表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界冒険譚~不遇属性の魔術師《コードマスター》~  作者: 栢瀬千秋(旧:火跡夜隊)
第5章:ベネトナシュ騎士団
72/87

第69話:不思議な男と真実と

「……それで、私はまたこれですか」

「そこは、『俺はまたこれかよ、面倒くせぇ』って言った方がそれっぽいぞ」

「……嫌ですよ、そんな言い方。下品じゃないですか」


 下品って。

 俺にとっては非常に慣れ親しんだ言い方なんだが。


 まあ、流石にガインは慣れていないのだろう。

 それに今回は、【レオーネ商会】のオーナーとして城下に出る。

 といっても、普通の連中は俺の顔を知らないのだが。


 ここからはガインにも呼び方に注意してもらわなければいけないな。


「まあいい、少なくとも俺のことを殿下とか言うなよ? せめて『レオンさん』くらいにしろ」

「……せめて、『レオン様』と呼ばせてください。“さん”付けなんて無理です……」

「駄目だ、お前は普段から俺をそう呼んでいるだろうが。もう少し砕けた調子で話す練習だ」

「えぇぇぇぇ……」


 そう思いながら、俺は服を着替え、短剣だけ腰に着ける。

 ガインはこれまでと同じように、冒険者的な格好だ。

 とはいえ、以前よりも少し良い鎧にしている。


「さ、出るぞ」

「は、はい……レオン、さん」


 俺は【月夜の歌亭】の1階に降りた。

 するとそこにはいつもの女将が座っている。


「……あら、相変わらずその変装かしら?」

「お気に入りだからな」

「……大変ね、護衛も」

「……はい」


 何故かガインに同情する女将。

 もしかしたら、何かうちの父なり叔父に迷惑を掛けられているのかも知れない。


 そんな事を考えつつ、俺は外に出る。

 今日の天気は非常に良い。


 王都は特に梅雨というのがなく、定期的に雨は降るもののじっとりとした湿気というものを感じにくいというのが良いところだ。

 しばらく歩きながら周囲の店を見る。


「お、お兄さんどうだい? 今日はトマトが安いよ!」

「ふむ、良い色じゃないか。日照りが良いからな」

「お、分かってるじゃないか」


 そんな話を店員としながら周囲を見る。

 1ヶ月前のスタンピードについては当然皆知っているし、物流への影響というものは存在したが、基本的には特に問題ないようだ。


 物価も安定しているし、大きな問題はないだろう。

 さて、しばらく行くと2階建てで、門構えが立派な建物が見えてくる。

 【レオーネ商会】と書かれた看板が書かれた建物だ。


 そう、ここが【レオーネ商会】の本部である。

 ここの隣はカフェになっているのだが、いわゆるボードゲームカフェとなっており、好調な売り上げとなっている。


 ――カラカランッ


 冒険者ギルドとは異なる、どこか少し可愛らしさすらある鐘の音。

 扉を開くと、商品の陳列された棚や会計カウンターが目に入る。


 そして、そこで商品を眺める男性がおり、そして商品を紹介し案内する店員の女性が動き回っている。

 どうやらそのうちの1人が入ってきた俺とガインに気付いたようで近付いてきた。


「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」

「ふむ……少し目に入ったからな。立ち寄ってみたが、どことなく趣があるな」


 自分の店なのだが、まあ、この辺りのデザインというのは俺が考えたのではないのでそう言って褒める。

 それに嬉しそうに笑顔で「ありがとうございます」という店員を見ながら、俺はこう言った。


「すまないが、商談を依頼したいのだが……コレット商会長はお手隙だろうか?」

「コレット商会長……ですか? 少々お待ちくださいませ」


 そう言って店員がカウンターの奥に入っていく。

 するとすぐに、1人の40代前くらいの女性が出てきた。


「あら……」

「やあ店長、少し話をしたいのだが」

「ええ、もちろん構いませんわ。こちらへどうぞ」


 そう言われてカウンターの隣のドアを通ってスタッフエリアに入る。

 そこには経理担当や物流担当など、表には出て来ないメンバーが仕事をしている。


 ここで仕事をしているのは皆女性だ。

 かつて【烈鬼団】が支配していた娼館で働いていた者の中で、これ以上続けたいと思っていない女性たちや、年齢的に難しくなってきた女性たちである。


 いわばこの商会は“救済措置”的なものでもあるのだ。

 当然、国王である叔父や大公の父、他にも宰相を筆頭に各院長たちも知っている。


 ああ、母親たちも知っている。

 だが、流石にまだエリーナたちには伝えていない。

 唯一知るのはノエリアだろうか。


 中に入り、応接室に通される。

 そこは革のソファーや上品な調度品が置かれており、明らかに立派な造りになっているのが分かる。

 そして、そこには2人ほど獣人族の男性が立っていた。


 そう、【影狼】のメンバーである。

 表向き【レオーネ商会】は“救済支援商会”として登録されているが、実際には俺個人の商会でもあり、さらには俺が配下に収める【影狼】のアジトの1つ。

 もしもに備えて、警護をしているのは影狼のメンバーなのである。


「――どうぞ。先日コールマン商会から仕入れた茶葉ですわ」

「ほう……いつの間に繋がりを作った?」


 紅茶に口を付けながら俺はそう尋ねた。

 するとコレットは笑いながら口を開く。


「少しばかり、昔の(・・)お客さんで良くしてもらっていた相手がおりまして。その繋がりでご縁ができましたのよ」

「ふむ……なるほどな。かつての人脈を使うというのはいい手だ、流石だな」

「お褒めにあずかり光栄ですわ。でも、このように店を構えられるのもオーナーの助けがあるからですから……」


 俺が褒めると、ふんわりと笑いながらそう答える彼女。

 しかし、俺はあくまで気に食わない烈鬼団をぶっ飛ばして落とし前を付けさせ、その上で昔の記憶を使ってズルをしただけである。

 実際にこの建物をレイアウトし、販売方法を考えたり販路を拡大させたのは彼女の手腕なのである。


「謙遜するな、俺はただ自分がしたいようにして、後は放任しているからな」

「それでも、商品のアイディアや店員の教育、そして『ブランド』でしたかしら、戦略を考えて下さったのはオーナーでしょうに」

「まあ、気にするな。それより、これからも頼むぞ。少し考えていることもあるからな」

「ええ、もちろんですわ……ふふっ、楽しみですこと」


 そう期待されても困るのだが……

 まあ、いい。


 そのまま紅茶を楽しんでいると、彼女から質問された。


「そういえば……気になっていたのですけれども、ここ1ヶ月、お忙しかったようですわね。大丈夫ですか?」

「ああ……少し倒れてな。1ヶ月寝込んでいたさ」

「あら……それは大変でしたわね……」

「なに、ちょっと無理が祟っただけだ」


 そんな事を話していたが、俺は彼女の目が一瞬光ったのを見た。

 む……勘付かれたか?


