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異世界冒険譚~不遇属性の魔術師《コードマスター》~  作者: 栢瀬千秋(旧:火跡夜隊)
第5章:ベネトナシュ騎士団
71/87

第68話:新たな命令

今月から月曜日の週更新となります。

よろしくお願いいたします。

 1週間後。

 どうにか体力や筋力的に十分であると医師からの診断を受けた俺は普段通りの生活に戻っていた。

 といっても、先日まで【特務近衛騎士】として動いていた俺が成人と共に大公になったからといって、突如として大きく変わるわけではない。

 というか、変えようがない。


 本来は別の離宮へ移動するべきなのだろうが、まあこのままで良いだろうという話になっている。


 さて、俺は現在新たに自分の家に欲しい人材を探していた。

 まあ、離宮住まいとはいえ、これまでの公宮や王宮とは別の離宮邸に移らなければいけないはず。


 そうなると、使用人……執事やメイド、そして直属の護衛騎士団などが必要になる。


(もちろん基本的には王室近衛騎士団が警備をする。とはいえ、何の備えもせず、ただ国軍を使うというのも愚策だからな)


 そんな事を考えながら俺は1人で過ごしていた。

 何故俺が1人なのかというと、エリーナたちはうちの母や叔母に呼ばれ、【妃たちのお茶会】をするらしい。

 確かに正式に俺との婚約が発表されたエリーナや、発表はされていなくても叔父が既に認めているノエリア、そして新たに加わるフィアだ。

 親睦を深めるという理由で、恐らく根掘り葉掘り聞かれているに違いない。


(……流石に、俺まで呼ばれなくて良かった)


 母は強し。

 故に俺やエリーナはどうしてもうちの母と叔母たちには強く出られない。

 いや、国が関わる話などであればきちんとした対応をするが、当然皆分かっているのでそこに絡まない個人的な部分で、しこたま揶揄ってくるのである。

 ある意味うちの一族の愛情表現……でもあるのだろう。


 俺は専属のメイドであるミリアリア――ミリィに淹れてもらった紅茶を一口飲みながら読書を続ける。

 特に今見ているのは、自分が佩用することになった【紫綬・聖双竜星双剣勲章】について。


 こういった勲章にはそれぞれ意味や、付与される権限がある。

 しかもある場合には予想だにしない別の権限が付与される場合もあり、色々な可能性を考慮しておかなければいけない。


(これは……世界暦500年頃か……なるほど)


 様々な歴史上の王族について、その経歴や権限、どのような功績を上げたかなどを見つつ、俺はどのような立場で今後働いていくか考慮していく。


(このころは、ルーレイ帝国……今のルーレイ王国との戦争が起きていたころだ。そのため、国軍を指揮する元帥だけでなく、実際に当時の王弟が【王宮武衛】として国軍を指揮し、特に諸侯軍を掌握していた。ふむ……)


 【ルーレイ王国】というのは、グラン=イシュタリア王国と国境を接する国。

 この【プリメリア大陸】は、北と南に大きく別れている。

 イメージとしては、アメリカ大陸を想像してもらうと分かりやすいだろう。


 北アメリカ大陸側……【ソーナ・ノルテ】に存在するのが、【グラン=イシュタリア王国】。

 そして中央アメリカから南アメリカ大陸……あくまでイメージだが、こちらの南方を【ソーナ・スール】と呼んでいる。

 その内のメキシコ以南、ブラジルの辺りまでを元々治めていたのが【ルーレイ王国】。

 歴史書の当時は【ルーレイ帝国】だった国家である。


(このころルーレイ帝国はかなり攻勢で、基本を専守防衛としていたグラン=イシュタリアは相当な苦戦を強いられたらしいな)


 ルーレイは往々にして好戦的な国として知られている。

 というのも、【ソーナ・スール】というのは気候が熱帯であり、同時に当時南側の文化的に魔法がそこまで広がっていなかったことも相まって、かなり酷い戦乱があったようである。


 それをまとめたのが【ルーレイ族】であり、そのルーレイ族が主導となって【ソーナ・スール】内の小国家を併合、さらに民族を併合していき、北上してきたのである。

 食糧となる穀物……特に麦が【ソーナ・スール】では育たないため、北上して領土を拡大させようとしたのだ。


 一時はかなり追い詰められたグラン=イシュタリアだったが、当時の【王宮武衛】である王弟が行った、騎士部隊の機動力を軸とした遊撃戦によりルーレイは補給路を断たれ、グラン=イシュタリア国土に侵入していたルーレイ軍はその戦力を消耗した。


 そして時を同じくして外務院による反ルーレイ国家への働きかけにより、これまで静観に動いていたルーレイの周辺国が硬軟織り交ぜた動きに出たため、ルーレイ帝国はその勢力図を縮めていく。


 その後、戦線を維持できなくなったルーレイ帝国からの申し入れにより、グラン=イシュタリアとルーレイ帝国は休戦協定を結ぶ。

 だが、一度大打撃を受けたルーレイ帝国は国力の維持が困難になり、さらには辺境地域を治める貴族領が独立や、隣接する小国家との連合を結ぶこととなり、今の【ルーレイ王国】へと変わってしまったのである。


 それこそ、この話は5世紀も前の話ではあるのだが、どうにもグラン=イシュタリアとルーレイの間には諍いが絶えない。


(多分、根本的に性質が合わないんだろうな)


