第75話:捜索と行動
「【白】だけを集める、ねぇ……」
宿に戻り、俺はビルからの情報を思い返していた。
基本的に【白】というのは、魔法を使う事が出来ないとして知られている。
しかも基本的な【身体強化】すら使用できないという問題があるため(もちろん魔力により多少の強化はされているものの)、力としては一般人に毛が生えた程度である。
もちろん【発勁】という身体強化は存在するが、それを使えるものは中々いない。これは結構コントロールがシビアなので、存在を知っていたとしても使えないことが多いのだ。
「いまいち理由が分からんのう。妾たちならまだしも……」
「そうねぇ……」
フィアは旧世界と関係する存在のため、【白】――全属性の強みというものを理解している。
ノエリアは詳しくは知らなくても、俺自身の強さを知っているために【白】というものへの理解がある。
だが、それを理解している者が果たしてどれだけいるのか。
「大体、ここは中央というよりも地方……田舎だし、しかも男爵領だ。うちの一族すら知らなかった"白"について理解しているとは思えないんだが」
我らがグラン=イシュタリアといえど、戦乱が全くなかったというわけではない。
だが、基本的に中央に位置すればするほど戦乱からは程遠く、逆に国境を守る辺境であればあるだけ戦乱と隣り合わせなのは当たり前である。
つまり辺境の方に位置すると、歴史や様々な情報の消失の可能性が多く、逆に中央だと歴史など古についての情報が多いとされる。
"白"に関する情報などはそれこそ旧世界の情報。
中央ですら知らなかった内容を、まさか地方の零細貴族が情報として残しているとは……と思ったのだ。
「じゃが、妾たちが出会った場所は辺境じゃろ? そうなると否定もできんが」
「ふむ……確かにな」
確かにヴェステンブリッグには太古の……旧世界の遺跡が存在していた。
そうなれば地方であるここにも、という可能性は否めないのも事実。
「……ま、いずれにせよ連絡待ちだな」
「そうね」「そうじゃな」
連絡とは、先行して動かしたスヴェンたちのことである。
スヴェンたちに下した命令は、【黒鉄】として依頼を受けて内部に入り込むこと。
【探査】で確認する限り、問題なく内部に入っているようだ。
時折動いていることからして、仕事でも割り当てられているのだろう。
(それに、あの魔道具も渡しているしな……)
彼らに潜入を行わせるにあたり、作った魔道具がある。
それは俺の【探査】に対して反応し、連絡を取ることが出来る通信機のようなもの。
元々【探査】に関しては、念話と呼ばれるテレパシー系の能力が使える竜族に対して通信を取るために作り出したものとも言える。
人間の場合、高位種族である竜のような念話が使えないので、それを使えるようにするための魔道具なのだ。
とはいえ、元々通信の確立のためには俺との繋がりが不可欠なので、今のところ俺としか念話を行う事は出来ない。
魔道具から直接念話をする、というわけではないのだ。
「さて……出来れば俺も内部に入りたいが」
「それは駄目じゃな」
俺の言葉に即座に反応するフィア。
本音としては俺が動けばそれで終わるのだが、この任務は本当に彼らが使えるかどうかを確かめるための任務でもある。
「む……?」
そんな事を考えていたら、【探査】に反応が。
これは念話の魔道具から発せられる、通話希望のシグナルだ。
「連絡が来たのう」
俺と同じく【探査】を使用できるフィアも、シグナルを探知したようだ。
俺は頷き、通信を確立させる。
『"ウルフマン"より"グランリーオ"、応答願う』
『"グランリーオ"、感度良好。どうした?』
"ウルフマン"や"グランリーオ"。
基本的に対象が決められているため盗聴などが考えられない念話だが、念のためコールサインを決めていた。
ちなみに"ウルフマン"がジェラルド、"グランリーオ"は俺である。
俺が応答すると、ジェラルドが言葉を続ける。
『さっき、仕事場に店長とお客さんが来た。どうも、新しい販路を探しているらしい』
「店長」、「お客さん」や「販路」。これも隠語である。
簡単に言えば、カリャキン男爵が販売先の相手を連れてきたということ。
ただ……
『新しい販路だと?』
『ああ、どうも南のようだ。店長直々か、偶々かは分からないな』