「……どうした? 俺の顔はそんなに面白いか?」

「……え? ……ああ、失礼しました。少し心配で考え込んでしまったものですから……」

「ふっ……」


 なるほどな。

 彼女の視線で理解できた。


 彼女が気にしているのは、俺の体調ではない。

 いや、体調も気にしているのだろうが、恐らくは……


「――好奇心だけでは、毒にしかならんよ。全ては使いどころが重要だからな」

「! ……ええ。仰るとおりですわ、失礼しました」

「まあ、後ろ盾としては十分だろう?」

「ふふっ……この上なく」


 俺はソファーから立ち上がりながらそう告げ、扉に向かう。

 そこでふと俺はコレットを再度見ながら1つお願いをした。


「店長、できれば事務全般に適性のある女性を探して、可能であれば育てて欲しい。できるか?」

「無論ですわ」

「頼むぞ」


 俺はそう言い、外に出た。

 店長は俺の後ろから付いてきていて、お見送りをしてくれるようだ。


「本日は、いいお話し合いができましたわ」

「ああ、今後も頼む。……少し隣の様子を見させてもらうぞ」

「ええ、どうぞ。ごゆっくりお楽しみ下さいな」


 実はこの商館は隣のカフェにそのまま繋がっている。そのため、外に出ることなくカフェに移動できるのだ。


 隣のカフェは、どのような注文をするかによって遊ぶ時間が変わる。

 例えばだが、ランチを注文すれば1時間半、ドリンクなら30分など、注文したものによりプレイ可能時間が変わるのだ。

 そして、追加注文によってプレイ時間を増やす事もできるが、今のところ最大で2時間半を上限としている。


 そうでもしないと、お店が回らない。

 というか、色々な人に楽しんでもらうための場所であるため、粘られても困るのである。


「今日は……麻雀と将棋……こっちはまさかのポーカー……」


 基本的に日毎でプレイできるゲームを変えており、自分の時間内ならどのゲームもプレイできる。

 ……今日はやたら渋いゲームだな。


 そんな事を考えながら見ているとスタッフがやってきて、俺を席に案内してくれた。

 紅茶とデザートを頼み、将棋を楽しめるテーブルに着く。


「……これも、レオン、さんが?」

「ああ。見るのは初めてだったか?」

「ええ……」


 あれ? ガインには教えていなかっただろうか。

 少し自分の勘違いに頭を掻きながら、俺はルールの説明をする。


「これが【王将】。これを取られないようにするというのが肝心だ。相手の駒とぶつかれば、その駒を取ることができて、さらにはその駒を自分の手番で使う事ができる」

「ほうほう……戦略盤みたいですね」

「……」


 【戦略盤】というのは、軍議で作戦を練る場合や実際の動きをシミュレーションする場合に使う砂盤のこと。

 確かにあれも駒を使って、動かしていくのだが……こいつ、本当に頭がアレだな。


 ガインらしい考え方に苦笑しながら、俺は駒の動かし方や陣形について説明する。

 もちろん、俺もいまいち覚えているわけではないのだが。


 そして一通りルールを伝えてから、俺はガインと将棋を指し始めた。


「王手」

「……」


 ガインは流石というか。

 こういうところはまさしく軍人の面目躍如というべきだろう。

 始めてであるにもかかわらず、コンスタントに責めてくる。


 俺は合駒をしながら、裏から手持ちの駒を見る。

 あとこれと、これ、これ……よし。


「王手」

「……うっ。こっち……」


 すでに持ち時間は1分なので、結構考えるというより直感的な動きになっていく。

