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Dogma of Judas  作者: 墨崎游弥
後編 Will to Vision
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71 Probatio Diabolica

 殺される。

 ジェシカは確かにそう自覚した。目の前に迫るサバイバルナイフの刃。ジェシカが死を意識してから、時間の流れがえらく長く感じるようになった。

 死の直前に与えられる、これまでのできごとを回想するための時間か。仮にそうだったとしても、ジェシカはそれを回想するためには使わない。ジェシカにはまだ、手がある。


 ――せめて死ぬなら、剣か銃を抜いてから。


 ジェシカはあえてケイシーの懐に飛び込んだ。もちろん、サバイバルナイフの軌道を避けて。それからジェシカが狙ったのはケイシーの顎。そこからの行動は一瞬だった。


「ぅっ……!?」


 ジェシカはケイシーの顎に拳を叩き込む。顎に一撃入れられたケイシーは視線が定まらずにふらついた。ジェシカは背負った剣に手をかけて言う。


「発動できるなら、してみなよ」


「……何を?」


 とぼけた様子のケイシー。ここでジェシカも、何を発動するのかを思い出せなかった。が、戸惑ってはいけないことだけはわかっていた。何のためらいもなく剣を抜いて、距離を取ったケイシーに近づいた。


「お前のふざけた能力を。私は多分、お前で実験していたはず」


「ああ、確かに言っていたね。実験という言葉。手心を加えたわけではなさそうで安心した」


 ケイシーがそう言っている間に、彼の後ろに展開されていたビジョンが消えた。当然ながら、ケイシーは戦う意志をなくしたわけではない。赤く染まった骸骨のビジョンはジェシカの後ろに再び展開された。それはまるで、死神の鎌のよう。


「それと、いつまでも実験みたいな甘っちょろいことができると思うなよ」


 ケイシーがそう言った瞬間――ジェシカは背後からとんでもない殺気を感じた。これは人間の出す殺気ではない。イデア使いの気配を少し弄ったようなもの。つまり――


「こっちか」


 骸骨のビジョンが振り下ろされる。ジェシカは体の向きを変えながらその攻撃を受け止めた。やはり完全に避けきることはできない。


「ふうん……」


 ケイシーはあまり良い顔をしていない。それもそのはず、攻撃したジェシカはその攻撃を受け止めている。彼女の首や心臓を抉ったわけでもない。それなりの量の血を流しているが、ジェシカはまだ立っていられる。


 ジェシカは攻撃を躱したときの勢いでさらにケイシーから距離を取る。

 骸骨のビジョンはそれほど激しく動いていない。それを激しく動かすとなると、かなり消耗するのだろう。ジェシカはケイシーに再び重力をかけた。


「また巻き戻したとして、私の怪我がなかったことになるのが惜しかったりする?」


 と、ジェシカは言った。


「いつお前も俺も巻き戻せると言った? 手に余る能力とはいえ、今の俺の能力はこれまでより都合がいいんだよ」


 そうやってケイシーが言った瞬間――ケイシーは重力から解き放たれる。

 今のケイシーは完全に無傷。ジェシカがいくら決死の思いで攻撃しようとも、傷はなかったことにされてしまう。そのうえ、ジェシカの傷は放置される。


 ケイシーはジェシカの近くにイデアを展開しなおし、それで彼女の首を刎ねようとした。が、ジェシカはその剣で骸骨のかぎづめを受け止める。どうにかはじいたら今度はケイシーの上を狙う。

 体を軽くして、翅の形をとるイデアで跳びあがる。ある程度移動ができることが幸いし、ケイシーの死角へと入りこむ。


 実験など悠長なことはしていられない。ジェシカは早々に決着をつけようとしていた。


 ――こうやって攻めあぐねている間にも零は衰弱してる。ここで決めないと。


 上から重力をかける。それから重力に任せて剣を叩きつける。巻き戻す暇さえ与えなければどうということはない。

 ジェシカは衝撃と重力、そして確かな手ごたえを感じていた。確かにジェシカの剣はケイシーの頭をかち割った。


 ――問題はいつ、どのタイミングで巻き戻しが発動しているか。発動していなければそれでいい。だって決着はつくんだから。


 ジェシカはよろめき、自分についた返り血を見た。確かにケイシーは殺せたはずだ。


「試行回数を稼いだところで俺を殺すことができるはずはないんだなあ?」


 聞こえないはずの声。殺したはずの相手。視線を向けてみればそのケイシーが生きて、こちらを見ているではないか。さらに、ケイシーは無傷。傷そのものがなかったことにされている。


「無駄なことはやめろよ。大人しく殺されるか、俺に屈服して一生俺に尽くすか」


 ケイシーは言った。


「嘘だ……これが無駄っていうなら、私がここまで来た理由って何……まるで運命の神様が私に復讐の資格を与えてくれないみたいじゃない……」


 ジェシカにあるのは絶望だった。

 どうあがいても、ケイシーを殺すことはできない。それだけケイシーは絶対的な存在だった。


「いないな、運命の神様など。強いて言えば、お前の復讐の資格の有無を決めるのは俺だ。俺はそれを認めない。わかるかな……?」


 そう言ったケイシーはジェシカを取り囲むように赤い骸骨の腕のビジョンを展開した。

 それがどういうものなのかはジェシカもわかっている。下手に動けば殺される。仮にジェシカが重力をかけたとしても。


「結局セーブポイントを破壊しても殺せないのは同じなんだ……」


 ジェシカは声を漏らした。


「そうだね。お前は間違っているけど認識は正しい。今はね」


 ケイシーはゆっくりと歩み寄ってジェシカの顔に触れた。


「仲間が来てから処刑しようか。そこの綺麗なお兄さんも気を失っている。どうせなら見物客がいた方がいい」



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