第76話:新たな騎士を
「殿下、邸宅が見えました!」
俺の前を走る騎士がそう声を掛けてくる。
俺としては自分が先頭に立つつもりだったのだが、それは駄目だと言われて少し後ろに下がっている。
まあ、仕方ないのだが。
「抜剣! 突撃せよ!」
俺は指示を出しながら声を上げ、馬を加速させた。
同時に、俺が結局先頭に立つ。
「死にたくなければ道を空けよ! 我らに逆らい立ち上がる者は、大逆扱いとする!」
『『!?』』
俺の声を聞いた門衛たちがざわめく。
同時に、俺の背後にはためく王国旗を見て、愕然とした表情をしていた。
「門を開けよ!」
「ひ、ひいぃぃ!」
馬上から俺がそう声を掛けると、怯えながらも門衛が動き、門を開けていく。
邸宅に入り、馬から下りてから俺はさらに指示を出す。
「1個小隊は、警備兵など外部を動いている者を捕らえよ。だが、抵抗しない限りは手荒なことをするなよ」
「拝命いたしました!」
俺は指示を出しながら、こちらに恐る恐る近付いてきていた門衛に声を掛ける。
「お前たち」
「は、はいいぃぃ!」
「ここで馬を見ていろ。だが、変なことを考えるなよ? ……まだ死にたくはないだろう?」
魔圧による威圧を込めた俺の言葉に、門衛たちは残像が起きるほどの勢いで首を縦に振る。
よし、このくらいしていればいいだろう。
「邸内へ向かうぞ! 邸宅左側は……」
それぞれの部隊に指示を出していく。
俺が指揮を執る数個小隊は、中央の領主執務室をターゲットとし、他の部隊は邸宅右側、左側をそれぞれ制圧するようにする。
「カリャキンを探せ! その一族も全てだ!」
『『はっ!!』』
俺たちはそれぞれの割り当てエリアの捜索に入る。
俺は【探査】を発動させつつ、周囲を探る。
(ノエリアの部隊は、無事洞窟内に入れたようだな。そして……)
ビルも無事救助されたようだ。
まあ、生きているのは分かっていたのでそう心配していなかったのだが。
俺は【探査】を詳細確認に変更し、周囲を注意深く探っていく。
「2個小隊、2階に上がり探れ。お前たちは俺と共に地下に向かうぞ」
「了解しました」
地下に下りると、そこには大きな絵画が。
「……ここは」
何の変哲も無い絵画だが、俺の感覚は間違いなく怪しさを嗅ぎ取っていた。
「どうしました?」
「ここだけ、独特の魔力反応がある。というか、明らかに変な空間があるのが分かる」
「は、はあ……」
流石に騎士たちには理解できなかったようだが、俺がその絵画を退けると、そこは鋼鉄の扉で塞がれていた。
しかも反応を見るに、結界の類いだけで無く罠も仕掛けられているのが分かる。
結界により【探査】での内部探査が出来ないが、恐らく重要な場所であろうことは間違いない。
「――ふっ!」
とはいえ、俺にとっては何でもないものだ。
魔力を込め剣を一閃すると、その扉はあっさりと切り裂くことが出来た。
さらに、反応した罠については剣圧と【ショックブラスト】という衝撃波を放つ魔術により破壊した。
「行くぞ」
「は、はっ……」
少しドン引きした表情の騎士たちを引き連れてその奥に入る。
すると、そこは少し広くなった場所で、かなりの品質であるソファーやベッド、調度品など客室のような体だった。
男爵という爵位には似つかわしくないその場所は、どちらかというと異質に映る。
「何か証拠がないか探れ」
「はっ!」
調度品内部、ベッドの裏や下、ソファーの裏など様々な場所を探す騎士たち。
特に調査を得意とする騎士たちが、めぼしいところを同僚と話しながら探していく。
「……男爵たちはいないようだな。一班残れ、他の場所を捜索する」
「はっ!」
残りの騎士を率いて俺が外に出ると、数人の騎士たちがこちらに近付いてきた。
その表情は少し深刻なもので、俺は不思議に思いながら声を掛ける。
「どうした?」
「それが……少々抵抗が強いようでして」
王国騎士としてはあまりそんな報告をしたくないのだろう。その気持ちは分からなくもない。