 そうしているうちに……


「……参りました」

「ふう……ありがとうございました」


 どうにか勝てた。

 だが、ガインは強いと思う。

 いずれ、将棋の大会をしてみるのも良いだろうな。


 そう考えながら、ふと周囲を見た瞬間……


 ――バァンッ!!


 誰かがプレイテーブルを叩く音と共に怒声が響き渡る。


「ふっざけんな、この野郎! こんなゲームクソ食らえだっ!! 責任者出しやがれっ!」

「おいおい、待ってくれよ? いきなりなんだい?」


 どうやらもめ事のようである。

 他のテーブルの人たちも「なんだなんだ」と近寄っていく。

 あのテーブルは……雀卓だな。


 見ると四人打ちをしているようだが、1人の青年を囲んで3人が立ち上がり、声を荒げている。

 しかし、柄の悪い3人組だな。いかにも裏社会のチンピラに見える。


 対する青年は……珍しい、深緑の髪を独特なボブカットにしており、瞳は金色だ。

 ……ん? どこかで見覚えが。


 そう考えているうちにも、状況が変わっていく。


「てめえ、イカサマしやがって!」

「ちょっと、それは言い掛かりだって。僕はちゃんとルール通りやっているよ?」

「あぁ!? じゃあ何でテメエが一人勝ちしてんだ!」

「えぇ……逆に君たちの方がイカサマじゃん。仲間内でお互いに牌を融通してるしさ」


 この状況ではどちらが悪いとは分からないが……

 雰囲気としては明らかに言い掛かりを付けられているようだな。


 しかし、よく見ているな。

 結局3人がグルでお互い通しをしているのだろう。

 その中で一人勝ちとは、よくやる。


 俺が助け船を出すかと一歩近付いたところで、柄の悪い男たちの内の1人……最初に突っかかっていった男が雀卓を引っ繰り返すと同時に青年の胸ぐらを掴んだ。

 あーあ……


「うるせえ! 大体、俺が誰だか分かってんのか、【烈鬼団】の幹部だぞ? お前、この辺りを――」

「――そこまでだ」


 見ると、隣の商館側から入ってきた4人の男たち。

 揃いの黒いキャソックに似た服を着ており一瞬聖職者に見えるが、明らかに荒事に慣れた雰囲気の連中だ。


「ここはカフェだ。あくまでゲームを楽しむ場所である以上、そういった暴力行為は止めてもらおう。営業妨害だ」

「誰の腕掴んでんだ、あぁん!? ……げっ!」


 横から手を抑えられた事で苛つき、振り返りざまに振り払おうとしたのだろう。

 男は勢いよく振り返ると同時に……固まった。


「て、テメエらは……」

「挙げ句、店舗備品を破損させるとは……呼んだか?」

「はい」


 1人が既に警備隊を呼んだのだろう。

 しばらくすると、警備隊が入ってくる。


「何があった?」

「お疲れ様です。彼らは我がレオーネ商会の店舗備品を破損させ、恫喝もしていますが」

「ああ聞いている……お前ら、【烈鬼団】の残党だな? 器物損壊、他者への恫喝の現行犯だ、逮捕する。……抵抗するなら骨1本、覚悟しろよ?」

「あ……あぁ……」


 そのままズルズルと警備隊員に連れて行かれる3人組。

 とはいえ、流石にちょっと周囲は驚き、ざわめいてしまっている。


 ……ここは俺の出番だろうな。

 俺は客全員に聞こえるような声で口を開いた。


「諸君、お騒がせして大変申し訳なかった!」


 そう叫ぶと、その場が一斉に静かになり、皆の視線が俺に注がれる。


「お、オーナー……?」


 黒服の1人の呟きが広がり、再度ざわめきが戻る。


 ――え、あの人がオーナー?