 人間同士も相性があるように、国家同士の相性もあるのだろう。

 事実、今だにルーレイとは親交国とは言えない状態だ。

 逆に、数年に一度の割合で小競り合いすら生じている。


(既にグラン=イシュタリアも専守防衛を捨て、必要であれば打って出るという積極的自衛を行っている)


 昔とは既に変わった戦略。

 グラン=イシュタリア王国軍は、【王国歩兵団】と【王国騎士団】に別れる。

 昔は貴族たちのみ騎乗していたのだが、今では【王国騎士団】に入ったのであれば平民の出であっても騎乗できる。


 その代わり、王国騎士団へ入るには適性というのもあるため、どうしても王国歩兵団よりは少数編制となっているのだが。


 さらには【王国魔道士団】の【軍備部】からも部隊が派遣されるため、後方支援等も成り立つようになっている。


(……だが、いずれは1つの部隊で全ての作戦を遂行できるような、いわば【海兵隊】が必要になるのではないだろうか)


 「世界の警察」を謳う某大国。

 問題も多いが、あの海兵隊というものに、俺は前世のころ憧れた。

 特に【武装偵察部隊(フォース・リーコン)】や【海兵遠征部隊】など、即時投入に対応できる部隊というのは得も言われぬ憧れを感じたものだった。


(ま、この世界では流石にな……)


 この世界は剣と魔法の世界。

 騎士と魔法使いの世界だ。


 そうなると高度に機械化され、そして合理的な戦闘部隊というのは野暮だろう。


(流石に銃を作るつもりはないし……あれは危険だからな)


 そう考えながらふと思い出す。

 そういえばインベントリにしまい込んでいたが、ウェルペウサでディム・パルに出くわしたとき、俺は奴から銃を奪っていたのだった。


(……完全に忘れていたな)


