま、そこは国も一枚板ではない、ってことだな」
腕を組みながらそう呟くジェラルド。
ジェラルドは内外の情報を集めてもらっていたため、理解も早かった。
「まあ、あちらさんの事情を俺たちがあれやこれや考えても仕方ねぇだろ。それより、俺たちは何をしたら良い?」
ジェラルドは俺に対してそう投げかけてきた。
その目はどこか期待するような、そんな雰囲気だ。
「聡いな。まず、各部隊の役割を明確にする。【アルカイド】は本部として、俺の側に詰めろ。離宮警備も任せる」
「はっ」
これまでは人数も少なかった事もあり、持ち回りで警備を行っていたのだが、もうそろそろ第二期メンバーが仕上がるのできちんとした役割分担をしようと思っている。
「【ドゥーベ】は正式に諜報活動、破壊工作などの隠密部隊として動く。当然危険手当も出すぞ? レオーネ商会もこれまで同様、上手に使えよ」
「了解。――って、今と変わらねぇな」
「いや、これまで以上に強攻策を使うからな、腹くくれよ」
俺の言葉にピュウッ、と口笛を吹くジェラルド。
ヴィルフリートが微妙な表情をしてジェラルドの服を引っ張ったようだが、意に返していない。
「ま、ちょっとそこは叔父上と相談しなければいかんが。向こうの裏作業を邪魔したら悪いだろう?」
「そりゃそうだな」
下手に向こうの動きを邪魔しては、衝突してしまう可能性がある。
それでは元も子もないので、きちんと対応しておかなければ。
「【メラク】は新規団員の教導訓練を主に行え。同時に、定期的に近衛騎士団、王国騎士団との訓練交流を行うように。その上で、連携面で問題ないように擦り合わせをするように」
「御意」
【メラク】に任せるのは教導訓練。それと、他の部隊との連携訓練だ。
こう言ってはなんだが、騎士としての正式な訓練を受けてきたのはガインが一番長い。
それ以外のジェラルドやスヴェンたちは、まだ熟れていない。
ヴィルフリートは騎士経験はなく、貴族としての経験はあっても騎士としての戦略は接点がないのだ。
そうなると、やはり十分な経験を持つ騎士団と共に訓練し、学ぶ事でこちらの練度を上げ、同時にスヴェンに「教える」方法を学んでもらう事が目的だ。
「そして、【フェクダ】は今後【白】の貴族子弟を入れて、魔道剣士を育成していく予定だ。しかし、今は隊員も揃っていないから、お前が貴族間の情報収集に当たれ。同時に定数に達した段階で、俺が魔法訓練を行う。不明点があれば、ガインに相談しろ」
「かしこまりました」
了承を示した各々を見渡す。
皆がそれぞれ、自分のするべき行動を把握し、その動きのために考慮の上で動く時間だ。
「では、各星将には改めて新規の隊服を渡す。また、隊員たちの制服も公式に制定するのでそのつもりで。以上、解散」