 ――隣の商会の店長さんでは?

 ――いや、どうやらさっき見たところ……


 そんな事を口々に話しているのが聞こえる。

 まあ、本当はオーナーとはバレたくなかったが……仕方がないだろう。

 そう思いつつ俺はさらに言葉を続ける。

 

「どうやら掃除をした際に生き残ったネズミ共が未だにのさばっているようだが、しばし時間をいただきたい! 必ずや駆逐すると共に、このカフェだけでなく周辺の警備態勢は十分に整える事を約束する!」

『『おおっ……!』』

「そして……今日はお詫びとして、諸君らに無料(タダ)で色々と振る舞おうではないか! 売り切れにならない限りは食べて楽しんでいってくれ! とはいえ、あいつらのように変に騒いだら出禁にするぞ?」


 ――ウォオオオォッ!!


 どうやらお客は満足してくれたらしい。

 まあ、ここはカフェなのでそうそう問題はあるまい。

 遅くまで営業するわけでもないし。


 俺はカフェを任せているチーフを手招きする。

 実は先程、俺が「タダ」と言ったときに心配そうにしていたのである。


「(だ、大丈夫ですか?)」

「(一応補填だ。あとで経理に渡しておけ)」


 俺はそう言って、チーフに白金貨を渡す。

 まあ、この程度あれば十分だろう。俺の懐に入ってきている金額はこの比ではないのだし。


 チーフが頷いて奥に引っ込むのを見ながら、俺は先程から気になっている青年に近付いた。


「災難だったな。明らかに言い掛かりだろう?」

「まぁ、はっきり言うとあいつらが馬鹿過ぎるということなんだけどさ……でも、良いのかい?」

「うん?」


 俺は青年の対面に腰掛けながら、青年が聞いてきた「良いのか」という言葉に聞き返す。

 すると青年は頷いてこう答えた。


「だって、君がオーナーと言えども、わざわざ皆に振る舞う必要はないんだから。それに、白金貨を渡していたろ?」

「……よく見ているな」

「昔からね、そういうのは得意なんだ」


 確かに得意なのだろう。特にそれを自慢せず、自然にそう言っていることからも分かる。

 俺は青年を観察する。


 身長は180センチ前後で細身だが、見る限り恐らく鍛えている。

 だが、武装をしていないところからして格闘、あるいは魔法使いだろうか。魔力は十分感じているので、その線が濃厚かも知れない。

 属性は……火だろうと思うが、少々疑わしい部分もある。どういうことだろうか。


 観察しているように見せない程度に意識を誤魔化していると、青年が面白そうに前のめりになって俺を見てくる。


「ふーん……」

「珍しいか?」

「うん、中々その瞳の色にはお目に掛からないね。――そういえば自己紹介がまだだったっけ? 僕はビル」


 そう言って自己紹介をしながら右手を差し伸べ、握手を求めてくる青年。

 俺はそれを見ながら右手を出してしっかり握手をしてこちらも自己紹介をする。


「レオンだ。よろしく、ビル」


 ふむ。

 手を握った感じからすると、魔法専門職でもないようだ。しっかりと握り返してくるのと、少々剣ダコと思わしき感触を感じる。

 こうなると冒険者の線が考えられるだろうか。


「……レオン、ね。よろしく……さて、と」


 そう言うとビルは立ち上がり、散らばった雀牌を集めて別のテーブルの上に置くと、カフェから出て行こうとする。


「帰るのか?」

「ああ、ちょっと今日は居づらいかな。折角なんだけど」

「そうか、一勝負できたらと思ったんだが」


 折角なので、麻雀の腕前を見てみたいと思ったんだがな。

 だが、ビルは首を横に振ると手を振ってきた。


「ごめんね、また今度しよう」

「分かった。またな」


 そう言って、ビルが出て行くのを俺は見送ったのだった。



 * * *



「……不思議な人でしたね」

「そうだな」


 何だろうか。

 なんかあの雰囲気は気になる。


 観察眼や洞察力に優れる人材で、下手に事を荒立てる事なく動こうとするタイプ。

 文官的な部分があるように見受けられる。あるいは参謀だろうか。


 あまり荒事を主にするタイプではないようだ。

 まあ、直接的な(・・・・)荒事はしないのだろう。


 俺は少し考えてからその場にいた黒服の1人を呼び止める。


「オーナー、どうされましたか?」

「……さっきのビルという男、調査しろ。できる範囲で良い」

「……分かりました」


 俺はそれだけ告げてからカフェを出る。

 しかし、基本的には順調なようで良かった。利益も相当に出ているようだしな。


 さて次だ。

 今日の本当の目的としては、ジェラルドとスヴェンを俺の直属の部下とすること。

 俺はかつて【烈鬼団】のアジトだった【月兎の館】――例の高級娼館に向けて移動する。


「……流石に昼間からは問題では?」

「昼は営業していないからな。それに誰も気付くとは思えん」

「まあ……確かに」


 昼間から娼館に向かうという言葉面からしてあまり良くないのだが、まあ今は【影狼】のアジトである以上仕方がない。

 それに、あそこには裏口もあるので周りから見られる心配もないのだが。


 そんな話をしながら歩いているうちに、歓楽街の入り口が近付く。

 この時間はほぼ店は開いていないが、警備隊が多少動いているのと、一部の裏組織の連中が見張りをしているので下手な動きは当然できない。


 とはいえ……


「……」

「……早いですね」


 歓楽街に入ったと同時に周囲に感じる複数の気配。殺気や敵意はないので問題ない。

 恐らくは俺の護衛のために周りを固めているのだろう。

 というか、いつの間に俺が来たのを知ったのやら。



 * * *



「お早いお着きですね、ボス」

「ジェラルドは?」

「上におりますわ」


 出てきたのは20代半ばの色っぽい女性。

 現在、【月兎の館】の娼婦たちの元締めになってもらっている女性だ。


 周囲には、元烈鬼団から引き抜いたまともな連中が警備のために付いている。

 彼らまで俺に一斉に頭を下げてくるのだが……

 まあ、何というか……暴れ回った弊害というか。


 ちらと見るだけで、こちらに対して畏怖しているような目……あれ? 