 ウェルペウサからこれまで、かなり忙しかったし、さらにはフィアとの色々がありそこまでの余裕がなかったのだ。

 落ち着いたらあれの解析をすることにしよう。


 そんな事を考えていると、部屋の扉がノックされた。


「入れ」

「失礼します、レオン様」

「どうした?」


 ミリィが入ってきた。

 今日はゆっくりとするつもりだったので、特に用事がなければ自由にして良いと俺はミリィに言っていたのだ。

 必要なときはベルで呼ぶから、と。


 だから、ミリィが入ってくるという事は……


「ラウレンツ卿よりこれを預かっています」


 そう言って、銀のトレーに載った1枚の小さいカードを渡してくる。

 俺はそれを見て頷き、カードを見た。


『すぐに来い』


 それだけ書かれたカードだが、これだけで十分。

 俺はミリィに声を掛けた。


「ミリィ」

「はい」

「星黎殿へ上がる。準備を」

「はい、レオン様」


 そう頷くと、ミリィが手を叩く。

 すると扉がノックされ、返事をすると数人のメイドが入ってきた。


 どうやら準備を既にしてくれていたらしい。


「流石だな」

「光栄です、レオン様」


 俺が褒めると、頬笑んで頭を下げてくるミリィ。

 以前はどちらかというと天真爛漫で、少し「ドジっ娘」という感じだったのだが、いつの間にやらこんな風に変化していた。

 少しウェーブ掛かった銀髪をツインテールにしているところは今でも変わらないが。


 俺はほんの少しの寂しさと、大きな喜びを胸に感じながらミリィに、今着ていた上着を渡した。



 * * * 



 さて、新たな正装に身を包んだ俺は、【星黎殿】の叔父――国王陛下のところへ向かった。


「取り次げ」

「はっ! ――陛下、レオンハルト大公がお見えです」

『通せ』


 近衛騎士に声を掛けるとすぐに取り次がれ、執務室の扉が開かれた。

 その時、扉を守る近衛騎士たちが俺に頭を下げてくる。


「大公殿下のご快復、心よりお喜び申し上げます」

「ありがとう」


 頭を下げてくる近衛騎士たちに礼を告げ、俺は国王執務室の中に入った。

 そこでは相変わらずの様子で、陛下と宰相、そして数人の補佐官が大量の書類を片付けているのが見える。


 ……以前より書類がえらく増えている気もするが。


 そんな事を考えていたら、奥に座る陛下から声が掛かった。


「何をしている、こちらに早く来い」

「はっ」


 そう促され、俺は陛下の執務机の前に向かう。

 俺が陛下の正面に立ち、深くお辞儀をすると陛下は立ち上がり、俺の側まで移動してきた。


「……少し休憩にしよう。レオンハルトはそれへ」


 そう言われて指されたのはソファー。どうやら、そこで話すということらしい。

 補佐官たちは休憩ということで部屋を出て行った。

 残るのは、陛下と宰相、そして俺である。


「……どうだ、身体の調子は?」

「ええ、おかげさまですこぶる……とはいきませんが、それでも普段通りの生活をするには十分ですよ」

「そうか……何しろあの戦闘の様子というのは、我らが近付けぬほどのものだったのでな。本当は援護したいと思いつつも、近衛に必死に止められたほどだ」


 そんなに凄い戦いと感じられていたのか。

 戦っている本人としては、とにかく必死だった故にそんな事を気にしている暇はなかった。


 そう考えていると叔父はさらに言葉を続ける。


「まあ、その代わりといっては何だが、魔物のスタンピードについては余も前線に立ったがな」

「それは……お力になれず、申し訳ないばかりです」

「良い良い、兵士たちにも良い訓練になったであろうし、被害も人的損失はないのだからな」

「……それは何よりでした」


 どうやら兵士たちの被害というのも、負傷程度で抑えられており死亡者はいなかったらしい。

 聞くところによると、うちの両親だけでなく叔父たちも出撃し、最前線で戦ったとのこと。

 流石は元Aクラス冒険者である。


 テーブルに置かれている紅茶を一口飲むと、叔父は言葉を切った。


「……」

「陛下?」


 叔父は何かを考えているようだ。

 俺が呼びかけてみるが、特に返事はない。


 執務室に無言の状態が続く。

 だがしばらくして、叔父は俺を見て口を開いた。


「レオン……お前はどれほどの実力がある? 実際にあの戦いの最初を見たが、それでも余――俺であってもあの戦い方は出来ない。その後は謁見の間があれほどまでに破壊される戦いだ……相手の力も強かったのだろうが、お前が生きてここにいる時点でお前があの相手を圧倒したのは間違いない」