とはいえ、騎士たちとしてもそのままというのは問題なので、応援に来て欲しいようだ。
「殿下、申し訳ございませんが……」
「構わんよ。少しは手応えのある相手ならいいな」
首を鳴らし、俺は騎士の案内に従って抵抗されている場所に移動する。
場所としては、大きなホールらしい。舞踏会などをするような広間だ。
そこに立て籠もっているとのことだが……
「くっ……大人しく降伏しろ!」
「誰が降伏するか! この国の犬め!」
……まさか抵抗って罵倒合戦のことではなかろうな。
そんな風に思うほど、男爵はけたたましく罵倒を迸らせている。
そう思いながら俺が近付くと、騎士たちの表情が明るくなる。
「殿下!」「大公殿下!」「宮武殿下!」
呼び方がそれぞれ違うが。そんな漫画のセリフがあった記憶が。
あっちは「少佐殿」だったが。
さて、さらに中に入ると様子が見える。
どうやら護衛たちに盾を持たせて壁にしつつ、本人は1メートルくらいの筒のようなものを騎士に向けて何か発射している。
(おいおい、まさかの銃か? しかも形状としてはマスケット……)
予想外の武器に驚くが、しかし威力はそうでもないようだ。
騎士たちの盾で十分防げる程度の威力らしい。
発射されているのは、反応からして魔力弾だろう。
その様子を見ながらも、俺は踏み込んで口を開く。
「さて……往生際の悪いことだな、カリャキン男爵」
「なっ!? き、いや、あ、貴方様は……!」
「ほう、俺の顔を見ただけで分かるのか」
てっきり「何だ貴様は!?」って来ると思っていたのだが。
まあ、いい。これなら話が早い。
「むだな抵抗は止めろ。私がここにいることの意味は分かるな?」
「ぐっ……」
「……抵抗しても良いが、その場合の処置は分かっているだろう?」
俺が声を低くしてそう告げると、一瞬のうちに真っ青になって震えだす男爵。
ここで俺に向かって攻撃でも仕掛ければ、それこそ一族郎党即刻処刑コースである。
この場合は、不敬罪どころか大逆罪での処理だ。
「一応宣言しようか……グラン=イシュタリア王国及びイシュタリア王室の名において、カリャキン男爵を国家反逆、ならびに魔道具に関する不正売買の容疑で逮捕する。一族についても拘束、王都へ移送し、評決確定まで謹慎とする」
俺の言葉に、カリャキン男爵は手に持っていた銃もどきを下ろして項垂れる。
そしてそんな男爵を見て、周りを固めていた護衛たちも盾や武器を下げていく。
「武装解除、逮捕しろ」
『『ははっ!!』』
騎士たちが即座に動き、彼らを捕らえていく。
恐らく男爵夫人と思われる人物や子息令嬢も、男爵と共に拘束されて連行されていく。
護衛たちは別で拘束されて連行されるが、その行き先は男爵たちとは異なるので別方向に動き出した。
「やれやれ……」
静かになった広間で、俺は一人呟く。
いまいち男爵の望みというか、何故このように動いたのかがいまいち分からないのだ。
大体、彼は外国とも繋がりを持とうともしており、実際にいくらかの魔道具は隣国に流れているだろう。
しかし、そこから得られるメリットというものが分からない。
(カリャキン男爵……確かに問題がある人物ではあったが、それでも小心者という評価が王都の一般的な評価だ。そしてそれは、父だろうと叔父上だろうと同様)
それが何故このような暴挙に出たのか。
国が舐められている、という気もするが、だがそれにしても動きが変である。
「……いずれにせよ、尋問で明らかになるだろう」
ちょうど俺を探しに来た中隊長が声を掛けてきたので、俺は言葉を口の中だけに留め、踵を返す。
「いいか、確実に邸宅と例の洞窟は接収しろ! 1つの取りこぼしもするなよ! 捕らえられていた人員は皆、一旦王都だ!」
騎士たちに次の指示を出しながら、俺は邸宅を出て行ったのだった。
◆ ◆ ◆
カリャキン男爵領でのあれこれを終え、俺は王都にある自分の屋敷に戻っていた。