新しい販路というのは……他国のことを指す。
つまりカリャキン男爵が、魔道具を他国に流している可能性が出てきたのである。
しかも南ということは、イシュタリアとは仲の悪いルーレイが筆頭に上がるだろう。
「……面倒な」
嫌な話だが、もし魔道具だけでなく他のもの――情報や人脈――を持ち出されていたならば。
それはイシュタリアに対する大きな影響をもたらす問題だ。
国に対する害悪であることは間違いない。
「……」
俺は手元にある剣に目を向けた。
これは幼い頃から使ってきたミスリルの剣。
幼い頃には長剣に見えていたものも、今では片手剣レベルの長さでしかない。
そしてこの剣は……国の憂いを払うためにある。
『……"ウルフマン"はできる限り売り先を探れ。"アイアンフェイス"はお客を"お迎え"しろ』
『了解』
通信が切れる。
ジェラルドにはそのまま情報を探らせると同時に、他の出入りしていた他国の商人の追跡をさせる。
"アイアンフェイス"ことスヴェンたちは商人たちを捕らえるように命じる。
その判断を伝えると同時に、俺は別の魔道具を取り出して魔力を込める。
――ヴンッ……
軽い音と共に起動した魔道具。
同時に、聞き慣れた声がこちらに伝わってくる。
『レオンか、どうした?』
「父上」
その魔道具は、この世界一般でも伝わっている通信用の魔道具。
とはいえ、込めた魔力に応じた距離と時間しか会話が出来るものではないし、非常に高価でもあるため一般では買えないものだ。
というよりも、こういった魔道具は国が管理している。
そして、俺が渡されているのは、王国軍元帥である父とのホットラインのもの。
「獲物が、掛かりました。しかし、"外"にも広がりそうです」
『何……? 分かった、ウィルには伝えておく。お前はどうする?』
「こちらも動きます。応援を」
『了解した』
父との通信はこれだけでいい。すぐに部隊を派遣してくれるだろう。
実際、既に近隣にある国王派の領地に、王国騎士団の部隊が駐留している。
彼らがすぐに回ってくるので安心だ。遅くとも明日には来るだろう。
「さて……」
通信を終えた俺はベッドに倒れ込む。
別に疲れたわけではないのだが、なんとなく気疲れをしているのは事実だ。
ここまで強行軍で動いてきたのもそうだし、何より他国が絡んでいるというのが面倒である。
「結局どうするの?」
そんな感じで俺がダレていたら、俺の頭の側であぐらを掻いていたノエリアが顔を覗き込んでくる。
隣ではフィアが尻尾を揺らしながら、俺の方を面白そうに見つめていた。
俺は一つ溜息を吐き、口を開く。
「どうやら、他国の関係が見られるらしい。これは確実に内通罪……あるいは反逆罪に問うことが出来るレベルだ」
面倒な話だ。
カリャキン男爵についてはすぐに処理して問題ないレベルだが、他国に情報を流されていたとすれば、その損害は大きすぎる。
同時に背後関係をしっかりと洗わない限り、相手側も受け流して終わりということになりかねない。
というより、難癖を付けたと言われて周辺諸外国からの避難を受けかねないのだ。
グラン=イシュタリアが大国といえど、他国の視線というものには気を付ける必要がある。というより、大国だからこそ……賢王による統治で有名だからこそ、最も注意を払う必要がある事だ。
「ふむ……ならばすぐに動くとするかえ?」
「いや」
フィアの言葉に首を振る。
「既にジェラルドとスヴェンに指示を出したからな、外堀を埋めることとするさ。メインは王国騎士団にさせて、こっちは裏方をするぞ」
「裏方とな?」
「捕らわれている連中を、逃がす」
フィアがどこか試すような口調で話しかけてくる。
もちろんフィアも分かっているのだ、問題である男爵たちを捕らえるのは簡単だが、厄介なのが今捕らえられている者たちの保護なのだ。
「それこそ、騎士団が来てからでも良かろう?」
「何を言っているんだ、人質に取られたら終わりだ。先に保護しておくのがいいだろう」
確かに騎士団が到着してからでも出来なくはない。
だが正面突破になるのは目に見えており、同時に遠くからでも騎士団が動くのは分かってしまう。
零細男爵程度でも、周囲に目を張り巡らせている可能性は十分にあるのだ。
「うーん……それもそうね。それじゃあ、大物は私が貰いたいけど」
流石は戦闘狂。