「……」


 叔父の言う通りだ。

 最初の段階の戦闘でも、ちょっと実力がある程度では相手に出来ないレベルだ。

 だがいわれてみると、その後の戦いというのは最早それを遥かに超えた戦い。


 今頃気付いたが、確かに普通の戦いではなかった。

 相手もそうだし、俺自身、自分で理解が出来ない力を振るっていた。


 叔父の言葉が続く。


「だからあえて聞く……お前はその力をどう用いる気だ?」


 ああ、それを確認したかったのか。

 俺は既に多くのチカラを得ている。

 それは権力でもあり、実際の実力もそう、情報力もある。


 それを持ってどうするか、それを聞かれているのだろう。

 だが、俺の心は決まっている。


「俺は――いえ、私は、陛下が望まれる限りこの命をグラン=イシュタリアに捧げるつもりです。それはあの時誓った通り、それは変わりません」


 俺は既に決めている。


 王城を出たときも。

 大公として叙勲されたときも。


 俺はこの国を護り、この国を支えるために命を捧げると。


「……なるほど」


 俺の言葉を聞きながら顎を撫で、しばらく虚空を見上げて何かを考えたあと頷き、宰相に声を掛ける叔父。

 すると宰相は1つのフォルダを持ってきて、陛下に渡した。


「それは……?」


 見覚えのある革製のフォルダだ。

 革製のフォルダというのは、基本的に勲章授与の際に与えられる予備勲記で使われる事が多い。

 だが、ある場合重要な命令書や、許可証の場合も使われる。


 今回のものは勲記とは色や装飾が異なるところからすると、何かの許可証、あるいは命令書だろう。

 そう考えていると、叔父が口を開いた。


「レオン。法衣貴族が自身で管轄する私兵団の規模は知っているな?」

「ええ。基本は数十名程度ですね」


 領地貴族は自身の領民の中から優れたものを家人として雇い護衛騎士としたり、有事の際には領民を徴集して諸侯軍を編制できる。

 しかし法衣貴族の場合、領民がいないために私兵を雇うのが一般的だ。


 もちろん王都というのはかなりレベルの高い警備体制を整えてはいるので、そうそう問題が起きることはない。

 だが、屋敷の警備や、外出時の護衛、さらには情報収集など多方面で使うために私兵団を持つことは許可されており、最大50名を上限として雇うことができるのだ。


 まあ、普通はそこまでの人数を雇うことは難しいので、精々2,30人が限度だろう。

 しかし、何故この話をされるのだろうか。この辺りの話は普通に知っている事だ。

 いまいち話の方向性を掴めず、首を捻っていると叔父が説明をはじめた。


「通常、王族には私兵というものは存在しない。何故か分かるな?」

「ええ。国を守るのは軍の務め、王族を守るというのは近衛騎士団の務めですから、我々は私兵を持つことはない。言うなれば、近衛騎士団が私兵とも言えるでしょうか」

「そうだ」


 それをわざわざ俺に確認させるとはどういうことだろうか。


 可能性の1つとしては、成年と同時に本格的に行う【王族の務め】についての指示。

 だが、その程度ならば目の前に置いてあるフォルダの意味が分からない。


 あとは……何かあるだろうか。

 早めに一度軍に入り、動けということだろうか。

 それとも、何か他にあるのだろうか。


 考えても答えが出ないので、俺は叔父に尋ねることにした。


「叔父上……この話の趣旨をお教えいただけますか?」

「……そうだな」


 俺が尋ねた事に対し、叔父は一度溜息を吐くと、深呼吸した後にこう俺に告げてきた。


「大公レオンハルト・オニキスよ。お主の佩用する【紫綬・聖双竜星双剣勲章】の持つ権限は分かるか?」

「はっ……【包括軍事権】を持つものであると存じております」


 突然口調の変わる叔父……陛下に対し、俺も同様に口調を改めて返答する。

 さて、【双剣】の権限とはなにか。


 【双剣勲章】。

 それは勲章を佩用する者にとって、最も栄誉あるもの。


 まず前提として通常、勲章には【剣】は付かない。

 それはまず【剣付】というものが国家規模の警察権を示しており、これを佩用するというのは国からの相応の信頼が必要であるからだ。


 同時に王国法への深い知識も必要であるため、中々これを佩用する者はいない。

 いるとすれば【内務院】に所属する【公安部長官】だろうか。

 ただ、ここもあくまで役職に付随するものであるため、任期が終われば返還しなければならない。


 領地貴族の場合はどうかというと、確かに彼らは自分の領地における警察権を持っている。

 しかしそれは、あくまで「委任」という形を取っており、王国法で定められた範囲で処理する必要がある。

 そのため、領地貴族の紋章には、警察権についての国家の代理を意味する【小剣】が描かれているものの、それは【剣付勲章】ではない。

 あくまで紋章だ。


 つまり、俺が実際に個人として剣付勲章を佩用するというのは、歴史を見ても相当レアである。

 だが、それの上を行くのが【双剣付】の勲章である。


 追加される剣が示すのは【包括軍事権】。

 双剣付の勲章を持つ存在は、有事に際し近衛騎士団を除く全軍への指揮権を持っている。


 もちろん、例えば軍事権自体であれば辺境伯も持っている。

 だがこれは、辺境伯の所有する【辺境軍】への指揮権であり軍事権である。

 そのため、辺境伯が国軍へ独断で指示を出したりする事は出来ない。


 この点、双剣付の勲章を持つ存在は国軍であろうと、辺境軍であろうと、貴族の諸侯軍や私兵団であろうと望めば指揮を執ることができ、同時により上位のオーダーとなるため強制的に動かすことができるのだ。


 さて……これをわざわざ確認させるということは?

 だが、陛下は首を横に振った。


「確かに【包括軍事権】を持つな。だが、もう1つ付随する権限……というか権利があるだろう」

「ええ。しかしそれは……」


 確かにとある権限……というか、権利が存在するのは事実。

 だが、俺が特に何かを言う前に、叔父が立ち上がって口を開き遮った。


「大公レオンハルト・オニキスよ。命を受けよ」

「はっ」


 俺はソファーから立ち上がり、45度のお辞儀をした。

 すると、陛下から革のフォルダを渡される。


 見てみると、表面には金箔で国章が押されており、さらには唐草模様のような装飾が施されている。

 それを受け取りながら、俺は思い起こしていた。


 双剣付勲章に付随するもう1つの権限、というか権利。それは【騎士団】の創設だ。

 といっても、騎士団には種類がある。


 1つは【センチュリア】。

 単なる私兵団とは異なり、明確に準貴族とされる家臣による護衛騎士団。

 これは軍人ではなく、あくまで貴族の家臣として扱われるものであり、諸侯軍として動員される場合がある。

 領地貴族の当主は、数個のセンチュリアを編制する権限が国から与えられている。


 これは法衣貴族には与えられない権限であり、センチュリア編制を命じられるとは、領地貴族になるということでもある。


 さて、もう1つの種類は【センチュリア・アウクシリア】。

 これはライプニッツ家が持つ護衛騎士団のことだ。


 王国軍に所属する軍人たちなのだが、軍籍を残したままに貴族家に仕えて護衛騎士団を形成するもの。

 そのため、例えばその軍人が小隊長であれば、その小隊に対して貴族家の当主が命令を下すことができるというものである。


 とはいえ、これは国の許可が必要であることと、現在許可されている家がライプニッツ家と、海に面したポセーダオニスという都市の領主だけという時点でお察しである。


 さて、最後の1つ。

 これは【プラエトリア】と呼ばれる騎士団。

 所属者が名誉貴族扱いとされる騎士団だ。


 このプラエトリアは、現在グラン=イシュタリアにてただ1つ。

 【王室近衛騎士団】である。


(まさか……な)


 この3種類の中で、わざわざここで命令として受けるとすれば【センチュリア・アウクシリア】だろう。

 なにせ、センチュリア編制権限を、俺は持っているからである。


(だが……)


 俺は考えられる「もう1つの可能性」について頭から振り払う。

 なにせそれは普通に考えて与えられるものではないし、王族であり、王家に属する俺には不要なものだ。


 だが、俺の予想とは反し、陛下は俺に向かってこう告げる。


「国王ウィルヘルムは汝レオンハルト・オニキスに対し、【プラエトリア】階位の騎士団創設を命じる」


 そう告げられた。



 * * *



「【プラエトリア】……でしょうか? それは……」

「これは勅であるぞ、大公」

「……御意のままに」


 思わず聞き返してしまったが、確かにこれは勅命。

 そのため、逆らうことはできないので、俺はそれを受諾する。


 陛下がソファーに戻る間、俺は今回渡されたフォルダを開いてみた。

 そこに入っていたのは、騎士団創設に関する許可状。


 しかし、何故?

 別に王室近衛騎士団から必要な人材を貸してもらえば良いことだし、俺には外部とはいえ部下がいる。


 そして、その種類が一番の問題だ。

 【プラエトリア】は親衛隊。

 俺の命令のみに従い、俺の指示によって動く部隊。


 例え陛下だろうと、俺の命令と逆の事柄を【プラエトリア】に命令することはできないのだ。

 しかし、何故そんな編制となる騎士団を俺が?

