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異世界冒険譚~不遇属性の魔術師《コードマスター》~  作者: 栢瀬千秋(旧:火跡夜隊)
第5章:ベネトナシュ騎士団
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第74話:現状

 俺とギルドの受付嬢の会話に割り込んできたのは、以前レオーネ商会の経営するボードゲームカフェで出会った青年――ビルであった。

 彼は和やかな笑みを浮かべながら、こちらに向かって近付いてくる。


 彼は地味だが良質な服と装備を身につけている。

 紺色をベースにした服を下に着込み、動きを妨げないように部分的にプレートが入っているハーフアーマーを着用している。


 腰に差しているのは、スモールソードとマインゴーシュだろうか。

 いや、見た感じマインゴーシュよりグラディウスに近い。

 二本利用するというのは細剣使いでは割と普通。しかし、基本的に攻撃用のレイピアと、防御用のマインゴーシュを使うのが基本。


 さて、スモールソードはレイピアよりも丈夫であり、突くだけでなく斬ることも出来る。

 もちろん、一般的な片手剣や大剣ほど丈夫ではないのだが、それなりに重量もあるため、防御用の短剣と合わせた二刀流として利用する者はいない。

 さらに言うと、グラディウスは短いとはいえ肉厚な片手剣に分類されるため、スモールソードとグラディウスを装備するというのはかなり珍しい。それが出来るというのであれば、腕も相当に立つのだろう。


「さて……初めまして、でいいかな?」

「……ああ、そうだな。初めまして、だ」


 俺がビルを観察している間に、人一人分くらいの距離まで近付いていたビルがそう声を掛けてくる。

 何かを確かめるかのように、わざわざ「初めまして」かどうか確認してくるというのは、中々面の皮が厚いというか……


 俺は返答しながらそんな事を思う。

 俺の側からすれば彼を見たことはあるが、彼の側から見れば、今の俺とは会っていない(・・・・・・)


 さて、ビルはそんな俺の返事に笑みを浮かべながらさらに1歩近づき、手を差し伸べながら口を開く。


「先に自己紹介をしておこう。僕はビル・ロヴェイン。Cクラス冒険者だ」

「【竜墜の剣星】レオニス・ペンドラゴンだ。彼女はプエラフィリア……【竜墜の弓星】と言ったら分かるか? そして彼女はノエリア」

「初めましてなのじゃ」「初めまして」


 対する俺も自己紹介を返し、ビルの手を握る。

 手の感じからしても、やはり相当に鍛えており、腕の立つ剣士だということが分かるな。


 さて、ビルの方はフィアやノエリアの自己紹介に軽く目を見開く。


「これはこれは……綺麗どころを揃えているな、しかも強い……流石と言うべきか。しかも【弓星】に【狂蝶姫】とはね……おっと話が逸れた」


 ビルはフィアたちを『綺麗どころ』といいつつも、特にそれ以上の関心は無さそうに見える。

 所謂一般的な冒険者らしい『いやらしさ』がないというべきか。


 それよりももっと驚く事としては、あっさりノエリアの異名まで言い当てたことだろう。

 俺は彼女の家名も名乗っていないし、かなりあっさりとした紹介をした。

 もちろん、元々有名なノエリアだが、それは剣士・剣豪としての名前が強い。

 そのため、冒険者の中には知らない者もいる。

 そう考えると、彼は情報収集能力が高いのだろう。これから彼が教えてくれるであろう事にも、相応の価値がありそうだ。


「少し移動して話さないか?」

「ふむ……そうだな、そうしよう」


 そんな事を考えていたら、ビルから座って話そうと言われたので、俺は頷きつつフィアたちに視線を向ける。

 二人とも頷きを返してきたので、俺たちは座って話すことにした。


 * * *


「――――それで?」

「ん?」


 今俺たちは宿に来ていた。

 丁度良いと言うことで、ビルと同じ宿に滞在している。

 この宿は良い宿らしく、料理面、安全面といった点から選ばれる事が多いそうだ。


 そんなわけで食堂で軽くつまみながら話をすることになったのだが、一向に話し出さない――というかビルが一心不乱といった感じで食べ物を口に運ぶので、思わず俺は促すしかなかった。