 俺は彼らの前ではこの姿を見せたことはないんだが。


「……俺の見た目が違うはずだが、なぜ分かるんだ?」

「ジェラルドがお知らせとして、ボスの髪色が黒だと言うことを伝えておりましたよ? それにガイン様もご一緒ですしね」

「……なるほど、手回しの良い奴だ」


 どうやら俺の姿を知っているジェラルドたちが伝えていたらしい。

 そして、ガインを連れている時点でまず間違いなく俺だと認識されるようだ。


「それで? お早い時間ですが、誰と遊ばれます? なんなら私が……」

「おいおい、こんな昼間から遊ぶものがあるか。上に行く」

「……残念です。では後ほどお茶をお持ちしますね」


 ……まったく。こんな昼間から遊ぶわけがないだろうに。

 というか、バレたらあとが大変だし。


 ……まあ、一度くらいは遊んでも良いかもしれないが。

 楽しそうではあるしな。


 なんて考えつつ、俺は上に向かう。

 最上階……かつて烈鬼団の首領がいた超VIPルームだ。


 以前と比較すると、ごてごてした飾りは取り払われ、落ち着いた雰囲気に変わっている。

 設備としては変わっていないので、適度に高級感のある部屋にしたのだ。


「入るぞ」


 さらにその奥。

 かつて烈鬼団の首領が自室にしていた部屋に入る。

 その場には【影狼】の幹部たちと【黒鉄】のメンバーが座って色々話し合っているようだった。


 この部屋は元々、中央の豪華なソファーしかなかったので、一人がけの少し固いソファーとサイドテーブルを円形状に置いて、色々話し合いがしやすいようにしたのだ。


「ボス、珍しいですね。こんな時間とは」

「ああ、お前らに用事があってな。スヴェン、黒鉄の全員を会議室に集めろ」


 スヴェンが真っ先に俺に気付き、俺に声を掛けてきた。

 俺はメンバーを集めるように伝え、ジェラルドを見る。


「どうしたんだ、ボス?」

「いや、少し話があってな。ジェラルド、お前は……信用おける古参メンバーを集めろ」

「お、了解……」


 ジェラルドが腹心の1人に指示を出すと、腹心が即座に動く。

 まあ、古参集めると言っても少数精鋭なのですぐに集まる。


「ああ、そういえば。ジェラルド、助かったぞ」

「え? なんのことだ?」

「俺のこの姿について、話を通していてくれたんだろ?」

「あ、ああ。役立ったなら何よりだ」


 褒められてないのか、俺の言葉に少し驚きながら照れを隠すように頭を掻くジェラルド。

 俺たちは一旦、この階の隣の部屋……会議室に入った。


 会議室には大きな机と椅子が備えられており、そこまで大きな所帯ではない俺たちにとっては十分である。

 俺は指定席である一番奥の椅子に座り、俺の両脇にジェラルドとスヴェン、そしてその正面に、向かい合う形でメンバー皆が座る。


「皆揃ったな」


 とそこへ娼館で働くスタッフの女性が入ってきて、俺たちの前に紅茶を置いていく。


「まだ日が高いからな、紅茶にしておくぞ」


 ドッ、と皆が笑う。

 ここにいるのは皆、酒好きだ。

 だが、色々話しておくこともあるので仕方がない。


「まぁ、俺たちは酒入った会議も好きだがな。たまには紅茶でお貴族様気分を味わうのも良いだろ」

「馬っ鹿お前、ボスは騎士様だぜ? 間違いなく貴族だろうが」

「あ、そうだった」


 そんな話をしている彼らを見ながら、俺は手を叩いた。


「少しばかり高貴な気持ちになったんだろう、それなら騒ぐな。……今日はお前たちに話すことがある」

「なんで髪の色が変わったか、とかですかい?」

「あながち間違ってはいないが、な」


 確かに関係しているのは事実だが。

 その前に聞いておくことがある。


「お前たちは……今後どうしたいと思っているんだ?」

「どうしたい、とは?」

「ボス、何かあったのか?」


 俺の言葉に訝しげに尋ねてくる。

 わざわざなぜ聞いてくるのだろう、というところだろうか。

 俺は紅茶を飲みながら、口を開いた。


「新大公の話は聞いているか?」


 俺がそう言うと、全員が頷いた。

 それを見ながら俺は続ける。


「新大公……レオンハルト大公は、新たに直属の部下を欲している。それで、俺はお前らを推挙しようと思うが、どうだ?」


 俺の言葉に皆呆然とした表情を向ける。

 その中で、ジェラルドだけが口を開いて俺に尋ねてきた。


「……何故俺たちを? 俺たちは裏組織だ。今でこそレオーネ商会絡みでまともに見えるが、元はといえばスラムにいた人間だぞ? 対して大公と言えば王族だ。貴族連中がこぞって押しかけるだろうに」