 俺が混乱していると、陛下からの声が掛かった。


「……レオン、まあ座れ。話は長くなる」

「は、はい……」


 俺は先程座っていたソファーに戻る。

 すると、新しい紅茶に取り替えられ、さらには何種類かお菓子まで出てくる。


「どうした?」

「……いえ、いただきます」


 甘いものを食べるのは昔から好きだ。

 特にこういった混乱状態にある時ほど、甘味はありがたく感じる。


 10分ほどして、叔父が声を掛けてきた。


「さて……そろそろ話に移ろうと思うが……」

「はい」


 俺は最後に紅茶を一口飲み、口を潤す。

 それから覚悟を決め、叔父の言葉に耳を傾けることにした。



 * * *



「……まず前提として、だ」

「はい……」

「なぜ俺がお前に、プラエトリアの編制を命じるかということだな」

「……ええ」


 そう。まず理由が欲しい。

 例え納得できないものであっても、理由が有るか無いかは違う。


 俺が頷いたのを見て、叔父は言葉を続けた。


「まず……お前が第3位王弟位に就いたということは、お前の前に2つの道が存在するということだ」

「2つ……ですか?」

「そう、2つだ」


 2つとはなにか。


「……1つは当然【王宮武衛】としての役職ですよね? 同時に、大公としてどこかの直轄地の代官でもしますか? 大公では領地を持てませんから」


 【王宮武衛】というのは、王弟位のみに与えられる役職。

 仕事としては、王宮内での問題、特に王族内における裁定を行うこと。


 王族を裁く事ができるのは、同じ王族で立場が上のものだけ。

 そのため第3位王弟位であるならば、王と王太子を除く王族を裁くことができるのだ。

 ……だが、これはあくまで表向き。

 

 王族などたかが知れた人数だ。

 その裁定くらいなら、国王が出てきて終わるのである。

 そのため、結局は名誉職……というより閑職にも見える。


 というのも、王弟というのは微妙な位置で、確かに王太子が確立されるまでは高い地位にいるものの、王太子が確立されてしまえば特にする事はなくなってくるし、下手すれば邪魔な存在になってしまう。

 迂闊な動きをすると継承権絡みでややこしいことが起きたり、内紛が起きたりする可能性があるのだ。


 もちろん陛下の名代として各国に出向いたりする可能性が高いものの、それはあくまでお飾り程度。

 だが、そうなると仕事をしていないということになり、本人の居心地というのも悪いだろうということで創られたのがこの【王宮武衛】なのである。

 ちなみに、グラン=イシュタリア王国……特に王族は軍事面での名誉を望むので、“王宮での将軍”という意味を持つ名前が付けられたらしい。

 まあ、お飾りだ。実際にする事はこれといってない。


(あ、でも俺の場合は【包括軍事権】があるから、割と面倒な立場になるんじゃ?)


 双剣付勲章の俺の場合、「暇な名誉職」から、実際に軍事権を持つ「大元帥」のような立ち位置になってしまう。

 うわ、面倒くさい。


 さて、俺が述べたもう1つ。

 「直轄地の代官」については簡単だ。

 父もしていることだが、王国……というより王家預かりとされている直轄地の代官としての立場に立つこと。


 基本的に代官というのは貴族が割り当てられるのだが、どうしてもそうできない場所というものが存在する。

 それは、「王国軍基地」と「金山・銀山」だ。


 王国の軍事の基礎部と、経済の基礎部。

 この2つについては、王族の誰かが代官として活動する。


 例えば、父は【エクレシア・エトワール】という、都市丸ごと王国軍の基地という場所の代官を務めている。

 まあ、軍務院長である父が代官を務めることは当然というべきか。


 と、ここまで考えたところで叔父から声が掛かる。

 というか、表情が微妙に呆れた雰囲気なのは何故だろうか。


「確かにそれも可能性はあるが……王になるという可能性があるだろうが」

「……いやいや。それはないでしょう」


 王弟位は確かに王となる可能性を秘めた立場だ。


 もし仮に王太子となるであろうヘルベルト、アレクサンドが病気で亡くなったとする。

 そうなれば、通常はルナーリア姫が女王となる、あるいは国王夫妻が再度頑張るという手段がある。


 グラン=イシュタリアでは女性が王位継承する場合もあるので、これは考えられる話だ。

 だが、それはあくまで王弟位が空席の場合。


 王弟位に就く存在がいれば、自動的にその王弟位の存在が繰り上がり、次期国王になるのだ。

 王弟位に就いた時点で、王家の一員となるので法的には問題ない。


 さらに多くの場合は、王家直系の姫を正妻とすることが多く、そのため血筋という点でも問題がなくなる。


 そして、俺の場合はもっと簡単だ。

 俺の正妻となるのはエリーナ。

 俺自身はイシュタル=ライプニッツ家の嫡男であり、先々代王弟からの血筋とはいえ、王家と非常に近い。


 とはいえ、まあこれはあくまで可能性であり、普通こういうことは起こり得ない。


「……まあ、それは追々話すとしようか。とにかく、お前の立場の高さは分かっていると思う。そして……お前の本当の状況を考えても、俺の命令ではなく、お前だけの命令を忠実に遂行する存在は重要だ。故に、お前には【プラエトリア】の創設を命じるのだ。分かったな?」