しばらく治安維持の観点から俺と騎士団が駐留し、事後処理に当たったが既に終えている。
結果的にカリャキン男爵領は差し押さえられ王国直轄地となり、現在は代官がその地を治めているのが今の現状。
さらに冒険者ギルドの状態も悪くなっていたため、国負担で建屋の再建、そしてギルド職員の派遣を行う事に。
その辺りの話は俺が対応することではないので、各行政院のお偉方たちが頑張ってくれるだろう。
「……さて」
今現在、俺は屋敷の広間にいる。
そして、その広間には何人もの人間――獣人やドワーフ、エルフも含む――が跪いた状態になっていた。
「諸君、顔を上げよ」
俺がそう言うと、皆の顔が一斉に上がる。
そしてそのうちの一人、先頭にいた人物が口を開いた。
「この度は、大公殿下に救出いただき、本当に、本当に感謝申し上げます!!」
『『感謝申し上げます!!』』
「良い。というよりも、この度のことは国の問題でもある。どちらかといえば、我らの方が謝らなければならんだろう。……すまなかったな」
俺がそう告げると、皆が再度頭を下げる。
「と、とんでもないことです! 大公殿下には我らを救っていただいたことを感謝こそすれ、謝っていただく必要など!」
「だが、これは国としてのけじめである。受け取って欲しい」
というのも、ここで俺が頭を下げること自体が陛下との話し合いで決まっていることであり、同時に俺の務めでもある。
国王が簡単に頭を下げることはできない。だから、その身分に近い存在、かつその務めを果たす事が出来る人物が行うべきなのだ。
「ところでだ」
俺は状況を変えるために声を掛ける。
「国としては、諸君に充分な保証を与えるつもりだ。仕事も含むが……何か希望はないか?」
俺がそう告げると、皆顔を見合わせている。
というのも、実は彼らは皆共通点があるのだ。
それは、「白」であるということ。
(確認した限りで、貴族出身者もいれば平民もいる。さらには奴隷として売られた者も含まれているからな……)
皆の意見を揃える必要はないので、俺はさらに言葉を足す。
「一応言っておくと、君たちが白属性である事を考慮して仕事は紹介しよう」
俺の言葉に、皆がハッとした表情になる。
あからさまに迫害されているわけではなくとも、残念がられることが多い白属性。
実際話を聞いたところ、貴族出身者の一人はかつて幽閉されていたらしいし、平民の一人は外国出身で口減らしのために売られた、という過去を持っていた。
イシュタリア内では禁止されているとはいえ、他国では当たり前の状況らしい。
まあ、貴族については多少今でも偏見が残っているが……それを変えるための第一歩を、踏んでもらう事にしよう。
「しかし……私たちは殿下の仰せのとおり、白属性です。そのため、例え仕事をといわれましても……」
代表として話している男の言葉に皆が頷く。
全員が同じ気持ちのようだ。
だからこそ、助かる。
「ならば、私が率いるベネトナシュ騎士団の一員になる気は無いか? 無論、全員を騎士とするのではなく、それぞれの分野での適性や希望を考慮して各部署に割り当てるが」
俺の言葉に、皆驚いた表情になる。
実は、今回の話を聞いていた段階から出来れば彼らを自分の下に囲いたいと思っていたのだ。
なにせ、今の騎士団の主力は、元【黒鉄】と【影狼】である。
そのため、実力は高いが魔法運用であったり、あるいは他にも対応するべき部分があったりと、かなり忙しい状態だったのである。
「どうだ?」
俺が重ねて尋ねると、代表の男は困惑しつつも俺に答える。
「そ、それは……とても助かりますし光栄なことです。事実、我らには帰る場所というものもありませんし……しかし、よろしいのでしょうか? 我らのような疎まれている存在が、大公殿下の騎士団になど……」
自分たちの適性により、辛い目に遭ってきた彼らにとってはこのような手を差し伸べられる状況というのは慣れていないのだろう。
