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異世界冒険譚~不遇属性の魔術師《コードマスター》~  作者: 栢瀬千秋(旧:火跡夜隊)
第5章:ベネトナシュ騎士団
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第77話:一時の平時

 ――数ヶ月後。


 カリャキン男爵領への強行捜査ならびに逮捕により、しばらく忙しく俺たちは働かざるを得なかった。

 プエラリフィアは魔道士団の顧問として、発掘された品々や、遺跡跡の調査に駆り出されていたし、俺は騎士団の正式な体制を整えるためにかなり忙しい状態だった。


 なお、プエラリフィアからは調査の途中にもかかわらず『良いパーツを見つけたので送るのじゃ』という連絡が来て、頭を抱えたりもしたのだが。


 周囲からは王族と繋がりがあり、同時に俺の妻となるであろうことが公然の秘密となっている女性が、まさかの横領とは良い度胸ではないか……と思っていたら、どうやら団長である母――ヒルデガルド大公妃――による承認が下りていたらしい。

 一体どうやって丸め込んだのか、俺は不思議でたまらない。


 さて、今俺は執務室で、内外の隠密調査を担当するジェラルドの報告を聞いているところだ。

 当然国に属する俺たちなので、必要とあらば国王である叔父上から情報が回ってくるだろう。

 だが、俺は自分の情報機関を立てて様々な情報を得られるようにすることにしていた。


「――以上が、今回の調査によって分かった周辺国の動きです。また、連中が情報を流していたと思われる貴族を、それぞれの度合いによってこちらにまとめております」

「なるほどな……それにしても、面倒な交友関係の広さだな」


 予想以上に例のカリャキン男爵の内通相手は広く、ソーナ・スールのめぼしい貴族や国との繋がりがあったようである。

 厄介なことに、その相手が相手だ。この国に対して一つ二つどころか、何十何百もの不満を持つ連中である。

 あいにく、今のところその連中が動いていないのが救いだろうか。


「……あまりにも範囲が広すぎますね。これでは、報復どころか戦争などと言い出す連中もいそうですが」


 ベネトナシュ騎士団長を務めるガイン・フォン・オルセンがそう言いながらこめかみを押さえ、渋い顔をする。

 ガインは近衛出身であり、特に軍閥に属する貴族家の一員であるためにこの状況に合わせて蠢動しそうな連中が分かるのだろう。

 蠢動するのは何も敵だけではない。

 この機会に派閥や領土の拡大を、と望む連中がいるのだから。


「報復をするとして、大義名分がなかろう。それに下手に動いて状況を知られてしまえば、陛下、そして王国が、下級貴族家一つコントロールできないと言われてしまうだろうな」