「わざわざ移動したからには理由があるんだろう?」

「まあ、そうだね」


 俺が尋ねると、人心地着いたのかフォークを置いてナプキンで口元を拭うビル。

 食器を退けると、話す体勢になったようだ。


「理由を聞いても?」

「もちろん……というか、まずそれを話すつもりさ」


 既にそれなりに人の増えた食堂。

 その中で聞き取れ、かつ周囲からは聞かれない程度のボリュームに声を落とし、ビルは話し始めた。


「実は……僕はこの町に既に数ヶ月滞在している」

「ふむ」


 数ヶ月か。

 確かに依頼などがあれば、数ヶ月ほど同じ町に滞在することは普通だ。

 だが、あの冒険者ギルドの様子を見れば、依頼があるとは思えない。


「気のない返事だね」


 少し苦笑を混ぜつつ、ビルが肩を竦めた。


「いや、数ヶ月住んで……それがどうしたんだ? 先が分からんだろうに」


 いや、正確に言うと分からなくはないのだ。

 だが、こっちが内容を理解したと思わせては、情報源はそれ以上の情報を開かなくなる。

 だから俺は、"特に何も気付いていない風"を装いつつ、ビルの次の言葉を待つ。


「ははっ、仰るとおりだ」


 恐らくビルにとって、この程度のやり取りは挨拶程度なのだろう。

 表情を変えることなく、カラカラと笑い飛ばして改めて顔の下で手を組んだ。


「まあ、数ヶ月住めば、この町の異様さ……奇妙とも言えるが、とにかくおかしさを感じるんだ」

「……」

「簡単に言うと、『人が少ない』んだよ」

「そうなのか……?」


 人が少ない。

 男爵領程度であれば、今ざっと見た感じの人数としてはおかしいとは思えない。

 もちろん、男爵領でも栄えているところは栄えているのだが、こういった地方の貴族領というのはさほど人が多く賑わうという訳ではないからだ。


 だが、俺が考えていることが分かったのだろう、ビルは手を振って笑いながら言葉を続ける。


「おっと、少し正確じゃないね。正確に言うと『人の種類が少ない』んだ」

「……なるほど」


 いわんとしていることが分かってきた。

 大抵、どの領地でも人の割合というものに差は出にくい。

 いや、もちろん違いはあれど、前世の国のように分布がいびつな壺のような形状になることはまずない。


 子供は多く、老人は少なくなるというピラミッド型になる事が多い。

 まあ、王都の場合は魔道士がいる関係上、少し老人も多くなるのだが。魔法使いは寿命が長くなりやすいのである。


 さて、ビルの話だ。

 こんな田舎で流石に、人口分布の偏りというのはちょっと考えにくい。

 流行病や戦争による徴兵があれば確かに起こり得るが……そんな報告はないので、やはり考えにくいのだ。

 つまりは……


「それで、色々調査をしていたら――」

「――洞窟……いや、領主が絡んでいたと」

「ああ、そういうことだね」


 こちらとしては情報を把握しているため俺が動いていたが、まさか他にも多少なりと気付いているものがいるとは。

 かなりこのビルという人物は、切れ者なのだろう。


「しかし……面倒な話だ」


 洞窟が古代遺跡である可能性を理解しているものは少ない。

 というより、それを知っている連中はすべて領主の管理下に置かれているのだろう。

 さてさて……強行突破もできなくはない。

 だが、下手をすれば囲われている連中を人質に取りかねない。


 そう考えていると、ビルが笑いながら意味ありげな視線をこちらに送ってくる。


「なんだ、その視線は」

「いやいや……本当は、有志を募って対応するつもりだったんだ。でも、それも杞憂に終わりそうだね」

「何故だ?」


 俺がそう聞き返すと、ニヤリと笑ってビルがこう告げた。


「だって――――【特務近衛騎士】が来ているわけだから、さ」


 * * *


 俺は感情を表情に出さないという訓練を積んでいる。

 というのも、王族としての必須スキルだからだ。そのため、最早自然に、無意識で行えるほどのものとなっている。


 その中でも焦り、不安は特に表情に出さないようにしている。

 だがこの時俺は、驚きを抑えることを"意識した"。

 そうしなければ思わず表情に出るのでは、と思うほどに驚いたのである。



 だが、よく考えれば不思議ではない。

 俺の立場を詳細に知らなくても、俺が王都で動いていたことくらいは知っているだろう。

 俺は軽く口の端を上げつつ、ビルに視線を送った。


「……ふむ、気付いていたのか」

「王都では有名じゃないか。結構スラムも出入りしていたのを見かけていたし、その銀髪と独特の瞳の色は忘れようがないね」


 なるほど。

 確かに、俺は色々と王都内を動き回ることもあったし、その際に見られていたのだろう。

 情報の仕入れが上手い連中は、俺の見た目などを知り、注意していたはずでもある。


 冒険者にとって重要な情報の一つは、高クラスの冒険者について。

 基本的に荒くれ者が多いとされる冒険者とはいえ、暗黙の了解として高クラスの冒険者に絡まない、というものがある。

 特に異名持ちというのは、下手な貴族以上に影響力があるため、嫌われてしまえば仕事にすら影響が出てしまうからだ。

 恐らくそういう方面からの情報を得ていたのだろう。……少し気になる事もあるが。


 とにかく俺は、ビルとの会話を続ける事にした。


「……目敏い奴だな」

「褒め言葉として受け取るよ。さて……話の続きなんだけどね」


 そう言うと、手元の料理をつまみ、軽いエールで喉を湿らせるビル。

 俺も少し口に入れて、彼の話の続きを待つ。


「さっき『人の種類が少ない』っていうのは話したと思う」

「ああ」

「冒険者については仕方がない。実際領主が集めているし、この町の中ではそれを隠しもしていないんだからね」

「そうだな。詳細はともかくとして、『こっちでは儲け話がある』というのは知られていることだ」


 冒険者を集めているという情報は外に出ていなかったとはいえ、儲け話があるという噂は響いていた。

 それこそ、王都ギルドの連中でも知っているという連中はいたくらいだ。


「そして、噂の信憑性を持たせるために、異名持ち……特に最近だったり、遠くで活動する異名持ちの振りをさせた連中を仕掛けて、噂を流していたくらいだからね」

「なるほど……あの下らん連中はそういうことか。それにしてもよく調べたな」

「まあ、色々方法はあるのさ」


 それが出来る時点で大概おかしい気もするが。

 一介の冒険者が、男爵とはいえ領主の行動の裏側を知っているとは、ちょっと考えにくい。


 考えられることとしては、ビルが領主邸の誰かから情報を得ているか、あるいは他の貴族からの情報を得られる立場にあるか……まあ、考えても仕方ないことだ。


「しかも、聞き込みをして分かったことがあるんだが……」


 そんな事を俺が考えている間に、深刻そうな表情のビルは話を続ける。


「どうした?」

「……どうやらいなくなっているのは、皆【白】らしい」

「――なんだって?」

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