「分かっている。だが、それが嫌いなんだよ彼は。大公は実力者でもあるし、実力主義だからな」

「ふん……俺たちに駒に、犬になれって言うのか?」


 ジェラルドが面白く無さそうに鼻を鳴らす。

 他の者たちも同様のようだ。


「悪い話ではないはずだが? それに立場は準貴族としての騎士だ。家臣扱いだぞ? こっちは新参メンバーに任せたらどうだ?」

「確かに悪くはないがな……」


 そう言いつつ、ジェラルドは言葉を切った。

 そしてしばらく考えた後、質問してくる。


「ボスはどうすんだ? 元々俺たちはボスに命を預けている。それを、その大公に渡す気なのか?」

「俺か……まあ、俺は大公と繋がりが深いからな。しかしそう言うからには、乗り気じゃなさそうだな」

「そうだ……俺たちは、国に仕えているんじゃない、ボスに付いてんだ。もしボスが、その大公さんのところに行かないというなら――」


 そこで大きく息を吸うと、決意を込めた声で俺に告げてきた。


「――俺たちは、断るつもりだ」

「下手をすれば、大公に目を付けられる。立場が悪くなることとかは考えないのか?」

「それはそれ、これはこれ、だ。俺たちは義理を通す。それが俺たちの矜持だ」


 見ると、どのメンバーも決意を宿した目をしており、無言で頷いている。

 ここまでのものを見せられたのであれば、いいだろう。


「……分かった。大公にはそう説明しよう。ただ一度で良いから、大公に会って欲しい」


 俺がそう言うと、ジェラルドとスヴェンはお互い顔を見合わせ、アイコンタクトを取ってから頷いた。


「そのくらいなら構わない。だが、俺たちはあくまでボスの部下だ。それだけは伝えておいて欲しい」

「勿論だ。しかし、そこまで思われていると聞くと、嬉しいものがあるな」


 俺が笑うと、皆が笑みを浮かべる。


「当然だ。ボスが言ったじゃねぇか、俺たちは“ファミリー”だからな」

「……違いない」


 俺は頷き、カップに残っている冷めた紅茶を喉に流し込む。

 どこか、仲間の想いをこれまで以上に感じ、ずしりとした重みというか、責任というか、そんな何かを俺は感じたのだった。



 * * *



「よし、一番メインの話が終わったからな、少し酒を入れて話すとするか!」

『『待ってました!』』


 俺が雰囲気を変えるようにそう言うと、皆一斉に反応する。

 そんなに酒が飲みたいのか。


 気が早いものであっという間に手分けして準備を整えていく。

 1人が器を準備したかと思えば、もう1人はツマミを準備し、さらにもう1人がお酒の瓶を出してくる。


 手際が良すぎる。


「……えらく手際が良いな」

「そりゃな。大抵堅苦しい会議の後には、少し楽しむのが決まりだろ?」

「まあな」


 俺も頷きながら器を受け取る。

 これは銀製の器で、割と一般的な高級品だ。

 ガラス自体は存在しており、王城の窓に使われたり、グラスとして使用されているのだが、それでも使うのは貴族や大商人であり、一般人にとっては銀食器が高級品扱いされる。


「さて、少しは酒で口の滑りが良くなったところでな……今後の方針を話す」

「方針? 何か変わるのか?」

「まあ、明確にするだけだ――今後【影狼】と【黒鉄】を【レオーネ商会】に統合し、直下組織として傘下に組み入れる。両組織は情報収集、治安維持……そして、暗部としての仕事に携わるが、それは全て俺が直接管轄する。いいな?」


