69 Bloody Executioner
ライオネルの言葉を噛み締めて、ジェシカは階段を降りる。この建物は日光の当たる位置に階段が作られており、改造されて窓から投げ捨てることができるようになっている。
――これで終わりだよ、ケイシー・ノートン。もうお前に好き勝手させるつもりはないから。
ジェシカは彼女の顔くらいの高さの窓を開けて、そこから『ジョシュアの腕』を投げ捨てた。
標本と同じ状態の吸血鬼の腕。それに日光を当ててどうなるかはジェシカにもわからない。ユーグの言っていたことはあくまでも理論上のことであり、それが本当なのかは明らかにされていない。それでも賭けるしかなかった。
投げ捨てられた『ジョシュアの腕』はその中身が日光を受けて少しずつ崩壊してゆく。が、この様子を見ていた者などいない。ジェシカだって、それに起きたことなど知る由もない。
『ジョシュアの腕』を窓から投げ捨てたジェシカはそのまま階段を下りていった。
――生きている。あの重力をかけられて俺は死ぬかと思ったが、イデアを展開していたおかげか。
ビルの1階。ロビーから続く廊下で、ケイシーは辺りの様子を確認する。
近くにはイデア使いの気配がある。痛みで集中力が続かない今、それが誰の気配なのかはわからない。が、ケイシーは敵がいることを直感する。
「誰か分からないが、かかってこいよ。セーブポイントを無くしたところで俺が選ばれたということは変わらない」
ケイシーは呟いた。
――それでも、痛い。あの女、俺を殺す気でやっただろうな。でなければここまでやることはない。
ケイシーは感覚を研ぎ澄まして立ち上がる。床をいくつも突き破り、叩きつけられた体は当然ながら激しく痛む。
体を覆うようにして展開したイデアのおかげでケイシーは命拾いした。怪我は打撲程度だ。もしそうしていなければ、今頃ケイシーの命はなかった。
「選ばれた、だと? いや、そんな意味不明な話はいい。お前を半殺しにすればそれでいい」
ケイシーの耳に入る声。彼にとっては聞き覚えのない声だが、殺意が込められていることは確かだった。
声の方向を見てみればそこにいたのは藍色の髪の美男子。織部零がイデアを展開していた。
「……まあいいか。次はお前だ」
ケイシーは死刑宣告にも等しい言葉を放ち、零の懐に飛び込んだ。サバイバルナイフを振るって零の頸動脈を狙う。
剣筋を見切っていた零はどうにか攻撃を避け、避けきれなかった攻撃は氷で受け止める。が、その氷もすぐに砕かれる。さらにケイシーの武器はサバイバルナイフだけではない。
「……後ろか!」
ケイシーの展開するイデアは出し入れ自由。サバイバルナイフだけに気をとられた零の後ろに、手の骸骨の見た目をしたイデアが展開されていた。零が視界の端でそれを捉えたのと同時に――零は痛みを覚えていた。
「がぁっ!?」
痛みで取り乱してはいけない。
零は一矢報いようと全力の冷気を集め、ケイシーに放つ。
「いつもの戦い方ができていない。ミケーレを斃したときのお前はどこにいった?」
冷気での攻撃を避けたケイシーはあざ笑うかのように言った。そのときにも零を追い込むのを忘れない。さらなる攻撃を誘いながらも零を迎え撃つためにより強力なイデアを展開していた。
「まだだ……まだ俺は」
零はわかっていた。ミケーレとの戦いで消耗した自分が目の前の敵にはかなわないことくらいは。だが、まだイデアを展開することはできる。
零は傷口を氷で塞ぎ、両手に氷のダガーを握る。
「凍り付け。いくら格上だろうと、寒さに耐えられる人間は少ない。今のお前くらい薄着なら、なおさら」
氷のダガーを中心にして冷気が渦を巻く。少しずつ周囲の気温は下がってゆき、辺りにダイヤモンドダストが現れる。
半ば溜めのような状態に入った零。その零を早々に始末しようと、ケイシーは4対の骸骨のイデアを伴って突っ込んだ。考えなしに、というわけでもなくその攻撃の手数で零を潰してしまおうと考えて。
「ずいぶんと消耗が激しそうな技だな?」
それだけを言って、サバイバルナイフを振るう。対する零はその一撃を氷のダガーで受け止めた。
「……冷えるぞ?」
サバイバルナイフの先端から冷気が伝わってゆく。触れるものすべてを凍り付かせるほどの冷気を感じたケイシーは逃げるようにダガーを振り払う。今度は手やサバイバルナイフで零のダガーに触れないようにとイデアを操る。骸骨のビジョンを操り、零を切り裂こうとした。
すると零は冷気の範囲を広げて骸骨での攻撃を防ぐ。氷の盾を作り出したのだ。
ケイシーの攻撃が防がれる間に、零はガードされた範囲と骸骨の攻撃範囲から抜け出した。そこに隙がある、と確信して液体空気を作り出す。それをケイシーに叩き込む。
「――ちっ」
零の耳に入るケイシーの舌打ち。彼の手の甲には凍傷らしきものができていた。どうやら零の攻撃は少なからず効いているらしい。
ケイシーはよろめき、イデアの一部が消失した。それが零の攻撃によるものか、ケイシーの意志なのかは誰も知らない。
――まだ削れるか? 俺のイデアが尽きるまでにこいつに勝てるか?
零は確かな手ごたえを感じ、さらなる攻撃に出ようとした。
「これで俺を斃せるとでも思ったか? 今、俺の手に余る力が解放された。わかるな……?」
零がさらにぶつけようとした液体空気の向こう側。ケイシーは血に染まった骸骨の右腕を展開していた。零はどのような攻撃なのかも予想できなかったが、それが「やばい」ということだけはわかった。
「……見ればわかる。対処法は――」
そうやって零が声を発した瞬間――骸骨の右腕はギロチンのように振り下ろされた。この一撃は例えるなら処刑。唯一違うところがあるとすれば、零に防ぐ手段があったこと。
氷が飛び散る。零が血を流して倒れ込む。
――俺もここまでか。春月で死に損ねて、1度目の戦いでも生き延びて。今度こそ、か。