ノエリアは戦闘になった際に大物を譲るという話で参加してくれるようだ。
なんとも言えない気分になりつつも、俺は頷いて同意を示す。
「まあ、とにかく明日の話だからな。今日はゆっくり休む……」
わざわざ今日すぐに動く必要はない。
今日はゆっくり休もうと、俺が言おうとした瞬間。
「――ん?」
【探査】に予想外の反応が現れる。
現在俺は【探査】を特に遺跡と思われる洞窟内に向けて使っていたのだが、先程まではなかった反応を捉えたようだ。
「おいおい……」
「なんと……」
それは、ビルが例の洞窟の中を移動する反応だった。
◆ ◆ ◆
ノエリア、フィア、そして俺の三人はビルの反応を追って洞窟に入る。
といっても、どうもこの洞窟は人工物に見える。
いや、最初の部分はしばらく天然の洞窟だったのだが、奥に行くにつれて岩壁ではなく石、そして……コンクリートのような材質に変わって来ている。
「意外と涼しいな」
「魔道具の保管庫があったわけじゃろ? 当然じゃな」
周囲に人の反応はない。
そのためそれなりの声で喋っても周囲にばれることはないだろう。
しかし、人工物とはいえこうも湿気がなく、さらに温度が一定というのは意外なものだ。
いや、温度は一定になりやすいが、それでもここまで環境が良いはずがない。
「でも……何で入って行っちゃったのかしらね」
「さあのう……」
「何にせよ、ここからは静かにな」
ビルの反応が近付く。
この場所は洞窟の中でも奥の方であり、あまり監視員もいないようだ。
だが、明らかにその辺りには人の気配が存在している。そして同時に、ビルの声が微かに聞こえてくるのだ。
――……どうして――もうどうにも――
馬鹿を――もうすぐ――
相手は女性だろうか。声の感じからして間違いないだろう。
恐らく若い女性と会話しているビルだが、その声は焦りに似たものが含まれているようだ。
さらに近付いてみようと、俺たちは一歩踏み出した……とその瞬間。
「誰だ!」
「「「!!」」」
洞窟内に響くような声。
俺たちは思わず周囲を見回す、だが特に周囲には誰もいない。
だがどうやら、警備はビルに気付いたらしく。
「大人しくしろ!」
「く、くそっ! 舐めるな!」
「ちっ、応援を呼べ!」「はっ!」
どうやらビルは追い詰められているようで、必死に抵抗しようとしているのか剣戟の音が聞こえる。
同時に応援を警備は呼んだらしく、周囲が慌ただしくなってきた。
「(どうするんじゃ?)」
「(一旦様子を見るぞ)」
今のところこちらには警備兵は来ていない。
だが、ビルは見つかってしまったために現在警備兵との戦闘になってしまっていた。
流石と言うべきか、中々の腕の剣士のビルは必死に凌いでいるようだ。
とはいえ、警備兵は応援を呼んだらしくこのままでは抑えられてしまうだろう。
こうなっては俺たちが出て行ったところで、さらに混乱を引き起こすだけ。それよりもあの女性が気になるな。
「(お、少し警備兵が退いたか)」
「(どうするの?)」
「(あの女性に接触する)」
俺たちは頃合いを見計らって影から影に移動しつつ、牢獄の前にたどり着いた。
「あ、あなたたちは!?」
「シッ!」
ビルはこの女性との繋がりを知られたくなかったために離れた位置に移動しており、同時に警備兵もそちらに移っているので好都合だ。
俺は女性に静かにするように促しながら、剣を抜く。
「(後ろに下がるんだ)」
俺がそう言うと、彼女は頷いて下がる。
同時に俺が剣を振るうと、あっさりと鉄格子は切断された。
触って見ると鉄だけでなくミスリル配合で、魔法を受け付けないようになっているようだ。
(……簡単に切れたが……まあいいか)
恐らく魔法による攻撃や解除を防ぐ役割があったのだろうが、俺が魔力を通して斬ると何の抵抗もなく斬ることが出来るとは意外だった。
とはいえ、問題があるわけではないのでさっさと女性を救出し、物陰に戻る。
救出した女性は細身で華奢な雰囲気で、焦げ茶色の髪とオリーブ色の瞳が特徴的な女性だった。そして……
「――リスティス・グルーデンだな?」
「! まさか……貴方様は」
やはり。
実は、俺がこの任務に当たるにおいてとある人物より失踪者の捜索も依頼されたのである。
そして、その人物こそが彼女だったのだ。
「なに、依頼を受けてな。――フィア、任せる。彼女は証拠でもあるからな、頼むぞ」