「「…………」」


 俺の言葉に、沈黙で応える二人。

 ジェラルドにせよガインにせよ、今の状況の拙さというのは理解できている。

 国家としての今だけでなく、今後を考慮しなければいけないのだから。


「……いずれにせよ、ジェラルドは調査を続けろ。必要な資金は出す」

「ありがとうございます、殿下」


 俺は椅子から立ち上がりながら、報告に来たジェラルドに新たな命令を下す。


「ああ、それと……折角だから少し餌を撒いてやれ。内部ではどうやら混乱が少し見られるようだ、と」

「……炙り出しですね。了解です」


 俺の意図を理解したジェラルドは即座に頷き、口を開く。


「少し、昔の伝手も頼ろうかと思います。いいですか?」

「好きにしろ。差配は任せる」

「はっ」


 昔の伝手、ね。

 ジェラルドの言い回しに対して口の端を歪めながら、俺は承認を出す。

 即座にジェラルドは敬礼を返すと、「では、失礼いたします」と言って出て行った。


 俺はそれを見送りながら、窓の外に目を向ける。

 基本的に俺の執務室からは、騎士団の訓練場が見える。

 そこでは小隊規模の騎士候補生が、素振りを整然と行っていた。


 俺がその様子を見ていると、ガインが声を掛けてくる。


「……第二期の小隊ですね。あと1ヶ月、といったところでしょうか」

「ああ。とはいえ……だがな」


 彼らはカリャキン男爵領で捕らえられていた者たちの中で、ベネトナシュ騎士団への入団を希望した者たちだ。

 今はちょうど通常の騎士団よりも厳しい訓練に移行した段階である。

 内容は、戦闘指揮、礼儀作法、そして貴族との会話というものだ。


 軍や騎士団は基本的に3ヶ月で初期訓練を行うが、俺たちは4ヶ月という他より1ヶ月長い訓練期間としている。

 その中で、騎士としての適性であったり、あるいは実力であったり、そういったものをまず確認していくのだ。

 そして、最後の1ヶ月間は、まさしく俺の近衛となるために必要な能力を訓練される期間。

 これを抜けられなければ、入団ということにならないのだ。


 ちなみに、第一期というのはジェラルドやスヴェンたちであるが、彼らは元々の実力がある故に必要なのはこの1ヶ月の内容だった。

 まあ、ジェラルドはかなり苦戦していたようだが、今では騎士として十分なものを持っている。


 ――何をしている! 部下を死なせる気か!

 ――申し訳ありません!


 聞こえてくるのは、スヴェンの叱責の声と、それに対して謝る候補生の声。


「……中々、ここまでの訓練を行う部隊もないでしょう。同時に、レオン様だからこそ、これだけのものを必要とするのかもしれませんね」


 そうしみじみと告げるガインに対し、俺は苦笑する。


「俺は部下を死なせる気はない。だが、死なないようにずっと手元で守るつもりもない。死なないように準備させるまでだ」

「それでこそ、です。我が主」


 ガインはそう言いながら、俺の机の上に新しい書類を置くのであった。


 ◆ ◆ ◆


 少し時間が経って仕事が一段落した頃。

 俺の執務室の外に立っている騎士から、来客の知らせを受けた。


『レオンハルト殿下、ケリー補佐官がお見えです』

「通せ」


 ケリー補佐官というのは、国王補佐官の一人。

 叔父上の片腕と言われるほどの人物であるが、本人はあまり目立たないようにしているようで口の悪い連中は『影の薄い補佐官だ』などと陰口をたたいている。


 だが、彼は凄い。

 国王の下に提出される多くの書類を、朝早くから処理し、然るべき部署が然るべき処理が出来るよう、徹底的に整理していくのだ。

 その速さは尋常ではなく、一体どうやって書類の内容を把握しているのかすら見当もつかないほどである。


 そんな凄腕であるにもかかわらず、本人は出世よりも叔父上に仕えることを自分の中心に置いており、そのために結婚も叔父上が手配しなければしなかっただろうと言われるほどだ。