どうしても自己評価の低さが目立ってしまう。
だが……それでは問題なのだ。折角「白」に生まれたからには、その素晴らしさを体験して欲しい。
そのためにも、俺は彼らに俺の秘密を明かす。
「安心しろ。お前たちが皆白属性であると同様に――俺も白属性だ」
彼らの表情は面白いように固まっていた。
それもそうだろう、王族……それも今の王族の中では国王に次ぐ立場にいる俺が、まさかの白属性なのだ。
しっかり数分ほど沈黙が下りた後、代表の男が恐る恐る口を開く。
「そ、それでは……殿下は……」
「間違いの無い事実だ。だが……まあ、白属性の事実については、いずれ教えてやろう」
俺は左手を差し伸べ、彼らを魅了せんばかりの不敵な笑顔を向ける。
「――――それでどうだ? 俺の下で、俺に仕えないか? 俺のように、白属性を使って皆を見返したくはないか?」
「!」
「俺の手を取れ。そうすれば、新たな力を、新たな世界を与えよう」
その日、解放した白属性全員――総勢120名の者たちが俺の配下に収まった。
◆ ◆ ◆
俺は執務室で騎士団の幹部を集め、手続きを行っていた。
新たに入団した者たちの新たな戸籍、住居、そして入団手続き書類など。
基本的に俺の一存で入団許可を出せるのだが、基本的に他の幹部を含めて処理している。
「……彼は、地方の貴族出身ですね。こちらに」
「こいつは……ほう、羊人族か。珍しいな」
「……技能がシーフか。欲しいな」
この処理の際に、自分たちが欲しいと思う人材に目星を付けるのも目的。
そうでもしなければ、いざ配属という段階で分けるのが大変なのだ。
と、俺たちが会話しているところにミリィが扉を開けて入ってくる。
「レオン様、ビル殿がお見えです」
「来たか」
ビルが、普段の冒険者としての服装ではなく、ふさわしい装いをした状態で現れた。
彼は俺たちが行動を起こす前に動き、捕らえられてしまっていたのだが、翌日未明に俺たちが踏み込んだためこれといった大きな怪我はなかったようだ。
「大公殿下に拝謁いたします」
そう口上を述べ、平民がする最上級の礼……両膝をつき、顔を伏せる礼を行うビル。
他の幹部たちもみている前で、堂々とそれをやってのけるとは。
「よい。この場は個人的なものである、座るがいい」
「はっ」
俺はソファーに彼を招き、対面に座らせた。
ビルの方は、俺が着座してからソファーに浅く座る。同時に、俺の首元に視線を向け、直接俺と目が合わないようにしているのが分かった。
「ミリィ」
「はい。――どうぞ」
ミリィを促し、紅茶を彼に渡す。
俺はミリィの淹れてくれた紅茶で口を湿らせ、ビルを見る。
すると、ビルは一度深く頭を下げると口を開いた。
「まずは、大公殿下にこれまでの非礼をお詫びいたします。そして……助けていただいたことにも感謝いたします」
「それは構わぬ。あくまで"レオニス"は冒険者だ、"大公レオンハルト"ではないので、非礼はない。それに、あの状況で我らが動くのは当然である故礼は不要である」
「寛大なお心に感謝いたします」
ビルの所作は平民と呼ぶにはレベルが高い、いや高すぎる。
俺は調べた情報を頭の中で巡らせながら、口を開く。
「さて、話の前にだ……ビル、まさかリスティスとの接点があるとは知らなかったぞ。知っていれば作戦に組み込んだのだがな」
「それは……申し訳ございません。正直にお伝えすべきでした」
実際、もし彼が俺にあの時点で助けを求めていれば、あるいはリスティスとの関係を聞いていれば、彼を巻き込んで向かったことだろう。
だが、ある意味彼が先に動いたからこそ、俺たちはリスティスと接触する機会を得たとも言えるが……。
「いや、責めているのではない。ただ、そうすれば少しは楽だっただろうにという独り言だ」
俺は顎を撫でながらビルに問う。
「それで、これからはどうするつもりだ? リスティスは魔道士団員だ。そうなると簡単に会える状況ではないだろう?」