「そうじゃな。――こっちに」
俺の指示に従ってフィアが彼女を伴い、安全な場所に移動していく。
同時に俺とノエリアは牢獄側や周辺の調査に移る。
「ここだけがえらく厳重だった訳か」
「あの女性の関係よね、きっと」
まあ、間違いなくそうだろう。
彼女は魔力を持っており、それもかなりのものなのは明らかなのだから。
「……この辺りは研究資料だな」
「こっちは……あら、連れてこられた人たちのデータみたいね」
彼女は小忠実にレポートを作っており、それは同時にこの洞窟からどのような遺物が出てきたのかが事細かに書かれていたのだから。
しかも、その研究という名目で実験に用いられた人物についても残されており、これだけでもカリャキン男爵を追い落とすには十分な証拠になる。
「さて……ビルのやつは向こうだな」
ビルの反応は上の階層に移動している。
どうやら尋問を受けているようで、特にこれといった事をしなくても聞こえてくるくらいだ。
多少鞭打ちなどの音はするが、それでも酷くすることはないだろう。
というのも、ビルは冒険者なので、下手に殺せばカリャキン男爵は世界中のギルドを敵に回す事になるのだから。
「一旦戻るぞ」
「そうね」
これ以上の潜入は必要ないだろう。明日にはすべてが終わるのだから。
そんな事を考えつつ外に出て宿に戻ると、フィアとリスティスが待っていた。
「本当に、助かりました」
「なに、気にするな。一応情報を集めていたのは俺たちだったからな、丁度良かったんだ」
「それでも、です。――本当に殿下にはお手数をおかけいたしました」
俺に深々と頭を下げる彼女。
そして、俺に対して敬称をつけて呼ぶということは、当然俺の本当の立場を知る人物というわけで。
「……一応、母上の管轄でもあるからな。俺が出て行くことを咎めるものはおるまいよ。それに、魔道士は国の宝だからな」
「恐れ入ります」
実は彼女――リスティス・グルーデンは王国魔道士団の一員であり、【熟練魔導士】階位を持ち、かつ【魔道具師】という異色の魔道士だ。
確か20歳になったばかりだったか。この段階で【熟練魔導士】ということは、将来的には【導師】は堅いということでもある。いわゆる幹部候補生なのだ。
(母上も目を掛けていたらしいからな。ここしばらく見なかったために俺に内密に依頼が入り、調査をしていたわけだ)
基本的に俺が冒険者としての依頼という扱いで動くのは、周囲に気取られない形で国益のために動くため。
もちろん魔道士の失踪というのは国益に反するので、俺が対処するのもやぶさかではない。
だが、俺が何でも動いてしまうと、今度は内務院の公安部の仕事を奪ってしまうことになる。
とはいえ、状況が状況でもあり、同時にカリャキン男爵家の問題もあったために俺がついでに動いたわけである。
「さて……すまないが時間がない。手短に状況を話して欲しい。ついでにビルとの関係も教えて貰えると助かる」
「分かりました」
彼女からの説明は案の定だった。
カリャキン男爵は領内に存在する旧世界の遺跡および出土する遺物を懐に入れ、その研究を行っていたようだ。
そのために【白】に適性がある者たちが必要になることが分かり、領内だけでなく冒険者たちや貴族の子弟の中で適性があるものを集め、閉じ込めて働かせていたようだ。
彼女の場合は【魔道具師】としての立場を求められ、帰省中に誘拐されたらしい。
「しかしそうなると……どうも男爵の息が掛かっている連中が多そうだな」
「そうじゃのう。面倒じゃが、星黎殿内だけでなく各行政院にもおるようじゃな」
普通魔道士が失踪したならば早めに気付き、然るべき調査や捜索が行われるはず。
それが今の今まで気付かれなかったというのはおかしな話である。
間違いなく上層部に、男爵の行動を庇った連中がいるのだろう。
「……早めに邸宅を抑えるのが良いだろうな」
男爵の邸宅を抑え、更なる証拠を手に入れることが必要だろう。
だが、明日には到着するであろう王国騎士団が街に入れば、間違いなく男爵は警戒し、証拠を隠蔽しようとするはず。
そうなれば男爵だけを罰して終了、ということになりかねない。
今はジェラルドが探っている最中のはずなので、追加で伝えておこう。
『"グランリーオ"より"ウルフマン"へ。現在の状況は?』