 なるほど。

 確かに【護国流】の後継者として動くには、どうしても必要な事だろう。

 師匠たちはその立場故必要がなかった。しかし、俺はどうしても基盤に差がある。


 俺は叔父の言葉に頷いた。


「ええ、叔父上」


 頷きながら……俺は先程の叔父の言葉を思い返す。


「……まさか叔父上――」

「詳しくは知らんがな。どうせうちの親父に見込まれたんだろう?」

「……お察しの通りです」


 恐らく叔父は薄々気付いているのだろう。

 俺が何をしてきたのか。

 俺が何故あの宣誓をしたのか。

 少しの情報は知っているようだ。だが、それ以上は聞いてこない。


 そんな叔父の態度に頭を下げながら、俺は今後の事を思う。


 【プラエトリア】の編制において、重要になるのは信頼度。そして実力だ。

 実力については伸ばせるだろう。

 だが、忠誠という面において、どうするのがいいか。


 そんな事を考えていたら、叔父から爆弾を食らわされた。


「ま、いずれお前には領地を与えても良いかもな」

「……それは勘弁してください」


 大公が領地をもらうと、そこは最早大公領ではなく、「公国」となってしまう。

 さっきも「追々」だとか言っていたが、流石に俺にそんな力はない。


 ……いやー、ラノベの主人公はよくやる。

 いくら現代知識があるからといって、国を回すというのは簡単なことではないのだ。


 俺は確かに多少現代知識チートの部分がある。

 幼いころからの体力作り、言葉の習得……などなど。お菓子作りもしたか。


 だが、結局ものを言うのは努力である。

 俺の今の立場というのはどちらかというと運であり、そこいくとフィアとの出会いも運が良かったということだと思う。


 これはあまりにも偶然に頼りすぎているので、これを俺は自慢できるとは思えない。

 だから、俺としては領地など持ちたいとは思わないし、さらに言えば国を治めるという事もあくまで低い可能性としか考えていないのだ。

 そんな状況なのに、国王である叔父から冗談を言われると気が気でなくなる。


 そう思っていると、叔父から苦笑されてしまった。


「まあ、少しは覚悟しておけ……レオン、お前はいわば“英雄”だ。俺やジーク以上にな。なにせ王女を救い、圧倒的な実力を誇り、そしてグラン=イシュタリアへの忠誠心が高いのだから……それは紛れもない“国家の英雄”であり、同時にそれは国民の目に華やかに映る」


 確かにそれはそうだ。

 だが、今回の誘拐や王城への襲撃という点については、流石に箝口令を敷くのでは?

 なにせそんな事が明らかになれば、やれ「王城の警備が弱い」、「王は何を考えているのか」など、間違いなく貴族派の連中で頭の弱いのが騒いだり、口撃材料にするはずなのだ。

 責任はお前らにもあるのだ、と言ってやりたいものである。


「華やか、ですか……別に“英雄”になろうなんて、思っていないのですが……」

「『“英雄”になりたい』と思う思わんではない。周囲からどう思われるか、なのだ。国民は明らかにお前を英雄視しているぞ? 未曾有の戦力に対して勇敢に戦い、王を守ったと」

「……はい?」


 あれ? 箝口令は?


「あの……箝口令は?」

「あの状況で箝口令を出せると思うか? 王都に向かって魔物がスタンピードを起こしたこともそうだし、大体、あの時の気配というのは誤魔化しようがないんだ。それこそ聞いたところでは、あの闘気というべきだろう気配は、クムラヴァですら感じ取れるほどだったらしいぞ?」


 溜息交じりにそのようなことを言われる。

 そういえばそんな事を聞いていた。

 ……事実フィアが王都に来たのは、“とある気配”を感じたかららしいからな。あながち間違ってはいないのだろう。


「……それ、近場にいた人間は当てられて死ぬのでは?」

「一瞬だったからな……それは大丈夫だそうだ。で、理解できたか?」

「うーん……しかし、貴族派の口撃材料になりませんか?」


 俺がそう言うと、「は?」見たいな顔をされた。

 いや、そんな表情しなくても……


「……お前、もしそれを口撃材料にしたら盛大に自分に跳ね返るぞ? 『お前らその場にいて何してんだ!』とな」

「……あー」


 それはそうだ。

 貴族というのは戦ってなんぼの世界。

 今でこそ戦争はそうそう起きないが、元々は土地を守り、農民たちを守る立場にいた戦士団が転じて指揮官たる王と、部下の貴族、それがさらに発展して貴族と家臣団を形作り、領地貴族を形成したのだから。


 そして、それら貴族の主たる王家に対し、自分たちに変わって領民を戦力として出して、国と王を守るというのが貴族の立場。

 その事に対する報酬として土地や金銭を与える王家なのだ。

 それなのに、今回の誘拐事件や襲撃について問題にしてしまったら、確かにブーメランである。


「そうなると……結構面倒が起きそうですね。困った……」

「ああ、既に馬鹿な連中が動こうとしているようだ……まあ、ジークの【黒揚羽】にお前の手勢があるからな、上手く行っていないらしいぞ?」

「それは良かった。味方につけたからには、役に立ってもらわないとですね」

「そうだな。……まあ、そのようなわけでお前は少し、自分がどう見られているかをよく考えるようにしろよ」

「ええ、そうします」


 俺は叔父の忠告に頷く。

 俺が素直に受け入れたのを見て、叔父は「よし」と言いながら膝を叩いた。


「よし、俺の話は以上……ああ、そうだ、早めに側近を固めておけ。武官も文官も含めてな。【プラエトリア】の編制規模については相応の人数になるし、軍政面に強い奴も入れると良い。上手く選べよ」

