72 Dogma of Avenger
ケイシーたちのビルの前。フィルはある落下物に気が付いた。
イザベラやミケーレ、コーディとの戦いの後。残すはここに派遣されたスーツ姿の男たちだけとなったとき、それは上から落ちて来たのだ。
「ちっ、零に先に行かせたのはいいが……!」
いかんせん、数が多かった。グランツとクリフォードの加勢があったものの、ビルの裏手、地下街からも彼らはやってくる。どうやら、こうなることを見越して近くに潜伏していたようだった。
フィルは戦っていたスキンヘッドの男を気絶させて落下物の方へと急ぐ。
「おい、フィル! 何やってんだ! 撃たれるぞ――」
フィルが視界に入ったグランツ。彼もまた、スーツの男たち数名を相手にしていた。
障害物を利用し、敵をかく乱しながらダーツ型のイデアを放つ。そうやってグランツは敵の連携を崩していた。
ちょうど増援が途絶え始めた頃だったのでグランツはフィルの援護に回ることができた。
「ケースに入った人の腕だ! ケースは落下の衝撃で割れたみてえだが」
落下物を見たフィルは言った。
その落下物は確かに人間か吸血鬼の腕。ニンニク臭のする薬品に漬けられていたらしく、その臭いを放っている。
「……セーブポイントだと」
フィルがさらに続けると、グランツは顔色を変えた。
「壊せ……いや、燃やすぞ。あの炎使いが燃やしたところに放り込め。こいつは、本来存在してはいけないものだ……」
と、グランツが言った。
なぜ存在してはいけないものなのか、グランツはわからない。だが、セーブポイントという言葉を2人から聞いたグランツは取るべき行動がわかっていた。
「灰にしろ。早く! そうしないことで犠牲者が出ることがあるんだよ!」
グランツは声を荒げた。それだけ重大なものをフィルは目にしたということ。
「……わかった。それまで俺を援護してくれ」
そう言ったフィルはケースに入れられていたとある人物の腕――『ジョシュアの腕』を拾うと萌えた植え込みの方へ走り始めた。
「クリフォードも援護しろ! フィルを撃たせるな!」
混乱した辺り一帯にグランツの声が響いた。その声を聞き流しながらフィルは走り――火の中に『ジョシュアの腕』を投げ込んだ。
吸血鬼の身体の一部、それも10年以上保管されたものはよく燃える。吸血鬼が光をうけて体を崩壊させるように、『ジョシュアの腕』も一瞬で燃えて灰となった。そして。
「フィル、クリフォード。ここは任せた。俺は中でやることがある」
グランツはそう言ってビルの中に突入した。
彼が「任せた」と言っても、フィルが『ジョシュアの腕』を燃やす間に敵は数を減らしている。集団で来ても、所詮はイデアを使わない人間ということか。
ジェシカの周りを取り囲むイデアの気配は薄れている。それは使い手であるケイシーも気づいているようで、何かの違和感を覚えていた。
「ねえ……私の認識が間違っているけど、私が間違っていないってどういうことなの」
殺される、と覚悟したジェシカは言った。イデアの気配が薄れたとして、現段階でケイシーは自身の時間を巻き戻すことはできる。それに加え、禍々しくて赤い骸骨でジェシカの首を落とすことだってできる。
「お前の知る必要もないことなんだ。それ以上に俺が……ここでやめておこうか。見物客が来たんだし、処刑を始める」
と、ケイシーは言った。
彼のタイミングは今だった。ジェシカはそれに合わせてケイシーが動けなくなり、意識を失う寸前の重力をかけた。それから、脱出。赤い骸骨の包囲から抜け出し、ジェシカはケイシーの背後に回り込んだ。
「グランツ……」
ジェシカは呟いた。それと同時に、青ざめるケイシー。
確かにジェシカの視線の先にはグランツがいた。彼は太腿につけたポーチから薬剤入りの飛び道具を出し、ケイシーに狙いをつけている。
「遅くなって悪いな。そいつのことならいろいろと知っていることがあったが……事情があって少し遅くなった」
グランツは言った。
「さて……あんたがそうやって重力で縛ってくれるあたり、かなりやりやすい。動き回る相手を想定していたんだが」
さらにそう続け、薬剤入りの飛び道具を投げた。
標的となったケイシーは自身の時間を巻き戻し、重力から脱出する。そこから身を翻し、ジェシカに詰め寄った。グランツの方にも赤い骸骨のイデアが展開される。が、それは気配から薄くなっている。
「黙れ……俺を殺すことは認めない!」
そう言って、サバイバルナイフを振るう。が、ジェシカはその一撃を受け止め、さらにケイシーを弾き飛ばす。距離を取ったところで重力をかけた。それと同時に――ケイシーには薬剤入りの飛び道具が突き刺さる。1つとは言わず、2つ、3つ。
「どうだろうな。頼りのその能力も、もうじき使えなくなる」
と、グランツ。
そう言われておきながら、ケイシーはイデアを操ろうとした。だが、展開していたイデアは薄れるだけで、操ることもできなければケイシーの時間を巻き戻すこともできない。
「こんなことがあってたまるか……」
激昂したケイシー。もはや彼に余裕はなく、先に倒しておくべきと判断したジェシカに斬りかかる。だが、ジェシカも黙ってやられることはしない。
「今度こそ、お前は死ぬ。せめて懺悔して」
ケイシーの首が飛んだ。
切断面から血が噴き出し、壁や天井を汚す。そうしてケイシーが倒れる様子をジェシカは無表情で見ていた。ジェシカを苦しめ、自分が死ぬことを認めなかった能力者はこうもあっけなく殺された。
「……終わった、か」
「うん。殺したんだ、ケイシーを……」
ジェシカは呟いた。
今になって、やっとジェシカは痛みを自覚した。これまで痛みを抑え込みながらケイシーと戦っていた。イデア使いだから痛みを感じにくいというのもあるのだろうが。
「……そうだ、グランツ。零とライオネルをお願い。2人とも酷い怪我をしている」
ジェシカはそう言って糸が切れたように倒れた。
死んではいない。ただ、気を失っただけだ。
次回、エピローグ。