「それは……」
ビルがリスティスに対して、単なる友情以上のものを感じている事など一目瞭然。
さらに言えば、リスティス自身もビルのことを大切に思っている。
だが彼女は国に仕える身である以上、冒険者でしかないビルがどうこう出来る状況ではないのだ。
それが分かっているからこそ、ビルもなんとも言えないのだろう。……だからこそ、俺がこの場に呼んだのだが。
「……大公殿下。失礼を承知でお願い申し上げます」
ビルがソファーから立ち上がり、床に膝を付いて俺の前に平伏をする。
「なんだ? リスティスを魔道士団から市井に戻すか? それを褒賞としてもいいぞ?」
「滅相もない! 魔道士であることは彼女の誇りであり、私の誇りです! それを奪うなど!」
俺がそう言うと、ビルは即座に声を荒げた。
まあ分かってはいたが、この反応を見る限り彼の人柄の良さというか、その辺りは悪いやつではないということだ。
「なら、何を願う?」
「可能であれば……騎士団への推挙をいただきたく」
「ふむ」
騎士団への推挙か。
彼が言っているのは、【王国騎士団】への推挙だろう。
推挙のメリットは、一般入団と異なり然るべき能力があるものとして入団を推薦されることになるので、騎士団の士官として昇格しやすくなったり、あるいは近衛騎士団への入団も可能になりやすいというものがある。
「……私は冒険者として実績を積んできました。しかし、彼女の隣に立つにはそれだけでは不十分です。それに……」
「それに?」
「……なによりも、国のために働きたい。かつて私はそれを不自由に感じ、家を飛び出しましたが……今では思います、それは不自由ではなかったのだと」
「そうか……」
俺は彼を見ながら思う。
俺も理由は違えど家を飛び出したことで、改めて周囲の支えや守りを感じたのだ。
そして、俺はやむを得ぬ状況のために出たため、ある場合最終手段にて家に戻ることは不可能ではなかった。
しかし、彼は家からも除名されている状態。その辛さは俺には分からない。
(それにしても、こう考えているのであれば彼は使えるな)
俺が彼と直接顔を合わせたかったのは、彼が俺を利用しようとしていた、ということが原因でもある。
俺によって救出された者たちは、俺に対する反発や利用しようという気持ちは無いに等しい。
だが、彼は元々から俺を探っており、俺を味方に付けようとしていたのだ。
これで女性に良いところを見せるために推挙して欲しい、なんて言い出したら窓から放り出していたところだ。
「だが、騎士団への推挙は出来んな」
「……!」
俺の返答に、驚きと同時に少々の納得と諦めを含む表情になるビル。
「確かにお前は私に近付き、有益な情報をもたらした。しかし、下心有りというのはな……それで王国騎士団への推挙とは、どうかと思うぞ」
「……それは」
今回俺に近付いたことが、単なる情報提供ならまだしも、自分の利益というものを考慮して動いているということはいただけない。
無論、最初に俺は不敬罪とならぬ事は伝えたが、だからといって問題にならないわけではないのだ。
と、そこで外の騎士から声が掛かる。
『殿下、宰相閣下がお見えです』
「通せ」
俺が呼んでいたもう一人の人物が現れた。
それはこの国の重鎮、宰相であるクラウス・フォン・ローヴァイン侯爵。
彼は俺の側まで近付き、深くお辞儀をする。
「殿下、ご機嫌麗しゅう。帰還なさったばかりというのに、お忙しいですな」
「爺や程ではなかろう」
「して、何故……」
宰相が顔を上げ、俺が呼んだ理由を聞こうとしたところで言葉を止める。
同時に彼の視線は俺の前に座るビルを見ており、そのまま硬直していた。
「――で、殿下……この者は……」
「今回の作戦において、私に情報をもたらしてくれた協力者、といったところか」
「しかし彼は!」
なお言い募ろうとする宰相を手で制する。
まあ、宰相にして見れば驚きだろうからな。だが、今はその時ではない。
