7 The Crater of ???
グランツはなにか重いものでも引き受けたようだったが、ジェシカからは頼もしく見えた。素性はわからなくとも、多くの人の死を乗り越えた者の顔をしている。
「で、私たちは何をすれば? この支部について当然ながらよくわかっていないし、恵梨はタリスマンのことさえもわかっていない」
ジェシカは言った。
「それは私が考えている限りでは戦闘訓練と見回りを続けていく方針かな。もし異論があれば言ってほしいな」
ルナティカは答える。
「いいか、支部長。ジェシカのやりたいことも尊重してやってくれないだろうか?」
すぐさま零は言う。
「ああ、それね。もともとそういう条件があったからね。だったら、こういうのはどうだろう? 見回りのときにジェシカのお父さんの死についての情報も集める」
と、ルナティカは言った。彼女も彼女でやり方を考えていたようだった。
「どう、ジェシカ。私としてもあんたを失いたくはないなあ?」
ルナティカはいつになく強気だ。いや、彼女は強かにジェシカを味方につけようとしている。かつてのタリスマンではできなかったことをやろうとしている。
「それでいいけど、後でこっちにも協力してね。私は父さんの死について知りたいから」
ジェシカは言った。
「なら良かった。まあ、さっそくなんだけど昼間の見回りはジェシカと恵梨、零。頼める?」
「いけるよ。町のつくりがかわってなければね」
ジェシカは自身ありげだった。彼女にとってタリスマンの町は庭のようなものだ。
「じゃあ、零は見回りについて教えるのもよろしくね。いつまでも新入りでいられないんだからね!」
ルナティカにそう言われた零はびくりとした。一瞬だけジェシカ達から目をそらしながらも、口を開くのだった。
「わかったよ。そうだよな。俺もここを立て直すとき最初からいたんだからな……」
以前より活気のないタリスマンの町。零にとっては見慣れてしまった光景だったがジェシカにとっては慣れない光景だった。一度放棄されたにも等しい町。だが、住人たちは協力しあって強く生きようとしていた。そこには一般人だけではなくストリート・ギャングもいたが。
ジェシカはため息をつきながら壊された廃屋と、近くに空いたクレーターを見た。
「これは」
「4か月前の戦いで空いたらしい。洒落にならない威力の爆発があったとのことなんだが、人間の技術とか能力とかで出せる威力じゃねえ。真相は……知ってるやつが知ってるんじゃないか?」
零は言う。
「どうやって直すの、それ。あたしたちに手立てがあるわけでもないんだよね?」
「直す……埋められるならそうしてしまいたいところだ。土砂で埋めることだって話としては上がってきているはずだ」
「よくわかんないけど、事情があるわけだねえ」
そう言った恵梨はクレーターの近くをもう一度見る。クレーター付近の建物は瓦礫こそ撤去されているが、新しく建物が建つこともない。ただ、クレーターをはさんで建物が建っているところとそうでないところが、ある一定の範囲ではくっきりと分かれているようだったのだ。
――ここで一体何が?
ジェシカは考えを張り巡らせていた。
「ここには怪しいやつもいないだろ。先に進むぞ」
零がそう言うと、ジェシカは我に返る。今、ジェシカがすることはここでクレーターができた理由を考察することではない。
「そうだね……」
と、ジェシカ。気持ちを切り替えようとしている彼女も、感傷に浸りたい気分ではあった。
やがて、クレーターのあるエリアを抜け、ダウンタウンの近くまでやってきた。この近くの民家は特に被害を受けている様子もなかった。が、人が減ったためか空き家がちらほらとみられる。
「ねえ、零。聞きたいんだけどさ、やっぱり今の支部長のやり方でも空き家を燃やしたりしているの?」
ジェシカは尋ねた。
「しているって言ったらどうするんだ? 運営のやり方が変わっただけで治安維持のために空き家を減らすことについては変わらない。俺達は時に、情を捨てなきゃならない」
と、零は答える。その彼の表情も暗かった。やりたくてやっているわけではないのだろう。
「情……あの空き家で人を受け入れることってできないのかな。タリスマンってホームレスなんかも結構いたし。昔、私の家に来ていた人もそうだった」
「だが、空き家を放置すれば犯罪の温床になる。あんたの気持ちだけでこの町の治安が良くなると思うな」
零はそうやって突き放す。彼の言葉はジェシカの心の大切なものを砕いたようだった。そのまま、ジェシカは押し黙り、茫然として空き家を見る。
数軒の空き家は焼かれた形跡があった。雨か何かで火が消えてしまったようで、完全に燃えたわけではないものもある。だが、一部は焼け落ちて真っ黒になった柱の残骸が残されているだけだった。
「そういう治安の守り方もあるんだ。あたし、そういうのは知らなかったなあ」
と、恵梨は呟く。
「この町ではそうすることになっているんだ。平和な町とは違ってタリスマンは犯罪が当たり前のように起こるし、ならず者が流れ着く場所にもなるんだよ。俺もここに来るまでよく知らなかった」
「知らなかったって……あんた、どこ出身?」
恵梨は尋ねた。
「俺は、春月市という東レムリアの大都市出身だな。それこそ、空き家を燃やさなくてもよかったり、霊的な理由で燃やせなかったりする場所だった」
零は一瞬、口に出すのをためらっていた。それは恵梨にもよくわかり、故郷が零にとって気分のいい場所ではないのだろうと考えていた。
故郷への考えは人それぞれだ。
「それは知ってるよ。あたしだって春月出身だし。ま、空き家を燃やすことについてはあんまり考えることもないかな、あたしは。ジェシカがどう思うか次第なんだけど」
恵梨はそう言うとジェシカを見た。ジェシカは一瞬だったが歯を食いしばって恵梨と目を合わせる。そして。
「腑に落ちないけど、意図は理解できた。先に進みましょう」
ジェシカは言ったのだった。