 俺の言葉に皆頷く。

 というのも、現在のレオーネ商会は俺が設立したものであるが、【影狼】や【黒鉄】はあくまで支援者として治安維持に当たったり、警備をしているだけだ。

 あくまで協力関係でしかない。

 だから、ここで明確にレオーネ商会の傘下にこの2組織を収めるということで、裏で手を貸すというだけではなく、俺の直下の組織として置くという宣言をしたことになる。

 それにこうすることで「裏組織」というものから、明確なバックを持たせることができるので、色々サポートしやすいというメリットもあるのだ。


 ただ、これには多少なりとも反対されると思っていたのだが。


「……元々我ら【黒鉄】はボスに忠誠を誓った身だ。如何様にしてくれても構わない」

「【影狼】も同じだ。ボスが俺たちの頭である以上、文句はない」

「そうか、なら良かった」


 彼らの了承を得られたのであれば問題ないだろう。

 その後も会合を続け、今後の動きを明確に決めていく。


「――では、会合は以上だ。1週間後、お前らを迎えに来るからな。身支度は気にしなくて良い……一応、少しはまともな服を着ておけよ?」

「ああ、そうするさ」


 俺はそれだけ言い残し、【月兎の館】を出た。



 * * *


 1週間後。


「ふむ、中々整っているじゃないか」

「そうか……? なら良かったが……」


 皆揃いのキャソック姿。

 いや、それレオーネ商会での警備員の制服で、新参メンバーが着ていることが多い服なんだが……

 見た目に揃っているから、まあいいか。


「それじゃあ、乗れ。王城内だからな、少し時間が掛かる」

「お、おぉ……」


 そう呆然と呟きながら乗り込むメンバー。


「――って、なんじゃこりゃあ!?」

「どうした?」


 ジェラルドが突然叫んだので、中を覗き込む。

 すると、馬車の中で呆然と立ち止まるジェラルドの姿。


 そして、その叫び声を聞いて覗き込んできた他のメンバーも一斉に言葉を失っているようだ。


「……いや、なんですかこの広さ」

「……俺ら全員入るだろ、これ」

「ああ……なるほど」


 実はこの馬車は特殊で、内部が空間拡張をされた魔道具となっている。

 というのも、流石に少数精鋭とはいえ、数十人もいる連中を乗せるには普通の馬車では足りない。


 それにそんな何台も王城に向かって走っていたら明らかに怪しい。

 そのようなわけで、少し叔父から借りたのである。


 馬車は歓楽街を抜け、さらに進んで貴族街に入る。

 今回、御者席にガインが座っているので問題ない。


 ……本当はガインが俺と一緒にいることが問題な気がするのだが。

 だって俺の部下ではないので。父の【センチュリア・アウクシリア】のメンバーなので。


 貴族街を抜け、遂に王城に辿り着く。

 ここでも問題なく通過でき、馬車は奥に入っていく。

 星黎殿を通り過ぎ……離宮の門を潜ったところで馬車が停まる。


『到着です』

「分かった……さ、出ろ。着いたぞ」

「お、おう……」


 皆がおっかなびっくりといった様子で馬車から出てきた。

 俺が連れてきたのは、【双竜離宮】内にある俺の離宮。


 一応、客人という扱いでここに入れて良いという許可をもらっているのだ。


「さて、ここがレオンハルト大公の離宮だ……これ以外の場所には間違っても入るなよ?」

「り、離宮だって!? なんてところに……騎士団の建物かと……」


 どうやら、ジェラルドは前回の騎士団の建物で会うと思っていたらしい。

 まさか離宮とは思っていなかったのだろうな。


 離宮は王族の寝所。入れるのは王族と、一部の離宮警護のみ。

 そのため相当驚いているようだ。スヴェンも無口だが、表情が明らかに驚いている。

 ……どうせいずれは、慣れてもらわなければいけないのだが。


「じゃあ、後はガイン、任せる」

「了解です」


 ガインに後を任せ、俺は彼らの後に離宮に戻る。


「……彼らが?」

「ああ、そうだ」

「――ふむ、鍛えがいがありそうですね」

「……ほどほどにな」


 離宮の玄関で待っていてくれたのは、俺付の執事になったブレント・ハーツホーン。