「クラウス宰相よ」
「……はっ」
俺が声を掛けると、眉間に皺を寄せていた宰相だったがすぐに頭を下げ、老練な宰相の表情へと変わる。
「上位者が求める事柄をもたらしたが、その行動には何らかの思惑があった場合、その者はどうされるべきか?」
「……難しいですな。信賞必罰からしますと、行動の結果により上位者の益となった事柄については褒められるべきでしょう。しかし、その思惑が明らかになった場合、その点については罰が必要であるかと」
「どのような罰が良い?」
俺がそう聞くと宰相は少し考え、答えを出してきた。
「……褒賞に影響せぬ範囲において、何らかの権利、あるいは権限の差し押さえがよろしいかと」
「なるほど。相分かった」
まあ、きっと宰相ならばこのような話になるだろうと思っていた。
俺の予想通りであってくれて、良かった良かった。
「Cクラス冒険者・ビルよ」
「……はっ」
「まず、今回情報提供に関しては褒めるべきことであり、その功績は大きいものである。しかしながら、其方に別の思惑が存在していたという点は見逃せぬ。故に、私は王族令を発令する」
俺がそう言うと、ビルは頭を下げる。
「イシュタリア王家ペンドラゴン大公レオンハルトより、王族令を発令する。ビルよ、今後冒険者としての活動を辞め、家に戻れ。そしてグラン=イシュタリア王国のために力を尽くし、奉職せよ。方法は改めて伝える」
「……はっ。殿下のお心のままに」
俺の言葉を聞き、頷くビル。
そして俺は、隣で聞いている宰相に目を向けた。
流石に宰相は少し苦い表情をしているが……まあ、そこは押し切らせてもらう。
「クラウス・フォン・ローヴァインよ」
「……はい、殿下」
「私の王族令は、ビルだけに対してのものではない。王族令を成し遂げるためには其方の協力も必要だ……まだ家長は其方であろう?」
俺がそう言って笑うと、宰相はその表情をさらに渋くしながら頷く。
「では、聞こうか」
「はっ」
俺の言葉に従い、宰相がビルに向き直って口を開く。
「……ビル、いや、ヴィルフリートよ」
「…………はい」
「ローヴァイン侯爵家当主として、お主の追放を取り下げ、我が家への帰属を認める」
「……ありがとうございます、お祖父様」
実はこういうことであった。
ローヴァイン家の次期当主の息子……その次男は家を飛び出していたのだが、実はそれがビルだったのである。
冒険者として動いていたビルだったが、ここに改めて貴族籍に戻ったのだった。
そして、俺は再度口を開く。
「次に褒賞だ……ビル、いや、ヴィルフリート・フォン・ローヴァインよ」
「はい、殿下」
「グラン=イシュタリア王国ペンドラゴン大公レオンハルト・オニキスより褒賞を与える。其方を、【ベネトナシュ騎士団】へ新隊長候補として招聘するものとする」
「……!」
俺の言葉に目を見開き、驚きの表情を見せるビル……いや、ヴィルフリート。
それもそうだろう、彼が最初に求めた「王国騎士団への推挙」なんて吹き飛ぶくらいの立場へ招かれたのである。
「ガイン団長」
「はっ、ここに」
俺がガインへ呼びかけると、ガインが1つの革製フォルダを持ってくる。
それは、ベネトナシュ騎士団入団者へ渡される証書。
俺はそれを手に取り、ヴィルフリートに向けて差し出しながら問いかける。
「さあ、どうする?」
しばらく硬直していたヴィルフリートだったが、フォルダを受け取るとすぐに騎士としての礼として跪き、胸に手を当てる。
同時にガインがヴィルフリートに1本の剣を渡し、ヴィルフリートはそれを抜くと剣の腹を両手で挟み込み、柄をこちらに向けた。
俺は柄を握り、その剣の腹でヴィルフリートの肩を2回叩く。
「ヴィルフリートよ、其方を私の騎士として認める。私と、そして私の愛するグラン=イシュタリアのために、生涯力を尽くせ」
「このヴィルフリート、殿下とグラン=イシュタリアに、生涯の忠誠を誓います!」
 