『こちら"ウルフマン"、"客"の情報は手に入れた。国内の販路も確認できたぞ』
『それは僥倖。出来れば販路以外の国内における繋がりも分かれば助かるが』
『了解』
流石と言うべきか。ジェラルドたちは既に必要なものを回収できたらしい。
しかし……こう考えると強行偵察以外の情報収集に関しては、別働隊でしっかり対応すべきだろう。
あまりにもジェラルドたちに負担を掛けるのも良くないな。
(出来れば、もう少ししっかりと情報収集に対応できるメンバーを選抜して対応したいんだがな)
とはいえ、今そんな事を考えても仕方がないので、俺は来るべき明日に向けてゆっくりと身体を休めることにするのであった。
◆ ◆ ◆
夜明け直前。
(そろそろ……だな)
【探査】の反応は、街の外に駐留する騎士団を捕らえている。
しかし、かなり多いし、早い到着だな。
「起きろ」
「…………来たの?」
ノエリアが身体を起こす。
現在フィアは既に、リスティスと共に王都に転移で戻っているため二人きりだ。
とはいえ、これといって甘やかなものがあったわけではない。
今日は間違いなく戦闘になるだろうから、お互いしっかりと身体を休めることにしているからな。
「どうだ?」
「いいわよ……少しでも楽しめたら良いわね」
「……」
何を楽しむというのだろうか。まあいい。
俺はノエリアを連れ、門に向かう。
ジェラルドとスヴェンは既に動き、捕らえられている連中を保護しているという連絡が入っている。
強行ではあるが、警備を気絶させた上で例の洞窟から逃がすのだ。
(さて……)
もうすぐ門が開く時間だ。
周囲は未だに薄暗いが、仕事をする連中はそろそろ動き出す頃だ。
冒険者などはこの時間から依頼のために向かうこともあるので(この領地にはほぼ居ないが)、どの都市でも街でも開門時間は決まっているのだ。
そうしている間にも門衛が門に近付き、門を開けていく。
「な、なっ!?」
だが、門を完全に開いたと同時に、門衛は驚いて腰を抜かしている。
それもそうだろう。
「王命により、王国騎士団がこの街に入る。門を開けたままにせよ!」
突然、門に飛び込んでくる2頭の馬。その背には騎士が乗っており、その背には騎士団旗と国旗を背負っているのだから。
同時に、街の広間に進入してくるのは総勢200名の騎士の二個中隊。
そして、その全てが広間に収まると、先頭の中隊長二騎が変装を解いた俺とノエリアに向かって進んでくる。
「王国騎士団第10中隊・第11中隊はこれより、レオンハルト大公殿下の指揮下に入ります! 殿下、ご命令を!」
「イシュタリア王家の名において命ずる。現刻をもってカリャキン男爵家を凍結、直ちにカリャキン男爵およびその一家を捕縛、拘束せよ!」
「御意!」
騎士団からは俺たち二人の馬を渡され、俺たちも騎乗して男爵邸に向かう。
「王国旗を掲げよ!」
これは俺たちの行動が国としての対応である事を示すためのもの。
グラン=イシュタリア王国のみならず、国旗というものは一般人が使うことは出来ない。
国章を含む国旗というのは、国からの信頼の証であり、国を代表する立場である事を示すものなのである。
「五個小隊はノエリアに付き、例の洞窟に向かえ! ノエリア、指揮を任せる!」
「了解よ! ――続け!」
『『はっ!』』
【狂蝶姫】として、そしてベネトナシュ騎士団の指南役としての立場を持つノエリアを知る騎士たちは多い。
時折近衛や王国騎士団とは手合わせという名のシゴキを行ったりするので、色々と有名なのだ。
騎士団もあっさりと彼女の指示に従い、移動していく。
「こちらは男爵邸に向かうぞ!」
「私兵が向かってきた場合はどうしますか?」
中隊長が声を掛けてくる。
俺の少し後ろで馬を走らせつつも、今後の状況を考えて声を掛けてきたようだ。
そしてこれは……俺に対しての確認でもある。
「敵するならば是非もなし、斬り捨てろ! 投降するものには手を出すな!」
「……はっ!」
「――心配するな。これでもBクラスに正式に昇格した冒険者だぞ」
「! 失礼しました」
心配するのも仕方ないだろうが、こう見えて俺は冒険者としてのライセンスを持つ。
普通の貴族や王族とは異なり、戦うことを知っている。
「気にするな。それより……もうすぐだぞ、気を引き締めろ」
「はっ!」
そうしている間に、遂に男爵邸が見えてきたのだった。