 父のところの執事であるマシューの孫、次男だ。


 俺が独立したと同時に、これ幸いと俺専属の執事に決まったのだ。

 といっても、この離宮には数日前に入ったばかり。

 しかしブレントは流石マシューの孫なので、よくデキる奴である。


「着替えは準備しております」

「流石だ」

「恐れ入ります」


 既に俺の部屋には着替えが準備されており、ミリィがすぐにやってきて俺の着替えを手伝ってくれる。

 大公となった時点で、俺は服装を変えた。


 白を基調とした軍服に似た正装。

 その上に、与えられたマントを羽織る。


 先日決定した家紋は、「竜・双剣・星」の組み合わせの家紋だ。

 これがマントの留め具に彫られており、マントの背には国章が描かれている。


 以前父に渡されたチャコールグレーのマントとは異なり、色は黒地に縁が紫と金モールで飾られたものだ。

 俺はそれを着用すると、彼らの待つ部屋に向かう。


 さて……どんな反応をする事やら。


 俺はブレントの後ろを歩き、離宮内の会議室に向かう。

 通常ここは大人数での会議……特に家人内での話し合いのための場所であり、俺の部屋から少し遠い。


(……まったく、仕方ないとはいえ遠いな……)


 歩くのが嫌いではないのだが、面倒だ。

 以前住んでいた春風亭の部屋が思い出される。

 いい部屋だったが、そこまで広いというわけではなく、手の届く範囲で全てができたのだから。


「あら? レオン、どこに行くの?」

「ノエリア……少し部下予定の連中とな。見に来るか?」

「ええ、折角だから行くわ……強い人がいれば良いわね」

「はは……」


 ノエリアの相手をできるのは早々いないのだが。

 なにせ【狂蝶姫】の異名を持つ戦闘狂。俺を除けば父や、近衛騎士団の団長といった相当上位の連中でないとどうしようもない強さなのである。


(彼女が冒険者やってたら、軽くAクラスだよな……)

「何か失礼なこと考えていないかしら?」

「……いや、なにも?」


 そんな事を考えながら歩いていたのだが、何故女性というのはこうも心を読んでくるのだろう。

 俺は大概無表情というか、表情に出さない訓練というのは積んできているはずなのだが。


 ……うーむ、分からん。


 そうしているうちに到着した会議室。

 先にブレントが扉をノックし、中に入った。


『大公殿下がお見えです。皆さん、礼を尽くしていただきたい』


 ――ガタガタッ。


 皆が椅子から立ち上がったのだろう。そんな音がしている。

 俺とノエリアが中に入ると、皆が頭を垂れている。


(ふっ……)


 いかん、笑うな俺。

 普段の姿を見ているため、こうも揃いの格好で神妙に頭を下げているのが可笑しく見える。


「……っ!」


 と思ったら横から突かれた。

 ノエリアの目が据わっている。笑うなということだろう。


 俺は奥の席……つまり上座に座ると、その横にノエリアが座る。


「座るが良い」

「……はっ」


 俺がそう言うと、ジェラルドが返事をし、皆が座る。


「顔を上げよ。非公式の場であるため、畏まらなくて良い」


 俺がそう言うと、皆が顔を上げてこちらを見……固まった。


 呆然唖然。

 目を擦っている奴や、口をぽかんと開けているのもいる。

 ジェラルドとスヴェンだけは何か必死に考えているようだが、目が揺らいでいるところから相当驚いているに違いない。


 そんな彼らに向け、俺は口を開く。


「私がレオンハルト・オニキス・ライプニッツ・フォン・イシュタル=ペンドラゴンだ」

お読みいただきありがとうございます。

よろしければ、ブックマークや評価をしていただけると嬉しいです。

というより、星が増えると作者も頑張る気になれます(・ω・=)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー cont_access.php?citi_cont_id=6365028&siz
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