 さて、そんな人物が理由も無く俺の執務室に訪れるはずもなく。


「レオンハルト大公殿下。国王陛下より、殿下へとのお申し付けにございます」

「! ――分かった」


 俺が手にしたのは一つの書簡だ。

 蝋で封をされたそれを俺は開き、軽く頷く。

 それを見た補佐官は即座に退出し、俺はそれを見送りながらちらとガインに視線を向ける。


「ガイン、少し出てくる」

「――はっ。……お一人で、でしょうか?」

「案ずるな、城内だ」

「……はっ」


 ガインは俺が出ることを聞き、自分も護衛のために立ち上がろうとするがそれを俺は止め、剣置きから愛剣を取って腰に佩くと、部屋を出て行く。


 さて、今回俺が向かう先は【円卓】と呼ばれる秘匿会議だ。

 それは、この国の最重要決定機関であり、国王並びに数名の大臣によって開かれる諮問機関。

 不定期であり、同時に普通の貴族は呼ばれることも、開かれている事も知らない会議。


 俺はその円卓の会議室に向かいながら、話し合われるであろう内容を予想する。

 恐らくだが、先日のカリャキン男爵家の内通問題から、周辺諸国の動きに関しての話だろう。


「殿下、どちらへ」

「その先だ」


 途中で離宮警護に当たっている近衛騎士に出会う。

 彼らは普通の近衛騎士のように俺を見て声を掛けてきたように思えるが、実際のところは違う。


 彼らは【円卓】の守護を行う騎士たちであり、俺の答えに即座に頷くと俺の斜め後ろについた。

 このまま会場までは彼が俺の側につくのだろう。


 会議室の前で近衛騎士と別れ、俺は中に入る。


「レオンか」

「陛下」


 完全に窓のない部屋。

 その中央にある玉座に、国王である叔父上が既に座っていた。

 今だ他の者たちは来ていない様子である。


「早いな」

「受け取ってから即座に参りましたので」

「そうか……。レオンはここへ座れ」


 苦笑する叔父上は、俺に自分の右隣の席を指してきた。

 どうやら、俺は国王の隣でこの円卓に参加するらしい。

 席次が正確にある訳ではないのだが、やはり国王の隣というのはそれだけ信頼されている証とも言える。

 同時に、議題によってはこの座る位置も変わってきたりもする。


 しばらくすると、他の円卓会議の者たちが入ってきた。

 皆口々に陛下と俺に頭を下げ、挨拶しながら叔父上の指定する席に座っていく。

 ここにいる顔ぶれは……軍務院長であるライプニッツ大公を筆頭に、宰相、そして各院長か。

 その中でも、ライプニッツ大公が俺と逆側の国王の隣に座っていることからして、どうにも戦の匂いが漂っている。


「全員集まったな。これより、円卓会議を始める」


 そんな叔父上の言葉から、俺たちは会議を始めるのであった。


 ◆ ◆ ◆


 ――3時間後。


「――では、これにて円卓会議を終了する。各自、務めを果たせ」

『『はい、陛下』』


 叔父上の閉会の宣言を持って、円卓会議が終了し、それぞれが自分の部署に戻る。

 既に昼を過ぎ空腹だ。腹の虫が鳴きそうである。


 執務室に戻ると、ガインの姿はまだ執務室にあった。


「ガイン」

「殿下、お戻りでしたか」

「すまんな。食事は?」

「すみません、先にいただきました」


 良かった。

 これでもし俺を待っていたなんて言われては、非常に困る。

 こういうところに関してはそれぞれ人員の交代を行って臨機に動くように指示しているが、よく守ってくれているようだ。


 そう思いながら、俺は手元のベルを鳴らす。

 すると、俺の侍女であるミリアリアが入室してきた。


「殿下」

「離宮に戻る」

「はい」


 俺はミリィを伴い、自分の離宮に戻る。

 ミリィは現在、王城での侍女として扱われていると同時に、この離宮においては侍女長という立場も兼任している。

 王城の侍女というのは、それだけで一つの立場だ。

 王城に出入りし、特に男性では入れない部分へ立ち入ることが出来る存在。


 例えば、双竜離宮にある【竜妃の間】などは、いくら俺が血族であり、王弟位であろうと立ち入る事は出来ない。

 立ち入るとすれば、エリーナリウスを伴った上で母であるヒルデガルド大公妃には王妃殿下の付き添いをしてもらった状態で、ということになる。


 特に、俺は既に【成年の儀】を終えており、同時に一人の大公である。

 そうなると、どうしてもこういう対応をするのは当然なのだ。

 ……離宮の年末のように、皆で騒いでというのはあくまで皆いるから、と言う理由で出来ているだけ。


 さて、俺が離宮に戻ると即座に俺の着替えの対応をするミリィ。

 同時に他のメイドに指示を出し、昼食の用意をするように手配しているようだ。

 俺は昼食の話をしていないのだが、それを読み取って即座に動く彼女は流石である。


「レオン様」

「ん?」

「忙しかったようですね」

「……色々な」


 執務の際に来ていた外服を即座に片付け、椅子に座った俺の肩や腕を解しているミリィはそう声を掛けてきた。

 どうやら色々と強っているのが分かったらしい。


 流石に3時間も会議というのは、結構きつい。

 しかも会議では基本的に最秘匿情報が扱われるため、メモに残すということが出来ない。

 そのため重要な内容は、記憶必須なのだ。


(まあ、漏れ出すのが怖いというのは分かるんだが……かなりしんどいな……)