「ええ、そうします」


 まずはジェラルドとスヴェンを入れることにしよう。

 少しジェラルドについては気になっていることはあるものの、確かに彼らの背後に貴族がいるとは考えにくい。

 そうなれば、打診してみるか。


 もしかしたらスヴェンなどは固辞する……逆に必ずなるとも言ってきそうではあるな。


 そんな事を考えていると、叔父からの言葉が続く。


「【プラエトリア】新設の発表は3ヶ月後。それまでに固めておけ。発表後は貴族連中が自分の子弟を売り込みに来るぞ。下手に受け入れていると……どうなるかは分かるな?」

「ええ、もちろん」


 それは当然だ。

 そういった「背後」をもつ連中というのは往々にして自分の家に縛られる。

 そしてその家は、そのような子弟を「与えた」というところから口出ししてきたり、何か権益を受けられないかと動いてくる。

 なにせ【プラエトリア】新設だ。早めに手を貸していれば高い立場を得られるだろうし、そこからの利益というのは大きいものとなる。


 とはいえ、俺だけで選んだり探すのは大変だ。

 そこで俺は、1つだけ叔父にお願いすることにした。


「叔父上、もし可能であれば一般公募も含め、重点的に【白】を探したいと思っておりますが、どうでしょう?」

「【白】……か。……まあ、お前が望むなら良いぞ? 貴族たちの反応が気になるが、まあ、どうにかなるだろう」


 もちろん叔父は俺が【白】であることを理解している。

 そして俺が受けた訓練や学んだ内容も少しは知っている。


 だから「魔法を使えない」というわけではないことは知っているはずなのだが……

 微妙に渋られている気がする。


「分かっていると思うが、変に集めると色々な噂が立つぞ?」

「構いませんよ。……まあ、もしそれで私を攻撃対象にするならば、然るべく対処するまでですから」

「分かった。考慮しよう」

「ありがとうございます」


 俺は叔父と話を終え、執務室を退出しようとするところで、「待った」が掛かった。


「なんでしょう?」

「すまんな、1つ言い忘れていたが、【王宮武衛】の執務室はこの部屋の隣だ。できる限り日中はそこにいろ。詳細は宰相、頼んだ」

「かしこまりました」


 【王宮武衛】の執務室は隣か。

 ちょくちょく叔父の執務室に呼ばれる事となりそうだな。



 * * *



「……【プラエトリア】、か」

「まあ、今しばらく発表までには時間がございますからな」

「本当にそう思うか?」

「……」


 そこで無言にならないで欲しい、宰相よ。


 さて、王宮武衛……略して【宮武】の執務室は確かに国王執務室の隣である。

 といっても、国王の執務室が大きいので、隣と言ってもそれなりに離れているのだが。


 しかし、色々重なりすぎて面倒という思いが出てくるので愚痴ったら、宰相もなんとも言えない表情をしていた。


「とはいえ……できることから始めなければな」


 【王宮武衛】として、宮殿内における警察権の行使や王族への裁定を担当する事になる。

 しかしそれをするにしても、人材が足りない。


「とにかく人集めだろうから……ふーむ」


 どうしようか。

 2年の間外に出ていた俺は、貴族絡みの繋がりがない。


 普通の貴族であれば、10歳くらいになれば少なからず交流ができる。

 もちろん公式の場に出ることはない。

 だが、家同士の繋がりで、お茶会であったり、何か習い事絡みでの繋がりをもって人脈を構築していく。


(まあ、今さら何かを言っても仕方がない。まずはとにかく、戦力を固めるとするか)


