66 Corrupt Weapon
恵梨がルナティカになりすましていたのにはいくつか理由があった。まずは殴り込みの際にルナティカを危険に晒さないこと。それから、ケイシーの殺害。
――一つ目の目標は達成できた。二つ目は、案の定失敗したけど。まだこちらには人がいる。シェリルもジェシカもいる。
「というわけ! 死ぬのはお前だよぉ!」
イザベラは体勢を立て直して恵梨に殴りかかる。得物はシェリルと戦ったときと同じメイス。それにイデアを纏って恵梨の身体を崩壊させようとしていた。
「ま、そうやって殴ったところで私に攻撃を当てることはできないからね」
金属音。
イザベラの攻撃を受けて薙刀の刀身は劣化したが、恵梨はその攻撃をはじく。今度は恵梨がイザベラの首を狙って薙刀を振るう。
「……は」
イザベラは明らかに焦っていた。これまでの彼女の強みは、その能力で敵の攻撃さえも腐敗させて届かせないこと。だが、その腐敗させるときの動きまでも読まれ、すり抜けてくるような攻撃を仕掛ける恵梨とは相性が悪い。
「ふざけんなよおおおおお! ルナティカの偽者の癖にケイシーに近づこうなんざ、1億年早いんだよおおおおおお!」
と、イザベラは叫んで上着の中から拳銃を抜く。それから恵梨に向けて引き金を引くまで、1秒もかからなかった。が、そんな早撃ちだろうが恵梨にとってはすべて読めていること。銃弾を回避することは簡単なこと。
銃弾は恵梨をとらえることなく、壁やガラスに穴をあけるだけ。何度発砲しても結果は同じ。
「……焦ってる? 焦ってんの?」
恵梨は言う。焦るイザベラとは対照的に余裕を見せていた。
「誰がぁ?」
虚勢を張っているようでも、イザベラが諦めた様子はなかった。これから彼女は、本気で恵梨を殺しにかかる。
イザベラは弾切れになった拳銃を投げ捨てると、今度はライターを取り出した。彼女が何かを考えたことくらいは恵梨にもわかる。
――まずい。多分、ライターを手放させないとこちらが不利になる。
恵梨は薙刀をぐっと握りしめた。これから起きることが見える。
――炎……?こんなところに炎を放って何をしたい!?
起こることはわかっても、その行動を起こす相手の考えは読めない。恵梨の能力に弱点があるとすればそこだろう。結果だけがわかって目的がわからなければ、各段に対処しづらくなるのだ。
恵梨はイザベラの手首を狙う。どうにか手首を切り落とすことができれば、火を放たれることを防げるのかもしれない。だが。
「あっ、手が滑ったぁ」
イザベラはライターで手袋に火をつけ、それを観葉植物に向かって投げた。恵梨の斬撃がイザベラの手首に当たったのはその後だった。そして――恵梨の薙刀の先端はぼろぼろに崩れ落ちた。
その傍ら、観葉植物近くに置かれていた紙が燃え上がる。
「何をしたいの……」
恵梨は呟く。
使い物にならなくなった薙刀を一度消し、再び薙刀のイデアを展開する。やはり、目的が見えなければ戦いにくい。
「さあねぇ?」
イザベラはそうやってはぐらかす。
そんなとき――このフロア、この近くのスプリンクラーが作動した。天井から雨のように水が降ってくる。恵梨が驚く中、イザベラはにやりと笑った。
すると、恵梨は予知でビジョンが見えた。
――そっか。こいつは、雨の中で強くなるんだ。だからこうやって、スプリンクラーを起動させた。よく考えるね。
「ぁはははっは! これで避けられるぅ? ねえ、どうなのぉ?」
ブォン、と音を立ててメイスが振るわれる。恵梨にはその一撃が命中しなかったが――メイスの風圧にはイザベラのイデアがのせられていた。
イザベラはここでは飛び道具を得たらしい。
「くっそ……そんなのってありかよ!」
恵梨は言う。
そんなことを言ったところで何も変わらないのはわかっていた。
「どうやって勝てばいいの……でしょ?」
そうやってイザベラはあざ笑う。普段ならばどうということはない言葉も、今の恵梨には突き刺さる。正体を見抜かれて、ケイシーには逃げられて、今は想像の斜め上をゆくイザベラの行動の意図を読めないでいる。いつも敵を手玉に取ろうとしている恵梨が、逆に手玉に取られている。
恵梨は目を見開いた。
「ルナティカのふりをしたのが間違いだったねぇ?」
イザベラはそう言ってメイスを振るう。
恵梨に迫る腐敗のイデア。飛び道具を使われることをわかっていた恵梨はそのまま攻撃を避けた。が、問題はこの後。炸裂弾を持っていない恵梨はイザベラの纏うイデアを突破する手段がない。どうやっても攻撃するたびに腐って崩れてしまう。
「……そうだね。あたしが、こんなことをしなきゃよかった。それは認める。けどね、間違いだからって改められることでもないから」
恵梨は言う。
そのとき、彼女の目の端に入ったのが化け物の遺体の傍らにある糸。以前に恵梨がライオネルから知らされた、炸裂弾と同じ働きをする糸だ。
――この糸で罠を貼れば……?
残された手段はそれしかない。問題は、糸を手に取れるかどうか。
「そっかぁ。じゃ、死ぬしかないねぇ!」