 そう思いながら今後の動きを考えていると、ちょうど昼食が準備されたらしく、それとちょうど良いタイミングでミリィのマッサージも終了した。


「ありがとう」

「勿体ないお言葉です、レオン様」


 俺は食堂に向かうと、ミリィを給仕に食事を摂り、その後自室で少しの時間休憩を取る。

 本当はすぐにでも執務室に戻った方がいいのだが、今は少し頭を休めたい。

 そう思っていると、ミリィが近くに寄ってきた。


「レオン様、お疲れでしたら膝をお使いになりますか?」


 まさかの膝枕の申し出。まあ、彼女がこう言うのも分かる。

 実は幼い頃、割と俺は訓練中以外の休むときにはミリィの膝を借りていたのだ。

 わりかし実の姉よりもよくお世話になった気がするくらいである。


「……頼もうかな。いいかい?」

「レオン様は、『したい』と仰るだけで良いのです」

「――ああ、して欲しいな」


 なんとなくだが、昔よりも今の方がミリィの甘やかしが酷くなった気がする。

 別に悪くはないのだが、少しくらい文句だったり、こうして欲しいという希望があったりしないのだろうか。

 彼女は俺の成すことに基本全肯定なので、ちょっと心配になってくる。


「……どうされましたか? 微妙な顔されて」

「いや……ミリィは不満とか、こうして欲しいっていう希望はないのか? 小さい頃からの間柄だ、特に離宮である以上人目もない。なんか俺にこうして欲しい! とか、改善して欲しい、とかそう言う希望はいつでも言って欲しいと思ってな……」


 ここはあくまで個人的なスペースだ。

 誰だろうが、俺の許可がない限りここに入る事は出来ない。

 だから、少し本音を聞きたいと思いながらそう口にしたのだが、ミリィは流石だった。


「して欲しい事ですか……? では、もっとレオン様には、私に甘えて欲しいです」


 ふふっ、と悪戯っぽく口に指を当てて笑う彼女。

 何というか……ついふらふらと惹き寄せられそうな、そんな魅惑的な雰囲気がある。

 そんな彼女の頬に手を伸ばそうとして、俺は自制する。


(いけない、いずれ彼女はここを出て誰かと結婚する。俺が簡単に手を出して触れたりすべきではないな)


 いくら幼い頃からの付き合いであろうと、彼女は元々メイドとして大公家に入り、今では俺付きの侍女として王城の立場も得ている女官だ。

 まさにキャリアアップしている最中の彼女に、迂闊な事をして変な噂を立てられては拙いだろう。


 だが、そんな気持ちもどうやら彼女は読めるらしい。


「レオン様、私は終生レオン様の侍女ですよ」


 そう言われながら、腹の上で重ねていた手を取られてそっと持ち上げられる。

 そのまま彼女は俺の手を、自分の頬に当ててきた。


「…………少しは自分の幸せを考えろ」


 少し気恥ずかしくなり、俺はそれだけ言うのが精一杯だ。

 掌から感じる彼女の頬は、なんとも言えない絹のようなきめ細やかな感触を伝えてくる。

 なんとなく彼女の顔を見ていられず、そのまま狸寝入りの如く目を伏せるが、ミリィはくすりと笑うと俺の耳元に口を近付けて呟いてきた。


「――では、その言葉通りさせていただきますね。私の幸せは、レオン様の側にいることですから」


 思わず目を開き、彼女を見上げた俺に対し、ミリィはさらに言葉を続ける。


「返品は出来ませんからね」


 ……イシュタリアの女性は、本当に逞しい。

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