 俺はそう決め、宰相に声を掛けた。


「まず、戦力を固めることにしよう。例えばだが、下級貴族家などで余っている三男はいないか?」

「そうですな……確かに地方であればそのようなものは多いでしょう。しかし、そのような者たちはそうそう王都に来ることはないでしょうな」


 確かにそうだ。

 そういった三男坊以下というのは、貴重な男手とされたり、あるいは外に出て冒険者になるということが多い。


 ……冒険者か。

 その辺りから当たってみるのもアリだ。

 大体、俺は直属としてジェラルドたちを入れるつもりなのだ。冒険者でもさしたる問題はない。


「後は文官系だな……誰かいないか? 宰相のところはどうだ?」

「うちですか……まあ、孫の代は何人かおりますが……む、そういえば1人冒険者になると飛び出していったのがおりましたな。うちの息子は怒り狂っておりましたが……」

「ははっ……凄い行動力だな。どうしたんだ?」

「貴族籍は抜きましたな……流石に三男とはいえ侯爵家ですから」


 そうなのか。少しもったいない気もするが、まあ、古い貴族家ほどそういうのには厳しい。

 逆に俺が、裏の理由があるとはいえ除籍されていないのがおかしいのだ。


 しかし、そんなに行動力溢れる人物なら少し会ってみたい気がする。

 別に俺に仕えて欲しいとか、そういう話ではない。単に興味が向いただけなのだが。

 まあ、いつか何かの時に会えたらいい。


 それよりも、先に俺はジェラルドたちに声を掛けに行くとするか。


「宰相、俺は少し出てくる。戻っておいてもらって構わない」

「ええ、そういたします……では」


 宰相が俺の執務室を出て行ったため、俺も行動を始めることにしよう。

 一旦離宮の自室に戻ってから、出かける準備をする。


 手元のベルを鳴らすと、ミリィが入ってきた。


「お呼びでしょうか、レオン様」

「母上たちに、少し出かけてくると伝えてくれ。それと、馬車の準備を頼む」

「かしこまりました、すぐに手配します」


 ミリィに指示してから、俺は軽めの服に着替える。

 王城に出入り出来る程度の服に着替えておき、俺は玄関に出る。


 だが、そこで待っていた人物が1人。


「レオン様……お出かけですか?」

「ああ……お前も来るか、ガイン?」

「レオン様、少しは立場をお考え下さい!」


 俺をとがめるように声を上げるガイン。

 確かに彼の言うことは正しい。


 ……だが、それではつまらないじゃないか。


「頭の固い奴め、少しは外で見聞を広げろ。王城など、ちっぽけな世界ではないか」

「その中から大局を見て民を導くのが“王族”です!」

「やれやれ……良いからお前も来い。そうすれば共犯だ」

「ちょ、ちょっと!」


 俺は強引にガインを馬車に押し込む。

 そして扉を閉める前に天井を叩き、走らせて逃走を防ぐのだ。


「【月夜の歌亭】だ」

『はっ!』


 御者にそう告げながら扉を閉める。

 しばらく走ったころ、俺はガインに話しかけた。


「ほら、王城は既に出た。大体、お前は何がそんなに不満なんだ?」

「……」


 こめかみを押さえながら、俺に無言を返すガイン。

 多分、頭が痛いのだろう。


「……やれやれ」


 俺はそう呟きながら窓の外を見る。

 街はいつもと変わりなく、賑わっているようだ。

 多くの人が街を行き交い、商売をし、笑い、泣き、怒り、楽しむ。


 こんな雰囲気は、王城にいては味わえないというのに。

 俺がそう考えていると、ガインが口を開いた。


「……殿下」

「ん? どうした」

「……私は心配なのです。確かにレオン様は圧倒的な実力者だ、私でも今では前に立てないほどに……でも、だからこそ油断してはなりません」

「……そうだな」


 そう俺に話してくるガインの表情は、怒っているというのではなく、唯々俺を心配しているものだった。

 ガインは言葉を続ける。


「あの日……レオン様が倒れられた日。あの日ほど自分の無力感を感じたことはありません……それは私だけでなく他の騎士、そして陛下も同様です。例え『大丈夫』と言われましても、これまで以上に注意をしていただかなければ」


 無力感、か。

 それを言われると、俺としてもなんとも言い難い。

 俺自身、あの戦いの最中では自分の無力感というものを感じたものだ。


 俺が勝てた……撃退できたのは、あくまで自分を超えた力を使ったため。

 そしてそれ故に、俺は1ヶ月もの間意識を取り戻せなかったのだから。


「……ガイン。お前の言いたいことは分かった」

「レオン様……」


 俺が頷いたのを見て、ガインがホッとした表情をしたのが分かる。

 ……が、まだ早い。


「ま、だからこそこうやって外に出ているのだが」

「レオン様!?」


 そこは折角頷いたのだから大人しくして下さいよ! と言わんばかりの表情を見せるガイン。

 まあ、今回の外出にもきちんと理由があるのだから。


「前に会わせただろう、彼らを正式に俺の部下にする」

「そ、それは流石に……! 彼らは平民ですよ!?」


 おや、それを言うのは意外だ。

 少なくともガインはそういうことを言うタイプでは無いと思っていたのだが。


「……なんだ、お前そういうタイプだったのか」

「違いますっ! 身分というのは基本問題にはしませんがっ……レオン様の直属ですよ!? 普通の貴族だってなりたがるというのに……!」

「貴重な人材は、こちらから迎えに行かねば、な……」

「もう少し周りに目を向けられてはいかがでしょうかっ!」


 何が不満なんだ、こいつ。

 どうも身分がとか、立場、とか言う割に、どうも……

 そう考えていた俺だが、その理由はすぐに分かった。


「(……私だって直属の部下ではないというのに……なぜ後から入った連中が……)」


 馬車というのは、基本的に言うほど静かではない。

 だが、俺が使うこの馬車は一つの魔道具……マジックアイテムでもあるため、内部の音が静かである。

 そして、俺の聴力というのも普通ではないので、ガインの呟いた声が聞こえてしまった。


「ぷっ……はははっ……! そういうことか……!」

「な、何ですかいきなり笑い出して……」


 男のツンデレなんて誰得ではあるのだが、ある意味こうも忠犬属性な相手というのは面白い。


「悪い悪い……ま、これからも俺は、お前をガンガン巻き込んでいくからな、貧乏くじを引いたと思って諦めろ」

「ちょっ……何ですかその不吉な言葉!」

「ハッハッハ!」

「レオン様!? ちょっとぉ!?」


 そんな声を載せながら、馬車は目的地に向かっていった。

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